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How did you feel at your first kiss?
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 最初から勝手に酷い人間だと決め付けてこられて気分がいい訳が無い。
 第一印象が最悪だったというなら否定はしないが、それだって半ば一方的に突っかかってきたのはどっちの方だったのかと言ってしまえば結論は目に見えている。
 会えば突っかかってくるか憎まれ口ばかりきいてくる。
 鬱陶しければ相手にしないのが常だ。
 何だかんだ言いながら顔を合わせ、口をきき、時にはテニスまでして、しまいには家にまで連れ込んで。
 どれも好まざる相手にとる行為ではない。
 跡部にしてみれば数々の妥協だってしてやったのだ。
 好きになってしまったもの仕方ないと、非常にお子様な相手に合わせて、跡部なりに順を踏み、気長に待ってもやったのだ。
 それがだ。
 仮に、生意気にも神尾にとって自分の感情が不本意な好意だと、迷惑だと疎まれるなり責められるならばまだしも、神尾は最初からそんなの嘘だと決めてかかってきた。
 そういう風に遊ばれるの好きじゃないと勝手に傷つき、からかって楽しいかと勝手に責められ、俺は本当に好きなのにと勝手に区別されて告白された。
 神尾のあまりの暴君さに呆れ返った跡部が、その時感じた怒りにまかせて神尾を抱いた事も決して褒められた話ではなかったが、だからといって何もああまで泣かなくてもいいだろうと跡部は唖然とした。
 神尾は、それで跡部が思わず手を止めれば、やっぱり俺じゃ嫌なんだとか出来ないんだとか言って更に泣いたから最悪だ。
 それはどっちの台詞だと思って責めても話は平行線で、抱こうとすれば泣かれ、止めても泣かれ、結局跡部はまるで無理矢理神尾を抱いたような行為をとらされた。
 しかしそうやって滅茶苦茶な中でも触れてしまえば箍が外れて、のめりこんで抱き尽くした自覚はあった跡部が、行為の意味づけを軌道修正しようと全て済んだ後に生真面目に神尾を呼べば、何を怯えるのか神尾は首を左右にうち振って聞き入れようとしない。
 とにかく自分を非道な人間のままにしておきたいのかと跡部もほとほと苛立つくらい神尾は頑なだった。
 好きだとまで言葉にした跡部に、神尾の返答は、また俺としてくれんの?というつくづく的外れなものだった。
 神尾が跡部の事を好きなのは跡部にも判ったし、神尾は神尾で跡部に言葉で告げてもきた。
 それなのに、あくまでもお互いの感情は違うものだと思い込んでいる神尾がいて、跡部は自分が太刀打ちできないほど厄介な相手にそれでも固執する自分自身を生まれて初めて自覚した。
 一緒にいる時間が増えて、二人きりの時には必ずキスをして。
 濃密にその身を抱く事も回数を重ねてきていて、それでも。
「っゃ…、…んぁ、…」
「………そういう声出しておいて嫌がるようなこと言ってんじゃねえ」
「だ、…っ…ぁ…っ…ァ…」
 跡部の手で溶けて、声で乱れて、視線で炙られているくせに。
 神尾は啜り泣いてかぶりを振っている。
 跡部が、例えば神尾の身体を慣らすような所作をとる時や、口でそれを愛撫しようとする時など、神尾は決まって狼狽えた。
「それ…、…しな……っ…ぃ、…で…って、俺、言ってん、…のに…、…な、んで?」
 今も神尾は泣き濡れた目を真っ赤にして跡部の肩をぎこちなくも懸命に押しやろうとしている。
 跡部は神尾の両足の狭間に入り込んでいて、濡れた指が細い下肢から深みに射し入れられている。
 神尾の内側を探りながら跡部が唇で食みかけた所を神尾の拒絶にあっている。
 いつもそうだ。
 神尾の方に負担がかかるような跡部の無茶には寧ろ神尾は至って寛容で。
 しかしそれではまるで跡部が神尾に、耐えさせ奉仕させ付きあわせているようではないかという気になる。
 跡部は不機嫌に舌打ちして、強引に神尾のそれを口に捉えてしまう。
「ア…、…ぁ…、っぁ…っぅ…」
 快感を与えている筈なのに跡部の耳に届いたのはどこか悲痛な泣き声だ。
 決して放出しないと食い止めている反射的な神尾の行動に、この行為が長引けば長引くほど結局辛い快感を溜めさせてしまう事を知っている跡部は、これまでにも強引にそれに逆らって続けた事はあるのだが、いきついた後の神尾の泣きっぷりを思うと苛立ちながらも身を引く事の方が多かった。
 この悪循環はいったい何なのだと跡部は憂いだ。
 抱き締めて、口付ければ、縋りついてくるのに。
 好きだと、その口は跡部に告げるのに。
 同じ言葉を跡部が言えば、神尾は痛みを感じる顔をする。
 その身を拓き、揺さぶり、跡部が快感を追えば例え痛みがあっても安堵した顔を見せるのに。
 神尾の感覚を探るようにしてペースを落とし、腰を送り込み、拾い上げた享楽を高めてやれば、途端に蒼惶して泣き出すのだ。
「…なん、…なんでそれ……っ…、」
「…………………」
「…、ャ…、て…、や、だ…って、言……、…のに……っ……」
 怖がる手が跡部の肩に触れ、一層そこを暴いて揺すれば、しがみついてきた。
 一気に追い上げられていく感覚に涙をいっぱいに溜めた神尾が跡部の身体の下で切羽詰った声を上げる。
「……、…ん、で…?……っ…ぁ、っ…ャ、…っ」
「お前が…縋りついてくるからだ」
「ァ…っ…、ア、っ…ぁ」
「……お前が俺に、めちゃくちゃにしがみついてくるからだって言ってんだよ。聞いてんのか、馬鹿」
「……ぁ、……っ…と…、っゃ、っ、ァ、っん」
「ここまでやらねえと縋ってもこねえだろお前は……!」
 神尾の背に腕を回して、背がベッドから浮くまで抱き竦める。
 耳元に吹き込んでやった跡部の声はどこまで神尾に届いているのか判らない。
 跡部が神尾の腰をも強く抱きこめば、神尾は濡れそぼった声を上げて、跡部を体内に含んだまま一人きざはしを駆け上がる。
 泣きじゃくりながら、ごめんと繰り返す神尾の言葉の意味が、また跡部を追い詰める。
 最後までもやはり、あくまでも自分が酷い人間にでもなったような気になる。
「ごめ…、ね、……跡部……俺、跡部……好き…で…」
「………俺がお前を好きだって、何遍言や判るんだ。てめえは」
 同じ気持ちの同じ言葉に、違う意味をつけあってしまう。
 抱き締めあう力も思いも均等で。
 それなのに何が臆病になる原因なのか。
 深い口付けを噛み合せながら、薄まらない欲に満ちながら、考えている事までも。

 こんなにも。
 同じだというのに。
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 大変な事に気づいてしまった。
「跡部! 悪いけど、俺、今日もう帰る!」
 学校からの帰り道、直行で向かった跡部の部屋に入るなり、神尾はそう叫んだ。
 大変な事に気づいてしまった。
 くるりと振り返って、ごめんな!と叫びながら一気に走り出そうとしていた神尾は、猫の子よろしく首根っこをつかまれる。
 正確にはコートの襟ぐりに跡部の指がひっかけられたのだ。
「………っ…」
 瞬時喉を詰まらせた神尾だったが、すぐに跡部の指は襟刳りから離れて、代わりに跡部の両腕が神尾の胸の前で交差する。
 背後から、神尾は身包み跡部に抱き締められていた。
「……跡、部?」
「何で帰る」
 怒ったようでもないし、かといって機嫌がいい訳でもなさそうな、跡部の物言いは平坦で抑揚がない。
 首の裏側に跡部の唇が触れそうで触れない気配があって、神尾は少しうろたえた。
「や、あの、さ……」
「抱かれんのが嫌か」
「え、あの、…え?」
 何をそんないきなり言い出すんだと、神尾は真っ赤になっているだろう自分の顔に片手を宛て、もう片方の手では胸元にある跡部の腕をつかんだ。
 先に氷帝からこの彼の自宅へと帰ってきていた跡部は、すでに制服から着替えていて、胸元の大きくあいたVネックのニットをさらりと一枚素肌に着ているだけのようだった。
 正直なところ、神尾は自分を出迎えに出てきた跡部のこの出で立ちを最初に見た時、しみじみと、いやになるくらいいい男だよなと思ったのだ。
 跡部には吸引力がある。
 テニスをしていても、していなくても、黙っていても、笑っていても、怒っていても。
 女は色めき立つし、浮かれるし。
 男はそれを納得してしまう。
 意地悪で優しくて、綺麗で怖くて甘ったるい。
 跡部の部屋に来れば、キスと、その先が必ず。
 そんな風になってまだ一月も経たなくて、抱かれるとか跡部に言われてしまうのは神尾には相当な羞恥心を煽られる出来事だ。
「するばっかが不満なら今日は我慢してやるから…帰るな」
「………跡部?」
 別にそんなつもりで神尾は帰ると言った訳ではないのだ。
 だから余計に言われた言葉が恥ずかしくてならなくなる。
 跡部は普段は辛辣だったり揶揄うような言葉を平気で口にしてくるのに、神尾を抱く時は口数が減る。
 あまり喋らなくなる中で、神尾の髪を撫でたり寄せるキスの仕草が濃密に優しい。
 時折呻くような掠れ声でくれる言葉が、神尾の涙腺を簡単に壊した。
 跡部に抱かれるのは好きなのだ。
 言った事は勿論ないが、神尾はそう思っている。
 してくれるのが嬉しい。
 そんなことだって思っているのだ。
「跡部、あの…俺な…」
「逃げるな。バカ」
 身じろいで背後を視線で流し見た神尾の間近に、不機嫌そうに眉根を寄せながらも微苦笑を浮かべた跡部の顔があった。
 これまで見た事のない、こんな顔ばかり最近の跡部は神尾に晒してくるのだ。
 好きに終わりがなくて怖い。
 好きにさせるのがこんなにうまい男だったなんて神尾は知らなかった。
「神尾」
 伏せた目元は余裕があるのに、自分を抱きこむ腕の力はやけに強い。
 跡部が判らなくて、跡部が好きで、跡部がずるくて、跡部が愛しい。
 頭の中、全部この男の事で埋まる、と神尾はとても吐露出来ないような事を考えた。
「だって……跡部」
「……なんだ?」
「今日は、13日の金曜日なんだぜ…?」
 神尾は胸元にある跡部の腕を、ぎゅっとつかんで小さな声で言った。
 気づいてしまった、大変な事。
「それが何だ」
「不吉な日だろ…」
 何かもう恥ずかしくてどうしようもないけれど。
 跡部があんなこと言ってまで自分を引きとめようとするから、自分はこんなこと言ってしまうんだと神尾は八つ当たりめいた口調で告げた。
「跡部と一緒にいて、なんかあったら困るだろ…っ」
「ああ?」
「だから! 13日の金曜日だから…! 喧嘩とかしたり、それが原因で別れるとかなったら俺困るから! 今日は帰る…!」
 跡部と一緒にいられる筈が無い。
 よりにもよってこんな日に。
「…………、…お前」
 薄着の跡部の体温が、急に高くなった気がする。
 それはひょっとしたら自分の体温かもしれないけれど。
 神尾は、ふいに背後から、まさぐってくるような跡部の手のひらに顔を触れられ、斜め後ろに捩じり上げられるような窮屈な姿勢で深く唇を塞がれた。
「……、…っ……ン、……」
 舌を痛いくらい。
 いやらしくいじられて。
 跡部の舌に。
 くらくらする。
 喉に零れる唾液の感触に神尾は肩を喘がせて、嵐にまかれるようにそのまま組み敷かれる。
 抱かないんじゃなかったっけと考えたのは一瞬で。
 抱かれたくなかった訳ではないんだったと神尾はすぐに思いなおす。
「跡部……」
「……13日の金曜日が終わるまで、お前ちょっと黙ってろ」
 不吉というならそれはお前の煽りだと。
 跡部の甘苦しく詰るような言葉と、卑猥な眼差しと、歪めた笑みと。
 そうして口数の少なくなる跡部、熱を帯びた優しい手。
 いつもと同じ事と、いつもとは違う事。
 全部が跡部から降ってくる。

 神尾は両腕を高く差し伸べ、降り頻る全てを抱き締めた。
 誘ってみたものの、絶対断られると思っていた。
 だから跡部の合意を得た瞬間、神尾は呆気にとられたのだ。
「どういう理屈だ。自分で誘っておいて」
「だってよう…跡部が行くとは思わないじゃん」
「それなら何で誘う」
「………どうせ駄目でも言うだけは言っておきたいだろ」
「前向きなんだか後ろ向きなんだか判んねえな。お前」
 神尾を振り返るように流し見ながら、跡部は薄く笑った。
 整いすぎている面立ちは、初詣に向かう人の波の中に入り込んでも際立ってよく目立つ。
 跡部が着ているコートは高級そうではあったが色は地味めなアースカラーであるのに、そういう色味の服を着ている事で何故だか余計に派手に見える。
 初詣に行こうと跡部を誘った神尾は寒いのが好きでないので、帽子からマフラーからイヤーマフから手袋まで、完全防備でいるのに比べて。
 跡部はすっきりとしたラインのコートこそ着ているが、そのほかの防寒具は手袋のみだ。
「革って冷たくない?」
「別に」
 端的な返答だが、跡部の唇には笑みが浮かんだままだから。
 冷たい感じは全然しない。
 そういえば、どちらかといえば跡部は、今機嫌がいいみたいな気がすると神尾は思った。
 人込みとか嫌いな筈なのにと不思議に思って見据えていると、また跡部から眼差しが流れてくる。
 きつくて、綺麗な目だ。
「何だ」
「んー……」
「唸るな」
「唸ってんじゃねえよ。考えてただけ」
「何を」
 跡部の唇から、ふわりと白い息が零れる。
 全然寒そうに見えないけれど、やっぱり跡部の周りだって空気は冷たいんだよな、と当たり前の事を認識しながら神尾は言った。
「跡部はさ、願い事なんかないだろ?」
「ああ?」
「神様にお願いするようなこと何もなさそうじゃん。叶えたい事は全部自分でどうにかするって感じだし」
 人込み以外にもう一つ。
 初詣に跡部を誘っても、来ないだろうなと神尾が思っていた理由がこれだ。
 しかし跡部は神尾の予想外の返事を寄こしてきた。
「俺一人じゃどうにもならないことがあるだろうが」
 瞠った目で跡部を見据え、神尾は思わず大きな声を上げた。
「あんの?! そんなの?!」
「うるせえ……」
 跡部は眉を顰めたが神尾は構わず跡部に詰め寄る。
「お願い事とか、跡部にもあんの?」
「悪いか。俺にあったら」
「悪くないけど今死ぬほど驚いた!」
 跡部があからさまに不機嫌な顔になったが神尾は胸元に手を当てて深く息を吸って吐き出す。
 それが何なのか聞きたい気は勿論あったのだが、聞いたって跡部が答える筈がないと判ってもいる。
「……跡部一人じゃ出来ない事でも、神様なら叶えてくれそうな事なのか?」
「俺は神様なんざ信じちゃいねえよ」
「跡部ー……仮にもこれから初詣しようとしてる人間がそういう事言うかー?」
「叶えてくれんのは神様じゃねえって言ってんだよ。俺は」
 神様とやらには一応頼んでおくだけだと言った跡部を、神尾はじっと見つめた。
「じゃあ誰が跡部のお願いを叶えてくれるんだ?」
 言い終わるか言い終わらないかで。
 跡部が歩きながら身体を屈めてきて、神尾の唇をキスで掠めた。
「………、っ…、……」
 間近に見える跡部の長い睫毛の先端が、頬の上を軽く撫でる。
 唇だけでなくそこにもキスされたようで、神尾は続けざまに赤くなった。
「……あと……」
「お前が逃げなきゃいいんだよ」
 一生俺から、と。
 いっそ物騒な目で神尾を見据え、跡部は低く呟いた。
「逃がす気もないがな」
「跡部…?」
「もしお前が逃げたり、お前に何かあったらタダじゃおかねえ。これからあそこで俺がお願いしてやる内容だ」
 目前に近づいてきている神社の境内を指差して言った跡部に、神尾は叫んだ。
「それお願いじゃねえよっ!」
 神様脅すなよっ!と半泣きになった神尾に。
 跡部は再び機嫌のいい鮮やかな笑みを浮かべてみせるのだった。
 言葉が冷たい時はやり方がうんと優しくて、やり方が少し乱暴な時は言葉が甘い。
 尋常でなく泣かされるし、怖い思いもするし、恥ずかしくて死にそうに苦しいのに、されるたびに跡部の事が好きになる自分はきっとどうかしてる。
 例えば跡部の家を訪れて、顔を合わせるなり抱き締められて、服を脱がされるなんて事は、あまりにも即物的ではないかと思うのに。
 それなのに、なんとなくそういうがっつかれ方が嬉しいなんて思ったりするのも相当おかしいと神尾は思っている。
「どれだけ着こんでんだお前」
 手早に、マフラー、手袋が外されて。
 コート、セーター、と脱がされていって。
 神尾のシャツの釦に手をかけた跡部が、一つ二つと釦を外していきながら、その下に更に神尾が着込んでいるTシャツを見て呆れた風に言った。
 全てを脱がしきるのを、待つのを面倒がって。
 跡部は外気に晒されていく箇所からもう触れてきた。
 首筋に噛みつかれる様なキスを受けながら、神尾はまた服を脱がされる。
「ん、……ちょ………噛む、な…っ……」
「噛んでねえよ」
「………っ…、…舐め…んなってば、」
「判ってんじゃねえの」
 首の側面に、笑っているらしい跡部の呼気が当たる。
 その感触がひどくリアルなのは、多分濡らされたり吸われたりしてそこの皮膚が過敏になっているせいだ。
「お前、これ嫌がらせだろ」
「……え?……なに…」
「着こんでくるか。ここまで」
 笑ったかと思えば今度は不機嫌も露に、跡部は神尾の首筋から唇を離さずに顎を通って近づいてくる。
 シャツを剥ぎ取られて、床に捨てられて。
 Tシャツの上から幾分手荒に胸元を撫で擦られた。
 所作がやけに生々しくて神尾は息を詰めた。
 顔が熱い。
 きっと赤い。
 跡部が布地の上から執拗に神尾の胸元を構ってくるのも、神尾の心音を激しく乱す。
「跡…、…」
 唇を深く塞がれ、跡部に触れられている全ての箇所へと強い刺激が集められていく。
 跡部の言っている事は勝手極まりない。
 今は冬なのだし、今年は大寒波到来だとも言われていて、本当に本当に寒いのだから。
 服だっていくらだって着込む。
「オラ、頭抜け」
「…………っ……は」
 舌をいやらしく噛まれた後に、たくしあげられていたTシャツを強引に頭から抜かれる。
 その合間にも跡部は唇を寄せてくるから、なんだかもうめちゃくちゃだ。
 服は放られるし、髪はぐちゃぐちゃで。
 跡部の手つきも言葉も、今日は両方とも、結構乱暴で雑だ。
 でもすこしもいやでない。
 どうかしてる。
 神尾は自分をそう思う。
 
 
 外は本当に寒いのに。
 服を脱がされれば脱がされるほど熱くなっていく。
 顔を合わせてからまだ数分、それでもう、どこもかしこも浮かされて熱い。


 好きで、好きで、好きだから。
 まだ誰も空から降ってきた雪に気づいていない。
 細かな粉雪の欠片は、白が白ともまだ見えない。
 夜にほど近い空の黒の中に溶け込んでしまっている、目に見えない細雪。
 跡部は親族との会食の場であったレストランを出て、僅かの間、そんな空と雪の欠片とを見上げていた。
「………………」
 張りつめた冷気、微かな光でしかない雪の気配。
 誰も知らない。
 誰も気づかない。
 そんな静寂と鋭い冷気とに、いっそほっとして。
 跡部は溜息を吐き出すと時間を確かめつつ待ち合わせ場所に足を進めた。
 煩わしい時間が済んだ事で跡部が抱いた安寧は、予想以上に寒い外気によってすぐに苦い焦心に取って代わる。
 レストランからその場所までの距離が近かった事だけが今の跡部の救いだ。
「跡部! なんだー早かったなー」
「………………」
 待ち合わせ場所は跡部が指定した。
 レストランに程近いファッションビルの中。
 屋内に設置された噴水がオブジェも兼ねて高く水飛沫を上げている側で、神尾は白いピーコートを着て立っていた。
 細い首には同じく白いマフラーが巻かれている。
 すぐに跡部に気づいた神尾の表情は最初は紛うことなく笑顔だったが、跡部が近づいていくにつれ、大きく目を瞠っていくのが判る。
 大方原因は自分の格好だろうと跡部は思った。
 今日の会食の為に、例え親族であっても誰からも見縊られない為に。
 一分の隙もなく完璧に上質のスーツを着込んでいた跡部は、神尾の前に立って薄く笑った。
 跡部の家の事とか、こういうような格好だとか。
 対面して、神尾が怯んだとしても、逃すなんて気は跡部には全くない。
「跡部」
「何だ」
「お前……コートどうしたんだよ?」
「………ああ?」
 しかし神尾の言葉は跡部の自嘲めいた笑みを全く異なったものに摩り替えさせた。
 神尾は跡部を呆気にとられたように見つめてはいるが、その原因はスーツではないようだった。
「コート! 着てこなかったのかよ?」
「………………」
 神尾は僅かに首を傾けて声を大きくする。
「今日雪降るかもって言ってたんだぜ? 外だってすっごい寒いじゃんか! なんでそんな薄着で来たんだよ」
「………………」
 神尾の言うように。
 跡部はスーツ姿のまま、コートを羽織ってもいなかった。
 別段跡部は気にならなかったのだ。
 しがらみの多い会食の場をさっさと後にして、少しでも早く、ここに来る事しか考えていなかった。
 寒いと思いもしなかった。
「信じらんねー……! 風邪とかひいたらどうすんだよ!」
「………………」
 どうやら怒っているらしい神尾を見下ろしながら、跡部はこの、健やかで真っ直ぐな生き物は何だろうと考えた。
「ああほら手もこんなだし…!」
 跡部の冷えた指先を、ぎゅっと握りこんでくる神尾の手。
 自分よりも小さくて、細くて、しかし少しも弱くない。
 跡部に気持ちよく怒り、跡部に気持ちよく笑う。
 この存在は何なのだ。
「ちょっと待ってろよな」
 くるりと翻るようにしなやかな背が向けられて、走って行ってしまった神尾を、跡部は食い入るように見据えた。
 賑やかで、目まぐるしくて、そのくせ健気だ。
「跡部!」
 明るく優しい笑顔で戻ってきて、神尾は跡部に自動販売機で買ってきたらしい缶コーヒーを握らせた。
「とりあえずこれ持って」
「神尾」
「家の用事、全部済んだのか?」
「……ああ」
「そっか。じゃ、もうこの後何してもいいんだな?」
 神尾の物言いの言質をとるように、跡部は唇の端を引き上げた。
「お前に何していいんだよ?」
「だから。何してもいいんだって言ってるんだよ」
 やなことあったんだろ?と神尾は跡部を見上げて言った。
「………………」
「気晴らしになる事あるなら、ぜんぶ跡部のしたいようにしていい。……たまにはな!」
 最後には照れの滲むぶっきらぼうな言葉を添えて、しかし神尾は微笑んでいる。
 跡部は神尾の肩を抱いて歩き出した。
「うわ、…急になに…、…?」
「気晴らしとか言うんじゃねえ」
「……跡部?」
「滅入ってるなんて、みっともねえとこ見せても。お前に会わなきゃいられねえこっちの心情酌めって言ってんだよ」
 歩きながらビルの外へと出る自動ドアを越えた瞬間跡部は神尾の肩に回していた手で一層強く神尾を抱き込んで、その唇を掠った。
「………、…どこで……っ…、なに……っ…」
「恥ずかしけりゃ下向いてろ。俺は構わない」
 唇を手で押さえて神尾は赤くなっている。
 その慌てぶりや見事な赤面ぶりに、跡部は少しずつ、呼吸が楽になるような気持ちになる。
「……下なんか向かねえよ…っ」
 恐らく対抗心からか、神尾はそんな事を言ったが、言葉通りに上向いた後、あれ、と神尾は呟いて視線を上空の高い所に向けた。
「雪だ」
「……ああ、さっきちらついてたな」
 粉雪。
 細雪。
 今は先程よりも明確な白が頼りなく揺れながら天空から落ちてくる。
 跡部は神尾の肩から手を外す。
 神尾は雪を見ていて、跡部は神尾を見ていた。
 どれくらいそうしていたのか、はっと我に返った神尾の視線が跡部に戻ってくる。
「…………あ。だから跡部!」
「何だよ」
「そんな恰好でいたら風邪ひくって! だいたい寒くないのかよ?」
 神尾は、跡部の肘下辺りを掴んで、ぐいぐいと引いて歩き出した。
「…………………」
 散歩をねだる子犬か何かだなと跡部は心中でこっそりと思い、笑う。
「おい。神尾」
「え?」
「左手は缶コーヒー」
 神尾に掴まれている左腕、手には先程手渡された缶コーヒーを持っている。
 浸透してくる熱で手のひらが温かい。
 跡部はそれとは逆の手、冷たい右手を翳して見せた。
「こっちはどうすりゃいいんだ?」
「………、どう…って…」
 跡部自身、子供っぽくていい加減笑える己の言い草に、しかし神尾は笑わなかった。
 微かな雪が、触れた瞬間に溶けていくくらいの熱量で顔を僅かに赤くして。
 神尾は右を見て、左を見て、もう一度右を見て、もう一度左も見た。
「…………………」
 児童の信号機歩行かと跡部は笑いを噛み殺した。
 慎重に、そして慌しく。
 左右の確認を行った後、漸く。
 神尾の左手は跡部の右手に重なった。
 指と指とを絡め、手のひらを合わせ、手が繋がれた。


 互いの手と手は、祈りの形で結ばれる。
 小さいまま、細かなまま、落ちる微かな雪も、その形の上で静かに消えた。
 小さな紙袋を手に持ってドラッグストアから出た所で神尾は跡部に出くわした。
「……何やってんだお前」
 跡部は訝しげにドラッグストアの看板と神尾とを代わる代わる見やってくる。
「跡部こそ何でこの道通ってんだ?」
 放課後、神尾は跡部の家に行く約束をしていて。
 現に神尾は今こうして跡部の家に向かっている所で。
 その最中の寄り道で買物をしていた訳なのだが、跡部がこの通りを使う筈はないのだ。
 跡部は制服姿だ。
 氷帝から跡部が自宅に向かうとしても、この道は普通絶対に通らない。
「迎えにきてやったんだよ。悪いか」
 舌打ちして、言葉も荒くて。
 でも跡部はそういう風に攻撃的に優しい男なのだと神尾はもう知っている。
「悪くなんかないぜ! 擦れ違わなくてよかったよな」
 神尾が笑うと跡部は溜息をついた。
 けれど呆れた気配の割に、跡部は慎重な物言いで神尾の手の中のものに視線を落とす。
「何だよそれ」
「これ?」
「お前のか」
「うん」
「……何の薬だ」
 眉を顰めた跡部は、多分心配をしているのだ。
 何でもないよと応えれば不機嫌になるし、心配してくれんのと交ぜっかえせばもっと不機嫌になるだろうし。
 だから神尾は跡部と並んで歩き出しながら、笑って言った。
「跡部んちについてからな。見せてやるよ」
「えらそうに言ってんじゃねえ。バァカ」
 雑な言葉を寄こしてきた割に、跡部の左手は神尾の右の手首を掴んできた。
 足早に歩を進められる。
 別にこれは薬とかじゃないし、跡部が心配するような事も何もないんだけどなあと神尾はひっそりと思いながら。
 跡部の手に包まれている手首が温かくて心地良いから、そのままで歩いていく事にした。



 そうして跡部の部屋に入るなり跡部の目線に促されて、神尾は苦笑いしながら紙袋を開けた。
 手のひらに乗る程度の大きさの赤いチューブボトル。
「透明はらまき」
「……ああ?」
「だからこれ。温感クリームっていうの? 塗るカイロ。杏ちゃんが、冬場のヘソ出しには欠かせないって話しててさ」
「俺の前でそいつの話するなって言ってあんだろ」
「自分はナンパしておいて言うかな。そういう事」
 そんな風に文句を言いながらも、神尾は普段は一応気にしているのだ。
 本当に、彼女の名前が出ると跡部は憮然とするから。
 以前跡部に、杏ちゃんは友達だぜ?とからかうでもなく言った際に、それでも嫌だと珍しくひどく子供じみた言い方で返されてから、なるべく話題には上げないようにしていた。
「とにかく! 腹とか手とか、これ塗るとぽわーっとあったかくなるんだって。なんか今日とかすごい寒いしさ。俺も試してみようと思って、さっき買ったんだ」
 本当にあったかくなんのかなあと手元のチューブボトルを見やりながら、神尾は好奇心を募らせているのだが。
「………跡部?」
 跡部からのリアクションがない。
 まさか彼女の名前をここで出した事くらいで、本格的に機嫌を損ねた訳ではないだろうが、跡部の沈黙に神尾はふと不安になった。
「おーい……跡部…?」
「………………」
 うっかり跡部の顔を覗き込みにいってしまった事が、今日の神尾の敗因だ。
「うわ、何すん…、…」
 そうは言ったものの、おそろしいまでの手際のよさ。
 神尾は跡部のベッドの上に、ごろんと寝転がされた。
 神尾は確かにベッドの縁に腰掛てはいたのだが、音も痛みも何も感じさせずに、一瞬で跡部に組み敷かれてしまう。
「……跡部?」
「塗ってやるよ」
「………え?」
「腹だろ。おら、出せよ」
 薄く笑みを浮かべる唇から零れた声は低く卑猥ないつものそれで。
 でもどかこ面白がってもいるようで。
 神尾は跡部の手に無造作に制服をたくし上げられた。
 身体を重ねる時とは違う。
 でも制服のまま、まさに腹部だけ晒されるのはまた違った意味で気恥ずかしかった。
「跡部…!」
「…ん? いつもより冷たいじゃねえの。何でだ?」
「だ、………」
 跡部も制服を着たまま、ベッドに乗り上げてきている。
 指の長い跡部の手のひらが、腹部の真上に直に宛がわれて。
 神尾は小さく身震いした。
「いつもと同じだって…、」
「同じじゃねえよ。……触った事ねえっての。こんな冷えた腹」
「……だ…から、いつもは……」
「いつもは? 何だよ」
「………そこらへん…触られる前に、いろいろあるから……っ…」
「………………」
 跡部にされる時。
 性急にされる時でも。
 即物的であったりおざなりにされたりした経験は神尾にはなかった。
 跡部の接触はその点ひどく濃やかだ。
「……お前、俺がいつも触ってやってれば、こんなもんいらねえんじゃねえ? ん?」
「…………やらしい顔すんな…」
 顔を近づけられて、わざと低くひそめた声にくらくらして。
 神尾は不貞腐れたが、跡部の言う事はもっともだとも思う。
「試しに塗ってやるから、どっちがいいかてめえで決めな」
「……どっちがいいとかそういう話じゃないだろ、…」
 何だかいつの間にか目的がずれていっている。
 跡部は神尾から身体を離し、ベッドに座り込む。
 手のひらに温感クリームを出して、オレンジの香りのするそれを神尾の腹部にすり込ませ、揉みしだいていく。
 粉っぽい感触のクリームは跡部の手のひらの動きに抵抗感を持たせて、やけにじっくりと腹部を絞り込まれるようにされて、神尾にしてみればたまったものではなかった。
 温感を体感する以前に、クリームのせいではなく、肌が熱を帯びる。
「指まわるんじゃねえの……」
 細ぇなと呟かれて、そんな訳あるかと神尾は呻いた。
 そんな言葉をぽつぽつと交わしながら、愛撫とは別の動きでひとしきり腹部を撫で擦られ、徐々にそこだけに熱を感じる。
 どれの、なんの、だれのせいかも判らない。
「………とりあえずこんなもんか」
「………………」
 跡部にたくしあげられていた上着が引き下ろされ、晒されていた腹部が覆われる。
 至極平然とした振る舞いが癪にさわる。
 神尾は制服でベッドに仰向けになっているその体制のまま、跡部を見据えた。
 多分、恨みがましい目をしているだろうと自分で思う。
 そんな状態で目線を合わせたりしたら、跡部は絶対にそのあたりのことをからかってくるのだろうと思いはしたが、自棄気味に意固地になって見据えていると、意外な事に降伏は跡部からだった。
「……見て見ぬ振りって言葉を知らねえのかお前は」
「………は?」
 再度跡部に身体の上に乗り上げてこられた。


 塞がれた唇は。
 一瞬で、身体中のどこの箇所よりも、熱くなった。
 氷帝の制服はどこで見かけてもよく目立つ。
 しかしそれを抜きにしても、あれは目立ちすぎだろ、と神尾は内心で思った。
 氷帝の制服を着た男子学生が三人、遠目にもはっきりと判るレベルでもめている。
 別に神尾がそこに首を突っ込む必要は全くないのだが、いかんせん当事者のうちの一人が跡部であるので神尾は悩んでしまった。
 何せ神尾はその跡部と待ち合わせをしているわけなので。
「……修羅場…かな?」
 険悪だなあと呟きながら神尾は彼らに近づいていく。
 跡部と、あと二人は日吉と滝だ。
 神尾は跡部以外とは別段親しいわけでもないのだが、テニス部である日吉と滝の事は、顔と名前が一致するくらいには見知っている。
 そんな三人が三人、今はなにやら小競り合いの気配で、誰も近づいていく神尾の事になど気づかない。
「随分とぞんざいに扱ってやがるじゃねえか。日吉よ」
 跡部はあまり機嫌がいい風ではなかった。
 笑み交じりにそんな事を言っているが、目が全く笑っていない。
「………貴方には関係ないと思いますけど」
 応えた日吉は低い声にあからさまな苛立ちを滲ませている。
「跡部、止めなって…」
 困惑を滲ませて跡部の腕を引いている滝だけが一人、どこか頼りなげに立ち竦んでいた。
 まっすぐに伸びた髪が肩から零れて、俯きがちの首筋が妙に痛々しく見える。
 神尾はゆっくりと、尚も彼らに近づいていく。
「何が気にくわないのか知らねえが、こいつ相手に悪趣味な真似するんじゃねえよ」
「ですから貴方には」
 関係ないと言いかけた日吉が、ふと言葉をすりかえる。
「……俺がそう思うだけかもしれませんけどね」
 滝先輩は違うようですから、と後を続けた日吉の言葉に滝がびくりと肩を窄ませる。
 跡部は迸らせるように全身から不機嫌な気配を立ち上らせる。
「だとよ。萩之介」
「…………………」
 片腕を滝につかまれたまま跡部は視線だけを背後にやって。
 そして。
 それで漸く気づいたようだった。
 もう、すぐ側までやって来ていた神尾に。
「…………………」
 あまり心情を判りやすく酌ませるような表情を見せない跡部にしては珍しく、まず目を瞠って。
 小さく息を飲む。
 神尾はそんな跡部の表情を見てから、彼の背後で唇を噛むようにして俯いて、涙を小さく落とした滝の表情に気をとられた。
 滝の涙に跡部は気づいていない。
 見てしまったのは神尾と、そして日吉だ。
「…………………」
 舌打ちした日吉が、突如呻くような声で怒鳴る。
「どうせ俺といても泣いているばっかりなんだ。だったらどっちがいいかなんて選んだり迷ったりしてないで、最初からあんたはそこで笑ってればいいだろう……!」
「日吉、……」
 滝が踏み出した一歩は日吉の方へ。
 しかし日吉が踏み出した一歩は滝へとは向かなかった。
 背を向けて走っていく日吉を目で追いながら、神尾は小首をかしげて少し考えた。
「んー………」
「おい、神尾、」
 跡部が硬直から解けたように神尾に向けて手を伸ばしてきた脇を。
 神尾は走ってすり抜けた。
 それを、どう思ったのか。
 困惑と憤慨とが入り混じったような声で跡部にもう一度名前を呼ばれた神尾は、跡部達を振り返って叫んだ。
「そこにいろよなー!」
「おい…っ、神尾、てめえ……!」
 もう一度、そこにいろという意味で、人差し指で地面を指し示すようなジェスチャーをしてから。
 神尾は前を向き、そして本気で走り出した。



 時間にしてものの数分後。
「つれもどしてきたぜ!」
「………………」
 日吉の腕を掴んで戻って来た神尾は満面の笑みを浮かべてそう言った。
 それに比べて日吉の仏頂面たるや凄まじかった。
 視線で射殺しそうに神尾を睨みつけているが、神尾は平然と日吉の腕を持ったまま笑っている。
「歩いてたからすぐつかまえられた!」
「歩いてない!」
「あ、悪い。走ってたのか?」
「…………っ……」
 思わず勢いで怒鳴り返していた日吉の視線が一層凶悪になる。
 一方跡部もそれに張れる位の形相で。
 見ているのは神尾が掴んでいる日吉の腕だ。
 しかし神尾はそんな跡部の視線にも無頓着だった。
「な、日吉。さっきなんか、へんなこと言ってたじゃん」
「………変な事なんか言った覚えはない」
「滝さんが日吉と跡部と両方とつきあってるみたいな言い方したろ?」
 神尾がそう言うなり、跡部と滝とが同じようなリアクションをとりかける。
 違う、と否定の言葉を口にするのだけれど。
 同一の反応に日吉は寧ろ苛立って、神尾は易々とそれらを見過ごす。
 神尾は、じっと日吉だけを見据えて言った。
「や、あのさ、それはたぶんないぞ」
「………………」
 あまりにも真面目にそう告げた神尾に、日吉は押し黙った。
 神尾は尚も生真面目に日吉を見上げて話を続ける。
「あのな? 跡部がもしこの人とほんとにつきあってるなら、俺はここにいないだろうし」
「………………」
「跡部と俺、今一応ちゃんとつきあってるから大丈夫だと思うぜ」
「……てめえ」
 聞いている者を身震いさせるような声音で跡部が割って入ってくる。
「一応、だと?」
「あのな、日吉。俺跡部に最初に言ったんだ。片手間に遊ぶんなら他あたれ、俺に構うなって。最初に言った」
 しかし神尾はそれでも跡部ではなく日吉相手に話を続けた。
「跡部、約束絶対に守るから」
「………………」
「今日も待ち合わせしててさ。だから俺、ここ通ったんだけど」
「………………」
「今俺がここにいる以上は、日吉が言うような事は絶対ないぜ」
 な?と笑っている神尾の表情にも言葉にも一点の邪気もない。
 唖然とした表情で日吉は神尾を見据え、それは跡部や滝にも言えた事かもしれなかった。
「滝さん、大人っぽくて美人だから、日吉は心配だよな」
「な、………」
「……え…?」
 神尾が笑みを浮かべたまま日吉の肩を数回叩くと、日吉が狼狽えたように身体を強張らせ、滝が小さな声をあげる。
「………日吉?」
「………、……」
 舌打ちして顔を背けた日吉の表情は、普段と比べて格段に生々しい。
「でも滝さんだって、きっといろいろ心配なんだと俺は思うぜ!」
 さっきからこれ見て泣きそうなんだ、と。
 神尾は自らで掴んでいる日吉の腕を、他人事のような言い様で少し持ち上げて見せた。
「………………」
 それにつられ思わずといった感じで日吉の眼差しが滝へと動く。
 神尾の目線がその後を追えば、滝は真っ赤な顔をして困惑に震えている指で長い前髪を耳のあたりで握り締めていた。
 目線を合わせられないまま、しかし全神経が互いへと繋がったような日吉と滝を察して、神尾が日吉の腕から指を離すや否や。
 叩き落されるような勢いで、神尾の腕は跡部の指に鷲掴みにされていた。
「…………な、……なに怒ってんだ……っ? 跡部?」
「………………」
 はっきり言って物凄い。
 凄まじい。
 なまじ顔の造作が半端ない程に整っている男が、完全な無表情で目つきだけを最悪に鋭くすごませている。
 何でそんなに怒ってるんだと神尾が茫然とするほど跡部は静かに激高していた。
「こ、怖いぞ…? 跡部、ちょっとなんかそれ、凶悪に怖いんだけど…っ?」
「………………」
 挙句。
 往来だというのに。
 日吉や滝がすぐ側にいるというのに。
 神尾は胸倉を掴まれて口付けられた。
「なっ、……なっ、………」
「………………」
 跡部は一瞬の後、捥ぎ飛ばすように口付けを解き、神尾を力づくで引きずるようにしながらその場から歩き出した。
「ちょっ…、なんか、…なんか俺わけ判んねえんだけど……!」
「それはこっちの台詞だ……ッ!」
 桁違いの怒声が最後に残され、三人と一人とで接触した四人は。
 二人と二人になって、別々の方向に進んでいくのであった。
 明け方、やけに寒いなとは思ったのだ。
 季節柄、日に日に気温は下がっていっているから。
 寒いのは当然だと思いながらも、さすがに、身体の芯から身震いするような寒さを覚えて跡部は目を開けた。
「………………」
 毛布はしっかりと肩までかかっていて、しかも胸元には神尾がすっぽりとおさまっている。
 体温の高い神尾は確かに跡部の腕の中にある。
 ここまで密着していて寒いも何もないだろうと思いながら、跡部は億劫に瞬きを繰り返しながら一層深く神尾の身体を抱き込んでみる。
 熟睡している神尾は、すうすうと音にならない音程度の寝息で、されるがままだ。
「………………」
 家人が全て出払っているのをいい事に、跡部は神尾を半ば強引に家に泊まらせた。
 こうして平日に神尾を泊まらせたのは初めてだったけれど。
 身体を横向きにして、小さくなって。
 指先を軽く握りこんだ手を、顔の近くに置いて眠る様子は見慣れたそれだ。
 丸まった指が、神尾の寝姿をやけに幼く見せる。
 跡部は眠気を引きずったまま、その神尾の曲げられた指の関節に唇を寄せた。
「…………と…べ……?…」
「………………」
 起こす気はなかったのだが、眠気にとろりとなった声で確かに神尾は跡部の名前を呼んだ。
 跡部が無言のまま神尾の背中に手を回すと、大人しく抱き込まれたまま、今度はもう少しはっきりとした声で神尾が言った。
「…あとべ……さむいのか…?」
 神尾のくせに何でそんなことが判ると、悪態をつく気はあったのだが、跡部の唇から零れたのは別の言葉だった。
「…………寒ぃ……」
 言いながら一層強く華奢な身体を抱き寄せる。
 神尾が初めて焦ったように身じろいだ。
「跡部、……おまえ…身体熱い…」
「……バァカ……熱いんじゃなくて寒いんだよ」
 毒づく跡部に、神尾はいつものように反論してはこなかった。
 急いた仕草できつい束縛の中から引き出した手を跡部の額に当てて、もがき出す。
「熱、…熱あるって…お前…!」
「………暴れんな。風起きて寒い」
 不機嫌に跡部は呻いた。
 本気で寒い。
 しかし、抱き込んだ神尾の身体だけが今跡部にとって温かなものだった。
「薬、どこにあるんだよ?」
「いらね……」
「今のうちに飲んでおいた方がいいって……!」
「いらねえって言ってんだろ………逃げんじゃねえ。馬鹿」
「ちょ、…おい、離せってば…! 俺探してくるから…!」
 どうやら神尾はすっかりと目覚めてしまったようだった。
 代わりに跡部は倦怠感にどっと襲われたかのように身体が重くて何もかもが億劫で堪らない。
 このままただ抱かせておけばそれでいいものを、神尾は躍起になって跡部の腕の中から出て行こうとする。
 それがとにかく腹立たしい。
 舌打ちして、しかし跡部の口から零れたものは。
「………行くな」
「跡部、……」
「行くな。ここにいろ」
「………薬探してくるだけだぜ…?」
「行くな」
 これではもうただの懇願だ。
 跡部は不機嫌に眉根を寄せたまま、しかし、神尾を縛り付けるように一層深く身のうちに抱きこんだ。
 寒気は相変わらずだったが、今腕の中からこの存在が離れていく事の方がどれだけ身体に負担かと思う。
「なあ……すぐ戻るから」
「嫌だ」
「……、…いやだ…って」
 小声で即答してやったら、跡部の腕の中で神尾の体温がふわりと上がったのが判る。
 心臓の音も早いじゃねえの、と。
 普段なら口にしている言葉も。
 今は跡部の胸中でのみ発せられている。
 神尾を抱き締める腕も、もはや拘束というよりは逃すまいとしがみついているばかりだ。
「大人しくしてねえと、さっきよりかボロボロに泣かす」
「、ばかかおまえはっ」
 熱あるくせしてと叫んでいる神尾の唇を跡部は塞いだ。
 やけに甘い。
 甘く濡れて、甘く熱い。
 むさぼるようにして跡部がしかけるキスの合間で、神尾の泣き声交じりの声が途切れ途切れになった。
「………ふ……ぁ、っ」
「………………」
「んゃ……、ん、ャ」
 完全に飢えた気分で跡部は神尾に口付ける。
 それは身体の欲というより。
「み、ず……っ…、ん、っ、…くん、できてや…、から……っ」
「………………」
「…ゃ……跡部……っん、ぁ、く」
 口付けた神尾の口腔から喉の渇きを収めてくれそうなものを手当たり次第奪った。


 毛布ではどうにもならない寒気だけれど、こうしてこの肢体を抱き締めていれば温かい。
 薬だとか、水だとかも、いらないだろう。
 渇きはむさぼる口付けで得られるもので潤し、例え一時でも離れられたら跡部の体調不良は悪化しそうなのだから。


 今片時も手放せない、毛布であり薬であり水である相手を跡部は抱き締めて、口付けて。


 いとおしんだ。
 跡部のキスがいつもと違う。
 神尾が感じた違和感は不快なものではなかったけれど。
 神尾を不安にはさせた。
 普段なら頭を抱え込まれて貪られる唇に、今日はあくまで軽く。
 通常ならいやらしく音をたてて探られる口腔に、今日は撫でるよりも浅い接触。
 焦らされている時とは異なる、どこか覇気のない、跡部らしくないキスに。
 神尾は唇を合わせたままそっと目を開けた。
「………………」
 跡部は長い睫毛を伏せるようにしているだけで、目は閉じていなかった。
 あからさまに何か別の事を考えている目だ。
 さすがに神尾も、自分にされているキスが適当だとは評したくないのだが、これはどう考えたって。
 心ここにあらずといった状態の跡部がしてくるこのキスは、どう考えたって。
 適当、だ。
「………………」
 神尾の中に妙な敵対心が沸き起こってきた。
 神尾は唇の合わせを自分の方からもう少しゆるめて、舌をさしだした。
 普段であれば、神尾がこんな真似でもすれば。
 痛いくらいに跡部の口腔へと吸い込まれていく筈の神尾の舌を、今日の跡部は素通りした。
「………………」
 そういえば。
 いつもは神尾の身体を縛り付けるようにして回されている筈の跡部の両腕も、だらりと跡部の身体の両脇に下りたままだ。
 跡部の部屋で、二人きりでいて、交わすキスなのに。
 随分と儀礼的な感じがしてくる。
 そうやって、あれこれと、よくよく伺ってみれば本当に。
 今日の跡部の態度はおざなりで、ここにきて神尾は漸く不機嫌に眉根を寄せた。
 全く持って乗り気でないと言わんばかりの適当なキスに腹が立つ。
 別に、適当にならしなくたっていい。
 おざなりにならいらない。
 そう吐き捨てるのは簡単だったけれど、でも本音は神尾だってするならちゃんとしたキスが欲しいだけだ。
「………………」
 なので神尾は自分のの方から。
 下から伸び上がるようにして、跡部の唇に深く密着する。
 いつもは跡部がするように。
 しかし今日は神尾が伸ばした両腕で跡部の頭を抱き寄せて。
 神尾から跡部の胸元におさまるように近づいていって。
 それなのに、跡部の腕は軽く神尾の肩を掴むだけで、その腕も結局キスを離し、神尾の身体を跡部から引き剥がす為に使われた。
「…………なんだ? やりてえの?」
「………………」
 唇と身体が離れると、跡部は少しだけ笑って言った。
 でもその笑みと同じくらい少しだけ。
 跡部の機嫌がよくないのも判って。
 神尾はちょっと傷ついた。
「………………」
 それを押し隠して睨み据えた先で、微かな溜息まで跡部につかれてしまってその心情は余計にだ。
「……ったく。普段こんな真似してみせたこともないくせに」
「………………」
「噛み合わねえ時にばっか誘うんじゃねえよ」
 別に。
 跡部と噛み合わなくて。
 跡部がしたくないならしたくないでいいけれど。
 でもだからってそういう言い草があるか?!と神尾は内心で激しく憤慨した。
 実際は、そんな思いも口に出せないくらい、結構なショックを受けている神尾であるけれど。
 跡部の方こそ、普段ならどうしてそんなにがっついてるんだと神尾が焦るくらいなのに、今日はそんなにも低い熱量で自分を見つめるのかと。
 神尾が言葉を口にする事も出来ずに、跡部をただ睨みすえているだけでいる中。
 床に置いてあった跡部の携帯が無造作に着信音をたてた。
 神尾は緊張感の最中に割って入ってきたその音に驚いて、一瞬身体を竦ませたが、跡部は平然と電話に向かって手を伸ばす。
 あっさりと神尾から離れていって。
 その電話に跡部は出た。
「………………」
 本当にもう、ここまできたら何から何まで腹がたつ。
 何から何まで人の事を傷つける。
 神尾は心底から、むかつくやら悔しいやら哀しいやらで本気で泣きたくなってしまった。
 その間跡部は神尾に背を向けながら電話で誰かと話をしている。
 放ったらかしもいいとこだ。
 さすがに神尾も限界だった。
「………………」
 もうこんな所さっさと出て行ってやると、神尾が無言を貫き通して跡部を追い越し、部屋を出て行こうとした時だ。
 跡部が電話をかけてきた相手に「今から行きます」と返事をして電話をきった。
 適当なキスだとか、噛み合わない欲だとか、その上に自分など置いていって平気で出かけると言うのだから、ほとほと軽んじられてると怒りも最骨頂に達した神尾は、跡部を追い越しかけた所で二の腕をつかまれた。
 物凄い力でだ。
「……、……ッ…な…」
「………………」
 支えもないまま首が仰け反るほど強く深く唇を塞がれた。
 痛いような濃密すぎるこのキスを、神尾はよく知っている。
 身体は慣れないけれど、気持ちは慣れてもいる。
 馴染んだキスだ。
 跡部が必ずするキスだ。
 神尾を抱いている最中に。
「……お前、俺がこの後すぐにお前を抱けないって知った上であんな真似したんじゃねえだろうな」
「…ぇ……?」
 歯噛みするように苦々しく跡部に吐き捨てられて、神尾はくらくらする思考を凝らして、か細い問いかけを跡部に向ける。
 耐えかねたような勢いで跡部に貪られた舌が痺れる。
 跡部は相当凶悪な目をして神尾を睨みつけてきた。
 

 確かに、今日は約束をしていた訳ではなかった。
 確かに、神尾は駄目なら駄目でいいやと思って跡部の家に突然出向いてきた。
 そうして跡部は家にいたのだけれど、いきなりやってきた神尾を見て目を瞠り、些か複雑な顔をしてみせた。
 そういえば。
 確かに。


 跡部が急くようなキスの合間で毒づく言葉に、神尾は徐々に跡部の心中を知る。
 氷帝テニス部の監督である榊から、今日跡部の所に連絡がある事は最初から判っていた事だとか。
 そんな中で神尾が跡部の元を訪れた事だとか。
 でもそれならそれで、最初から都合が悪いとでも言って、帰せば良かっただろと神尾は手加減のないキスをされる仕返しに言ってやったのだが。
 その言葉で、跡部の機嫌は一層悪くなってしまった。
 腹いせのように首筋に軽い痛みと共に痕が残されるのを甘んじて受けながら、神尾は怒っている跡部の頭をそっと抱きこんだ。
 ちょっとでも。
 ちょっとだけでも。
 一緒にいたかったとか、思ってくれたんだろうかと。
 獰猛なキスを喉や首筋に埋められながら神尾は思う。
 神尾がおざなりと感じたキスも。
 踏みとどまれる跡部のボーダーラインだったのかと考えれば、随分と早い段階が跡部の限界地点なんだなと知って気恥ずかしくなる。
「な………行かなくて…い…のか?……」
「………くそったれ…!」
 何だかもう、そんな風に口汚く罵られているのに。
 その跡部の声音にうっかりと幸せになってしまった神尾は、獰猛な気配を放つ跡部の頬に、迂闊にもキスなんかしてしまって。
 激高した跡部に罵声と一緒に突き放されてしまった。
 そのまま跡部は走って出て行った。
 神尾を置いて。
 他人が聞いたら呪詛か悪態かというような、しかし神尾にとっては睦言でしかないような怒鳴り声も一緒に置いて。


 うっかり、迂闊に、それで神尾は幸せだったりするのである。
 跡部の体温にあたたまった寝具は、近頃尋常でなく心地良い。
 神尾は寝ぼけ眼で身じろいで、その拍子に跡部の整いすぎる程に整った端整な顔を不意打ちで間近に見ることになり、今更のようにうろたえた。
「………………」
 一緒に寝てるとか信じらんね、と神尾は思う。
 今でも。
 そんなことを思いながらこうして跡部の寝顔を見つめていると、やけに現実離れした状況に自分が在る気がして、意識しないままぽつりと呟いた。
「…………いらなくなったら…上手に捨てろよな」
 優しくしたりしないといい。
 そういう時が来たら。
 もう立ち直れないくらい、未練なんか少しも残せないくらい、跡部の前にもう二度と立てないくらいにしてくれないと、自分はきっと。
「蹴り落とすぞ」
「………あと…べ…?」
「最悪なやり方で起こしやがって……」
 不機嫌極まりない、唸り声のような声を洩らして跡部が神尾を組み敷いてきた。
「何のつもりだ」
「……なんのって…」
 聞いたくせに答えさせない。
 強いキスで唇を深く塞がれた。
「…………っ…、ぅ」
 乱暴なキスは気持ちの良い寝床と寝起きの気だるさとは全く噛みあわない。
 睨み据えてくる跡部の眼差しは相当にきついし、キスも痛いくらいなのに。
 なんだろう、ほっとすると神尾は思った。
 本気で怒る跡部に、ほっとする。
「………蹴り……落とさないのか?…」
「うるさい」
「跡部……」
「俺は凄まじく腹立ってんだよ。抵抗するな」
「…………してない」
「嫌がるな」
「だから…してない」
 そんな力づくで押さえつけてこなくたって逃げない。
 脅すように言わなくたって跡部の言うこと聞くのに。
「跡部」
 眠るときに着たシャツをたくし上げられ、素肌に直接宛がわれた跡部の手は熱いのに。
 まるで寒いみたいに身体が震えた。
 大きくなっていく心音を確かめるように跡部の手が執拗に左胸の上を撫で擦ってきて、起き抜けにも関わらず神尾の鼓動はどうしようもなく乱れていった。
「捨ててくれって」
「………………」
「もう開放してくれって、頭下げられようが、泣いて頼まれようが、お前はもう逃げられねえんだよ」
「………………」
 物騒な眼差しと言葉とで、そんな風に吐き捨てられて、嬉しいなんて。
 自分はおかしいのかもしれないけれど。
 抱き締め返させてもくれない一方的な跡部を少しだけ恨めしく思って、でも神尾は。
 首筋に顔を伏せてきた跡部のキスをそこに埋められながら、握り潰されそうに拘束されている自分の手首を自身の顔の脇に見つめ、跡部の事をますます好きで、泣き出しかける。

 知り尽くせないお互いだから、何度も何度も、こうして相手に。
 キスをする、身体を繋げる、喧嘩をして、言い争って、そしてまた恋をする。
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