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How did you feel at your first kiss?
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 十二月になってまだ数分。
 深夜のコンビニで、南は亜久津に会った。
 同じ学校の同じ学年にいながらも、久しぶりだと感じ入る。
 部活も同じだった時期もあるのだけれど。
 私服姿で会った事は、そういえばなかったなと南は思った。
「………………」
 亜久津は南を見とめても、声もかけないし、表情も変えない。
 洗いざらしで、かわかしたままになっているらしい亜久津の髪は、通常とは違い、逆立てられる事無くふわりと下ろされていた。
 色素の薄い髪は結構長い。
 重そうな革のジャケットの下はタンクトップしか見えず、それではジャケットの意味もなく、むしろ寒いのではないかと思いながら。
 南は亜久津を見据えた。
 コンビニを出て行こうとしている南と、入ってくる亜久津。
 扉のところで出くわして、目線が合っても、会話はない。
 すれ違い様、南が扉から手を離さずに。
 亜久津が通るまでそこを開けて支えていても、亜久津の視線はもう南から完全に通過していた。
「………………」
 南は黙って肩越しに亜久津の背を見つめ、扉がゆっくりと閉まっていくのを見届けた。



 受験勉強の合間の、数分足らずの息抜きのつもりで自宅から一番近いコンビニにやってきた。
 南が手に持つコンビニの袋の中身は、夜食の焼きサケハラミのおにぎりがひとつと、缶コーヒーが一本。
 缶コーヒーは、陳列棚から手にとった時からぬるかった。
 まだ充分温まっていなかったのだろう。
 思い出したように南がビニールの手提げ袋から取り出した時には、すでにひやりとした触感だった。
「てめえ、」
「………………」
 頭上から剣呑とした声が降ってくる。
 コンビニ前の注駐車スペースで、車輪止めに腰を下ろしていた南は顔を上げて、小さく笑んだ。
 酷くきつい目で、亜久津は南は見下ろしていた。
 舌打ちと同時に長い腕が乱雑に南に伸びてきて、胸倉を掴まれ一息に引き上げられる。
 寒さに手足がかたまっていて、無防備なまま引きずり上げられたせいで南の首元はきつく絞まった。
 僅かに繭を顰めた南に、亜久津は手を緩めなかった。
 そのまま殴りかかってくるような目で冷たく睨みつけてくる。
「何の真似だ」
 今ここにいる事を低い恫喝で責められて、南は小さく溜息を零す。
 亜久津の言葉は問いかけているようで、実際は違う。
 南の答えなど必要としていない。
「気味悪い事するな」
 亜久津に手荒に突き飛ばされる。
 予想は出来ていたので南は数歩よろけただけで踏みとどまった。
 そのまま背を向けようとする亜久津の目を、じっと見つめて。
 多分今自分がどんな顔をして亜久津を見ているか、南は判って、尚も見つめて。
「………何だ、その目」
「………………」
 ギリ、と鈍い音がした。
 亜久津が歯を食いしばったのだ。
 肉の削げた頬の動きで見て取れた。
「おい」
「………うん」
「トチ狂ってんじゃねえよ」
 うん、ともう一度南は頷いた。
 そうだよ、とも伝える意味で。
 亜久津の表情が僅かに動いた。
 勝手な待ち伏せを責めていた目が別の光をたたえて細められる。
 気がついた。
 亜久津も、今気がついた。
 こんな目で見られたら誰だって判るだろう。
 こんな目をする人間が、何を考えているかなんて。
「南」
 名前。
 呼ばれたの久しぶりだなあ、と思いながら。
 南は一瞬目を閉じた。
 冷気が身体を包む。
 こんなに寒いのに。
 目を開けて見据えれば、亜久津の眼差しも、あんなに冷たいのに。
「そうだよ」
 見たままだ。
 そのままだ。
 偶然、久しぶりに、会えでもしたら、そのまま帰れない。
 黙って待ってしまう。
 こんな所にしゃがみこんででも。
 隠していたことなど、簡単に気づかれる。
「………そうだよ…俺は…ずっと、長いこと。お前にも、他の誰にも知られないで、好きだったんだ」
「………………」
「お前に、今こうやって気付かれても、うろたえないくらいには長い間」
 隠したかったけれど。
 ばれてしまっても、いいかな、とも思っていた。
 随分長いこと話も出来なかったから。
 目も合わなかったから。
 コンビニからの、帰り道を。
 ほんの少しの時間でいいから、一緒にいたかったから。
 好きだったから。
「………………」
 亜久津の双瞳はぎらついた。
 物凄い目で南を睨みつけてきた。
 気にくわねえ、と吐き捨てられて。
 これは殴られるなと南は思った。
「ん、…まぁ…そうだよな、普通」
 気味悪がるのが、普通だ。
 苦笑いで目を伏せた南は、後ろ髪を加減のない手で鷲掴みにされ、力任せに仰のかされた。
 痛みに顔を歪めるより先、凄まじい声で怒鳴られた。
「ふざけんな…ッ」
「あく、…」
 人に死ぬ気で諦めさせておいてと続け様に恫喝のように吐き捨てられる。
 その言葉に目を瞠った南は、次の瞬間、闇雲な抱擁と口づけとに縛られる。
「…、ッ…、ぅ」
「………、………」
 噛み付かれるように塞がれた唇、獰猛で執拗な舌。
 髪も、肩も、亜久津の手に握り潰されんばかりに掴み締められている。
 それほど身長差がある訳ではないのに、南は爪先立ちになるほど引きずり上げられて抱きしめられた。
 口付けられた。
「っ…、……亜久…津、?……な、…っ…ン、」
「うるせえ」
 乱暴なのではなく、余裕のない手に抱かれて。
 コンビニの片隅、死角になるスペースで壁に押さえつけられ、唇を貪られる。
 両手首を硬いコンクリートの壁に縫いとめられ、あからさまに貪婪なやり方で唇を奪われ続け、隙間などない筈の合間から、ぬるく唾液が流れていく。
 膝が震え、何度も崩れかけ、その都度容赦のない獰猛なキスで食い止められた。
 身体を縛る荒い力は、暴力ではなく執着だ。
 だから南は抱き締め返した。
 革越しの、広い背中を。
 強く。



 寒い夜。
 暗い夜。
 偶然に、耐え切れず、手に掴んだものは。
 手にすることはないと、諦めていた星の欠片のようなもの。
 星を砕いて、半分ずつを、手に入れた。
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噴き出す汗に溺れそうになる。
 濡れた中で荒く塞がれた唇は、息をも止められ、苦しくもがく側からかぶりつかれて、また深いキスへと繋がった。
 決して嫌がっていないのに、手首の拘束は暴力的で。
 呼吸が奪われる執拗な口付けは、麻酔の効力で。
 南の記憶を錯乱させる。


 あの日、千石は、どちらをたしなめていただろうか。


 夕焼けに満ちた部室で、千石の言葉が部誌を書きつけていた南の手の動きを止める。
「南は亜久津がいなくても平気だろうけど、亜久津は南がいないと駄目なんじゃないかな」
「………千石?」
 何の話だ?と南が聞くより先。
 苦笑いしている千石は言った。
「だって南が」
「俺が何」
「亜久津を育てちゃったから」
「…は?」
 肘をついた片手に頬を乗せて、千石は溜息のように言葉を綴る。
「叱って、甘やかして、信じてさ。繰り返し繰り返し、何度も何度も」
「………俺が亜久津を?」
「殴られても、怒鳴られても、全然びびんないし。南、見た目地味だから、そういうの結構びっくりするよ。ギャップ強くて」
「……千石。一言余計だ」
 困惑交じりに南は千石を睨んだ。
 何を言われているのか、もしくは言われようとしているのか。
 南には判らなくて。
 ペンを置いて、たいして大きくもない部室の机を向かい合わせに挟んでいる千石を真直ぐに見据える。
「第一、びびんないとか、そんなのうちの部員達の殆どは……」
「でも俺は亜久津を叱らないよ?」
「…………それは…まあ…そうだけど」
「あっくんしょうがないなーって放っておいちゃうしね。東方は叱る事はあっても、甘やかしはしないし。室町くん達は、びびりはしないけど放任でしょ? そういうの全部やってんのは南だけ」
 夕焼けは千石の明るい髪を一層眩く光らせる。
 南は少し目を細めた。
「南の側は居心地いいよ」
「………………」
「羽目外して何かやらかす一歩手前で、堅実にストッパーしてくれるし」
「千石?…お前、何でそんな話を俺にする?」
 いい加減なようでいて誰よりも聡い千石の本質を知っている南には、千石の言いたい事が一向に掴めない。
 普段とは違う、まるで遠慮がちな話し方も気になって、南は千石の話をそっと遮った。
 千石は、そうされて気分を害した風もなく、ただ軽く頷くような仕草をみせた。
「ん。あのさ」
 そうして普段の千石らしい物言いで言った。
「南は、そういうわけで、すごいいい奴なんだけど、唯一にして最大の欠点があると俺は思うわけ」
「は?」
「南。にぶい」
「……は?」
 面食らった南に対して、千石は盛大な溜息を吐き出した。
「ほんっとに、にぶい。こんなこと、俺が教えなくても自分で気づいてよー」
「何をだよ?」
 そんなあからさまに呆れられても。
 南には本当にさっぱりと判らない。
「どうしてあんなギラギラした目で見られてて判んないの」
「だから何が?」
「身体に判らせてやるとか、もういつ言われてもおかしくないだろ。南」
 どうすんのそんなんじゃさあ、と情けなく肩を落とし、眉も下げる千石を、具合でも悪いのかと南は怪訝に覗き込む。
「千石? どうしたんだよ」
「………もー……どうしたじゃないよ……」
 千石は、珍しくも自棄っぱちな口調で、机に顔を伏せてしまった。
 そして取り残された南はといえば、困ったように、そんな千石と向き合うしかなかった。


 そんな会話をして、何の意味も判らなくて、いた時もあったのに。


 結局千石の目はいつでも確かで、彼の危惧した通りになった気もする。
「……、…に考えてやがる」
「………っ…ぁ…、ッ」
 もう二度とほどけないかと思ったキスが離れて、煙草の匂いが乱れた息に飽和して。
 濡れそぼっては零れ、尚も濡れる口元に、南は無意識に手をやった。
 苛立った亜久津の気配は尖って痛い。
「ん、…、…ッ……、」
 首筋から喉元から噛みつかれ、長い指が、かわいた手のひらが、身体中に触れてくる。
 亜久津の手に弄られて、押し込まれて。
 互いの皮膚が、重なって、擦れていく。
 そこから発火していきそうになる。
 初めての、あの時も。
 初めての、あの後も。
 闇雲な衝動に巻き込まれるやり方は暴力をも思わせたけれど、繰り返していくうち、南は慣れて、亜久津は焦れて餓えていく。
 躊躇いが亜久津を追い立てている事を知っているから、南は自分の首筋に歯を食い込ませる亜久津の頭をゆるく抱いた。
 そこには亜久津の舌も、自分の汗も滲みた。
 噛み切られても与えたまま。
「…亜久津」
「………………」
「お前が本気で殴ったって、俺はそう簡単に壊れたりしないし……お前がやりたいだけやったって、たぶん平気だぜ…?」
 亜久津に何をされてもいいと思うのは、決して自虐などではない。
 亜久津が欠片も言葉にはせずに危惧している事など、南には少しも重大な事ではない。
「……甘くみられたもんだな」
 酷く獰猛な目で睨みつけられ、吐き捨てられた言葉と舌打ち。
 顔を上げてきた亜久津の唇の表面は、薄く血で赤い。
 南はそれを見上げて微笑した。
「……こっちの台詞だよ。亜久津」
「…………、…テメェ……」
 真上から喉で押さえられて口付けられる。
「っ…、ン…っ、ぅ…」
 もう一方の阿久津の手は南の下腹部に伸び、手のひらの付け根の固い骨でそれを嬲られながら、骨ばった長い指が深く埋められていく。
「……ひ……ぁ…っ…」
「…どこが平気だって」
「ァ……ぁ…、…ァっ…、ァ」
「ふざけるな」
 荒い指に内側から身体を数回突き上げられ、引き摺り出されたような嬌声で南の喉がまだ震えているうちに、亜久津は南の両足を腿の裏側で掴んで押し広げた。
 衝撃としか言いようのない力で身体を拓かれる。
 声も出せずに仰け反って戦慄いた南の喉元で、亜久津がつけた傷跡からうっすらと血が滲んだようで。
「………、…ッ…」
 何事か毒づいた亜久津にそこをきつく吸われて、南は、ひりつく小さな痛みが判るくらいには正気へと引き戻された。
「……っ…ぅ、…」
「………………」
「…、…く…」
 無理矢理に押し込まれたまま、でもそこから動き出そうとはせず。
 音でもしそうに奥歯を噛み締めている亜久津に、南は手を伸ばす。
 指先で、削げたような硬質なラインの亜久津の頬に触れる。
「……大丈夫…だろ…?」
「………………」
「………いいよ……じっとなんか…してなくて……」
 しなくていい我慢なんて必要ないのだと、南は亜久津に判らせたいだけだ。
 亜久津の目は獰猛さを増して、南を本気で殺してしまいたそうな顔をする。
「壊れやがったら……本気で殺すぞ」
「…………ん」
 頷きは。
 尋常でない揺すられ方に掻き消された。
 そこでされているのと同じ強さで唇も塞がれ、体内を擦られているのと同じやり方で硬口蓋を強い舌で撫でられる。
 怖いような痺れを伴って南の気が遠くなる。
 それが何故なのか、亜久津が正しく気づけばいい。
「ぁ、…、く…っ、ぅ…、」
 手加減なんか、これっぽっちも、絶対に、しないのに。
 壊れたら殺すなんて脅すくらいなら。
 執着にまみれたキスひとつで、簡単に縛られた自分に対してもう少し付け上がっていればいいのにと南は思う。
 自分を睨み付けてくる亜久津のきつい目が、必死に見えるなんて変だ。
「………亜久津…」
 キスが解けて、舌打ちが、悔しげに聞こえるとか。
「亜久津?……」
 荒い息とか。
 焼けおちそうな高ぶりだとか。
 切羽詰っていって、猛々しい乱れに取り囲まれていく気配だとか。
「…………くそったれ」
 毒づく言葉の甘さが脳に沁みる。
 こうしていて、おかしくなるのは、自分だけのはずなのに。
 どうしてこの男まで、そんな顔をと南は思って、再び亜久津の顔へと伸ばした指を。
 亜久津の口に深く銜えられ、飲み込まれ、根元近くを、強く噛まれた。


 噛み傷は、誓いの指輪の形に酷似していた。
 髪がくずれていく。
 かたく、普段は上げてかためてしまっている互いの髪は、どちらからともなくくずれ出していく。
 亜久津に剥がれた衣服が、寝具の上、南の背の下で、散らかっていくように。
 キスをして、身体を重ねて、その過程で互いの髪が、散らばっていくように。
 汗で湿る。
 シーツに擦れる。
 その手にまさぐられ、この手に縋られて、髪はやわらかく濡れ、雑に乱れて、もつれあう。
 唇の内部を探られて、抉られて、舐められて、繰り返すキスの狭間に相手の髪を手に握りこむ。
 終わらせたくなくて亜久津の舌に南の方から絡んでいけば、苦い舌は尚濡れて、執拗に南の唇を貪った。
 そのくせ南の喉からくる痙攣を察するのも早く、食いちぎるように阿久津の方からキスが解かれるのと同時に、南はかわいた咳を唇から零した。
「………馬鹿が」
 舌打ちと共に、しかし亜久津の手は南の背を擦った。
「しねえって、俺は言った」
「……ッ…、…っ、ン…」
「やるっつったのはお前だ」
 不機嫌に吐き捨てられた言葉に、南は咳き込みながら頷いた。
 苦しいながらも淡く笑って阿久津を見上げて腕を伸ばす。
「…………さむい……」
 再度の舌打ちが聞こえて。
 南の身体は浚われるように亜久津の長い腕に巻き込まれた。
「熱あんだろうが」
「………いい…」
 したい、と言ってしがみつけば。
 亜久津の気配は剣呑としたものになったが、南の笑みは深まった。
 風邪をひいている自覚はあって、普段なら堅実にこの初期段階で治そうと思う南だけれど。
「いらないか」
 俺の風邪。
 ぽつんと呟いてやれば。
 一切の言葉にはせず、そのくせいつも南の何もかもを欲しがっている男は、躊躇いもなく嗄れた咳の余韻で忙しなく動いている南の喉を舐めて、深く、そこに口付けてきた。
 むさぼられる口付けに肌をさらしながら、南はやわらかくなった亜久津の髪を、大事に手のひらに閉じ込める。
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