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How did you feel at your first kiss?
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噴き出す汗に溺れそうになる。
 濡れた中で荒く塞がれた唇は、息をも止められ、苦しくもがく側からかぶりつかれて、また深いキスへと繋がった。
 決して嫌がっていないのに、手首の拘束は暴力的で。
 呼吸が奪われる執拗な口付けは、麻酔の効力で。
 南の記憶を錯乱させる。


 あの日、千石は、どちらをたしなめていただろうか。


 夕焼けに満ちた部室で、千石の言葉が部誌を書きつけていた南の手の動きを止める。
「南は亜久津がいなくても平気だろうけど、亜久津は南がいないと駄目なんじゃないかな」
「………千石?」
 何の話だ?と南が聞くより先。
 苦笑いしている千石は言った。
「だって南が」
「俺が何」
「亜久津を育てちゃったから」
「…は?」
 肘をついた片手に頬を乗せて、千石は溜息のように言葉を綴る。
「叱って、甘やかして、信じてさ。繰り返し繰り返し、何度も何度も」
「………俺が亜久津を?」
「殴られても、怒鳴られても、全然びびんないし。南、見た目地味だから、そういうの結構びっくりするよ。ギャップ強くて」
「……千石。一言余計だ」
 困惑交じりに南は千石を睨んだ。
 何を言われているのか、もしくは言われようとしているのか。
 南には判らなくて。
 ペンを置いて、たいして大きくもない部室の机を向かい合わせに挟んでいる千石を真直ぐに見据える。
「第一、びびんないとか、そんなのうちの部員達の殆どは……」
「でも俺は亜久津を叱らないよ?」
「…………それは…まあ…そうだけど」
「あっくんしょうがないなーって放っておいちゃうしね。東方は叱る事はあっても、甘やかしはしないし。室町くん達は、びびりはしないけど放任でしょ? そういうの全部やってんのは南だけ」
 夕焼けは千石の明るい髪を一層眩く光らせる。
 南は少し目を細めた。
「南の側は居心地いいよ」
「………………」
「羽目外して何かやらかす一歩手前で、堅実にストッパーしてくれるし」
「千石?…お前、何でそんな話を俺にする?」
 いい加減なようでいて誰よりも聡い千石の本質を知っている南には、千石の言いたい事が一向に掴めない。
 普段とは違う、まるで遠慮がちな話し方も気になって、南は千石の話をそっと遮った。
 千石は、そうされて気分を害した風もなく、ただ軽く頷くような仕草をみせた。
「ん。あのさ」
 そうして普段の千石らしい物言いで言った。
「南は、そういうわけで、すごいいい奴なんだけど、唯一にして最大の欠点があると俺は思うわけ」
「は?」
「南。にぶい」
「……は?」
 面食らった南に対して、千石は盛大な溜息を吐き出した。
「ほんっとに、にぶい。こんなこと、俺が教えなくても自分で気づいてよー」
「何をだよ?」
 そんなあからさまに呆れられても。
 南には本当にさっぱりと判らない。
「どうしてあんなギラギラした目で見られてて判んないの」
「だから何が?」
「身体に判らせてやるとか、もういつ言われてもおかしくないだろ。南」
 どうすんのそんなんじゃさあ、と情けなく肩を落とし、眉も下げる千石を、具合でも悪いのかと南は怪訝に覗き込む。
「千石? どうしたんだよ」
「………もー……どうしたじゃないよ……」
 千石は、珍しくも自棄っぱちな口調で、机に顔を伏せてしまった。
 そして取り残された南はといえば、困ったように、そんな千石と向き合うしかなかった。


 そんな会話をして、何の意味も判らなくて、いた時もあったのに。


 結局千石の目はいつでも確かで、彼の危惧した通りになった気もする。
「……、…に考えてやがる」
「………っ…ぁ…、ッ」
 もう二度とほどけないかと思ったキスが離れて、煙草の匂いが乱れた息に飽和して。
 濡れそぼっては零れ、尚も濡れる口元に、南は無意識に手をやった。
 苛立った亜久津の気配は尖って痛い。
「ん、…、…ッ……、」
 首筋から喉元から噛みつかれ、長い指が、かわいた手のひらが、身体中に触れてくる。
 亜久津の手に弄られて、押し込まれて。
 互いの皮膚が、重なって、擦れていく。
 そこから発火していきそうになる。
 初めての、あの時も。
 初めての、あの後も。
 闇雲な衝動に巻き込まれるやり方は暴力をも思わせたけれど、繰り返していくうち、南は慣れて、亜久津は焦れて餓えていく。
 躊躇いが亜久津を追い立てている事を知っているから、南は自分の首筋に歯を食い込ませる亜久津の頭をゆるく抱いた。
 そこには亜久津の舌も、自分の汗も滲みた。
 噛み切られても与えたまま。
「…亜久津」
「………………」
「お前が本気で殴ったって、俺はそう簡単に壊れたりしないし……お前がやりたいだけやったって、たぶん平気だぜ…?」
 亜久津に何をされてもいいと思うのは、決して自虐などではない。
 亜久津が欠片も言葉にはせずに危惧している事など、南には少しも重大な事ではない。
「……甘くみられたもんだな」
 酷く獰猛な目で睨みつけられ、吐き捨てられた言葉と舌打ち。
 顔を上げてきた亜久津の唇の表面は、薄く血で赤い。
 南はそれを見上げて微笑した。
「……こっちの台詞だよ。亜久津」
「…………、…テメェ……」
 真上から喉で押さえられて口付けられる。
「っ…、ン…っ、ぅ…」
 もう一方の阿久津の手は南の下腹部に伸び、手のひらの付け根の固い骨でそれを嬲られながら、骨ばった長い指が深く埋められていく。
「……ひ……ぁ…っ…」
「…どこが平気だって」
「ァ……ぁ…、…ァっ…、ァ」
「ふざけるな」
 荒い指に内側から身体を数回突き上げられ、引き摺り出されたような嬌声で南の喉がまだ震えているうちに、亜久津は南の両足を腿の裏側で掴んで押し広げた。
 衝撃としか言いようのない力で身体を拓かれる。
 声も出せずに仰け反って戦慄いた南の喉元で、亜久津がつけた傷跡からうっすらと血が滲んだようで。
「………、…ッ…」
 何事か毒づいた亜久津にそこをきつく吸われて、南は、ひりつく小さな痛みが判るくらいには正気へと引き戻された。
「……っ…ぅ、…」
「………………」
「…、…く…」
 無理矢理に押し込まれたまま、でもそこから動き出そうとはせず。
 音でもしそうに奥歯を噛み締めている亜久津に、南は手を伸ばす。
 指先で、削げたような硬質なラインの亜久津の頬に触れる。
「……大丈夫…だろ…?」
「………………」
「………いいよ……じっとなんか…してなくて……」
 しなくていい我慢なんて必要ないのだと、南は亜久津に判らせたいだけだ。
 亜久津の目は獰猛さを増して、南を本気で殺してしまいたそうな顔をする。
「壊れやがったら……本気で殺すぞ」
「…………ん」
 頷きは。
 尋常でない揺すられ方に掻き消された。
 そこでされているのと同じ強さで唇も塞がれ、体内を擦られているのと同じやり方で硬口蓋を強い舌で撫でられる。
 怖いような痺れを伴って南の気が遠くなる。
 それが何故なのか、亜久津が正しく気づけばいい。
「ぁ、…、く…っ、ぅ…、」
 手加減なんか、これっぽっちも、絶対に、しないのに。
 壊れたら殺すなんて脅すくらいなら。
 執着にまみれたキスひとつで、簡単に縛られた自分に対してもう少し付け上がっていればいいのにと南は思う。
 自分を睨み付けてくる亜久津のきつい目が、必死に見えるなんて変だ。
「………亜久津…」
 キスが解けて、舌打ちが、悔しげに聞こえるとか。
「亜久津?……」
 荒い息とか。
 焼けおちそうな高ぶりだとか。
 切羽詰っていって、猛々しい乱れに取り囲まれていく気配だとか。
「…………くそったれ」
 毒づく言葉の甘さが脳に沁みる。
 こうしていて、おかしくなるのは、自分だけのはずなのに。
 どうしてこの男まで、そんな顔をと南は思って、再び亜久津の顔へと伸ばした指を。
 亜久津の口に深く銜えられ、飲み込まれ、根元近くを、強く噛まれた。


 噛み傷は、誓いの指輪の形に酷似していた。
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