How did you feel at your first kiss?
宍戸は現在待ちぼうけの最中だ。
しかし待ちぼうけというのは正しくはついに相手が来なかった事を指すので、正確なところ確定ではないのだが、とにかく待ち人が来ないのである。
それは事実だ。
「………………」
鳳が待ち合わせの場所に現れない。
これまでに宍戸との待ち合わせで、ただの一度も遅刻やドタキャンをしたことがない鳳がだ。
メールも電話も来ないばかりか、宍戸からかけてみた携帯は、メールの返事がないのは勿論、繋がりもしなかった。
「どうしたんだあいつ…」
八方塞がりなこの状態なら尚更、へたに動くのはまずい。
宍戸は待ち合わせ場所である、ひとけのない穴場である車のショールームの中で、ガラスの壁面に寄りかかり、肩越しの外の風景を流し見る。
適度な空調で内部は程よく涼しかった。
ここ最近暑い日が続いていたので、待ち合わせ場所をここにしたのは正解だった。
本当ならば今日は宍戸が見やっている道路の向こう側にある映画館で、映画を観る事になっていた。
二十分前の待ち合わせにも関わらず、とうにその上映時間は過ぎてしまっていた。
三十分以上、音沙汰無しだ。
こうなると怪我や事故でないようにと祈るばかりだが、不思議と宍戸の内に、そういうへたな胸騒ぎは起きなかった。
鳳に関しては案外そういう勘のようなものがよく働くので。
宍戸はむしろ落ち着いている。
あと三十分くらいは待ってもいいかと宍戸は思ったが、それから五分もしないうちに、自動ドアを走って駆け込んできた長身の男に、宍戸は片手を上げた。
「よう」
ここだと手を閃かせると、更に物凄い勢いで駆け寄ってきた鳳が、それこそ土下座でもしそうな勢いで頭を下げてきた。
「すみませ…、っ……」
「ん?…ああ、いいけどさ、お前」
すごい汗だった。
宍戸は目を瞠る。
長期戦の試合の時並みだった。
「大丈夫かよ、長太郎。なんか飲むか?」
このショールームの一階には、こじんまりとしたカフェスペースがある。
膝に手を当てて上体を屈めていた鳳が、宍戸の問いかけに勢いよく顔を上げてきた。
気難しい顔で、掠れた声で、鳳は彼にしては珍しいぞんざいな息遣いで言った。
「宍戸さん、なんで怒らないんですか、っ」
「あ? 腹たたねーからだよ」
当たり前の理由を告げて、宍戸は僅かに首を傾けた。
いったいどこから走って来たのか鳳は髪まで湿らせている。
宍戸は鳳の髪にそっと手を伸ばした。
しかしその指先が触れるか触れないかで鳳が再度頭を下げた。
「…おい」
「すみませんでした!本当にごめんなさいっ」
「だからー…怒ってねえっつーの。顔上げろよ」
普段見慣れない鳳の後頭部を、宍戸は苦笑いしながら軽くはたいた。
けれども鳳はそのままだ。
言い訳ではなく謝罪だけを繰り返すばかりの鳳に、しかたねえなあと嘆息して、宍戸は強い声で言った。
「悪いと思ってんならさっさと顔上げろ!」
「は、」
はい、と言いかけている鳳の唇を宍戸は素早く掠めた。
「宍戸さ…、…」
幸い辺りにひとけは無し。
各階に一箇所しかないインフォメーションは正面入口の前だ。
今宍戸達がいる出入り口はショールームのスタッフからも完全な死角故の、スペシャルサービスだ。
いつまで好きな相手の後頭部ばかりを見てりゃいいんだと、元来気の短い宍戸は痺れをきらしたのだ。
「俺が怒ってんのか怒ってないのかくらい目で見て判れ。馬鹿」
「………違います」
「何がだよ」
「俺は宍戸さんが怒ってるから謝るんじゃないです。宍戸さんに心配かけさせたり、長い時間待たせたりしてしまったことを謝りたいんです」
ごめんなさいとまた真摯に頭を下げる鳳に、宍戸は結局唇を緩めてしまう。
「……お前は……ったく」
両手で軽く鳳の髪をかき乱す。
鳳が顔を上げてくるのにあわせて、乱した髪を形のいい頭に撫でつけた。
「あんまりいい男になりすぎんなよ」
「宍戸さん?」」
みすみす誰かに奪われるつもりも毛頭ないが。
「そのうち……いつか、泣き落としとかまでしちまいそうで怖いんだよ…」
好きで、好きすぎて、今ならダセェと一蹴出来る事もいつかはしてしまいそうで怖い。
苦笑いを浮かべた宍戸を、鳳は怪訝に見つめてきて。
「そういうのは俺が」
ひどく生真面目に宍戸の言葉を否定して来た鳳の、汗に濡れた頬を宍戸は軽く指先で拭う。
「長太郎」
「はい」
「あのな。俺、お前としたくなったんだけどよ…」
「…、え?」
「やっぱ映画が先のがいいか?」
ならもうすこし我慢するけどと宍戸は鳳を真っ直ぐ見つめて言った。
鳳はといえば、近頃とみに大人びてきた顔をあからさまに赤くして。
息を詰まらせ、絶句して。
それでも充分に男前なまま。
本当に勘弁してくださいと、再び深々と頭を下げていってしまった。
しかし待ちぼうけというのは正しくはついに相手が来なかった事を指すので、正確なところ確定ではないのだが、とにかく待ち人が来ないのである。
それは事実だ。
「………………」
鳳が待ち合わせの場所に現れない。
これまでに宍戸との待ち合わせで、ただの一度も遅刻やドタキャンをしたことがない鳳がだ。
メールも電話も来ないばかりか、宍戸からかけてみた携帯は、メールの返事がないのは勿論、繋がりもしなかった。
「どうしたんだあいつ…」
八方塞がりなこの状態なら尚更、へたに動くのはまずい。
宍戸は待ち合わせ場所である、ひとけのない穴場である車のショールームの中で、ガラスの壁面に寄りかかり、肩越しの外の風景を流し見る。
適度な空調で内部は程よく涼しかった。
ここ最近暑い日が続いていたので、待ち合わせ場所をここにしたのは正解だった。
本当ならば今日は宍戸が見やっている道路の向こう側にある映画館で、映画を観る事になっていた。
二十分前の待ち合わせにも関わらず、とうにその上映時間は過ぎてしまっていた。
三十分以上、音沙汰無しだ。
こうなると怪我や事故でないようにと祈るばかりだが、不思議と宍戸の内に、そういうへたな胸騒ぎは起きなかった。
鳳に関しては案外そういう勘のようなものがよく働くので。
宍戸はむしろ落ち着いている。
あと三十分くらいは待ってもいいかと宍戸は思ったが、それから五分もしないうちに、自動ドアを走って駆け込んできた長身の男に、宍戸は片手を上げた。
「よう」
ここだと手を閃かせると、更に物凄い勢いで駆け寄ってきた鳳が、それこそ土下座でもしそうな勢いで頭を下げてきた。
「すみませ…、っ……」
「ん?…ああ、いいけどさ、お前」
すごい汗だった。
宍戸は目を瞠る。
長期戦の試合の時並みだった。
「大丈夫かよ、長太郎。なんか飲むか?」
このショールームの一階には、こじんまりとしたカフェスペースがある。
膝に手を当てて上体を屈めていた鳳が、宍戸の問いかけに勢いよく顔を上げてきた。
気難しい顔で、掠れた声で、鳳は彼にしては珍しいぞんざいな息遣いで言った。
「宍戸さん、なんで怒らないんですか、っ」
「あ? 腹たたねーからだよ」
当たり前の理由を告げて、宍戸は僅かに首を傾けた。
いったいどこから走って来たのか鳳は髪まで湿らせている。
宍戸は鳳の髪にそっと手を伸ばした。
しかしその指先が触れるか触れないかで鳳が再度頭を下げた。
「…おい」
「すみませんでした!本当にごめんなさいっ」
「だからー…怒ってねえっつーの。顔上げろよ」
普段見慣れない鳳の後頭部を、宍戸は苦笑いしながら軽くはたいた。
けれども鳳はそのままだ。
言い訳ではなく謝罪だけを繰り返すばかりの鳳に、しかたねえなあと嘆息して、宍戸は強い声で言った。
「悪いと思ってんならさっさと顔上げろ!」
「は、」
はい、と言いかけている鳳の唇を宍戸は素早く掠めた。
「宍戸さ…、…」
幸い辺りにひとけは無し。
各階に一箇所しかないインフォメーションは正面入口の前だ。
今宍戸達がいる出入り口はショールームのスタッフからも完全な死角故の、スペシャルサービスだ。
いつまで好きな相手の後頭部ばかりを見てりゃいいんだと、元来気の短い宍戸は痺れをきらしたのだ。
「俺が怒ってんのか怒ってないのかくらい目で見て判れ。馬鹿」
「………違います」
「何がだよ」
「俺は宍戸さんが怒ってるから謝るんじゃないです。宍戸さんに心配かけさせたり、長い時間待たせたりしてしまったことを謝りたいんです」
ごめんなさいとまた真摯に頭を下げる鳳に、宍戸は結局唇を緩めてしまう。
「……お前は……ったく」
両手で軽く鳳の髪をかき乱す。
鳳が顔を上げてくるのにあわせて、乱した髪を形のいい頭に撫でつけた。
「あんまりいい男になりすぎんなよ」
「宍戸さん?」」
みすみす誰かに奪われるつもりも毛頭ないが。
「そのうち……いつか、泣き落としとかまでしちまいそうで怖いんだよ…」
好きで、好きすぎて、今ならダセェと一蹴出来る事もいつかはしてしまいそうで怖い。
苦笑いを浮かべた宍戸を、鳳は怪訝に見つめてきて。
「そういうのは俺が」
ひどく生真面目に宍戸の言葉を否定して来た鳳の、汗に濡れた頬を宍戸は軽く指先で拭う。
「長太郎」
「はい」
「あのな。俺、お前としたくなったんだけどよ…」
「…、え?」
「やっぱ映画が先のがいいか?」
ならもうすこし我慢するけどと宍戸は鳳を真っ直ぐ見つめて言った。
鳳はといえば、近頃とみに大人びてきた顔をあからさまに赤くして。
息を詰まらせ、絶句して。
それでも充分に男前なまま。
本当に勘弁してくださいと、再び深々と頭を下げていってしまった。
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