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How did you feel at your first kiss?
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 水を限界まで含んだ空気が、いよいよ耐えかねて雨を降らせ出した。
 雨は空からと言うよりも、手に届く所から、僅かずつ。
 零れ出てきたかのように、木々を濡らして、花を濡らしている。
 宍戸は図書室の窓辺の席でそんな屋外の様子を流し見ていた。
「宍戸さん。なに見てるんですか…?」
「………ん? なんだ。随分早かったな。長太郎」
 部活のない日、しかし委員会があると言った鳳を、待っていると言ったのは宍戸だ。
 ちょうど延ばし延ばしにしてしまっていた読書感想文の提出日が翌々日で、ついでに仕上げてしまおうと図書館で待っていると宍戸が鳳にメールをしてからたいして時間も経っていない。
「早く宍戸さんに会いたくて」
 上体を屈めて宍戸の耳元に唇を近づけた鳳が、ひそめた声で囁いてくる。
「………アホ」
 宍戸はといえば、意識してひそめた訳ではなく、そういう声しか出ない気分で短く返した。
 しかし吐息に笑みが交ざった鳳の気配は甘ったるく毒があった。
 小さく息を詰め、宍戸は赤くなりかけているであろう顔を僅かに背けるしか出来ない。
「……銀河鉄道の夜ですか」
「………………」
 やけに大人びたあしらいで、鳳は宍戸の手元に置いたままになっている本を見て宍戸の向かいの席に腰を落ち着かせた。
 生まれた何かしらの雰囲気を一掃するかのように鳳が話し出す。
「俺好きですよ。この話」
 宍戸も読書自体は好きな方だ。
 しかしもっぱらノンフィクション派で、いわゆる読書感想文の課題として指定されるような書物を読む事に対してはどうにも気分がのらない。
 宍戸は目の前の本を見つめて軽く溜息を吐き出した。
 鳳も来た事だし、今日も感想文はもういいかと見切りをつけて、宍戸は立ち上がった。
「宍戸さん?」
「借りて帰る」
 ちょっと待ってろと鳳に告げて本を手にした宍戸の手の甲に、そっと鳳の指先がかかった。
「…………、…」
「俺、この本持ってますから」
「………………」
「うち、来ますよね」
「………じゃ、お前に借りる」
 丁寧で柔和な笑みと、男っぽい手の印象は一見アンバランスなようでいて。
 でもそれが鳳なのだと宍戸は知っている。
 優しい穏やかな口調と、雄めいた低い声音のそれもまた同様に。
「あ、でもその前に」
「……長太郎?」
「少し、寄り道して行きましょう」
 立ち上がった鳳は宍戸と並び、何の衒いもなく宍戸の肩に手を回した。
 肩を包んでくる手のひらの大きさや長い腕の感触に、近頃宍戸は内心でひっそりとうろたえる。
 たったひとつの年の違いで。
 しかし鳳の変貌はやけに鮮やかで顕著だった。
 大人びていく過程が目立ちすぎて、これだけ身近にいる宍戸であっても時折ひどく驚かされる。
 振り返ればいつでも宍戸のすぐ後にいた鳳が、少し前からは大抵隣にいて、ここ最近は宍戸の前にいる。
 広い、大きな背中を見つめる事が増えた。
 それが嫌な訳でも、不安な訳でもない。
 ただ少しだけ何かが変わっていくようで心もとなかった。
 鳳に促されるまま宍戸は図書室を出た。
 雨は通り雨だったかのようにもう止んでいた。
「…で、どこ行くんだよ?」
「星を見に」
「…星?」
 いくら雨は止んだとはいえ、またいつ降り出しても何らおかしくないほど空は雲で凝っている。
 とても星など見える筈もない。
「長太郎?」
 宍戸の呼びかけに鳳は振り返って、そしてそこでなにかひどくいとおしそうに、その目を細めて宍戸をまっすぐ見つめてきた。



 宍戸が鳳に連れて来られたのはプラネタリウムで、銀河鉄道の夜を全天デジタル映像化したプログラムが上映されていた。
 小説のままに、北十字から南十字までの天の川を走っていく。
 白鳥の停車場、プリオシン海岸、蠍の火、サザンクロス停車場。
 星で出来ている世界は物語を忠実に、しかし全てではなく描いていて、見終えた宍戸が何をしたかったかといえば、ともかくその小説をきちんと読みたくなっていた。
「何か思ってた以上に面白かった」
「それなら良かったです」
「お前、誰かと来たのか」
 ふと思い立って宍戸は鳳にそう尋ねた。
 場の空気が徐に固くなる。
「誰かって誰?」
「や、……だからそれを聞いて……」
 鳳にしては珍しくきつい目をして問われ、宍戸は口ごもるかのように言葉を濁した。
 そういえば時々、鳳はこういう顔も見せるようになった。
 怒っているのか、腹立たしいのか。
「一人で来たに決まってるじゃないですか」
「………………」
 プラネタリウムから鳳の家へと向かう道すがら、鳳は宍戸と肩を並べてそう言ってから暫くの間沈黙した。
 宍戸からも何か話すことは出来なくて。
 結局大分してから鳳が、囁くような声で静かに話し出した。
「宍戸さん」
「…何だよ」
「俺、……最近、がっついてて怖いですか?」
「……は…?」
「………自覚は…してるんですよ」
 ひどく気難しそうに眉根を寄せた鳳を、宍戸は驚きに見開いた目で凝視した。
 何を言われたのかよく判らなかった。
「………………」
「でも、すみません。気をつけてるけど、……宍戸さんを、絶対大事にしますけど、無茶苦茶なこと考えてたりするのも本当です」
「無茶苦茶って……」
 漸く宍戸と視線を合わせて、鳳は微かな苦笑を唇に刻んだ。
「プラネタリウム見てる時の宍戸さんも綺麗だった」
「お前……」
 どこ見てたんだよと宍戸が思わず呻くと、宍戸さんを、と臆面もなく応えられてはもうどうすることも出来ない。
 あの暗闇で、そこまで恥ずかしい事をしているくらいなら。
 今更無茶苦茶でも何でも好きにすればいいと宍戸は思った。
「………お前、最近俺を抱く時やけに苦しそうなツラするの、それでかよ…」
 大人びていく故での強引さではなく、我慢しきれない子供じみた欲求で荒いでいるのかと思えば、ふと笑みも零れてしまう。
 すこし安堵もした。
「お前の好きにすりゃいい」
「……また宍戸さんは簡単にそんなこと言って…」
 窘めるような声は年下らしくなかったが、あからさまに表情は焦れて拗ねていたから、宍戸は無性におかしくなった。
「……プラネタリウム見た後は、すぐ本が読みたいって思ったけど。今のお前の顔見たら」
「宍戸さ……」
 片腕で、ぐいっと鳳の後頭部を引き寄せて。
 宍戸は至近距離で笑った。
 図書室での鳳への、ちょっとした仕返しのように。
 鳳がしたように彼の耳元に唇を近づけて囁いてやる。
「すぐお前としたいって思ったな」
 早く。
 全部。
 好きにすればいい。
 そうやって言葉と態度で明け渡してやればやったで、また余計に苦しがるような凶暴な気配を漂わせる鳳が、宍戸にはとにかくどうしようもなく可愛かった。
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