How did you feel at your first kiss?
思考までも湿らせてくる湿気にはほとほとうんざりするが、実際目の前で汗に濡れている海堂の姿は、乾の目には不思議と爽然として見えた。
「はい、お疲れ。終了だ」
「…………っす…」
最後のランニングを仕上げて足を止めた海堂が、無造作に肩口で額の汗を拭う。
乾に目礼してきた海堂の睫毛も、汗を含んだように濡れて色濃くなっていた。
慣例の二人で行う自主トレを終えて、乾は小型のクーラーボックスの中からボトルを取り出した。
「海堂」
途端に海堂が、きつい眼差しの中に怯えの色を翳すので、乾は微苦笑してボトルキャップを開けた。
「牛乳。ただのね」
「………………」
十中八九野菜汁だと思っている海堂が、またいかにも判りやすくその肩から息を抜いた。
こうやって徐々に素の表情を晒してくる海堂に、乾の興味が薄れる事はなかった。
興味というよりもはや執着だ。
「ちょうど飲み頃だ」
「飲み頃……?」
「そう。凍らせてきたからね」
ほら、と乾がボトルの中身を見せるようにすると、警戒心の強い猫が好奇心に負けたかのように目線を寄こしてくる。
黒い髪と黒い目の、きつくて綺麗な後輩は。
乾の目に近頃ひどく甘かった。
「牛乳を凍らせるとね、まずは水分から先に固まっていく」
「は……?」
「いわゆる不純物というか、牛乳で言うなら栄養成分みたいな物が、水分の後に固まっていく。溶ける時はその逆だ。栄養分から先に溶けていく」
つまり半解凍のこの状態の牛乳は、栄養素も高く、味も濃いのだと乾は海堂に飲んでみるよう促した。
海堂はおとなしく従ってきた。
ふわりとやわらかそうな唇がボトルの口に株さる。
上向いて、細い喉元が露になる。
一口二口飲んで海堂は目を瞠った。
「……だろう?」
乾が軽く頭を傾けて微笑み問えば、海堂は小さく頷いた。
黙って、それがやけに幼い仕草に思えた。
乾は無意識に海堂の濡れている髪の先に手をやった。
バンダナを外してやると、抗わないどころか、それこそ猫のようにふるりと頭を振った。
ミルクを飲んだばかりの唇の色が一際きれいだ。
「凍結濃縮ってね。ジュースなんかでも使われてるよ。果汁を濃縮させる為に、果汁を凍らせて水分だけを分離させる」
「………汁でやんないで下さいよ…」
「あれ。判った?」
途端に逆毛立つ猫のように気配を尖らせる海堂がまたどうにも乾を煽り立てる。
乾は忍び笑いを漏らしながら、それはまあ冗談だけどと呟いた。
「栄養素が高くなりそうだと思ったのは事実だけどね」
「これ以上のグレードアップは勘弁してほしいんですけど…」
海堂の心底からの苦い声に、乾は尚も笑みを深めた。
「…凍結濃縮っていうのは、海堂みたいだな」
「……は?」
「口数がね、少ない分」
「……………」
「海堂の言葉は濃く濃縮されてるよ」
馴れ合ってはこないし、あまり多くを語りもしないし、海堂の言葉は大概端的で飾りがない。
だからこそ、濁りなく、躊躇いなく、濃くて強い。
「………あんたは逆っすね…」
「そうだな。だから言葉は惜しまないようにしてる」
「……………」
乾が、海堂を抱き締めるたび、好きだと繰り返すのは。
だからなのだ。
自分達は何かひとつだけがひどく似通っていると乾は感じている。
でもそれ以外のものの殆どは、異なる事ばかりだ。
しかし、それだからこそうまくいっているのもまた事実だった
少しずつでもたくさん欲しい。
時々だけれども大きく欲しい。
違うやり方で、同じ気持ちで分け与えられるのが、自分達だ。
「はい、お疲れ。終了だ」
「…………っす…」
最後のランニングを仕上げて足を止めた海堂が、無造作に肩口で額の汗を拭う。
乾に目礼してきた海堂の睫毛も、汗を含んだように濡れて色濃くなっていた。
慣例の二人で行う自主トレを終えて、乾は小型のクーラーボックスの中からボトルを取り出した。
「海堂」
途端に海堂が、きつい眼差しの中に怯えの色を翳すので、乾は微苦笑してボトルキャップを開けた。
「牛乳。ただのね」
「………………」
十中八九野菜汁だと思っている海堂が、またいかにも判りやすくその肩から息を抜いた。
こうやって徐々に素の表情を晒してくる海堂に、乾の興味が薄れる事はなかった。
興味というよりもはや執着だ。
「ちょうど飲み頃だ」
「飲み頃……?」
「そう。凍らせてきたからね」
ほら、と乾がボトルの中身を見せるようにすると、警戒心の強い猫が好奇心に負けたかのように目線を寄こしてくる。
黒い髪と黒い目の、きつくて綺麗な後輩は。
乾の目に近頃ひどく甘かった。
「牛乳を凍らせるとね、まずは水分から先に固まっていく」
「は……?」
「いわゆる不純物というか、牛乳で言うなら栄養成分みたいな物が、水分の後に固まっていく。溶ける時はその逆だ。栄養分から先に溶けていく」
つまり半解凍のこの状態の牛乳は、栄養素も高く、味も濃いのだと乾は海堂に飲んでみるよう促した。
海堂はおとなしく従ってきた。
ふわりとやわらかそうな唇がボトルの口に株さる。
上向いて、細い喉元が露になる。
一口二口飲んで海堂は目を瞠った。
「……だろう?」
乾が軽く頭を傾けて微笑み問えば、海堂は小さく頷いた。
黙って、それがやけに幼い仕草に思えた。
乾は無意識に海堂の濡れている髪の先に手をやった。
バンダナを外してやると、抗わないどころか、それこそ猫のようにふるりと頭を振った。
ミルクを飲んだばかりの唇の色が一際きれいだ。
「凍結濃縮ってね。ジュースなんかでも使われてるよ。果汁を濃縮させる為に、果汁を凍らせて水分だけを分離させる」
「………汁でやんないで下さいよ…」
「あれ。判った?」
途端に逆毛立つ猫のように気配を尖らせる海堂がまたどうにも乾を煽り立てる。
乾は忍び笑いを漏らしながら、それはまあ冗談だけどと呟いた。
「栄養素が高くなりそうだと思ったのは事実だけどね」
「これ以上のグレードアップは勘弁してほしいんですけど…」
海堂の心底からの苦い声に、乾は尚も笑みを深めた。
「…凍結濃縮っていうのは、海堂みたいだな」
「……は?」
「口数がね、少ない分」
「……………」
「海堂の言葉は濃く濃縮されてるよ」
馴れ合ってはこないし、あまり多くを語りもしないし、海堂の言葉は大概端的で飾りがない。
だからこそ、濁りなく、躊躇いなく、濃くて強い。
「………あんたは逆っすね…」
「そうだな。だから言葉は惜しまないようにしてる」
「……………」
乾が、海堂を抱き締めるたび、好きだと繰り返すのは。
だからなのだ。
自分達は何かひとつだけがひどく似通っていると乾は感じている。
でもそれ以外のものの殆どは、異なる事ばかりだ。
しかし、それだからこそうまくいっているのもまた事実だった
少しずつでもたくさん欲しい。
時々だけれども大きく欲しい。
違うやり方で、同じ気持ちで分け与えられるのが、自分達だ。
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