How did you feel at your first kiss?
星のない夜空で幾ら目を凝らして星を探した所で、見つからない。
無数の星空の中から、たった一つの星だけを探す事もまた同様に。
無いものは見つけようが無い。
しかし有り過ぎてもそこから見つけ出す事はなかなかに困難だ。
海堂は学校帰りに立ち寄ったCDショップで、大量のCDが収められているラックの端から片っ端に、収録曲の曲目を確認している。
生誕二百五十年を迎えた事を記念して設けられている件の作曲家のラックは、記念全集から復刻版までより一層の品揃えで、言うなればおびただしい星を瞬かせている夜空のようなものだ。
収録された曲は無数の星だ。
海堂はそれらひとつずつを手にとっては、曲名を確認していった。
「………………」
これで何件目のCDショップになるのか。
本当はすぐにでも欲しいなら、店員に尋ねるなり、ネットで注文するなりすれば確実なのは判っている上で、海堂は自分の目で探し出したかったのだ。
「………………」
ラックの何段目にさしかかった時だったか、海堂の手が止まった。
セピア色が日に焼けて明るくなった色みの中、楽器を手にした女性がジャケットに描かれているCDは他の全集などに比べると薄かった。
しかし紛う事無く海堂が探していた曲だ。
ふ、と笑みとも吐息ともつかない息を唇からもらした海堂は、背後から名前を呼ばれるのと一緒に肩に手を置かれて、飛び上がりかけた。
実際に跳ね上がった肩先を宥めるように手のひらに包んだ男は海堂の背後で笑った。
「どうしたんだ? そんなに驚くなんて」
「……乾先輩…」
気配もなくいきなり現れられては普通驚くと、海堂が胸の内で思っただけで乾は言った。
「悪かったよ。そういうつもりじゃなかったんだって」
「………………」
「海堂、なにか真剣な感じだったから、どのタイミングで声かけていいものかと…………あれ?」
乾の視線が、海堂が手にしていたものに留まる。
「あれ、…それって、ひょっとして」
海堂は溜息をついた。
乾が気を取られているのを承知の上で、海堂は黙って歩き出し、レジに向かった。
「海堂」
「ラッピングの時間くらい待って欲しいんですけど」
「は?」
乾にしては珍しく、状況がさっぱり判っていない声を上げたが、海堂は返事をしなかった。
レジでラッピングを頼み、受け取って店を出る。
乾は海堂の後ろについてきていた。
ショップを出たところで、海堂はくるりと振り返って手提げ袋を持っている片手を乾へと突き出した。
「…え?」
乾は面食らった顔をしていた。
「どうぞ。あんたに渡そうと思って買ったんで」
「モーツァルト…?」
「そうです。きらきら星変奏曲だろ」
「………………」
乾が言っていた。
だから海堂は覚えている。
だから海堂は探した。
「………あんな独り言みたいな話で?」
きらきら星は、元はパリのシャンソンの恋の歌。
それをテーマにモーツァルトがつくったきらきら星の変奏曲。
綺麗で可愛い曲だよと乾に言っていたのは不二で、初めて聞いたとそれに応えた乾は、いつか聴いてみようと言いながら、その事は頭の中だけにおさめたようだった。
いつものように手元のノートには書き止めなかったから。
これは日常の忙殺に追いやられるなと海堂は思ったのだ。
あの日、乾は誕生日だった。
「ずっと覚えてて?」
「………………」
「ずっと探してくれてたんだ…?」
「…………誕生日が」
「ん?」
乾の眼差しが甘すぎて気恥ずかしい。
海堂はぶっきらぼうに言った。
「あんた、…誕生日…俺がいるだけでいいとか……ふざけたことしか言わねえから……」
「おいおい。ふざけてないよ。大真面目だ俺は」
「……、………っ……とにかく……!」
海堂は赤くなっている自分を自覚した上で、口早に後を続けた。
「誕生日、なんにも渡せなかったから!」
「……海堂」
ここで抱き締めたら殴られるんだろうなあと乾は笑った。
そしてそっと、誰にも気づかれないように、ほんの一瞬。
海堂の指先が乾の手に握りこまれる。
海堂は驚いたが、逃げはしなかった。
「ありがとう。海堂」
「………………」
「CDも嬉しい。もっと嬉しいのは、誕生日から十二日間経ってもその間ずっと俺の事を考えて探してくれてた事だよ」
「……あんたの事なら、いつも考えてる」
別にこの十二時間が珍しい訳じゃない。
海堂が低く告げると、乾は海堂がこれまで見た事がないくらい、嬉しそうな顔をした。
「うちで一緒に聴かない?」
「……きらきら星ですか」
「そう。恋の歌ね」
綺麗で可愛いらしいから、と乾は言って海堂の肩を軽く抱いて歩き出した。
「………………」
これは本当にとてつもなく機嫌が良いらしい。
海堂は驚いて目を見開いたが、それはそれで海堂もまた嬉しかったので。
黙って海堂も乾と共に歩き出した。
きらきら星、恋を告げる、その曲のさなかに。
沈みに、浮かびに、光るべく。
一緒にいよう。
いとけなく、シンプルでいて、単調にならない馴染みのいい調べは。
愛しく。
自分達のようであるといい。
無数の星空の中から、たった一つの星だけを探す事もまた同様に。
無いものは見つけようが無い。
しかし有り過ぎてもそこから見つけ出す事はなかなかに困難だ。
海堂は学校帰りに立ち寄ったCDショップで、大量のCDが収められているラックの端から片っ端に、収録曲の曲目を確認している。
生誕二百五十年を迎えた事を記念して設けられている件の作曲家のラックは、記念全集から復刻版までより一層の品揃えで、言うなればおびただしい星を瞬かせている夜空のようなものだ。
収録された曲は無数の星だ。
海堂はそれらひとつずつを手にとっては、曲名を確認していった。
「………………」
これで何件目のCDショップになるのか。
本当はすぐにでも欲しいなら、店員に尋ねるなり、ネットで注文するなりすれば確実なのは判っている上で、海堂は自分の目で探し出したかったのだ。
「………………」
ラックの何段目にさしかかった時だったか、海堂の手が止まった。
セピア色が日に焼けて明るくなった色みの中、楽器を手にした女性がジャケットに描かれているCDは他の全集などに比べると薄かった。
しかし紛う事無く海堂が探していた曲だ。
ふ、と笑みとも吐息ともつかない息を唇からもらした海堂は、背後から名前を呼ばれるのと一緒に肩に手を置かれて、飛び上がりかけた。
実際に跳ね上がった肩先を宥めるように手のひらに包んだ男は海堂の背後で笑った。
「どうしたんだ? そんなに驚くなんて」
「……乾先輩…」
気配もなくいきなり現れられては普通驚くと、海堂が胸の内で思っただけで乾は言った。
「悪かったよ。そういうつもりじゃなかったんだって」
「………………」
「海堂、なにか真剣な感じだったから、どのタイミングで声かけていいものかと…………あれ?」
乾の視線が、海堂が手にしていたものに留まる。
「あれ、…それって、ひょっとして」
海堂は溜息をついた。
乾が気を取られているのを承知の上で、海堂は黙って歩き出し、レジに向かった。
「海堂」
「ラッピングの時間くらい待って欲しいんですけど」
「は?」
乾にしては珍しく、状況がさっぱり判っていない声を上げたが、海堂は返事をしなかった。
レジでラッピングを頼み、受け取って店を出る。
乾は海堂の後ろについてきていた。
ショップを出たところで、海堂はくるりと振り返って手提げ袋を持っている片手を乾へと突き出した。
「…え?」
乾は面食らった顔をしていた。
「どうぞ。あんたに渡そうと思って買ったんで」
「モーツァルト…?」
「そうです。きらきら星変奏曲だろ」
「………………」
乾が言っていた。
だから海堂は覚えている。
だから海堂は探した。
「………あんな独り言みたいな話で?」
きらきら星は、元はパリのシャンソンの恋の歌。
それをテーマにモーツァルトがつくったきらきら星の変奏曲。
綺麗で可愛い曲だよと乾に言っていたのは不二で、初めて聞いたとそれに応えた乾は、いつか聴いてみようと言いながら、その事は頭の中だけにおさめたようだった。
いつものように手元のノートには書き止めなかったから。
これは日常の忙殺に追いやられるなと海堂は思ったのだ。
あの日、乾は誕生日だった。
「ずっと覚えてて?」
「………………」
「ずっと探してくれてたんだ…?」
「…………誕生日が」
「ん?」
乾の眼差しが甘すぎて気恥ずかしい。
海堂はぶっきらぼうに言った。
「あんた、…誕生日…俺がいるだけでいいとか……ふざけたことしか言わねえから……」
「おいおい。ふざけてないよ。大真面目だ俺は」
「……、………っ……とにかく……!」
海堂は赤くなっている自分を自覚した上で、口早に後を続けた。
「誕生日、なんにも渡せなかったから!」
「……海堂」
ここで抱き締めたら殴られるんだろうなあと乾は笑った。
そしてそっと、誰にも気づかれないように、ほんの一瞬。
海堂の指先が乾の手に握りこまれる。
海堂は驚いたが、逃げはしなかった。
「ありがとう。海堂」
「………………」
「CDも嬉しい。もっと嬉しいのは、誕生日から十二日間経ってもその間ずっと俺の事を考えて探してくれてた事だよ」
「……あんたの事なら、いつも考えてる」
別にこの十二時間が珍しい訳じゃない。
海堂が低く告げると、乾は海堂がこれまで見た事がないくらい、嬉しそうな顔をした。
「うちで一緒に聴かない?」
「……きらきら星ですか」
「そう。恋の歌ね」
綺麗で可愛いらしいから、と乾は言って海堂の肩を軽く抱いて歩き出した。
「………………」
これは本当にとてつもなく機嫌が良いらしい。
海堂は驚いて目を見開いたが、それはそれで海堂もまた嬉しかったので。
黙って海堂も乾と共に歩き出した。
きらきら星、恋を告げる、その曲のさなかに。
沈みに、浮かびに、光るべく。
一緒にいよう。
いとけなく、シンプルでいて、単調にならない馴染みのいい調べは。
愛しく。
自分達のようであるといい。
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