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How did you feel at your first kiss?
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 傷には慣れている。
 過去には執拗ともいえる上級生達からの暴力もあったし、現在では少ない人数で次第にレベルアップしていく対戦相手に敵う為にはある程度の無茶も必要だったからだ。
 自分の傷も、仲間の傷も、そうそういちいち戸惑う余裕も無い程には頻繁だった。
「………神尾」
「ん?」
 しかし、今回一番珍しい人間が、一番らしくない気に仕方をした。
「なんだよ深司」
「その顔……」
「おう、石田との特訓!」
 親指を立て笑顔で応えた神尾に、伊武が長い長い溜息を吐き出した。
「え、なんだよ?」
「………………」
「どうした深司?」
「………………」
 神尾は急激に心配になった。
 肩を落とした伊武なんて滅多に見ない。
 ぼやかず沈黙する伊武もまたしかりだ。
「深司ー…?…どっか痛いのか? 大丈夫か?」
 うろうろと伊武の表情を伺う神尾の顔には無数の傷がある。
 引っかき傷程度ならばまだしも、縦横無尽な切り傷があちこちにある。
 手足にも傷跡は多かったが、何分ここまで顔に傷がある様は一種異様だ。
 お互いの怪我には見慣れている彼らであってもだ。
「あの人、何か言った?」
 神尾の問いかけには何も答えず、伊武は小さな声でひとつだけ神尾に確認する。
「跡部?」
 神尾は小首を傾けた。
 伊武が言うあの人という言い回しは主に一人にだけ向けられる。
「今日会うけど?」
「……もしかしてその顔見せるの初めて?」
「そだな。最近忙しかったからなー」
 特訓で!と再び明るい笑顔を浮かべた神尾に、伊武は堰を切ったかのように、一気にぼやきだした。
 いつもの深司だーとより一層の笑みを浮かべる神尾にはいまひとつ伊武の危惧は伝わらなかった。
 何せ神尾は思っていたからだ。
 跡部のような顔ならばそれこそ一大事だろうが。
 別に自分の顔に多少傷がつこうがたいした問題ではない。
 神尾は気にしないし、跡部だって気にしない。
「………深司の顔でも一大事だなー…」
 伊武のぼやきを聞き流しながら呟いた神尾の言葉に、ぴたりと伊武が口を噤んだ。
 小綺麗に整った伊武の面立ちに、ぴしりと冷たい怒りが浮かぶ。
 神尾は慌てた。
「あ、聞いてる、聞いてるぞ、深司」
「もういい」
「深司ってば…! 俺ちゃんと聞いてたって…!」
「神尾なんかあの人に怒鳴られて、きれられて、足蹴にされてしまえばいい」
 呪詛のように言って踵を返した伊武を、神尾は慌てに慌てて追いかけていくのだった。



 今朝方の伊武とのそんな会話を神尾は思い返していた。
 跡部を見つめたまま。
 跡部は押し黙っている。
 放課後、神尾が跡部の家に行くと、迎えに出てきた玄関先で跡部は僅かに目を瞠り動かなくなってしまったのだ。
「……跡部。……おーい」
「………………」
 少し目を細めるようにした跡部の表情から、あまり機嫌がよくない印象を受ける。
 まさか伊武が言っていたように、自分の傷に関わる事でか?と神尾はこっそり自問した。
 不思議がるだとか、笑うとか、呆れるとか。
 そういうリアクションなら跡部であっても可能性もあるが、不機嫌になるとは全く意味が判らない。
 神尾はおずおずと幾度目かになる呼びかけを口にした。
「跡部?……」
「………入れ」
 低い声。
 きれいなラインの顎で促される。
 横柄な筈の態度が様になる。
 そういうところはいつもの跡部なんだけどなあと神尾は内心でぼやきながら後に続いた。
 部屋に辿りつくなり、立ったまま、跡部は神尾の顔を改めて強く見下ろしてきた。
 そしてやはりあまり機嫌のよくなさそうな態度で、何だそれはと言った。
「何って。テニスしたんだよ」
「テニス?」
「………正確には練習」
 ひやりと冷たい声で跡部が問い返してくるので、渋々神尾はもう少し詳しく言った。
 全国大会前だ。
 お互いに。
 改めてこんな話をするのもどうもなあ、と神尾の歯切れは悪かった。
 しかし跡部が無言のまま、何とも言えない表情で神尾を見据えるのにかちんときた。
 挙句こんなことまで言われたから、神尾はきつく跡部を睨み据える事になる。
「何だってんだ。そのツラは」
「………………」
 跡部は、気にしないと思ったのだ。
 神尾の顔が傷だらけだろうが、そんな事別に。
 それなのにうんざりと嘆息されて、神尾は嫌な気分になった。
 跡部の舌打ちでいよいよ限界に達する。
「見苦しくて悪かったな…!」
「そんな事はどうでもいい」
 きつい声での即答に、神尾の激情はますます強まった。
「そうだよ! どうせたいした顔じゃねえんだからどうでもいいんだよ!」
「言ってねえよ。バァカ」
「だったらそういう顔するなっ、馬鹿はお前だろっ」
 一気に膨れた怒りは、怒鳴ってみても一向に萎まらない。
 跡部は、気にしないと思ったのに。
 顔なんか。
 汚れたように傷がついても、構わないでいてくれるだろうと思っていたのに。
「傷だらけの汚い顔が嫌なら、ずっと目つぶってればいいだろ! それか、もうずーっと会わなけりゃいいじゃん…!」
「…言ってねえって言ってんだろうが」
 神尾の怒りなど簡単に切り捨てるように、急激に跡部の眼差しが険しくなった。
 一瞬神尾はそれに怯んでしまった。
 本気で怒った時の跡部はさすがに怖い。
 跡部が神尾の両手首を壁に押さえつける。
 近づいてきた跡部の顔はやはり怒っていて、しかし、至近距離から見据えられて言われた言葉は辛辣なものとは違っていた。
「傷があろうがなかろうが、俺がいいと思ったものはいいんだよ」
「………………」
 可愛いまんまじゃねえのと皮肉気に囁かれて、神尾は息を詰まらせた。
 耳元での跡部の囁きは、神尾の全身に急激にまわっていく。
 可愛いとか。
 普段言わないだろうがと視線に込めて睨んでやれば、どこまでも聡い男は低く笑って返してくる。
「言わねえだけだ」
「……、……っ……そんだけ嫌そうな顔しておいて……!」
「傷跡なんざマジでどうでもいいんだよ。お前に、この傷がついた時の事が嫌だって言ってんだ」
「………跡部……?…」
 跡部の唇が神尾の頬に寄せられる。
 正確には右頬の一際目立つ二本の切り傷の上にだ。
「痛い思いしたんだろ」
「別に……たいしたこと…、…」
 跡部の舌先が神尾の傷の上をそっと撫でる。
 神尾はびくりと肩を竦ませた。
「………………」
「……、……跡部…」
 首筋にもぐりこむようにキスが埋められる。
 そういえば打ち身の変色した痕がそこにはある筈で。
 跡部の手が神尾の手首から外されて、まさぐるように神尾の四肢を這い回っていく。
 衣服を剥がれていく。
「跡部、……」
「見せねえ気じゃねえだろうな?」
「………え…?」
 壁を背中でずるずると滑り落ちていって、床に座り込んだ時にはもう、神尾の状態は散々だった。
 いつの間にこんなと唖然となるほど、粗方の衣類は中途半端に剥ぎ取られている。
 跡部は神尾の身体にある傷ぜんぶに固執して、眼差しと手と唇とを宛がってきた。
「……ャ……、……そん……」
 傷なんかない、ところまでも。
 それらはやってきて。
 神尾は鳴き声混じりに跡部に両腕を伸ばした。
「ふ……、…ぁ…」
「神尾」
「…………っ……ぁ…」
 身体をきつく抱き返されて、唇をつよくむさぼられる。
「……っ、ん」
 いっそ生々しい傷跡の有無などは、どうでもいいと切り捨てられるのに。
 その傷がついた瞬間のことについては、その全ての瞬間において懸念する男は。
 時に、こんな傷など比ではない熱さと鋭さで神尾に存在する。
 これまで何度も、そして今も、これからも。
「……、跡部……」
「……黙ってろ。下手に煽るな」
 相変わらずの薄い笑みを浮かべている跡部に、神尾は結果的には逆らったらしかった。
 跡部の首に腕を回して、キスを返した。
「………ッ…」
 舌打ち。
 強い力での抱擁。
 その嵐のような勢いにまかれながら、熱さに傷痕が溶けていくような錯覚を神尾は覚えた。


 実際は。
 その後、神尾の身体にはより多くの痕が残ることになったにも関わらず。
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