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How did you feel at your first kiss?
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 鳳が、最近料理をするようになった。
 試食してみてくれませんかだの、たくさん作り過ぎたんで協力して貰えますかだの言いながら、タッパウェア持参してくる。
 その中身は彼が作ったというアボガドのサラダだの、チーズのスコーンだの、ポトフだのが日替わりで大胆に一品のみ詰め込まれていて。
 初めて作ったという割りにはなかなか味のこなれた料理の数々が、気づくと日々、宍戸の間食になったり昼食の追加になったり放課後の腹ごなしになったりしている。
 今日も放課後、すっかりひとけのない中庭で鳳持参の料理を宍戸は食べている。
 鳳は元々が器用な男だ。
 その気になれば料理なども楽にこなしてのけるのだろうと宍戸は思ったが、それにしても何故急にこんな事を思い立ったのかを鳳に尋ねれば。
「出来ないより出来た方がいいでしょう?」
「そりゃそうだけどよ。……てゆーか、何でそれを俺に聞く」
「それを宍戸さんに聞きたいからです」
 微笑んだ鳳の表情は、宍戸の目に充分すぎるほどに甘く映った。
 それは贔屓目でも何でもなく、甘い整い方をしている鳳の面立ちが湛える笑顔は最強だと宍戸は思っている。
 宍戸はもうどうしようもなく鳳の笑顔に弱い。
 おくびにも出さないよう努めるが、結局負けてしまう自分を自覚している。
 じっと自分にだけ注がれる鳳の視線。
 それを受け止めて、気まずさや決まり悪さではなく、しかしどこか落ち着かないのは羞恥のせいだ。
 何て目で見てるんだか、と宍戸は内心で思った。
 勘弁して欲しい。
「今日はひよこ豆と里芋の炊き込みご飯を作ってみたんですけど」
「ん………」
「好みでレモンを絞ってもいいらしいんで」
「……ん……」
「絞りましょうか?」
「……………ん」
「宍戸さん?」
 黙々と箸を口元に運びながら宍戸が生返事になってしまうのは。
 甘ったるい視線に直視される羞恥心に耐えての事だったが、鳳は眉根を寄せて心配そうに顔を近づけ問いかけてきた。
 至近距離から、生真面目な声で囁かれる。
「口に合いませんでした…?」
「え?……いや、違う。悪ぃ。うまいぜ」
 宍戸は慌てて首を左右に振った。
 つい勢いで、余計な事を口走る。
「ちょっと考えただけだ」
「何をですか?」
「お前さ、……顔もよくて、性格もよくて、テニスも強くて、その上料理まで出来ちまったらよ。どんだけお買い得品な男なんだよって」
「……お買い得品って…」
 鳳は目を瞠った後に。
 薄く、きれいな笑みを刷いた。
「宍戸さんに買って貰えるくらいになりたいです」
「………お前の基準は何でいつも俺なんだか」
「何でって、そうなんで」
 あくまでも柔和に言葉を紡ぐが、鳳の強情なところだとか、一途なところは、宍戸も充分承知している。
 この男に、どうしてここまで自分が気に入られたのか。
 宍戸としてはそれはまるで奇跡的な事のように思えるのだけれど。
「…………いつも貰ってばっかじゃ悪ぃからよ」
 鞄の中から、今日は宍戸もタッパウェアを取り出した。
「うわ、宍戸さんが作ったんですか?」
「キムチ入れて作るんだよ。ある程度味の誤魔化しがきくからよ」
 宍戸の両親は共働きで、兄は壊滅的に料理が出来ない。
 必然的に宍戸はある程度の料理は作れるようになっていて、それを人に言ったことは勿論なかったのだが。
「あー……箸忘れた」
「………………」
 辛口の肉じゃがは失敗しようもなく簡単だ。
 家族の評判も特にいい。
 鳳に食べさせたら何て言うだろうかと考えながら作ったなんて、自分の行動こそ勘弁して欲しいよなと宍戸は微妙に羞恥に駆られた。
「これでいいよな?」
 鳳に手渡され、炊き込みご飯を食べていた箸でつかんだ肉じゃがを、鳳の口元に運ぶ。
 食べさせる。
「………長太郎」
 思わず宍戸は呻いた。
「肉じゃがくらいでそのツラってのはどういう訳だ」
 簡単すぎやしねえかと交ぜっ返す。
 何せ鳳が。
 しみじみと、しみじみと、幸福を噛み締めている顔をしていたので。
「肉じゃだけが嬉しい訳ではないんですが………」
「口開けろよ」
「宍戸さん」
 だからそのツラ!と宍戸もつい赤くなって叫び、無理矢理鳳の口に少し辛く味付けたジャガイモを詰め込む。
「すっごいうまいです」
「……そうかよ」
 クソ恥ずかしい。
 宍戸がそう毒づいても、鳳は嬉しげに目を細めるばかりだった。
「未来の俺達の食生活は安泰ですね」
「知るか…っ」
 どちらも料理が出来るから。
 食べさせたいと思って作る楽しみも、作ってもらえる楽しみも。
 どちらも堪能出来るという訳だ。
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