How did you feel at your first kiss?
車内は最初からそこそこ混んでいた。
そのうえで駅に停まる度に、降りる人はなく乗り込む人ばかりが増えていく。
ああこれは駄目だと宍戸が本格的に思ったのは乗車からすぐのことだった。
混雑と、そして空気がすこぶる悪い。
これは致命的だ。
宍戸は元々人込みが好きでない。
閉塞感が苦手で、加えて今日は朝から重たい雨雲が空を覆っていた。
雨が降る前特有の湿った息苦しさがあった。
そんな気候の中の、この満員電車だ。
並大抵のことでは音を上げない宍戸も、今日ばかりは無理そうだった。
一応はそれでもぐっと我慢をしてみたのだが、気分は一向に晴れず、どんどん重く息苦しくなっていくばかりだ。
人に押され、人に揉まれ、不快指数をたっぷりはらんだ熱気、薄い空気。
宍戸は力ない溜息を零しながら、目で相方を探した。
一緒に乗車した筈が混み合うにつれ今は互いの距離が離れてしまっている男、長身の鳳の姿は簡単に見つかる。
頭ひとつ分、ゆうに飛び出ている上、大層な男前だ。
ちょうど停車駅で車内の人の流れが動いたのに乗って、宍戸は少々強引に鳳の元へと移動した。
どうせ降りる駅は終点だからと、鳳と離れていく事を全く気にしていなかった宍戸だが、ここは少しばかり頼ろう、甘えようと、鳳の前まで無理矢理移動する。
「宍戸さん」
混雑の中にあっても、器用に、極自然に伸ばされてきた腕で引き寄せられる。
ちょっと寄りかからせろと小声で言いながら鳳の胸元にもぐりこもうとしていた宍戸は、しかし寸での所で動きを止めた。
「……宍戸さん?」
どうしました?と問いかけてくる柔らかい低音。
すでに宍戸の状態を察している鳳によって、広い胸元は宍戸の為にあけられていた。
「…………アホ」
「何がです?」
構いませんよ?と眼差しで促され、引き寄せられるが宍戸は足を踏みとどめた。
「構うだろーが。お前のがよっぽど具合悪そうな顔してんじゃねえか」
ともすれば乗り物酔い中と言っていいかもしれない。
鳳の顔色は冴えなかった。
更に人が乗車して、周囲の混雑が増す。
電車が動き出した。
その揺れで、結局宍戸は鳳の胸元に納まってしまった。
「あのね……」
「…………あ?…」
宍戸の背中に素早く鳳の手が宛がわれた。
抱き込まれるような仕草だった。
実際宍戸は鳳に半ば抱き締められた状態で、そっと耳元で囁かれた。
「宍戸さんのミントガムの匂いが気持ち良いから……」
「………………」
「近くにいてくれてる方が、俺は気分よくなるので」
お願いしますとまた抱き込まれた。
「………………」
宍戸はいつもミントガムを口にしていて、今もそうで、だからといって実際鳳が言うようにミントの匂いがしているのかどうか、宍戸には判らなかったけれど。
身体をあずけきってもいい鳳の存在は、今の宍戸には逆らいがたい程心地良かった。
耳打ちされる声も穏やかで、宍戸は鳳の胸元に額を当てて目を閉じた。
「………………」
大丈夫?と問うのではなく、大丈夫と宥めるように背を抱かれた。
背中に宛がわれた鳳の手のひらからゆっくりと浸透してくる熱が、周囲の熱気とは全く異なる優しさで伝わってくる。
宍戸の肩から力が抜けて、また互いの距離が近くなる。
それでも尚、更に背を強く抱かれたのは、もっと寄りかかってしまっていいという合図だと判る。
満員電車をいいことに相当な密着具合だと宍戸も半ば自嘲したのだが、満員電車だからこそかと思い直して。
鳳の胸元にすっぽりとおさまった。
それだけで具合が悪かったのなんて嘘みたいに消えてなくなった。
鳳もやわらかい吐息をついたのが気配で判る。
髪に唇が寄せられた気配がする。
まあいいか、と宍戸は鳳の胸元で淡く微笑んだ。
電車が混んでいるせいでの、抱擁だ。
乗り物酔いを解消するべく、抱擁だ。
近くても、強くても、甘くても、誰にも見咎められることはない、抱擁だ。
そのうえで駅に停まる度に、降りる人はなく乗り込む人ばかりが増えていく。
ああこれは駄目だと宍戸が本格的に思ったのは乗車からすぐのことだった。
混雑と、そして空気がすこぶる悪い。
これは致命的だ。
宍戸は元々人込みが好きでない。
閉塞感が苦手で、加えて今日は朝から重たい雨雲が空を覆っていた。
雨が降る前特有の湿った息苦しさがあった。
そんな気候の中の、この満員電車だ。
並大抵のことでは音を上げない宍戸も、今日ばかりは無理そうだった。
一応はそれでもぐっと我慢をしてみたのだが、気分は一向に晴れず、どんどん重く息苦しくなっていくばかりだ。
人に押され、人に揉まれ、不快指数をたっぷりはらんだ熱気、薄い空気。
宍戸は力ない溜息を零しながら、目で相方を探した。
一緒に乗車した筈が混み合うにつれ今は互いの距離が離れてしまっている男、長身の鳳の姿は簡単に見つかる。
頭ひとつ分、ゆうに飛び出ている上、大層な男前だ。
ちょうど停車駅で車内の人の流れが動いたのに乗って、宍戸は少々強引に鳳の元へと移動した。
どうせ降りる駅は終点だからと、鳳と離れていく事を全く気にしていなかった宍戸だが、ここは少しばかり頼ろう、甘えようと、鳳の前まで無理矢理移動する。
「宍戸さん」
混雑の中にあっても、器用に、極自然に伸ばされてきた腕で引き寄せられる。
ちょっと寄りかからせろと小声で言いながら鳳の胸元にもぐりこもうとしていた宍戸は、しかし寸での所で動きを止めた。
「……宍戸さん?」
どうしました?と問いかけてくる柔らかい低音。
すでに宍戸の状態を察している鳳によって、広い胸元は宍戸の為にあけられていた。
「…………アホ」
「何がです?」
構いませんよ?と眼差しで促され、引き寄せられるが宍戸は足を踏みとどめた。
「構うだろーが。お前のがよっぽど具合悪そうな顔してんじゃねえか」
ともすれば乗り物酔い中と言っていいかもしれない。
鳳の顔色は冴えなかった。
更に人が乗車して、周囲の混雑が増す。
電車が動き出した。
その揺れで、結局宍戸は鳳の胸元に納まってしまった。
「あのね……」
「…………あ?…」
宍戸の背中に素早く鳳の手が宛がわれた。
抱き込まれるような仕草だった。
実際宍戸は鳳に半ば抱き締められた状態で、そっと耳元で囁かれた。
「宍戸さんのミントガムの匂いが気持ち良いから……」
「………………」
「近くにいてくれてる方が、俺は気分よくなるので」
お願いしますとまた抱き込まれた。
「………………」
宍戸はいつもミントガムを口にしていて、今もそうで、だからといって実際鳳が言うようにミントの匂いがしているのかどうか、宍戸には判らなかったけれど。
身体をあずけきってもいい鳳の存在は、今の宍戸には逆らいがたい程心地良かった。
耳打ちされる声も穏やかで、宍戸は鳳の胸元に額を当てて目を閉じた。
「………………」
大丈夫?と問うのではなく、大丈夫と宥めるように背を抱かれた。
背中に宛がわれた鳳の手のひらからゆっくりと浸透してくる熱が、周囲の熱気とは全く異なる優しさで伝わってくる。
宍戸の肩から力が抜けて、また互いの距離が近くなる。
それでも尚、更に背を強く抱かれたのは、もっと寄りかかってしまっていいという合図だと判る。
満員電車をいいことに相当な密着具合だと宍戸も半ば自嘲したのだが、満員電車だからこそかと思い直して。
鳳の胸元にすっぽりとおさまった。
それだけで具合が悪かったのなんて嘘みたいに消えてなくなった。
鳳もやわらかい吐息をついたのが気配で判る。
髪に唇が寄せられた気配がする。
まあいいか、と宍戸は鳳の胸元で淡く微笑んだ。
電車が混んでいるせいでの、抱擁だ。
乗り物酔いを解消するべく、抱擁だ。
近くても、強くても、甘くても、誰にも見咎められることはない、抱擁だ。
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