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How did you feel at your first kiss?
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 いっそ見事な泣きっぷりだった。
 大きい目からは大粒の涙が出るものなのだろうかと思うような泣き顔に、宍戸は切れ長の瞳を眇めて手を伸ばした。
 真っ直ぐに伸ばした手で泣いている向日の腕を引く。
 強く、自分の方に、そのまま肩を抱いても向日は無抵抗だ。
 普段であるならば噛み付いてきそうな勝気なリアクションをとるであろう向日が全く逆らわないでいる。
 宍戸は溜息を吐き出して言った。
「何したんだよ。お前」
 ごめんの連呼をしているジローや、顔の前で両手を合わせて頭を下げている滝、二人を敢えてスルーして。
 宍戸は苦笑いも保てなくなってきたような表情でやはり侘び続けている忍足を一瞥する。
 宍戸の露骨な直撃に忍足は複雑な表情になったが、構う事無く宍戸は眼差しを一層きつく引き絞った。
 鳳と居残っていた為に最後に部室を出てきた宍戸は、鳳と肩を並べてくぐろうとした正門前での光景に足止めされた。
 そこに居たのは向日と忍足と滝とジローの四人。
 その中で、向日がここまで泣いているというのは普通でない。
「驚かせすぎちゃったんだよー」
 ほんとごめんなーとジローがそれこそ泣きそうに謝っている横で、滝が憮然としている宍戸に状況を説明する。
「何だかここ何日か岳人が元気ないと思って。でも、どうしたの?って聞いても岳人は言わないだろうから、どうしたらいいんだろうってジローと話をしてたところにね。忍足と岳人が来たのが見えて……」
「見えて?」
 素っ気無い促しに今度はジローが言った。
「話聞こえちゃったかなーっていうのとー……あと、うまいこと話ごまかす方法が咄嗟に思いつかなくてー……」
「つかなくて何だ」
「何かちょっと勢いで…滝ともめてるっぽくね……うん、なってる風に言い争いっぽくね……しちゃってみちゃって、誤魔化そうとしようとね……」
 回りくどい話し方をするなと宍戸は眉根を寄せた。
 不機嫌になる宍戸の横で、鳳が黙ったまま困ったような顔をしている。
「それで、そこに忍足が仲裁っぽく入ってきたんで、ジローともめてる振りしながらこっそり説明して、なんかその流れで三人で言い争ってるっぽくなって」
 それでね、と滝の視線がそっと向日に流れる。
 宍戸はそれはもうあからさまな溜め息をついた。
「おどかしてんじゃねえよ」
 この面子でもめてる振りなんかするなと一喝する。
「お前らが言い争いなんざしてたら、いったい何事かと思うだろうが」
 俺や跡部ならともかくと零してから宍戸は手加減なくチームメイトを叱り飛ばした。
「こいつが元気ない理由なんか、原因一つに決まってんだろ」
 きっぱりと指差された忍足が曖昧な沈黙を保つのは、ここ数日に渡った忍足と向日の些細な喧嘩が確かにその原因だと認めているに他ならない。
「どうにかそっちはカタつきそうになってる所で、今度はお前らが、おまけにその馬鹿も加えて三人でもめだしたら、やばいスイッチも入るだろーが」
 恐らく向日自身、そこまで泣いてしまっている理由もわからないのだろう。
 止まらなくなっている涙は、つまりそういう事だ。
 情緒不安定。
「ごめんね岳人」
「ごめんー! ほんとごめん」
「ああもうそれ以上言わなくても、判ってるよ、こいつも。今言うと余計止まらなくなりそうだから止せ。帰れもう」
 向日の肩を抱き寄せた宍戸が言うと、滝とジローはそれでも尚謝りながら、宍戸の言うのも最もだと思ったようで、じゃあ明日なーと言って帰っていった。
「………お前も帰れ」
「そういう訳にいかんやろ…」
 さすがに忍足は同行しないし、宍戸の冷たい言葉にもひかない。
 しかし宍戸はつれなかった。
「俺は岳人と二人でメシ食って帰る」
「……待てや、おい」
「一人が嫌なら長太郎を貸してやる」
「は?」
 それまで黙っていた鳳が、それでさすがに声を上げた。
「ちょっと待って下さい。宍戸さん…!」
 そもそも一緒に帰る筈だったのに何でと。
 言葉に出さずとも眼差しでのみ訴える鳳の戸惑いに、忍足の唖然とした言葉が被った。
「なんやそれ。何で俺が鳳を借りなあかんの」
「てめえには贅沢な話だぜ。ったく。いいか、明日にはちゃんと俺に返せよ」
「宍戸さん!」
 いやです!と叫ぶ鳳と、いらんわ!と叫ぶ忍足を背後に置いて、宍戸は歩き出した。
「くそ。ついてきやがる」
 背後を流し見て舌打ちする宍戸に肩を抱かれたまま。
 向日が、泣きながら笑っていた。
「…宍戸ー………」
「なんだよ」
「ひでぇ……お前……」
 泣き濡れた向日の目には、すでに普段の勝気な笑みが宿っていた。
「あいつの宝物借りんだから、俺の宝物預けただけだろ。何がひでぇんだか」
 ヤケ食いつきあってやるから滝とジローへのフォローは明日自分でやれよと宍戸は呟き、向日を見下ろし、唇の端を引き上げた。
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