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How did you feel at your first kiss?
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 お前ちょっとこっち来いと宍戸が不機嫌な顔で手招きをすると、鳳は自分よりも背の低い相手を上目に見るという器用な事をしながら近づいてきた。
「あのなぁ長太郎」
「はい。すみません。宍戸さん」
「そのすみませんをいい加減止せって話だボケ!」
「はい? あ、…すみません」
「だからそれだっつーの!」
 わあすみませんっと性懲りも無く口にする鳳に、宍戸はますます声を荒げた。
 しかし宍戸が怒れば怒るほど鳳はますますその言葉を連呼する。
「てめ、ひょっとしてわざとなのか! 今ので七回言ったぞ。七回!」
「わざとなわけないじゃないですか!」
「じゃあお前は何で寄ると触るとすみませんっつーんだよ! 俺に!」
「や、判んないですけど、でもいろいろ俺にも事情があるんですよ!」
「ああ? 事情だ?」
 宍戸は片眉を跳ね上げさせて凄んだ。
 だいたい鳳は、実際問題宍戸に対して、あまりにもその言葉を口にしすぎる。
 神妙な顔の時もあるし、微笑んでいる時もあるけれど、それにしたって多すぎた。
「俺がお前を一方的に、脅すかなんかしてる暴君みたいだろうがよっ。四六時中すみませんすみません言われてりゃ」
「な、誰ですか宍戸さんにそんな失礼なこと言うの!」
「てめーのせいだアホ!」
「は、…すみません…!」
「八回目ッ!」
 宍戸の怒声に鳳は肩も眉も下に落として、そのくせその面立ちの整い方には欠片も傷をつけず、傍目には心底から憂いでいるような無駄な色気を振りまく顔で宍戸を取り成そうと狼狽えている。
 そんな二人の様子に、いつもの事だとすでに周囲からは失笑もおきない。
 氷帝のレギュラー陣は黙々と、或いは勝手気ままに喋りながら、着替えの手を休めない。
 そんな中で一人、細い顎から然して遡る必要もない小さな顔のこめかみに、ぴしりと青筋を立たせた向日だけが、いい加減我慢の限界だというように、鳳と宍戸のいる方向を物凄い勢いと剣幕とで振り返り睨み据えている。
 見失いそうに小さいながらも向日の性根は極めて男らしいのだ。
「……そこの暴君と下僕」
 花びらのようだと人に言わしめた事もある唇から呪詛を吐くように向日が呻くと、更なる嵐、更なる日常に身構えて周囲の面々は嘆息する。
 耳を塞ぎ顔を背ける本能的な衝動にかられた面々を他所に、向日は鳳と宍戸の前に荒い足取りで歩み寄った。
 立ちはだかった。
「おい!」
「長太郎。あのな。すみませんって言葉は、心が澄まない、心が澄みませんってのが語源なんだよ。お前俺といて、そんなに四六時中心が澄まない訳?」
「おいって!」
「まさか! そんな訳ないじゃないですか。宍戸さん。宍戸さんといて、心が澄まないなんてこと俺ないですから」
「おーいー! だからそこの暴君と下僕! 馬鹿二人!」
 向日の姿など目にも入れずに、呼びかけなど気にもせずに話続けていた鳳と宍戸も、さすがにそこまでの大声を出されたせいか、向日の存在に今更ながらに気づいたように二人で顔を向けてきた。
「………誰が馬鹿二人だって?」
「………暴君と下僕って誰のことですか?」
 不機嫌な宍戸と怪訝な鳳に向かって、お前らだー!と叫びかけた向日の口元が、突然に大きな手のひらで塞がれる。
「ンぅ……っ……、…」
「………………」
 いつの間に忍び寄ってきていたのか向日の背後にいたのは忍足だった。
 忍足は向日の口元を片手で塞ぎ、上体を屈めるようにして向日の耳元で何かしら耳打ちし出した。
 声は何も聞こえない。
 忍足の表情も見えない。
 向日はしばらく忍足の手を引き剥がそうと暴れていたが、徐々に大人しくなっていく。
 少し小首を傾けるようにして、忍足の言葉に意識を集中し始めた頃合を見計らってか、忍足の手が向日の口元から外された。
 向日は鳳と宍戸を真っ直ぐ見据えて言った。
「なあ、お前らさ。漢字で一二三四五六七って書いて何て読むか知ってるか」
 二人からの返事はない。
 その間再び忍足が向日の耳元に唇を寄せる。
 もう忍足は手を伸ばして向日を捕まえたりはしていない。
 ただ向日の背後にぴったり寄り添うようにして立ち、何事かを耳打ちしているだけだ。
「お前らみたいなこと言ってる言葉なんだけど」
「……………」
「……………」
 鳳と宍戸が顔を見合わせる。
 忍足がまた向日の耳元に唇を寄せる。
 向日が少し笑った。
「恥知らずって読むんだぜ」
「……………」
「……………」
「孝・悌・忠・信・礼・儀・廉・恥っていう八つの徳のうち、八番目が抜けてるから、恥を知らないって意味で、一二二三四五六七をそう読ませてるわけ」
 孝、悌、忠、信、礼、儀、廉、恥、は勿論。
 逐一ひとつずつ、忍足が向日の耳元に囁いていた。
 口移しのようにひとつずつ。
 そうして忍足も笑っていた。
 笑ってはいたのだが。
「……そこの後ろ」
 宍戸が低い声で凄んだところで、目線も合わせずに忍足は目を伏せ向日に耳打ちばかりを繰り返していた。
「恥知らずはてめえらだろうが…っ!」
「し、宍戸さん……落ち着いて…」
「………………」
「…お前らには言われたくないわ。…だってさ」
 てめえの口で喋れ!と宍戸は忍足に詰め寄ろうとするが、にやつきながらも向日はしっかりと背後に忍足を庇い立て、忍足は忍足で向日への耳打ちでしか言葉を発しない。
 氷帝テニス部レギュラー用部室は、かくして相乗効果としか言いようのない有様で益々賑やかに、そして傍からすれば益々うんざりと、甘ったるくなっていくのであった。


 美麗な所作、顔立ちで、口汚く彼らを罵り一喝する氷帝テニス部の部長が現れるまで現状はそのままだった。
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