How did you feel at your first kiss?
花の香りがする。
なんだろうと神尾は眼差しで香りの行方探して低木に気付く。
白とえんじの小さな、それなのに香りの濃い花。
「沈丁花」
「………………」
どんどん先を歩いていって、後ろに誰かがいるなんて考えもしていない背中をみせていたのに、どうして気づくのか。
神尾の前方を歩いていた跡部の声がする。
足を止め、肩越しに僅かだけ振り返ってきた気配がしたけれど、神尾は花を見つめた。
濃い香りは決して不快ではないけれど、あれほどまでに小さな欠片から香ってくることがひどく不思議だ。
「神尾」
続けざまに名前。
あまり機嫌のよくなさそうな声だ。
久しぶりに会った。
こうして二人で会うのは一月ぶり近い。
跡部から呼び出されて、跡部からそうされなければ会う事も出来ない自分達を神尾はここ一月で実感していた。
高等部への進学を来月に控えた跡部は多忙だったようで、音信はぱたりと途切れていた。
元々学校の違う自分達は跡部からの連絡が途絶えてしまうと、簡単に互いの間に距離が生まれた。
三月だからというだけでなく。
自分達は、ずっとそうだったのだ。
思えば。
跡部が誘わなければ、神尾は跡部に会えない。
跡部が抱き寄せてこなければ、神尾は跡部を抱き締められない。
だから跡部が、何もしなくなったら。
何もいらなくなったら。
「神尾」
予感は確信で、想像は現実に近づいているのかもしれない。
いつまでも沈丁花を見つめている神尾の元へ跡部は戻ってきた。
荒っぽい手に後頭部を掴まれる。
「………………」
もっと荒っぽく唇を塞がれた。
何故こんな人目があるかもしれない場所で。
でも一瞬。
「………………」
沈丁花に意識をやっていないと、身近になった跡部の香りにつかまってしまう。
思い出してしまった。
一月なかったものなのに。
神尾が歯噛みした事を一瞬の口付けで悟った跡部は舌打ちをした。
面倒だよな、と神尾は胸の内でひっそりと凍えた。
こんなに好きで。
跡部が。
だから跡部は自然消滅を狙わないんだと神尾は少しだけ笑いたくなった。
跡部が好きで、好きで、好きで。
放っておいたって、いつまでも好きで。
それは跡部にとっては後々困る事になるのだろう。
別に危惧されるような事は何もしない。
出来やしないんだと、神尾は自分を省みて思うけれど。
跡部は、違うんだなと思った。
わざわざ、また呼び出して、また会って、こうして。
「………言え」
「………………」
ぼんやりと、あくまでも沈丁花に気を取られている素振りで視線を逃がしていた神尾の後ろ髪を握り締め。
跡部が、至近距離で獰猛な声を出した。
低く、小さな声だ。
「………………」
「いつまでも考えてないで言え」
酷い奴、と神尾は目を伏せた。
せめて跡部の家に連れていかれてからにして欲しかった。
跡部は、きっと知っているのだ。
神尾が跡部に何を言いたいか。
だからここで言わせるのだ。
跡部の部屋だったら、二人きりであったのなら、もう、いくらだって。
どれだけみっとなくたって、抵抗してやるのに。
言う事なんか聞いてやらない。
泣いたって、喚いたって、何でもしてやって、抗ってやるのに。
こんな、往来で。
騒げば簡単に人目も集まるような場所で。
跡部は神尾に言わせて、そして容易くそれを切り捨てるのだ。
神尾の望みなど、簡単に。
「…………ない…からな…」
くやしくて、でも意思はかたくて。
食い縛った歯の隙間から洩らすようにして神尾が口にした言葉は酷く醜く歪んだ。
「別れたって…止めてなんかやんねえよ」
好きで。
好きで。
もう止めろと言われたって、止め方なんか神尾は知らない。
跡部が好きで。
別れたって絶対神尾はこのままだ。
「好きなままなんだからな」
そう言って、神尾は悔しさの腹いせのように、片腕を伸ばし跡部の身体を突き放そうとした。
跡部が自分で決めた事なら、神尾が何を言ったって無駄な事は判っている。
だからこの場から立ち去ってはやるけれど、好きなままでいる事は絶対に止めない。
「………ぇ…?」
しかし、神尾の身体は。
突き放した跡部の身体と離れる事無く、それどころか闇雲な力で、逆に抱き込まれていた。
気管が潰される、そんな危機感を持つ程の乱暴さで、そして。
「………………」
跡部の身体から、一気に力が抜けていくのを、ダイレクトに身で感じた。
神尾に浴びせかけられたのは、まるで。
まるで、跡部の。
安堵感。
「跡…部……?」
耳元に微かに当たる吐息。
言葉も出せないというような衝動じみた安寧の吐息は、神尾の凍えた心情を揺らした。
徐々に強まっていく抱擁。
抱き締めろよ、と神尾は泣きそうになった。
どうして、いつもみたいに、抱き締めるのではなくて。
こんな、まるで縋りついてくるようなやり方で。
「……、…跡部」
大きな手のひらで、背中をかき抱かれる。
横暴な束縛ではなく、何故そんな懸命な拘束で。
まさか跡部は、神尾が言うとでも思っていたのだろうか。
跡部が口にするのだろうと、神尾が思っていた言葉を。
「………くそったれ…!」
「跡部……」
「思いつめたようなツラしやがるから……!」
ふざけんなと呻く跡部に抱き締められたまま、もしかして跡部は、焦っていたのだろうかと神尾は眉根を寄せた。
だってまさか、そんなこと。
別れ話をされるのかと思うのは普通自分の方だろうと神尾は愕然とした。
だってまさか。
跡部がそんな危機感みたいなものを自分に持つだなんて事、神尾は思いもしなかった。
「………跡部」
笑い出したいのに涙が出るから神尾は目を閉じた。
手探りで、跡部の背中を抱き返す。
こんな往来で。
だから責任と役割は半々で。
神尾は跡部と同じ力でその背中を抱き返す。
もう沈丁花の香りはしない。
神尾が吸い込む空気には跡部の香りだけがした。
なんだろうと神尾は眼差しで香りの行方探して低木に気付く。
白とえんじの小さな、それなのに香りの濃い花。
「沈丁花」
「………………」
どんどん先を歩いていって、後ろに誰かがいるなんて考えもしていない背中をみせていたのに、どうして気づくのか。
神尾の前方を歩いていた跡部の声がする。
足を止め、肩越しに僅かだけ振り返ってきた気配がしたけれど、神尾は花を見つめた。
濃い香りは決して不快ではないけれど、あれほどまでに小さな欠片から香ってくることがひどく不思議だ。
「神尾」
続けざまに名前。
あまり機嫌のよくなさそうな声だ。
久しぶりに会った。
こうして二人で会うのは一月ぶり近い。
跡部から呼び出されて、跡部からそうされなければ会う事も出来ない自分達を神尾はここ一月で実感していた。
高等部への進学を来月に控えた跡部は多忙だったようで、音信はぱたりと途切れていた。
元々学校の違う自分達は跡部からの連絡が途絶えてしまうと、簡単に互いの間に距離が生まれた。
三月だからというだけでなく。
自分達は、ずっとそうだったのだ。
思えば。
跡部が誘わなければ、神尾は跡部に会えない。
跡部が抱き寄せてこなければ、神尾は跡部を抱き締められない。
だから跡部が、何もしなくなったら。
何もいらなくなったら。
「神尾」
予感は確信で、想像は現実に近づいているのかもしれない。
いつまでも沈丁花を見つめている神尾の元へ跡部は戻ってきた。
荒っぽい手に後頭部を掴まれる。
「………………」
もっと荒っぽく唇を塞がれた。
何故こんな人目があるかもしれない場所で。
でも一瞬。
「………………」
沈丁花に意識をやっていないと、身近になった跡部の香りにつかまってしまう。
思い出してしまった。
一月なかったものなのに。
神尾が歯噛みした事を一瞬の口付けで悟った跡部は舌打ちをした。
面倒だよな、と神尾は胸の内でひっそりと凍えた。
こんなに好きで。
跡部が。
だから跡部は自然消滅を狙わないんだと神尾は少しだけ笑いたくなった。
跡部が好きで、好きで、好きで。
放っておいたって、いつまでも好きで。
それは跡部にとっては後々困る事になるのだろう。
別に危惧されるような事は何もしない。
出来やしないんだと、神尾は自分を省みて思うけれど。
跡部は、違うんだなと思った。
わざわざ、また呼び出して、また会って、こうして。
「………言え」
「………………」
ぼんやりと、あくまでも沈丁花に気を取られている素振りで視線を逃がしていた神尾の後ろ髪を握り締め。
跡部が、至近距離で獰猛な声を出した。
低く、小さな声だ。
「………………」
「いつまでも考えてないで言え」
酷い奴、と神尾は目を伏せた。
せめて跡部の家に連れていかれてからにして欲しかった。
跡部は、きっと知っているのだ。
神尾が跡部に何を言いたいか。
だからここで言わせるのだ。
跡部の部屋だったら、二人きりであったのなら、もう、いくらだって。
どれだけみっとなくたって、抵抗してやるのに。
言う事なんか聞いてやらない。
泣いたって、喚いたって、何でもしてやって、抗ってやるのに。
こんな、往来で。
騒げば簡単に人目も集まるような場所で。
跡部は神尾に言わせて、そして容易くそれを切り捨てるのだ。
神尾の望みなど、簡単に。
「…………ない…からな…」
くやしくて、でも意思はかたくて。
食い縛った歯の隙間から洩らすようにして神尾が口にした言葉は酷く醜く歪んだ。
「別れたって…止めてなんかやんねえよ」
好きで。
好きで。
もう止めろと言われたって、止め方なんか神尾は知らない。
跡部が好きで。
別れたって絶対神尾はこのままだ。
「好きなままなんだからな」
そう言って、神尾は悔しさの腹いせのように、片腕を伸ばし跡部の身体を突き放そうとした。
跡部が自分で決めた事なら、神尾が何を言ったって無駄な事は判っている。
だからこの場から立ち去ってはやるけれど、好きなままでいる事は絶対に止めない。
「………ぇ…?」
しかし、神尾の身体は。
突き放した跡部の身体と離れる事無く、それどころか闇雲な力で、逆に抱き込まれていた。
気管が潰される、そんな危機感を持つ程の乱暴さで、そして。
「………………」
跡部の身体から、一気に力が抜けていくのを、ダイレクトに身で感じた。
神尾に浴びせかけられたのは、まるで。
まるで、跡部の。
安堵感。
「跡…部……?」
耳元に微かに当たる吐息。
言葉も出せないというような衝動じみた安寧の吐息は、神尾の凍えた心情を揺らした。
徐々に強まっていく抱擁。
抱き締めろよ、と神尾は泣きそうになった。
どうして、いつもみたいに、抱き締めるのではなくて。
こんな、まるで縋りついてくるようなやり方で。
「……、…跡部」
大きな手のひらで、背中をかき抱かれる。
横暴な束縛ではなく、何故そんな懸命な拘束で。
まさか跡部は、神尾が言うとでも思っていたのだろうか。
跡部が口にするのだろうと、神尾が思っていた言葉を。
「………くそったれ…!」
「跡部……」
「思いつめたようなツラしやがるから……!」
ふざけんなと呻く跡部に抱き締められたまま、もしかして跡部は、焦っていたのだろうかと神尾は眉根を寄せた。
だってまさか、そんなこと。
別れ話をされるのかと思うのは普通自分の方だろうと神尾は愕然とした。
だってまさか。
跡部がそんな危機感みたいなものを自分に持つだなんて事、神尾は思いもしなかった。
「………跡部」
笑い出したいのに涙が出るから神尾は目を閉じた。
手探りで、跡部の背中を抱き返す。
こんな往来で。
だから責任と役割は半々で。
神尾は跡部と同じ力でその背中を抱き返す。
もう沈丁花の香りはしない。
神尾が吸い込む空気には跡部の香りだけがした。
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