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How did you feel at your first kiss?
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 二月十四日、そこかしこでチョコレートが飛び交うその日、宍戸が見かける鳳は、大概遠慮がちに微笑んでいた。
 バレンタインデーのチョコレート、誕生日のプレゼント。
 そしてそれらを手にして鳳の周囲に居る女生徒達。
 彼女等は、大抵おとなしそうで可愛らしいタイプか、大人びた上級生のどちらかだった。
 鳳に好意を寄せる女生徒の雰囲気は何故か両極端で、見目する所をきっちりと二分させている。
 長身なのに物腰の柔らかな鳳は、異性への対応も丁寧だ。
 チョコレートやプレゼントを微笑んで受け取る様子はおっとりと甘い気配を漂わせているが、困ったような表情を隠しきれていないところがかわいいもんだと宍戸は思う。
 自分には手放しの笑顔だけを見せると知っているから。
 眼差しで、ずっと恋情を注いでくると判っているから。
「長太郎」
 朝から見かけ続けた光景もどうやらこれでお終いだろうかと、宍戸は夕暮れの中、交友棟の壁面に寄りかかって、鳳を手招いた。
「………………」
 紙袋ごとの下級生からの受け取り物を手にし、振り返った鳳が大きく目を瞠る。
「宍戸さん」
「………………」
 焦ったような鳳の表情に宍戸は低く笑った。
 背を向けて歩き出すと大きな手が宍戸の肩を背後から掴む。
「ちょ、…宍戸さ……」
「朝から散々見かけてるっつーの」
 別に疑っちゃいねーよと宍戸が肩越しに見上げた鳳は、それでもまだどこか慌てた目をしている。
「だって宍戸さん、行っちゃうじゃないですか」
「だってとか言ってんじゃねえよ」
「でも、」
「でもとかも言うな」
 かわいくてどうしようもないなと苦笑いに本音を交ぜて。
 バァカと呟き、宍戸は交友棟から体育館を通り過ぎ、室内プールの更に裏庭に足を踏み入れる。
 鳳はずっと宍戸の背後についてきていて、時々宍戸の名前を呼んだ。
「さて、と。ここらでいいか」
「……宍戸さん?」
「俺にはさせねえの?」
「え?」
 学校の敷地の一番外れまで来て、宍戸は足を止め、鳳を見上げた。
「今日誕生日だろ? 長太郎」
「はい。そうですけど…」
「チョコレートとかは勘弁しろよな。別に期待もしてねえだろうけどよ」
「くれるんですか?」
 すごく欲しいですと寧ろ真顔で鳳に詰め寄られ、宍戸は一層苦笑を深めた。
 狂乱じみたこのイベントに便乗する気はなかったが、生憎と、宍戸の年下の恋人は今日が誕生日なのである。
「ま、……バレンタイン半分、誕生日半分、ってとこか」
 コートのポケットに入れていた臙脂色のラッピングが施された四角い箱を取り出し、宍戸は鳳の目の前でペーパーを破いていく。
「え?………ええ? それ俺にじゃないんですか?」
 何で破っちゃうんですかとひどく慌てた様子の鳳をいなして、宍戸は桐箱の蓋を開けた。
 ざらりと指に掬って取ったのはチョコレート色の金平糖だ。
 ちいさく尖った星のような金平糖を一粒。
 自分の唇の合間に入れながら、宍戸は上目でちらりと鳳を見上げて笑う。
「お前のだぜ」
「……………って………え?」
「ただしセルフサービスな」
「………………」
 金平糖を乗せた舌先を、そっと鳳に見せ付けると、宍戸の両肩は鳳の手に握られ、何か余裕のない顔をした鳳にすぐに唇を塞がれる。
 チョコレートの味の金平糖は、互いの舌の合間をころりと転がって、ちいさな尖りが交わすキスに溶けていく。
 舌と舌とに揉み解され、とけてなくなった金平糖は。
 淡いチョコレートの味を口腔にした。
「一年に一回しか作らない金平糖を売ってる店があるんだよ」
「……宍戸さん」
「ん…ー……ふ…つう、金平糖を作る釜はものすごい高温だから……チョコレートなんざ入れたら分離して…えらいこと、…になるらしい…けど…、…ここの…は……」
 話しながら、もう一粒。
 宍戸は自分の口に金平糖を運ぶ。
 すぐに鳳のキスが落ちてくる。
「ふ………っ……」
 今日という日にチョコレートなんて真似、宍戸には到底出来なかったが、誕生日にほんの少し取り混ぜるくらいならばどうにか。
 それもこんな間接的な、回りくどいやり方で。
 しかも直接的にはまるで、鳳のキスが欲しくてやっているような現状で。
 キスをねだる。
 唇を塞がれる。
 水分を蒸発させ砂糖を結晶化させる金平糖は、どこか恋愛感情にも似ている気がする。
 レシピがないほどの金平糖の精製の難しさは、マニュアルのない恋愛と似通っている。
「、ん………っ……ん…」
 一年に一度しか作られる事のない金平糖が、宍戸の唇から鳳の唇へと移って、二人で溶かした。
「…………あとどれくらいあります?」
「死ぬほどあるぜ」
 本気で気がかりな様子で、金平糖の残り数を期に知る鳳に、宍戸は喉で笑い声を響かせた。
「あとは自分で食え」
「いやですよ。そんな」
 大人びた表情で子供じみた事を言う鳳の唇を、金平糖を含んでいない宍戸の唇が下から伸び上がって塞ぐ。
 甘い星の欠片が口になくとも、いくらだってしたいされたいその衝動。
 冬の静かな日暮れに抱き締めあって交わした。
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