How did you feel at your first kiss?
淀みない口調で語られている言葉は、内容というよりも耳に真っ直ぐに届く音と響きで海堂を寛がせた。
「同じコーヒー豆を使っても挽き方で味が変わるんだよな。いろいろ試してみたらペーパードリップ用よりも豆を荒挽きにして、その分量を多めにして淹れると味がやわらかくなるって判った」
真鍮の細い注ぎ口のケトルを傾け、乾はコーヒーを淹れている。
ペーパーに入れた粉の上に、そっと湯を置くようにして注ぐ一段目。
全体を湿らせ、蒸らしてから、タイミングをはかって二段目。
「味を重ねていくっていう感じが面白い」
そう言って、笑って。
サーバーに抽出されたコーヒーが落ちきらないうちに注ぎ足す三段目。
「注いだ湯を全部としてしまうとコーヒーの味が悪くなるっていうのが不思議だよな」
器用な手の動作が早くなっていく。
四段目、五段目。
湯を注ぎいれ、全てが落ちきらないうちにドリッパーを外し、サーバーからカップに注がれたコーヒーは海堂の前に滑るように給仕される。
「どうぞ。データによると一刻でも早い方が格段にうまい」
節のある、しかし長く真っ直ぐな指を伸ばした手で促され、海堂はカップを手にして口をつける。
乾に、ひどく丁寧に、大切に淹れられた飲み物。
痛いくらいの熱さと香りのいい苦さは、乾に抱き締められた時と同じ感じを海堂に与えた。
「………うまいっすよ」
じっと見つめてくる乾に海堂は小さく言った。
実際に、本当に、コーヒーは美味しかった。
しかし、乾から何らかのリアクションを欲しがられているのがあからさますぎて些か気恥ずかしい。
「それはよかった」
唇をゆっくりと引き上げて微笑む乾の表情も一際優しげで、海堂は相当甘やかされている自分を自覚せざるを得ない。
またひとくち海堂がコーヒーを口に含めば、乾はまた一層の甘やかな目で見つめてくる。
静かで、優しい空気は、こうやって乾がつくってくれるのだ。
「………………」
朝から予想以上の積雪で、自主トレを半ば強引に中止させられ不服でいる態度も露な海堂を、乾は笑って自宅に誘ってきた。
頑張る事と無謀でいる事は別次元だよとやんわり窘めた乾は、そうして海堂の目の前で素早く、そして丁重にコーヒーを淹れて。
今は海堂がそのコーヒーを飲む様を楽しげにテーブルの向かいから見つめてくる。
海堂は海堂で、乾がコーヒーが淹れる様を見ていて、そのコーヒーを口にして、すると何だか拍子抜けするほど気持ちが落ち着いてしまった。
自主トレの出来ない苛立ちもうやむやに立ち消えてしまっていた。
乾は、こういうところがとてつもなくうまいと海堂は思う。
海堂を落ち着かせたり、浮上させたり、後押しや、鞭撻、戒めや、協力。
強引に出る所と、決して踏み込まないでいる所が、いつも絶妙だ。
海堂は、結局自分が乾にどれだけ助力を仰いでいるか、自分自身で図りきれない程だ。
「海堂みたいに、健やかに自立してる子を好きになるとさ」
「………、す………、…」
何の前触れもなしに乾から放たれた言葉に海堂が絶句すると、乾は心底楽しそうに笑みを深めた。
「あれ、海堂がうろたえた」
「………っ……!」
当たり前だと怒鳴ろうとした海堂の頬に乾の手が宛がわれる。
伸ばされてきた乾の手のひらに片頬をすっぽりと覆われ、愛しむようにそっと撫でられて海堂は息を飲んだ。
熱くて、かわいた、大きな手だった。
「俺がしてあげられる事なんて、本当に少ししかないんだよ」
「……に……言って……」
乾には、してもらっている事ばかりで、判ってもらっている事ばかりだ。
海堂の困惑と怒りを、乾は海堂の頬を撫でる指先で消してしまう。
「嫌な事があってもさ」
「………………」
「例えばこうやって熱いコーヒーを飲んで、それで、ほっと落ち着く事が出来る、そういう事を知っている、ちゃんとした子だからな。海堂は。俺としては、せめて人よりうまいコーヒーを淹れられるようにはなりたいと思う訳だ」
「………意味判んねえんですけど」
「海堂がすごく好きだって言ってるんだが?」
「言ってねえだろっ」
海堂は怒鳴って、でも。
乾の手のひらの中の頬を、充分に赤くしている自覚はあった。
「同じコーヒー豆を使っても挽き方で味が変わるんだよな。いろいろ試してみたらペーパードリップ用よりも豆を荒挽きにして、その分量を多めにして淹れると味がやわらかくなるって判った」
真鍮の細い注ぎ口のケトルを傾け、乾はコーヒーを淹れている。
ペーパーに入れた粉の上に、そっと湯を置くようにして注ぐ一段目。
全体を湿らせ、蒸らしてから、タイミングをはかって二段目。
「味を重ねていくっていう感じが面白い」
そう言って、笑って。
サーバーに抽出されたコーヒーが落ちきらないうちに注ぎ足す三段目。
「注いだ湯を全部としてしまうとコーヒーの味が悪くなるっていうのが不思議だよな」
器用な手の動作が早くなっていく。
四段目、五段目。
湯を注ぎいれ、全てが落ちきらないうちにドリッパーを外し、サーバーからカップに注がれたコーヒーは海堂の前に滑るように給仕される。
「どうぞ。データによると一刻でも早い方が格段にうまい」
節のある、しかし長く真っ直ぐな指を伸ばした手で促され、海堂はカップを手にして口をつける。
乾に、ひどく丁寧に、大切に淹れられた飲み物。
痛いくらいの熱さと香りのいい苦さは、乾に抱き締められた時と同じ感じを海堂に与えた。
「………うまいっすよ」
じっと見つめてくる乾に海堂は小さく言った。
実際に、本当に、コーヒーは美味しかった。
しかし、乾から何らかのリアクションを欲しがられているのがあからさますぎて些か気恥ずかしい。
「それはよかった」
唇をゆっくりと引き上げて微笑む乾の表情も一際優しげで、海堂は相当甘やかされている自分を自覚せざるを得ない。
またひとくち海堂がコーヒーを口に含めば、乾はまた一層の甘やかな目で見つめてくる。
静かで、優しい空気は、こうやって乾がつくってくれるのだ。
「………………」
朝から予想以上の積雪で、自主トレを半ば強引に中止させられ不服でいる態度も露な海堂を、乾は笑って自宅に誘ってきた。
頑張る事と無謀でいる事は別次元だよとやんわり窘めた乾は、そうして海堂の目の前で素早く、そして丁重にコーヒーを淹れて。
今は海堂がそのコーヒーを飲む様を楽しげにテーブルの向かいから見つめてくる。
海堂は海堂で、乾がコーヒーが淹れる様を見ていて、そのコーヒーを口にして、すると何だか拍子抜けするほど気持ちが落ち着いてしまった。
自主トレの出来ない苛立ちもうやむやに立ち消えてしまっていた。
乾は、こういうところがとてつもなくうまいと海堂は思う。
海堂を落ち着かせたり、浮上させたり、後押しや、鞭撻、戒めや、協力。
強引に出る所と、決して踏み込まないでいる所が、いつも絶妙だ。
海堂は、結局自分が乾にどれだけ助力を仰いでいるか、自分自身で図りきれない程だ。
「海堂みたいに、健やかに自立してる子を好きになるとさ」
「………、す………、…」
何の前触れもなしに乾から放たれた言葉に海堂が絶句すると、乾は心底楽しそうに笑みを深めた。
「あれ、海堂がうろたえた」
「………っ……!」
当たり前だと怒鳴ろうとした海堂の頬に乾の手が宛がわれる。
伸ばされてきた乾の手のひらに片頬をすっぽりと覆われ、愛しむようにそっと撫でられて海堂は息を飲んだ。
熱くて、かわいた、大きな手だった。
「俺がしてあげられる事なんて、本当に少ししかないんだよ」
「……に……言って……」
乾には、してもらっている事ばかりで、判ってもらっている事ばかりだ。
海堂の困惑と怒りを、乾は海堂の頬を撫でる指先で消してしまう。
「嫌な事があってもさ」
「………………」
「例えばこうやって熱いコーヒーを飲んで、それで、ほっと落ち着く事が出来る、そういう事を知っている、ちゃんとした子だからな。海堂は。俺としては、せめて人よりうまいコーヒーを淹れられるようにはなりたいと思う訳だ」
「………意味判んねえんですけど」
「海堂がすごく好きだって言ってるんだが?」
「言ってねえだろっ」
海堂は怒鳴って、でも。
乾の手のひらの中の頬を、充分に赤くしている自覚はあった。
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