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How did you feel at your first kiss?
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 正直そこまで心細そうな、不安気な顔をされるとは思わなかった。
 しかもそこにどこか苛立ちすらも垣間見えて、これは本気で参ったと内心で思いながら、宍戸は鳳を見上げた。
 うち来るか?と尋ねてみれば、鳳は逡巡の後、小さく頷いた。
 でも学校から宍戸の家へ向かう間も、鳳はひとことも口をきかなかった。
 少し先を歩く宍戸が時々背後に視線を向けると、鳳は宍戸が考えていた以上の強い眼差しで見据えてきていて、宍戸はまた嘆息する。
 元来穏やかな性質の鳳が、頼りなくも憮然とした表情をしていること自体、慣れない。
 どうしたものかと思い悩んでしまうから自然と宍戸の口数も減って、結局二人、ほぼ無言で歩を進める。
 そうして到着した宍戸の家で、家人の姿のないまま宍戸の部屋に二人で入ってしまえば、それこそもう。
 彼らをとりまくのは静寂だ。
「……長太郎」
「………………」
 宍戸は沈黙をやぶって鳳の名を呼び、彼の手をとった。
 そして自分のベッドへ鳳を座らせる。
 その正面に立って、いつもとは逆に鳳を見下ろしながら、宍戸は小さく肩から息を抜く。
 指先で鳳の髪を撫でた。
「………………」
 じっと見つめている宍戸の視線を、鳳もまた見上げて、受け止めてはいるけれど。
 やはりどうにも憂いで見えて、宍戸は鳳へと、ゆっくりと上体を屈めていった。
「………………」
 頬にキスして、そっと鳳の髪を撫で、耳の縁と、こめかみへも唇を寄せる。
 それから両手で鳳の頭部を囲うようにして、己の胸へと抱き寄せた。
 やわらかい癖のある髪に唇を落とす。
「好きだ」
 振動に近い小さな声。
 それを鳳の髪にうずめて、宍戸は呟いた。
「可愛いとか、かっこいいとか、俺はお前で全部思う」
「………………」
 身じろぎをみせた鳳の動きを封じるように、宍戸は胸元にある鳳の頭を更に抱き込んだ。
「お前が好きだ」
 聞かせている相手は、鳳にだけではなく、自分へも。
 宍戸は手を宛がっている鳳の後頭部をそっと撫で、繰り返し口にした。
 鳳が、うんざりするくらい。
 繰り返してやろうと思って、胸元にいる鳳にひとしきり告げた。
 鳳は何も言わない。
 しかし、大きな手のひらが、もどかしそうに伸びてきて宍戸の後ろ首をつかんできたので。
 宍戸は鳳の唇を塞ぎながら、彼をベッドに倒していく。
 鳳の上になって、口腔にある男の舌を微かに噛む。
 首の裏をつかまれたまま、鳳のもう一方の手が宍戸の腰を強く抱き寄せてきた。
 キスが、深くなる。
「……っ…、」
「………………」
「…ふ………っ、……、」
 唇を重ねたまま宍戸は鳳の胸元についた手で彼の制服のブレザーの釦を外す。
 空いた方の手では同時に自分の制服の釦を外していた。
「………長太郎……」
「………………」
「……好きだ…」
 同時にしようとするからうまくいかないのかもしれないが、互いの制服は何だかぐちゃぐちゃに乱れる割には、少しも思うようにならず、いつまで経っても中途半端に身に纏ったままだ。
 宍戸は鳳には何もさせず、一人で二人分の脱衣をしようとしていて、しかもその間ずっと鳳に囁き続けていた。
「好きだぜ。お前のこと」
「………………」
「お前みたいにはちゃんと言えてないけどな」
 でも今日みたいに、と宍戸は鳳の身体の上で自身のシャツを肩から外す。
「お前が言えない時は、その分も俺が言うからよ」
 そして宍戸は鳳のシャツも脱がせて、鳳の手をとり、その大きな手のひらを自分の胸元に運んだ。
「好きだって。それは俺が言うから」
「………………」
「お前は抱けよ」
 俺を、と微笑んで見下ろした鳳に。
 宍戸は嵐にまかれるような勢いで、抱き込まれ、反転させられ、組み敷かれた。
「好きだ」
 鳳は宍戸を抱く。
 けれど何も言わない。
 だから宍戸がずっと言っていた。
「好きだ」
 繰り返す言葉を、決して安くなんかさせない。
 事実を正しく告げて、それで陳腐に聞こえるなんていうのは、言葉に見合う気持ちの込め方が足りないだけだと宍戸は思っている。
 だからずっと、今日は囁いた。
「好きだ」
 そして。
「長太郎」
 同じ気持ちのこもる、二つの言葉を。



 数時間後、宍戸は台所で笑っていた。
 手にしているのはレモン。
 ガスコンロの前で、二等分にしたレモンの切り口を青い炎で焼いている。
 宍戸の背後にはぴったりと鳳がくっついて立っている。
「少しは落ち着いたか」
「………笑いすぎです」
 酷い声だった。
 掠れて、われて、歪んでいる。
 あーあ、と宍戸は苦笑いした。
「喋んなって。やっと声出るようになったんだろうが」
 宍戸がコンロの火で炙っているレモンの果肉が少しずつ焦げていき、柑橘系特有の香りが周囲に濃く立ち込める。
 鳳は宍戸の背後から腕を回してきて、下腹部を抱き込むようにしてきた。
「だってなあ……お前が、ああもへこむとは思わなかったからなぁ…」
 週末、鳳が風邪をひいた。
 微熱と共に腫れあがった喉は、腫れがひいた後には、完全にその声を潰してしまっていた。
 それはもう掠れ声などという生易しい話ではなく、声がまるで発せられなくなってしまったのだ。
 鳳という男は元来非常に細やかな性質をしている。
 しかも言葉にすると同時に行動にも出ている。
 そういうとにかくまめな男で、だから言葉が話せなくなってからも日常生活には然して支障はないようだったのだが、唯一の例外が宍戸だったらしい。
 好きだと言葉で宍戸に告げられないという事は、鳳にとって相当のストレスだったようで。
 余りにも判りやすく風邪をひいてしまった鳳からすれば、移してしまうかもしれないという危惧で、また宍戸からすれば病み上がりに無理をさせてはまずいだろうという危惧で、日常生活にも微妙な距離があいたものだから。
 次第、悲壮なストレスを露にしてきた鳳を、宍戸もいい加減放っておけなくなってしまったのだ。
 普段、言葉を惜しまない鳳に、甘えてしまっている自覚は宍戸にもある。
 だからせめてこんな時くらいは。
 好きだと口に出来ない鳳に、彼が言いたい以上の回数、自分がそれを与えてやりたくなったのだ。
 この数時間であまりにも繰り返し口にした言葉だが、これまで鳳が宍戸に告げた回数と等しくなるか越えるかしたかと考えれば、実の所あまり自信がないのが宍戸の本音だ。
「長太郎。グラス持ってろ」
 後ろ手に手を伸ばし、軽く鳳の頭をたたいて促した宍戸は、ガス台の火を止めた。
 そして鳳に持たせた耐熱性のグラスに、焦がしたレモン汁を絞る。
「うちではいつもこれなんだよな。喉は」
 飲んどけ、と指先でグラスを指し示して宍戸が言った通り、鳳は素直に従った。
「飲みづらかったらハチミツ入れてやるけど」
「………………」
 鳳は少し考える顔をして。
 いきなり。
「………、……てめ……」
 ちゅ、とかわいらしいこと極まりない音をたて宍戸の唇にふれるだけのキスをした。
 それから残りのレモンを飲んで。
 微笑んだ鳳が何事か言おうとするのを察し、宍戸は怒鳴った。
「長太郎!」
 はい、と声にはならなかったものの、素直に頷いた鳳に。
 宍戸は一気に脱力した。
 ハチミツって言ったんだ俺はと言おうとしていた言葉を捨てて。
 今日は、そうだ、言うべき言葉はこれだったと思いなおす。
「バカすぎだ、お前……ったく…そういうところも好きだけどな…!」
「………………」
 そうして再び、焦がしたレモンの味のキスをする。
 苦味より、酸味より、あくまで甘い、キスをする。
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