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How did you feel at your first kiss?
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 自分の何かを人に任せる。
 海堂にとって、乾は初めてそういう事をした相手だった。
 強制でもなんでもなく、自らの意思で。
 ましてそれが自分が強くなる為の術であれば尚更の事。
 これから先こんな相手は乾の他にいないであろうと海堂は思った。
 依存ではないのかと己を危ぶんだ事は幾度かあって、その度に機知に富んだ年上の男は敏感に察し、それは違うよと首を振った。
『依存というなら、それは俺が海堂に、なのかもしれない』
 乾はそう言って微かに笑んでいた。
 海堂に乾の真意は判らなかったが、執着に似た相手への思い入れが自分だけではないのだという事を知らされ、それは海堂を安堵させもした。
 お互いとの距離は、なんて事のない日常の積み重ねで狭まっていく。
 理由などなくても、顔を見合わせ、話をする。
 和む優しい空気に馴染んで、馴致して、そうしてそんな優しい和やかなものの中から渇望が生まれる事を知る。
 さらさらと肌触りのよかった好意が、熱を帯びて苦しい恋情に変化していく時も。
 乾がきっと、察してくれたのだろうと海堂は思っていた。
 放つ術も心積もりもなかった海堂の感情を、丁寧に酌んで、器用に拾い上げてくれた。
 好きだよと囁く事で、飽和して混沌となっていた海堂の気持ちをも名付けてくれて。
 でもそれは。
 元より乾が抱いていた思いではなかっただろうと海堂は心のどこかで思ってもいた。
 乾が誰よりも慎重な男だからこそ、まずは困惑に陥った海堂を救うべく、海堂に手を伸ばし言葉を向けたのだと思っていた。
 海堂を抱き締める瞬間。
 キスをする寸前。
 いつもうまれる僅かな間。
 丁寧な抱擁や口付けのさなか、乾が彼自身の感情を探っている気配を海堂は見過ごせない。
 無理をさせ、引きずり込んでいるのかと。
 そう思ってしまえば最後、海堂はそれまで以上の耐え難さに囚われた。
 駄目なら駄目でいっそ早く拒んで欲しいと思う。
 それと同時に、突き放されたくないという思いも確かに海堂にはあって、乾の言葉を聞き、キスをされ、抱き締められるたび、ゆっくりと進められていくその日常の繰り返しに、次第どうしようもなくなっていった。


 乾に抱き締められて、初めて、ベッドに押さえつけられた。
 強い手に組み敷かれ、最後かもしれない確認の予感に海堂は唇を噛む。
 乾の手のひらが胸元に宛がわれ、服の上から撫でられる。
 普段触れられることのない喉元や首筋に乾の唇が押し当てられて、身体のそこかしこに乾からの接触がある。
 乾の所作の全て、強引にも、丁寧にも、なりきれていない。
 どっちつかずの微妙な乾の動きに、海堂が感じるものは、最終通告を待つ怯えだけだ。
「……海堂?」
「…………………」
 意識するより先に海堂の目じりから落ちていた涙に、嗚咽の声は含まれない。
 しかし乾はそれが海堂の瞳から生まれるや否や気づいて、低く重い声で名前を呼んできた。
 僅かに顔を横に背けている海堂の、片頬に大きな手が触れてきて。
 海堂は眼差しを乾へと向けて言った。
 乾の表情は涙で霞んで見え辛かった。
 海堂は、呟くように見えない乾に告げた。
「確かめてもいい…」
「…………………」
「でも決めるなら早くしてくれ」
「………決めるって何を」
「だから」
 顔をずらして乾を見上げることで、乾の手の親指の付け根に海堂の唇が当たる。
 そこに口付けるように海堂は一度目を閉じて、涙を流しきってから睫毛を引き上げる。
「出来ないなら出来ないで、早く」
「そんな選択肢なんかないよ」
「…………………」
「最初からない」
「だ……、…」
 何を言ってるんだと乾は言った。
 まるで呻くような低い声だった。
「………これだけあせらせておいて」
「乾先輩…?……」
「平気な顔してるなんて思わないでくれ」
 初めて乾の前で涙を流した分だろうか。
 乾の表情が、海堂にはいつもよりよく見える気がした。
「……平気じゃ…ないんですか」
「ないよ。当然だろ」
 海堂の小さな声に、乾は憮然と答える。
 怒っているのかもしれない、見慣れぬ乾の表情に海堂は驚いた。
「それから確かめるとか決めるとか、どういう意味でお前は言ってるんだ」
「どういう意味って…それは」
「お前じゃないのか? それは」
 確かめているのも。
 決めようとしているのも。
「………………」
 思いもしなかった疑問を放られ、海堂は愕然とした。
「俺は……今更そんな事しない……」
「俺だってそうだ。最初から全部決まってる。お前が、」
 好きで、欲しくて、と抑揚のない声に欲望を詰め込まれ耳元で告げられた。
 乾のその焦れたような声に海堂は息をのんだ。
「思いもしてなかったって顔だな」
 困った奴だと珍しい乾の苦笑いを耳元に吹き込まれ、海堂はそのまま乾に口付けられた。
 舌の絡むキス。
 急いたように勢いを増した手。
 おり重なった互いの脚、密着する四肢。
 塞き止めていたものが放出されていくような勢いに、海堂は僅かだけ狼狽し、混乱した。
 涙まで欲しがられるように眦にもキスをされて、気恥ずかしい居たたまれなさを覚えもしたけれど。
 お互いが持っていた勘違いを、きちんと訂正しあう余裕はそれぞれにない。
 今は、少しでも早く、先に、奥に、続いていきたい。
 言葉を惜しむのではなく、言葉を放つ時間を待てない。
 思いでのみ動かした身体で、抱きしめあって、今は危うい罠にはまったままで。


 このままで。
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