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How did you feel at your first kiss?
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 あまりにも毎日寒いのが、その喧騒の原因だった。
 月曜日の朝の事だ。
「昨日の夜テレビでさ、お天気お姉さんが、明日の朝の気温は冷蔵庫の中とほぼ同じでしょうって言ったんだぜ! 信じらんねえよ!」
「それで昨日はちゃんと湯たんぽ抱っこして寝たんか? 岳人」
「寝たけど! でも湯たんぽ抱いたって、足とか顔は、朝にはすっげえ冷たくなってた!」
「確かになあ……今年はちょっと、尋常でなく寒い気がするな…」
「気じゃねえよ侑士! ほんとに寒いんだって!」
 三年の冬。
 部活を引退してからもつるんでいる時間は然して変わらない氷帝テニス部のダブルスコンビは、肩を並べて登校中だった。
「お。跡部と滝を発見」
 おーっす、と走っていく向日の後を忍足はのんびりとついていく。
「おはよう岳人。ほっぺた真っ赤だね。寒い?」
「あったりまえだろ滝! めちゃくちゃ寒ぃよ!」
「岳人は寒いの苦手だもんね…」
 滝が笑って言って、向日は頬をふくらませている。
「おはようさん」
「ああ」
 忍足の言葉に跡部は頷くだけで、それでも自然と四人で連れ立って歩けば、通学路の人目は否が応でも彼らに集まる。
「跡部、お前、制服の下に特殊スーツでも着込んでんじゃねえの?!」
「ああ?」
「平気な顔しやがって……ちょっとは寒いって前面に押し出していけよな!」
 くそくそ跡部っ、と言った向日は派手な音をたてて跡部に頭を叩かれて涙目だ。
「おいおい跡部……」
 苦笑交じりに忍足は、跡部に殴り返さんばかりの勢いの向日を己の方へと引き寄せる。
「離せっ侑士っ」
「あかんって。岳人」
「だって跡部がっ」
 俺は昨日あんなに寒くて今日もこんなに寒いのにー!と癇癪じみて喚く向日を横目に、跡部は肩を聳やかせた。
「は………寒いねえ…? 悪いがこっちはお子様体温で朝まで無駄に温かかったんだよ」
 ぴたっと向日の声が止む。
 皮肉気な笑みを薄い唇に刷いて、跡部は一人先を行く。
「………侑士……」
「……ん?」
 頬を引き攣らせた向日に、忍足は力なく笑った。
 その横で滝も微苦笑している。
 三人は跡部の背を見つめながら小声で言った。
「お泊りだね……」
「お泊りやな……」
「お泊りかよ…!」
 跡部の衒いの無さを三者三様の反応で受け止めた彼らは、ふと背後に鳳と宍戸の姿がある事に気づく。
 向日の目がすわった。
「くそ………あいつらも絶対お泊り組だな」
 だから月曜日は嫌なんだと向日が呻く。
「でもまあ……宍戸は跡部みたいには言わないんじゃないかな?」
「せやな。けど、宍戸はともかく、鳳は言うやろ? 宍戸さんが温かかったから寒くありませんでしたー!…とかなんとか」
「うん。鳳は言うね」
 滝と忍足がそんな話を続ける中、宍戸だって判ったもんじゃねえと言ったのは向日だ。
 俺はあんなに寒かったのにと恨めしい顔で鳳と宍戸を睨む向日の論点はすでに激しくずれてしまっているのだが、ぐるぐると喉を鳴らして威嚇に励む子猫の如き向日の様子に、滝が提案をした。
「じゃあさ、岳人。宍戸の返答で賭けしようよ。昨日の夜とか、今朝とか、すごい寒くなかった?って宍戸に聞いて」
「………聞いて?」
「宍戸が跡部的な返答をしてきたら岳人の勝ち。俺と忍足で放課後、岳人の好きなもの奢ってあげる。いいよね? 忍足」
「決定しといてから聞くなや」
 苦笑いしながらも、ええよと忍足は頷いてみせた。
「俺、ベーグル食いたい」
「ベーグルでいいの?」
「今月の限定スプレッドのイタリア産渋皮マロンのモンブランと、今月限定ベーグルのクリスマスチキン、あとホワイトチョコのクリームチーズのと、レモンとブルーポピーシードのマフィン、そこにグレープフルーツジュースつけて!」
「………………」
 向日にまくしたてられ思わず顔を見合わせてしまった滝と忍足だったが、正直な所あまり負ける気もしないでいる。
「判った判った。岳人が買ったらみーんな奢ったる」
「よっしゃ!…じゃ、とりあえず鳳を追っ払おう!」
 あいつが聞いてると宍戸も言うもんも言わない可能性あると向日が言っているのとほぼ同時に、滝が声を上げた。
「あ、鳳ー、跡部が呼んでたよー」
 すでに大声を出さないでも充分声の届く距離まで来ていた鳳と宍戸に向けて滝が告げると、足早に近づいてきた鳳が、そこのいた三人の上級生に生真面目に頭を下げてから少し不思議そうな顔をした。
「何ですかね?」
「さあ? 跡部、少し前にここ追い越していったばっかだから、走っていけばすぐ追いつくと思うよ」
「そうですか。行ってみます。ありがとうございます」
「いえいえ」
 おっとりと柔和に微笑む滝を前に、鬼だ…、と内心で呟く向日と忍足である。
「じゃ、宍戸さん。お先にすみません」
「おう」
 そう言って鳳が走り出し、その背が小さくなっていくのを、宍戸以外のその場にいる全員が我慢比べのような面持ちで見送って。
「ね、宍戸」
 漸く本題に入る。
 滝が声をかけると、宍戸はマフラーを口元近くまで指先で押し上げながら、何だよと呟いた。
 寒がっている仕草だなあと慎重に観察しながら、滝は宍戸に並んで歩き出す。
 二人のすぐ後ろには忍足と向日がやはり並んで後についていた。
「昨日の夜も寒かったよね。今朝もすごい寒いし」
「ああ」
「昨日の夜寝る時とか、寝てる最中とか、寒くなかった?」
 宍戸の返事を待って、三人の意識が真剣に宍戸へと向けられる。
 宍戸は、もう一度マフラーを引き上げながら即答した。
「寝てねえよ。だから判らねえ」
 今はすっげえ寒い、とも宍戸は付け足した。


 寝ていない。
 だから寒かったのか寒くなかったのかは判らない。
 宍戸が眠らなかった原因の男は今頃、元部長の前で意味も判らず首を捻っているだろう。
 この場合賭けの結果は果たして。
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