How did you feel at your first kiss?
集団の中にいても、時々ひとり違う方向を見ている。
誰も見ていない場所を見ている。
だから乾には海堂が寡黙であるにも関わらずひどく際立って目立って見えた。
黙ったままひとり何を見ているのかと海堂の視線を追えば。
例えば雨上がりの歩道の水溜りに映りこんだ真逆の景色であったり、鳴かずに顔だけ出している軒下の燕の巣の中の雛であったり。
つむじ風なのか不思議な螺旋をえがいて舞い上がっている落ち葉であったり、いつもと少し色の違って見える月であったり。
海堂が見つけて、見つめているものは、どれもささやかだけれども印象的なものばかりだった。
海堂が見つめるものは目立たずとも独自だ。
気づく人がいない程度の小さい綺麗な欠片を、きちんと見つめているのが海堂だ。
乾は海堂の視線の先を追うのが癖になった。
海堂が何を見つけて、何を見ているのか。
知りたいと思う欲求が生まれたからだ。
そうして乾は海堂が見ている物を目で追った。
それを見ている海堂の表情も必ず見つめた。
そういう日々の繰り返しだったのだ。
実際口に出して説明してみて改めて。
そういう事だったのだと乾は再認識した。
誰からも気づかれない程度の軽微なものであっても、それらを必ず見つけて見つめている目だから、海堂の双瞳は綺麗なのだ。
「………あれ、海堂。そっち向く?」
乾の部屋、ベッドの上。
まだ時間はある。
先程までひっきりなしに軋んだ音をたてていたベッドは今はこんなにもおとなしい。
海堂を胸元に抱き込んで、回想というほど古い話でもない事を、ぽつぽつ口にしていた乾は、海堂が身じろいで背中を向けて寝返ると、その背に被さるようにまた密着した。
顔を背けられた代わりに乾の眼下に露になった海堂の耳元から首筋が、ふわっと滲むように赤かった。
「海堂?」
「………るせ……」
「からかってないぞ? 俺は」
「……ってる………真面目な顔してるから、余計悪い」
低い声は本当に小さくて、けれども怒っている訳ではない事くらい、乾にもよく判る。
「俺が、そんな風にずっと海堂の事見てたのが居たたまれない?」
少し笑って、乾は海堂の耳元に囁く。
相変わらずその周辺の皮膚は、ほんのりと色味が濃くなっていて綺麗だった。
「海堂が綺麗なものをよく見てて、だからその眼も綺麗なんだって、俺は本気で思ってるから否定されても困るんだが」
「………も、…その声…」
詰るような言葉の割りに言い回しの語尾が弱くて甘い。
海堂は頑なに乾に背を向けたまま、片手を引き上げてきて、自身の耳元に手を当てる。
耳を塞ぐような、めずらしくひどく子供じみた仕草に、乾が煽られないでいられる筈もない。
海堂の指の先と耳の縁とに唇を寄せる。
乾の唇の薄い皮膚を痺れさせる程そこの熱は高かった。
乾が好きだと告げる度、海堂はますます振り返ろうとはしなくなるが、それでも乾は背後から海堂の身体を抱きこむようにして囁き続けた。
「海堂」
いつも真っ直ぐに伸びている背を今は丸めて、ぎこちなく指先を震わせている海堂を抱き寄せていると、乾の思考は未経験の感覚を辿る。
このままやみくもに抱き締めて再び暴いてしまいたいような欲求と、このままゆるく好きだと囁き続けているだけで他には何もいらないと思う気持ちと。
正反対の感情が、不思議と乾の中で吊り合っている。
「………………」
赤い耳元に宛がわれている海堂の手を乾は自身の手で包んだ。
海堂が肩越しに視線を向けてくる。
乱れた前髪の隙間から見えている真っ直ぐな眼差しが今映しているものは。
「………先輩」
「………………」
自分もまた海堂のその眼に映るのだと、今更のように認識しながら。
乾は海堂のこめかみに唇を寄せた。
瞬いた海堂の睫毛の先が、乾の唇に触れる。
そして再び、秘密裡のキス。
宿る思いを隠す必要はない。
誰も見ていない場所を見ている。
だから乾には海堂が寡黙であるにも関わらずひどく際立って目立って見えた。
黙ったままひとり何を見ているのかと海堂の視線を追えば。
例えば雨上がりの歩道の水溜りに映りこんだ真逆の景色であったり、鳴かずに顔だけ出している軒下の燕の巣の中の雛であったり。
つむじ風なのか不思議な螺旋をえがいて舞い上がっている落ち葉であったり、いつもと少し色の違って見える月であったり。
海堂が見つけて、見つめているものは、どれもささやかだけれども印象的なものばかりだった。
海堂が見つめるものは目立たずとも独自だ。
気づく人がいない程度の小さい綺麗な欠片を、きちんと見つめているのが海堂だ。
乾は海堂の視線の先を追うのが癖になった。
海堂が何を見つけて、何を見ているのか。
知りたいと思う欲求が生まれたからだ。
そうして乾は海堂が見ている物を目で追った。
それを見ている海堂の表情も必ず見つめた。
そういう日々の繰り返しだったのだ。
実際口に出して説明してみて改めて。
そういう事だったのだと乾は再認識した。
誰からも気づかれない程度の軽微なものであっても、それらを必ず見つけて見つめている目だから、海堂の双瞳は綺麗なのだ。
「………あれ、海堂。そっち向く?」
乾の部屋、ベッドの上。
まだ時間はある。
先程までひっきりなしに軋んだ音をたてていたベッドは今はこんなにもおとなしい。
海堂を胸元に抱き込んで、回想というほど古い話でもない事を、ぽつぽつ口にしていた乾は、海堂が身じろいで背中を向けて寝返ると、その背に被さるようにまた密着した。
顔を背けられた代わりに乾の眼下に露になった海堂の耳元から首筋が、ふわっと滲むように赤かった。
「海堂?」
「………るせ……」
「からかってないぞ? 俺は」
「……ってる………真面目な顔してるから、余計悪い」
低い声は本当に小さくて、けれども怒っている訳ではない事くらい、乾にもよく判る。
「俺が、そんな風にずっと海堂の事見てたのが居たたまれない?」
少し笑って、乾は海堂の耳元に囁く。
相変わらずその周辺の皮膚は、ほんのりと色味が濃くなっていて綺麗だった。
「海堂が綺麗なものをよく見てて、だからその眼も綺麗なんだって、俺は本気で思ってるから否定されても困るんだが」
「………も、…その声…」
詰るような言葉の割りに言い回しの語尾が弱くて甘い。
海堂は頑なに乾に背を向けたまま、片手を引き上げてきて、自身の耳元に手を当てる。
耳を塞ぐような、めずらしくひどく子供じみた仕草に、乾が煽られないでいられる筈もない。
海堂の指の先と耳の縁とに唇を寄せる。
乾の唇の薄い皮膚を痺れさせる程そこの熱は高かった。
乾が好きだと告げる度、海堂はますます振り返ろうとはしなくなるが、それでも乾は背後から海堂の身体を抱きこむようにして囁き続けた。
「海堂」
いつも真っ直ぐに伸びている背を今は丸めて、ぎこちなく指先を震わせている海堂を抱き寄せていると、乾の思考は未経験の感覚を辿る。
このままやみくもに抱き締めて再び暴いてしまいたいような欲求と、このままゆるく好きだと囁き続けているだけで他には何もいらないと思う気持ちと。
正反対の感情が、不思議と乾の中で吊り合っている。
「………………」
赤い耳元に宛がわれている海堂の手を乾は自身の手で包んだ。
海堂が肩越しに視線を向けてくる。
乱れた前髪の隙間から見えている真っ直ぐな眼差しが今映しているものは。
「………先輩」
「………………」
自分もまた海堂のその眼に映るのだと、今更のように認識しながら。
乾は海堂のこめかみに唇を寄せた。
瞬いた海堂の睫毛の先が、乾の唇に触れる。
そして再び、秘密裡のキス。
宿る思いを隠す必要はない。
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