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How did you feel at your first kiss?
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 越前に奇妙な言葉を放られた。
 部活の合間の、僅かな休憩時間のことだ。
「乾先輩って、海堂先輩いないと、もう駄目なんじゃないっスか」
「……越前」
「おっかないなあ」
 喜ぶ所じゃないんですかと不敵に笑う越前を、海堂は何の加減もなく睨み据えた。
 彼がどういう心積もりでそんな事を言い出したのか海堂には判らなかったが、とにかくこの一学年下の後輩は、海堂が友好的な態度をとれないのを承知の上で、毎日何かしら海堂に話しかけてくる。
 今も海堂が幾ら目つきをきつくしてみせた所で、まるで平然とした様子で。
 それどころかどこか海堂の反応を探るような笑みを浮かべている。
「……何言ってんだお前は」
「別にからかってんじゃないですよ。海堂先輩」
 だって乾先輩が、と越前が言いかけたところで。
 当事者の乾が現れた。
「越前もそう思うか」
 馴染みのデータ帳を片手に広げ近づいてきた乾は、淡々と海堂と越前の話に加わってくる。
「でも海堂先輩は、そうは思ってないみたいっスね。乾先輩」
「………なに訳わかんねえ話、勝手に話すすめてんですか」
 それもいったい何の話なんだと、海堂がきつく眼差しを引き絞る。
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ」
 最初に越前にそう吐き捨てて、それから海堂は更に目つきをきつくして乾に向き直った。
「あんたもだ。何ふざけて話にのっかってんですか」
「ふざけてないよ? 海堂」
「俺も馬鹿なことなんか言ってませんけど? 海堂先輩」
「………………」
 三十三センチの身長差の二人が団結するのに呆れ果て、元々異なる方法ではあるが互いに弁の立つ二人に海堂が口頭で適う訳もない。
 海堂は投げやりに嘆息して、さっさとその場から立ち去ろうとした。
「ああ、待て待て海堂」
「………………」
「待ってくれって」
 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。
 乾は彼特有の、のんびりとした言い回しで海堂の後を追いかけてきた。
「今日部活の前に、越前に簡単な心理テストをしたんだよ。で、まあその話の流れで、ああいった事を海堂に言った訳なんだが。越前は」
 するりと。
 乾の手に手首を包まれた。
 捉まれたのではなく、あくまで包まれた。
「………………」
 海堂は胡散臭い思いを抱えつつも、それで足を止めた。
 振り払いづらい、極めて軽い接触の仕方だ。
 乾がよく海堂にするやり方だ。
「なあ、海堂。何でもいいから四字熟語を三つ言ってみて」
「………………」
「越前にした心理テストだよ。勿論越前の答えも俺の答えも後でちゃんと教えるから。三つ、言ってみて」
 乾の言動が時にひどく突拍子もないということは海堂自身熟知している。
 そして結局は、海堂は、そんな乾のペースにのまれてしまうという事も。
「……清廉潔白」
「うん。次は?」
「………一蓮托生」
「最後」
「縦横無尽」
 なるほど、と乾はあながちポーズだけではなく生真面目に頷いてみせた。
「海堂らしいな。実に」
「………………」
 そんな相槌を入れた乾を海堂が眉根を顰めて見ていると。
 すぐにその心理テストとやらの回答が海堂に与えられてきた。
「最初の四字熟語は、その人の人生観」
「………あ?…」
「海堂は清廉潔白。……いかにも海堂らしいだろ?」
 真っ向からそんな事を言われても海堂には返事の仕様がない。
「ちなみに俺は、紆余曲折。事情が込み合ってややこしい人生を考えているらしいな。越前は和洋折衷。……食事の事かテニスの事か」
「………………」
 二番目はその人の恋愛観、と乾は続けた。
「海堂は一蓮托生。俺はここでも心配事が多いらしくて、内憂外患。ちなみに越前は満身創痍だ。どういう恋愛観なんだか…」
 軽口で話をしながら、そんな事までも、乾はデータ帳に書き付けていく。
「最後は、死ぬ直前にその人の人生を振り返った感想だ」
「……………あんた何て言ったんですか」
「以心伝心。………で、まあ最後にそんな事を考えるとしたら、以心伝心の相手は海堂だろうなあ、と…」
「………………」
「他の二つに関してもそうだけど。まあとにかくそういうのに海堂をこじつけて、あれこれ考えてた俺の顔を越前は見てた訳だから。そういう経緯があったから、さっきの話になったんじゃないのかな」
 例えそうだとしても。
 海堂がいないと乾はもう駄目だなんて事は、絶対にないと海堂は思っているのだけれど。
 海堂は、自分が答えた言葉を思い返す。
 縦横無尽。
 自由自在、思う存分。
 最後の時にそう思う事が出来たとしたら、海堂にそういう全てのきっかけを与えてくれたのは恐らく乾だろう。
 漠然とながら、はっきりと。
 海堂にはそう思えた。
 それから、一蓮托生なんていう言葉が今更ながら気恥ずかしく、海堂はぎこちなく話をかえた。
「………最後のは…越前は何て言ったんですか」
「ん?……ああ、越前ね。聞いたら腹立つぞ」
 そう言いながらも、乾がどことなく楽しげなように海堂の目には見えていた。
 乾はデータ帳で口元を隠すようにしながら、海堂に、そっと耳打ちしてくる。
「連戦連勝、とのことだ」
「……生意気言いやがる」
「全くだ」
 乾が笑って、海堂の背中を軽く叩く。
「実際あいつは言うんだろうがな。……さて。内憂外患な俺と、一蓮托生な海堂は、休憩時間終了でダブルスの練習試合だ」
「……っす」
 行こう、と乾に促されて。
 海堂は、ほんの少し、目を伏せて頷いた。


 未来の話を当然のようにする微かな気恥ずかしさや、結局そんな未来もありそうだと、あっさり受け入れてしまえる自分が海堂には不思議だった。
 そしてそれで気づいた事があった。
 海堂は、乾がいないと駄目なのではなくて、乾でなければ駄目なのだろうと。
 自分を省みて思い知る。
 そうして、ゆくゆくは乾も、海堂の事をそんな風に思えるように。
 今は同じコートで、出来る限り負けない事、少しでもたくさん勝つ事。
 そう決めて、そう定めて、海堂は乾と二人でコートに向かうのだった。 
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