How did you feel at your first kiss?
氷帝の制服はどこで見かけてもよく目立つ。
しかしそれを抜きにしても、あれは目立ちすぎだろ、と神尾は内心で思った。
氷帝の制服を着た男子学生が三人、遠目にもはっきりと判るレベルでもめている。
別に神尾がそこに首を突っ込む必要は全くないのだが、いかんせん当事者のうちの一人が跡部であるので神尾は悩んでしまった。
何せ神尾はその跡部と待ち合わせをしているわけなので。
「……修羅場…かな?」
険悪だなあと呟きながら神尾は彼らに近づいていく。
跡部と、あと二人は日吉と滝だ。
神尾は跡部以外とは別段親しいわけでもないのだが、テニス部である日吉と滝の事は、顔と名前が一致するくらいには見知っている。
そんな三人が三人、今はなにやら小競り合いの気配で、誰も近づいていく神尾の事になど気づかない。
「随分とぞんざいに扱ってやがるじゃねえか。日吉よ」
跡部はあまり機嫌がいい風ではなかった。
笑み交じりにそんな事を言っているが、目が全く笑っていない。
「………貴方には関係ないと思いますけど」
応えた日吉は低い声にあからさまな苛立ちを滲ませている。
「跡部、止めなって…」
困惑を滲ませて跡部の腕を引いている滝だけが一人、どこか頼りなげに立ち竦んでいた。
まっすぐに伸びた髪が肩から零れて、俯きがちの首筋が妙に痛々しく見える。
神尾はゆっくりと、尚も彼らに近づいていく。
「何が気にくわないのか知らねえが、こいつ相手に悪趣味な真似するんじゃねえよ」
「ですから貴方には」
関係ないと言いかけた日吉が、ふと言葉をすりかえる。
「……俺がそう思うだけかもしれませんけどね」
滝先輩は違うようですから、と後を続けた日吉の言葉に滝がびくりと肩を窄ませる。
跡部は迸らせるように全身から不機嫌な気配を立ち上らせる。
「だとよ。萩之介」
「…………………」
片腕を滝につかまれたまま跡部は視線だけを背後にやって。
そして。
それで漸く気づいたようだった。
もう、すぐ側までやって来ていた神尾に。
「…………………」
あまり心情を判りやすく酌ませるような表情を見せない跡部にしては珍しく、まず目を瞠って。
小さく息を飲む。
神尾はそんな跡部の表情を見てから、彼の背後で唇を噛むようにして俯いて、涙を小さく落とした滝の表情に気をとられた。
滝の涙に跡部は気づいていない。
見てしまったのは神尾と、そして日吉だ。
「…………………」
舌打ちした日吉が、突如呻くような声で怒鳴る。
「どうせ俺といても泣いているばっかりなんだ。だったらどっちがいいかなんて選んだり迷ったりしてないで、最初からあんたはそこで笑ってればいいだろう……!」
「日吉、……」
滝が踏み出した一歩は日吉の方へ。
しかし日吉が踏み出した一歩は滝へとは向かなかった。
背を向けて走っていく日吉を目で追いながら、神尾は小首をかしげて少し考えた。
「んー………」
「おい、神尾、」
跡部が硬直から解けたように神尾に向けて手を伸ばしてきた脇を。
神尾は走ってすり抜けた。
それを、どう思ったのか。
困惑と憤慨とが入り混じったような声で跡部にもう一度名前を呼ばれた神尾は、跡部達を振り返って叫んだ。
「そこにいろよなー!」
「おい…っ、神尾、てめえ……!」
もう一度、そこにいろという意味で、人差し指で地面を指し示すようなジェスチャーをしてから。
神尾は前を向き、そして本気で走り出した。
時間にしてものの数分後。
「つれもどしてきたぜ!」
「………………」
日吉の腕を掴んで戻って来た神尾は満面の笑みを浮かべてそう言った。
それに比べて日吉の仏頂面たるや凄まじかった。
視線で射殺しそうに神尾を睨みつけているが、神尾は平然と日吉の腕を持ったまま笑っている。
「歩いてたからすぐつかまえられた!」
「歩いてない!」
「あ、悪い。走ってたのか?」
「…………っ……」
思わず勢いで怒鳴り返していた日吉の視線が一層凶悪になる。
一方跡部もそれに張れる位の形相で。
見ているのは神尾が掴んでいる日吉の腕だ。
しかし神尾はそんな跡部の視線にも無頓着だった。
「な、日吉。さっきなんか、へんなこと言ってたじゃん」
「………変な事なんか言った覚えはない」
「滝さんが日吉と跡部と両方とつきあってるみたいな言い方したろ?」
神尾がそう言うなり、跡部と滝とが同じようなリアクションをとりかける。
違う、と否定の言葉を口にするのだけれど。
同一の反応に日吉は寧ろ苛立って、神尾は易々とそれらを見過ごす。
神尾は、じっと日吉だけを見据えて言った。
「や、あのさ、それはたぶんないぞ」
「………………」
あまりにも真面目にそう告げた神尾に、日吉は押し黙った。
神尾は尚も生真面目に日吉を見上げて話を続ける。
「あのな? 跡部がもしこの人とほんとにつきあってるなら、俺はここにいないだろうし」
「………………」
「跡部と俺、今一応ちゃんとつきあってるから大丈夫だと思うぜ」
「……てめえ」
聞いている者を身震いさせるような声音で跡部が割って入ってくる。
「一応、だと?」
「あのな、日吉。俺跡部に最初に言ったんだ。片手間に遊ぶんなら他あたれ、俺に構うなって。最初に言った」
しかし神尾はそれでも跡部ではなく日吉相手に話を続けた。
「跡部、約束絶対に守るから」
「………………」
「今日も待ち合わせしててさ。だから俺、ここ通ったんだけど」
「………………」
「今俺がここにいる以上は、日吉が言うような事は絶対ないぜ」
な?と笑っている神尾の表情にも言葉にも一点の邪気もない。
唖然とした表情で日吉は神尾を見据え、それは跡部や滝にも言えた事かもしれなかった。
「滝さん、大人っぽくて美人だから、日吉は心配だよな」
「な、………」
「……え…?」
神尾が笑みを浮かべたまま日吉の肩を数回叩くと、日吉が狼狽えたように身体を強張らせ、滝が小さな声をあげる。
「………日吉?」
「………、……」
舌打ちして顔を背けた日吉の表情は、普段と比べて格段に生々しい。
「でも滝さんだって、きっといろいろ心配なんだと俺は思うぜ!」
さっきからこれ見て泣きそうなんだ、と。
神尾は自らで掴んでいる日吉の腕を、他人事のような言い様で少し持ち上げて見せた。
「………………」
それにつられ思わずといった感じで日吉の眼差しが滝へと動く。
神尾の目線がその後を追えば、滝は真っ赤な顔をして困惑に震えている指で長い前髪を耳のあたりで握り締めていた。
目線を合わせられないまま、しかし全神経が互いへと繋がったような日吉と滝を察して、神尾が日吉の腕から指を離すや否や。
叩き落されるような勢いで、神尾の腕は跡部の指に鷲掴みにされていた。
「…………な、……なに怒ってんだ……っ? 跡部?」
「………………」
はっきり言って物凄い。
凄まじい。
なまじ顔の造作が半端ない程に整っている男が、完全な無表情で目つきだけを最悪に鋭くすごませている。
何でそんなに怒ってるんだと神尾が茫然とするほど跡部は静かに激高していた。
「こ、怖いぞ…? 跡部、ちょっとなんかそれ、凶悪に怖いんだけど…っ?」
「………………」
挙句。
往来だというのに。
日吉や滝がすぐ側にいるというのに。
神尾は胸倉を掴まれて口付けられた。
「なっ、……なっ、………」
「………………」
跡部は一瞬の後、捥ぎ飛ばすように口付けを解き、神尾を力づくで引きずるようにしながらその場から歩き出した。
「ちょっ…、なんか、…なんか俺わけ判んねえんだけど……!」
「それはこっちの台詞だ……ッ!」
桁違いの怒声が最後に残され、三人と一人とで接触した四人は。
二人と二人になって、別々の方向に進んでいくのであった。
しかしそれを抜きにしても、あれは目立ちすぎだろ、と神尾は内心で思った。
氷帝の制服を着た男子学生が三人、遠目にもはっきりと判るレベルでもめている。
別に神尾がそこに首を突っ込む必要は全くないのだが、いかんせん当事者のうちの一人が跡部であるので神尾は悩んでしまった。
何せ神尾はその跡部と待ち合わせをしているわけなので。
「……修羅場…かな?」
険悪だなあと呟きながら神尾は彼らに近づいていく。
跡部と、あと二人は日吉と滝だ。
神尾は跡部以外とは別段親しいわけでもないのだが、テニス部である日吉と滝の事は、顔と名前が一致するくらいには見知っている。
そんな三人が三人、今はなにやら小競り合いの気配で、誰も近づいていく神尾の事になど気づかない。
「随分とぞんざいに扱ってやがるじゃねえか。日吉よ」
跡部はあまり機嫌がいい風ではなかった。
笑み交じりにそんな事を言っているが、目が全く笑っていない。
「………貴方には関係ないと思いますけど」
応えた日吉は低い声にあからさまな苛立ちを滲ませている。
「跡部、止めなって…」
困惑を滲ませて跡部の腕を引いている滝だけが一人、どこか頼りなげに立ち竦んでいた。
まっすぐに伸びた髪が肩から零れて、俯きがちの首筋が妙に痛々しく見える。
神尾はゆっくりと、尚も彼らに近づいていく。
「何が気にくわないのか知らねえが、こいつ相手に悪趣味な真似するんじゃねえよ」
「ですから貴方には」
関係ないと言いかけた日吉が、ふと言葉をすりかえる。
「……俺がそう思うだけかもしれませんけどね」
滝先輩は違うようですから、と後を続けた日吉の言葉に滝がびくりと肩を窄ませる。
跡部は迸らせるように全身から不機嫌な気配を立ち上らせる。
「だとよ。萩之介」
「…………………」
片腕を滝につかまれたまま跡部は視線だけを背後にやって。
そして。
それで漸く気づいたようだった。
もう、すぐ側までやって来ていた神尾に。
「…………………」
あまり心情を判りやすく酌ませるような表情を見せない跡部にしては珍しく、まず目を瞠って。
小さく息を飲む。
神尾はそんな跡部の表情を見てから、彼の背後で唇を噛むようにして俯いて、涙を小さく落とした滝の表情に気をとられた。
滝の涙に跡部は気づいていない。
見てしまったのは神尾と、そして日吉だ。
「…………………」
舌打ちした日吉が、突如呻くような声で怒鳴る。
「どうせ俺といても泣いているばっかりなんだ。だったらどっちがいいかなんて選んだり迷ったりしてないで、最初からあんたはそこで笑ってればいいだろう……!」
「日吉、……」
滝が踏み出した一歩は日吉の方へ。
しかし日吉が踏み出した一歩は滝へとは向かなかった。
背を向けて走っていく日吉を目で追いながら、神尾は小首をかしげて少し考えた。
「んー………」
「おい、神尾、」
跡部が硬直から解けたように神尾に向けて手を伸ばしてきた脇を。
神尾は走ってすり抜けた。
それを、どう思ったのか。
困惑と憤慨とが入り混じったような声で跡部にもう一度名前を呼ばれた神尾は、跡部達を振り返って叫んだ。
「そこにいろよなー!」
「おい…っ、神尾、てめえ……!」
もう一度、そこにいろという意味で、人差し指で地面を指し示すようなジェスチャーをしてから。
神尾は前を向き、そして本気で走り出した。
時間にしてものの数分後。
「つれもどしてきたぜ!」
「………………」
日吉の腕を掴んで戻って来た神尾は満面の笑みを浮かべてそう言った。
それに比べて日吉の仏頂面たるや凄まじかった。
視線で射殺しそうに神尾を睨みつけているが、神尾は平然と日吉の腕を持ったまま笑っている。
「歩いてたからすぐつかまえられた!」
「歩いてない!」
「あ、悪い。走ってたのか?」
「…………っ……」
思わず勢いで怒鳴り返していた日吉の視線が一層凶悪になる。
一方跡部もそれに張れる位の形相で。
見ているのは神尾が掴んでいる日吉の腕だ。
しかし神尾はそんな跡部の視線にも無頓着だった。
「な、日吉。さっきなんか、へんなこと言ってたじゃん」
「………変な事なんか言った覚えはない」
「滝さんが日吉と跡部と両方とつきあってるみたいな言い方したろ?」
神尾がそう言うなり、跡部と滝とが同じようなリアクションをとりかける。
違う、と否定の言葉を口にするのだけれど。
同一の反応に日吉は寧ろ苛立って、神尾は易々とそれらを見過ごす。
神尾は、じっと日吉だけを見据えて言った。
「や、あのさ、それはたぶんないぞ」
「………………」
あまりにも真面目にそう告げた神尾に、日吉は押し黙った。
神尾は尚も生真面目に日吉を見上げて話を続ける。
「あのな? 跡部がもしこの人とほんとにつきあってるなら、俺はここにいないだろうし」
「………………」
「跡部と俺、今一応ちゃんとつきあってるから大丈夫だと思うぜ」
「……てめえ」
聞いている者を身震いさせるような声音で跡部が割って入ってくる。
「一応、だと?」
「あのな、日吉。俺跡部に最初に言ったんだ。片手間に遊ぶんなら他あたれ、俺に構うなって。最初に言った」
しかし神尾はそれでも跡部ではなく日吉相手に話を続けた。
「跡部、約束絶対に守るから」
「………………」
「今日も待ち合わせしててさ。だから俺、ここ通ったんだけど」
「………………」
「今俺がここにいる以上は、日吉が言うような事は絶対ないぜ」
な?と笑っている神尾の表情にも言葉にも一点の邪気もない。
唖然とした表情で日吉は神尾を見据え、それは跡部や滝にも言えた事かもしれなかった。
「滝さん、大人っぽくて美人だから、日吉は心配だよな」
「な、………」
「……え…?」
神尾が笑みを浮かべたまま日吉の肩を数回叩くと、日吉が狼狽えたように身体を強張らせ、滝が小さな声をあげる。
「………日吉?」
「………、……」
舌打ちして顔を背けた日吉の表情は、普段と比べて格段に生々しい。
「でも滝さんだって、きっといろいろ心配なんだと俺は思うぜ!」
さっきからこれ見て泣きそうなんだ、と。
神尾は自らで掴んでいる日吉の腕を、他人事のような言い様で少し持ち上げて見せた。
「………………」
それにつられ思わずといった感じで日吉の眼差しが滝へと動く。
神尾の目線がその後を追えば、滝は真っ赤な顔をして困惑に震えている指で長い前髪を耳のあたりで握り締めていた。
目線を合わせられないまま、しかし全神経が互いへと繋がったような日吉と滝を察して、神尾が日吉の腕から指を離すや否や。
叩き落されるような勢いで、神尾の腕は跡部の指に鷲掴みにされていた。
「…………な、……なに怒ってんだ……っ? 跡部?」
「………………」
はっきり言って物凄い。
凄まじい。
なまじ顔の造作が半端ない程に整っている男が、完全な無表情で目つきだけを最悪に鋭くすごませている。
何でそんなに怒ってるんだと神尾が茫然とするほど跡部は静かに激高していた。
「こ、怖いぞ…? 跡部、ちょっとなんかそれ、凶悪に怖いんだけど…っ?」
「………………」
挙句。
往来だというのに。
日吉や滝がすぐ側にいるというのに。
神尾は胸倉を掴まれて口付けられた。
「なっ、……なっ、………」
「………………」
跡部は一瞬の後、捥ぎ飛ばすように口付けを解き、神尾を力づくで引きずるようにしながらその場から歩き出した。
「ちょっ…、なんか、…なんか俺わけ判んねえんだけど……!」
「それはこっちの台詞だ……ッ!」
桁違いの怒声が最後に残され、三人と一人とで接触した四人は。
二人と二人になって、別々の方向に進んでいくのであった。
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