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How did you feel at your first kiss?
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 乾と海堂が、二人で行う自主トレの後。
 そのまま屋外で話しこむのがさすがに辛い季節になった。
 日が落ちた後の空気は一際冷たい。
 メニューの修正などを話しているとどうしても時間が長くなってしまうので、近頃は乾の家に立ち寄る事が増えた。
 どうせ一人だからというのが乾の言い分で、その言葉通り、海堂はまだ乾の両親と顔をあわせた事がなかった。
「んー……家の中も、たいして外と変わらないな」
「………………」
 家人の誰もいない家は、ドアを開けて中に入った直後は乾の言うように寒いくらいだったけれど。
 電気をつけて二人で入り込むと、屋外とはやはり違う、家の中というあたたかみが生まれる。
「……おじゃまします」
「律儀だね。海堂は」
 目礼と一緒に海堂が口にする言葉に乾が振り返って笑んだ。
「何かあったかい飲物でも持っていくから。先に俺の部屋に行ってて」
「………………」
「…やなの?」
 低い笑い声を喉でくぐもらせる乾の言葉に海堂は憮然とする。
 二人きりの時だけだけれど、乾は時々海堂相手にこういう子供相手のような声と言葉を使う。
 今も。
 人の家への訪問に慣れない海堂が、ましてや家人よりも先に一人で部屋に行くという行為を取り分け苦手としている事を知っての上で、乾は優しい甘い声を出すのだ。
 海堂が無言のまま乾の後ろについていくと、乾はやけに嬉しそうな笑みを深めてキッチンに向かった。
 電気をつけて、ケトルを手にしてお湯を沸かす。
「見張り?」
「………………」
「心配しなくてもホットの野菜汁とか飲ませないけど」
 そんな事を言いながら、乾はそっと身体を屈めてきた。
 海堂の顔に近づくようにして。
「お湯が沸くまで」
「………………」
「沸いても夢中になってたら噛んでいいよ」
 乾の呪文めいた低い囁きに海堂は眉根を寄せて。
 そっと押し当てられてきたキスに、海堂の方から唇をひらく。
「…………、ん」
 大切なものに触れるような乾の手つきに頭を抱え込まれて、海堂は小さく啼いた。
 キッチンの壁に静かに背中を押し当てられる。
 海堂の腕がぎこちなく動いて、正面から乾の肩をつかむ。
 舌が溶け合うようにして絡められていくにつれ、海堂の手は乾の後ろ首に回り、取り縋るような仕草になっていった。
「ふ、……ぅ………」
 ケトルが、湯が沸いた事を知らせて甲高い音をたてた時、むしろ海堂の舌の方が乾に甘ったるく噛まれている状態で。
 吐息を詰まらせていた海堂は、ゆるくほどかれていくキスに、まるで一瞬で湯が沸いてしまったかのように錯覚した。
「海堂」
「………………」
 初めの宣言通り、湯が沸くまでの時間で、きっちりキスを終わりにした乾だったが。
 海堂はそのまま暫く乾に抱き込まれていて、ゆっくりとキスの余韻を鎮めていく乾の気配を感じ取っていた。
 それは海堂にも言えた事で。
 そうやって、キスの後に無言で抱き締めあっている事で。
 指の先までじんわりと暖まっていったような気がした。
「さて……たまには甘いものでも飲んで話そうか……」
 抱擁の解き放たれ方もさらりとしていて、それが海堂にはひどく心地良かった。
 乾はマグカップを二つ食器棚から取り出して、そこに薬剤のようにメイプルシロップを垂らしていく。
 冷蔵庫から取り出したレモンは手で絞って加え、最後にケトルから湯を注いだ。
 レモンの柑橘系の匂いとメイプルシロップの甘い匂いとが湯で融けあう香りがする。
 そこに最後に乾が振り入れたものに海堂は首を傾げる。
「それ…何っすか」
「カエンペッパー。……まあ、唐辛子」
「………は?」
 どうしてここで最後に唐辛子なんだと。
 やはり乾の作るものには何かしら難題点があると。
 海堂が思った事は全て表情に出ていたようで。
 乾が苦笑して海堂にカップを手渡してきた。
「ほんの少ししか入れてないぞ? それにこれはカナダで実際に医学的に証明されてるメイプルシロップの摂取の仕方だ」
 飲んでみろと乾に促されて海堂がおっかなびっくり口にしたそれは、拍子抜けするほど普通に美味しかった。
「カリウムやカルシウムが豊富なメイプルシロップに、レモンのビタミンC、カエンペッパーのカプサイシンが加わる事で、効果はまずデトックス」
「……デトックス?」
「体内の毒素、不純物の解体および消滅」
「はあ……」
「細胞の浄化、血管や神経へのプレッシャーや苛立ちの軽減、柔軟性の保持」
「………………」
 両手で持ったマグカップに口をつけて、熱い甘い飲物を飲みながら。
 海堂はこうなると当分は止まらないであろう乾の事を、上目に見つめた。
「………………」
 乾は引き続き、全く淀みない口調で、この飲物の成分やら効能やらを語っている。
 海堂は何の気兼ねも遠慮も無く、その飲物で暖まりながら、乾の事を見つめていた。


 海堂には、何だかさっぱり判らないような事を語っている表情も、声も。
 判らないながらも、ただ好きなので。


 見つめていた。
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