How did you feel at your first kiss?
彼を見つめる事には慣れている。
いつも、いつも見てきたからだ。
宍戸が、鳳よりも、もっとずっと先に、高みに、いた時も。
手も触れられない処に宍戸がいた時からずっと鳳は彼を見ていた。
宍戸がそこから堕ちて来た時も。
見ていた。
いっそ何も汚れずに強いままでいるから痛々しかった。
宍戸が在るべき場所に戻してやりたいと鳳は思った。
彼が、強く、明るく、笑っていられる場所に。
戻して、そして、自分も其処にいくのだと鳳は決めたのだ。
綺麗な黒い色の長い髪はなくなったけれど。
宍戸は息のしやすい様子で笑い、鳳は彼の隣に並んで立てている。
レギュラー用の部室に最後に戻ってきたのは宍戸だった。
一人残っていた鳳を見とめて、宍戸は微かに唇の端を引き上げた。
ユニフォームを脱いで制服へと着替える、しなる背中を鳳は直視する。
華奢な骨格はその上にある薄い筋肉や肌の質感を繊細にうごめかせる。
「長太郎」
ふいに宍戸に呼ばれて、鳳がそれに応えるよりも先に。
「ただ見られてても俺は判んねえぞ」
ただ見られているという事は判っている宍戸が、振り返りもせずにそう言った。
「………………」
鳳はそれだけで大概の事は許されているような気になって一歩を進む。
宍戸の背後に立って、その後ろ髪に唇を寄せる。
「………………」
「………どうせ甘ったれんなら一気にやれっての」
ロッカーに向いたまま宍戸が後ろ手に左手を鳳に向けて伸ばしてくる。
過たずその指先は鳳の髪に埋められ軽くかきまぜられた。
間近に見下ろす宍戸のうなじはいつものように清潔に露で、今度はそこに唇を寄せながら鳳は両手で宍戸の身体を深く抱きこんだ。
強く力を入れても宍戸は身じろがなかった。
「………お前、また伸びただろ。背」
「……そうですか? よく判んないですけど」
宍戸の背と鳳の胸元が、ぴったりと密着している。
鳳が宍戸を抱き寄せている手にもう少し力を入れると、宍戸の唇から苦笑交じりの吐息が零れた。
「……………へこみすぎだ」
「宍戸さん」
「そう簡単に後輩のお前に負ける訳ねえだろ」
極軽く、宍戸の手が鳳の腕も叩いた。
部活の時間、最後に二人でシングルスの試合をした。
勝ったのは宍戸だ。
「四ゲームもとられてへこみたいのは俺の方だっての」
しかもサーブだけで一ゲームとられちまうしと嘆くように呟いている宍戸が。
甘ったれるのなら一気にやれと、鳳に言ったのだ。
だからもう、恥も何もないと鳳は思って。
背後から宍戸を抱き締めたまま、その耳元に囁いた。
「……宍戸さんに、飽きられたくないじゃないですか」
「は?」
「俺は年下だし。知っている事とか見ているものとか、永遠に宍戸さんより三百六十五日分少ないから」
だから、と鳳は低く続けた。
「勉強しようと思うし、優しくなりたいと思うし、力が欲しいとも思うんです」
宍戸が相手だからこそ、テニスだって勝ちたい。
負けてへこむ理由は、勝敗という結果への落胆だけではなく、そういう心積もりが叶わない事への消失感も含まれているのだ。
好きで、好きで、どうしようもなくなるたった一人のひとだから。
そういう鳳の言葉を聞き入れた宍戸は、小さな声で呟いてくる。
「………それで俺は、そうやって物を知ってて優しくて強いお前を他の奴らにとられないように必死になる訳だ」
「誰がとるんですか…」
「お前の言う三百六十五日分ってところで俺には判んだよ」
ずるいなあと鳳は苦く笑った。
そんな風に言われたら、鳳に出来るのは三百六十五日分を知らないという事を認める上で、我儘めいた態度を見せ付けるしか出来なくなる。
「俺のことをとるのは宍戸さんだけです。宍戸さんがいらないって言っても押し付けるけど」
「一生言わねえよ」
気配が緩んで宍戸が微笑んだのが判る。
僅かに鳳の胸元に宍戸の方からもたれてきた感触が鳳の手に甘くしみこんでくる。
抱き締めたい。
抱き締めている時でも絶えず沸き起こる、これは鳳の衝動めいた思いだ。
「………………」
こんなにも抱き締めている。
こんなにも近くにいる。
それでもこの、窮屈な体勢からのキスは。
手探りめいてたどたどしく、甘苦しく互いの気持ちを知らせあう。
互いのそれと、からめた舌は。
互いの恋情で、濡れていく。
いつも、いつも見てきたからだ。
宍戸が、鳳よりも、もっとずっと先に、高みに、いた時も。
手も触れられない処に宍戸がいた時からずっと鳳は彼を見ていた。
宍戸がそこから堕ちて来た時も。
見ていた。
いっそ何も汚れずに強いままでいるから痛々しかった。
宍戸が在るべき場所に戻してやりたいと鳳は思った。
彼が、強く、明るく、笑っていられる場所に。
戻して、そして、自分も其処にいくのだと鳳は決めたのだ。
綺麗な黒い色の長い髪はなくなったけれど。
宍戸は息のしやすい様子で笑い、鳳は彼の隣に並んで立てている。
レギュラー用の部室に最後に戻ってきたのは宍戸だった。
一人残っていた鳳を見とめて、宍戸は微かに唇の端を引き上げた。
ユニフォームを脱いで制服へと着替える、しなる背中を鳳は直視する。
華奢な骨格はその上にある薄い筋肉や肌の質感を繊細にうごめかせる。
「長太郎」
ふいに宍戸に呼ばれて、鳳がそれに応えるよりも先に。
「ただ見られてても俺は判んねえぞ」
ただ見られているという事は判っている宍戸が、振り返りもせずにそう言った。
「………………」
鳳はそれだけで大概の事は許されているような気になって一歩を進む。
宍戸の背後に立って、その後ろ髪に唇を寄せる。
「………………」
「………どうせ甘ったれんなら一気にやれっての」
ロッカーに向いたまま宍戸が後ろ手に左手を鳳に向けて伸ばしてくる。
過たずその指先は鳳の髪に埋められ軽くかきまぜられた。
間近に見下ろす宍戸のうなじはいつものように清潔に露で、今度はそこに唇を寄せながら鳳は両手で宍戸の身体を深く抱きこんだ。
強く力を入れても宍戸は身じろがなかった。
「………お前、また伸びただろ。背」
「……そうですか? よく判んないですけど」
宍戸の背と鳳の胸元が、ぴったりと密着している。
鳳が宍戸を抱き寄せている手にもう少し力を入れると、宍戸の唇から苦笑交じりの吐息が零れた。
「……………へこみすぎだ」
「宍戸さん」
「そう簡単に後輩のお前に負ける訳ねえだろ」
極軽く、宍戸の手が鳳の腕も叩いた。
部活の時間、最後に二人でシングルスの試合をした。
勝ったのは宍戸だ。
「四ゲームもとられてへこみたいのは俺の方だっての」
しかもサーブだけで一ゲームとられちまうしと嘆くように呟いている宍戸が。
甘ったれるのなら一気にやれと、鳳に言ったのだ。
だからもう、恥も何もないと鳳は思って。
背後から宍戸を抱き締めたまま、その耳元に囁いた。
「……宍戸さんに、飽きられたくないじゃないですか」
「は?」
「俺は年下だし。知っている事とか見ているものとか、永遠に宍戸さんより三百六十五日分少ないから」
だから、と鳳は低く続けた。
「勉強しようと思うし、優しくなりたいと思うし、力が欲しいとも思うんです」
宍戸が相手だからこそ、テニスだって勝ちたい。
負けてへこむ理由は、勝敗という結果への落胆だけではなく、そういう心積もりが叶わない事への消失感も含まれているのだ。
好きで、好きで、どうしようもなくなるたった一人のひとだから。
そういう鳳の言葉を聞き入れた宍戸は、小さな声で呟いてくる。
「………それで俺は、そうやって物を知ってて優しくて強いお前を他の奴らにとられないように必死になる訳だ」
「誰がとるんですか…」
「お前の言う三百六十五日分ってところで俺には判んだよ」
ずるいなあと鳳は苦く笑った。
そんな風に言われたら、鳳に出来るのは三百六十五日分を知らないという事を認める上で、我儘めいた態度を見せ付けるしか出来なくなる。
「俺のことをとるのは宍戸さんだけです。宍戸さんがいらないって言っても押し付けるけど」
「一生言わねえよ」
気配が緩んで宍戸が微笑んだのが判る。
僅かに鳳の胸元に宍戸の方からもたれてきた感触が鳳の手に甘くしみこんでくる。
抱き締めたい。
抱き締めている時でも絶えず沸き起こる、これは鳳の衝動めいた思いだ。
「………………」
こんなにも抱き締めている。
こんなにも近くにいる。
それでもこの、窮屈な体勢からのキスは。
手探りめいてたどたどしく、甘苦しく互いの気持ちを知らせあう。
互いのそれと、からめた舌は。
互いの恋情で、濡れていく。
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制服のままするテニスは少し窮屈で、でもそれが却って程よい戒めになるかな、と宍戸は思った。
引退した部ででしゃばりすぎるのは宍戸の意とする所ではない。
時折顔を出し、望まれた部分だけ手を貸して、最後に少しだけコートを借りる。
テニスは、やはり楽しかった。
いとおしかった。
「俺が、なんて言われてるか知ってますか?」
コートの中。
腕でこめかみからの汗を拭っていた宍戸は、ネット越しにいる日吉にそんな風に声をかけられた。
今の今まで対戦形式で打ち合っていた勝負は宍戸の勝ちで、日吉は悔しさを隠していない。
「いや?」
「日吉もとうとう飼い慣らされたかって」
「……ああ?」
「宍戸先輩に」
「なんだそれ」
部内の二年や、引退した三年が、そう日吉に言っているらしい。
日吉の性格から考えて、それはかなり腹もたつだろうと宍戸は思った。
しかし意外にも日吉は言った。
「別に構いませんけど」
「……日吉?」
日吉は低い声で、珍しく饒舌に話をした。
「見た目より根性あって、見た目より危なっかしいって判りましたから」
「俺の事かよ?」
「はい」
「……そう見えんのか?」
「俺にはそう見えます」
言われた言葉に、宍戸は物凄く驚いてしまった。
日吉が淡々と言うから、ついそれにつられた物言いをしたが、よもや日吉からそんな事を言われるとは思ってもみなくて。
一つ年下の後輩をまじまじと見据えてしまう。
宍戸の視線を受けて、日吉は僅かに目を伏せた。
「宍戸さんは、俺が貴方の事を好きじゃなかったの知ってましたよね」
「ああ。嫌いだろ?」
元々そういう気配はあって、そこに敗者はレギュラーから外されるという榊のやり方に従えずに足掻いた宍戸の行動が拍車をかけた。
目上であろうが、同級生であろうが、馴れ合う事をしない日吉の孤高のポジション、それはどこか宍戸と似てもいたけれど。
似ている部分があるが故に、宍戸の甘さを日吉は厭ったのだろう。
だから日吉の問いかけに宍戸は即答したのだが、日吉はまるで舌打ちのような溜息を吐き出した。
「………嫌いではなく好きじゃない、です」
「違うのか?」
「違います。加えて言えば、好きじゃなかった、です」
「今は違うのかよ」
どこか面白そうに。
からかいを交ぜて言った宍戸に、日吉は無表情でそれを肯定してきた。
「違います。……時々鳳に牽制されるくらいには」
「…………ばかだよな…あいつ」
不意打ちで放られた名前に、宍戸は笑みを浮かべながら顔を伏せた。
こんな風に人の口から聞かされる鳳の言動。
日吉に牽制したって意味もないだろうにと。
「鳳が、宍戸先輩の事を綺麗だって言う時と同じ目してますよ。今」
「………勘弁しろよ」
決まり悪い事この上ない。
顔が熱くなってくるのが判って、宍戸は日吉が見られない。
珍しくも薄く笑んでいる日吉の表情はどこか大人びている。
赤くなって俯く宍戸なんて、大概の人間が知らないだろうと日吉は思った。
口の悪い上級生がそんな風に可愛く見えるのは、全てあいつのした事か、と。
感心したのも束の間。
「………………」
日吉は、部室の方からこのコートへと走ってくる同級生、鳳に気づいて嘆息する。
だからこの程度の会話なのだから。
そんなに血相変えて走ってくる事はないんだ。
それは日吉の今の呟きで、宍戸の後の呟きだ。
引退した部ででしゃばりすぎるのは宍戸の意とする所ではない。
時折顔を出し、望まれた部分だけ手を貸して、最後に少しだけコートを借りる。
テニスは、やはり楽しかった。
いとおしかった。
「俺が、なんて言われてるか知ってますか?」
コートの中。
腕でこめかみからの汗を拭っていた宍戸は、ネット越しにいる日吉にそんな風に声をかけられた。
今の今まで対戦形式で打ち合っていた勝負は宍戸の勝ちで、日吉は悔しさを隠していない。
「いや?」
「日吉もとうとう飼い慣らされたかって」
「……ああ?」
「宍戸先輩に」
「なんだそれ」
部内の二年や、引退した三年が、そう日吉に言っているらしい。
日吉の性格から考えて、それはかなり腹もたつだろうと宍戸は思った。
しかし意外にも日吉は言った。
「別に構いませんけど」
「……日吉?」
日吉は低い声で、珍しく饒舌に話をした。
「見た目より根性あって、見た目より危なっかしいって判りましたから」
「俺の事かよ?」
「はい」
「……そう見えんのか?」
「俺にはそう見えます」
言われた言葉に、宍戸は物凄く驚いてしまった。
日吉が淡々と言うから、ついそれにつられた物言いをしたが、よもや日吉からそんな事を言われるとは思ってもみなくて。
一つ年下の後輩をまじまじと見据えてしまう。
宍戸の視線を受けて、日吉は僅かに目を伏せた。
「宍戸さんは、俺が貴方の事を好きじゃなかったの知ってましたよね」
「ああ。嫌いだろ?」
元々そういう気配はあって、そこに敗者はレギュラーから外されるという榊のやり方に従えずに足掻いた宍戸の行動が拍車をかけた。
目上であろうが、同級生であろうが、馴れ合う事をしない日吉の孤高のポジション、それはどこか宍戸と似てもいたけれど。
似ている部分があるが故に、宍戸の甘さを日吉は厭ったのだろう。
だから日吉の問いかけに宍戸は即答したのだが、日吉はまるで舌打ちのような溜息を吐き出した。
「………嫌いではなく好きじゃない、です」
「違うのか?」
「違います。加えて言えば、好きじゃなかった、です」
「今は違うのかよ」
どこか面白そうに。
からかいを交ぜて言った宍戸に、日吉は無表情でそれを肯定してきた。
「違います。……時々鳳に牽制されるくらいには」
「…………ばかだよな…あいつ」
不意打ちで放られた名前に、宍戸は笑みを浮かべながら顔を伏せた。
こんな風に人の口から聞かされる鳳の言動。
日吉に牽制したって意味もないだろうにと。
「鳳が、宍戸先輩の事を綺麗だって言う時と同じ目してますよ。今」
「………勘弁しろよ」
決まり悪い事この上ない。
顔が熱くなってくるのが判って、宍戸は日吉が見られない。
珍しくも薄く笑んでいる日吉の表情はどこか大人びている。
赤くなって俯く宍戸なんて、大概の人間が知らないだろうと日吉は思った。
口の悪い上級生がそんな風に可愛く見えるのは、全てあいつのした事か、と。
感心したのも束の間。
「………………」
日吉は、部室の方からこのコートへと走ってくる同級生、鳳に気づいて嘆息する。
だからこの程度の会話なのだから。
そんなに血相変えて走ってくる事はないんだ。
それは日吉の今の呟きで、宍戸の後の呟きだ。
もう本当に今度こそと意を決した顔で鳳が身体を離そうとするのを宍戸は伸ばした両腕で引きとめた。
「宍戸さ……」
窘めるような声をもらした鳳の唇を宍戸は無言で塞いだ。
力ない舌を差し出せば鳳の気配が怒ったような困ったようなものになって、舌はひどく優しくも噛まれてしまう。
宍戸の誘いかけは、鳳に咎められているのだと判ったけれど。
構わずに、宍戸は鳳の首に両手を絡めた。
鳳の腰を合間において、まだ大きく開いている片足も擦り寄らせて縋れば、鳳が小さく息を詰めたのが触れ合わせた唇の感触で判る。
そっと噛まれた舌で、懲りずに鳳に唇を舐めれば、宍戸の身体の奥が確かに重くなる。
こうやって、何度繰り返しているのか。
宍戸が誘う以上の激しさを、鳳は送り返してくるけれど、さすがに心配の度を越したような、どこか辛そうな目をしてキスをほどいてきた。
「宍戸さん」
「……………」
「無茶……しないで…」
「………るせえ」
「これ以上したら」
「うるさい」
お前が悪いんだろうがと睨みつけて。
俺は怒ってるんだと言ってやれば、宍戸の視線の先、鳳が頷いた。
「反省してます。本当に。だから、」
「……じゃ…抱け」
「だから、……これ以上は無茶ですって……」
幾度したのか、ちょっとすぐには答えられないのはお互い共だ。
「ごめんなさい。ごめんね、宍戸さん。もうあんなこと絶対言わないから」
「だから……ゆるしてほしかったら、しろ。…バカ」
「宍戸さん……熱っぽいよ…?」
「………………」
「声もね、嗄れてるし。…息するのも苦しそうじゃないですか」
労る手が宍戸の肩や頬を擦る。
優しい所作は、普段ならば行為の終焉の時のものだ。
「涙、止まらなくなってるって…判ってる?」
だからそんなのは誰のせいでどうしてかなんて。
判ってるだろうと宍戸は鳳を睨みつける。
涙が滲み続ける目元を、気遣いに溢れた鳳の大きな手が優しく優しく撫でていく。
「痙攣の仕方もだんだん酷くなってきてる。……これ以上は…ね…? 本当に無茶ですから」
「……、…れでも…」
「宍戸さん……」
「それでも、!」
お前が悪い。
だから抱け。
宍戸はもう一度そう言った。
それしか言えないのだ。
鳳が。
数年、十数年、先の話をした時に。
宍戸さんが哀しんだりするような事が何もないといいな、と優しく綺麗な目を切なげにしてみせたから。
数年、十数年、先の未来に。
宍戸の隣に、まるで居ない可能性があるような、そんな眼を鳳がみせたから。
それしか言えないのだ。
「お前が、悪いんだよ……!」
繰り返し宍戸が怒鳴っている言葉に、鳳はその都度、真剣に詫び続けている。
そういう意味ではないのだと。
自分がどれだけ宍戸を好きか、それも全部言葉にして、かき口説いて、くるけれど。
宍戸はそんな風に、自分に向けられた鳳の恋情を知るたびに。
唯一生まれてしまった不安にどうしようもなくなった。
もう無茶だと鳳が言っても。
身体が熱っぽくなっていて。
声は嗄れ、息が苦しく、涙が止まらず、痙攣がおさまらなくなっていても。
抱け、と繰り返し言った。
「……俺を壊すこと、覚えろよ」
「宍戸さん、」
「俺に傷をつけること、お前はちゃんと覚えろ」
そんな事に怯えて手放されるなんて宍戸は我慢出来なかった。
「一生、俺を壊さないとか、傷つけないとか、」
「………宍戸さん」
「そんなことするくらいなら離れた方がいいなんて、そんな馬鹿な決断なんかお前が一生、絶対、出来ないように」
今、何度でも、覚えろと宍戸は思う。
壊されたって、傷ついたって、鳳を好きなままでいる自分をちゃんと知っていろと宍戸は願う。
だから宍戸は、無茶でもなんでも。
「……抱け…って……!」
子供じみた癇癪のように声を振り絞れば、優しくて、優しくて、愛情を注ぐ事を惜しまない男は、宍戸の潤んだ視界の中で、奥歯を噛み締め険しい顔をした。
「………ッ……ん、っ…」
唇に訪れたきつい口付けに宍戸は安堵する。
壊れたって、傷がついたって、鳳の事を好きでいる自分を見て理解しろと。
喉元を噛み付かれるように埋められたキスに、宍戸の唇は。
幸福を溶かしこんだ透明な笑みを浮かべた。
「宍戸さ……」
窘めるような声をもらした鳳の唇を宍戸は無言で塞いだ。
力ない舌を差し出せば鳳の気配が怒ったような困ったようなものになって、舌はひどく優しくも噛まれてしまう。
宍戸の誘いかけは、鳳に咎められているのだと判ったけれど。
構わずに、宍戸は鳳の首に両手を絡めた。
鳳の腰を合間において、まだ大きく開いている片足も擦り寄らせて縋れば、鳳が小さく息を詰めたのが触れ合わせた唇の感触で判る。
そっと噛まれた舌で、懲りずに鳳に唇を舐めれば、宍戸の身体の奥が確かに重くなる。
こうやって、何度繰り返しているのか。
宍戸が誘う以上の激しさを、鳳は送り返してくるけれど、さすがに心配の度を越したような、どこか辛そうな目をしてキスをほどいてきた。
「宍戸さん」
「……………」
「無茶……しないで…」
「………るせえ」
「これ以上したら」
「うるさい」
お前が悪いんだろうがと睨みつけて。
俺は怒ってるんだと言ってやれば、宍戸の視線の先、鳳が頷いた。
「反省してます。本当に。だから、」
「……じゃ…抱け」
「だから、……これ以上は無茶ですって……」
幾度したのか、ちょっとすぐには答えられないのはお互い共だ。
「ごめんなさい。ごめんね、宍戸さん。もうあんなこと絶対言わないから」
「だから……ゆるしてほしかったら、しろ。…バカ」
「宍戸さん……熱っぽいよ…?」
「………………」
「声もね、嗄れてるし。…息するのも苦しそうじゃないですか」
労る手が宍戸の肩や頬を擦る。
優しい所作は、普段ならば行為の終焉の時のものだ。
「涙、止まらなくなってるって…判ってる?」
だからそんなのは誰のせいでどうしてかなんて。
判ってるだろうと宍戸は鳳を睨みつける。
涙が滲み続ける目元を、気遣いに溢れた鳳の大きな手が優しく優しく撫でていく。
「痙攣の仕方もだんだん酷くなってきてる。……これ以上は…ね…? 本当に無茶ですから」
「……、…れでも…」
「宍戸さん……」
「それでも、!」
お前が悪い。
だから抱け。
宍戸はもう一度そう言った。
それしか言えないのだ。
鳳が。
数年、十数年、先の話をした時に。
宍戸さんが哀しんだりするような事が何もないといいな、と優しく綺麗な目を切なげにしてみせたから。
数年、十数年、先の未来に。
宍戸の隣に、まるで居ない可能性があるような、そんな眼を鳳がみせたから。
それしか言えないのだ。
「お前が、悪いんだよ……!」
繰り返し宍戸が怒鳴っている言葉に、鳳はその都度、真剣に詫び続けている。
そういう意味ではないのだと。
自分がどれだけ宍戸を好きか、それも全部言葉にして、かき口説いて、くるけれど。
宍戸はそんな風に、自分に向けられた鳳の恋情を知るたびに。
唯一生まれてしまった不安にどうしようもなくなった。
もう無茶だと鳳が言っても。
身体が熱っぽくなっていて。
声は嗄れ、息が苦しく、涙が止まらず、痙攣がおさまらなくなっていても。
抱け、と繰り返し言った。
「……俺を壊すこと、覚えろよ」
「宍戸さん、」
「俺に傷をつけること、お前はちゃんと覚えろ」
そんな事に怯えて手放されるなんて宍戸は我慢出来なかった。
「一生、俺を壊さないとか、傷つけないとか、」
「………宍戸さん」
「そんなことするくらいなら離れた方がいいなんて、そんな馬鹿な決断なんかお前が一生、絶対、出来ないように」
今、何度でも、覚えろと宍戸は思う。
壊されたって、傷ついたって、鳳を好きなままでいる自分をちゃんと知っていろと宍戸は願う。
だから宍戸は、無茶でもなんでも。
「……抱け…って……!」
子供じみた癇癪のように声を振り絞れば、優しくて、優しくて、愛情を注ぐ事を惜しまない男は、宍戸の潤んだ視界の中で、奥歯を噛み締め険しい顔をした。
「………ッ……ん、っ…」
唇に訪れたきつい口付けに宍戸は安堵する。
壊れたって、傷がついたって、鳳の事を好きでいる自分を見て理解しろと。
喉元を噛み付かれるように埋められたキスに、宍戸の唇は。
幸福を溶かしこんだ透明な笑みを浮かべた。
気にしているなんて人には絶対言えないような小さな小さな不安は。
目に見えないくらいの小さな小さな棘でもって、感情のひどくやわらかでもろい箇所にちくりと刺さってしまった。
異性からは特に羨まれた宍戸の髪は、さして手入れなどしなくとも、まっすぐで、黒く濡れた様な艶を放っていた。
宍戸が自らの手で長かったその髪を切った時、誰よりもそのことを惜しんだのは、誰よりも宍戸の髪を綺麗だと口にした同性の男だ。
一つ年下の鳳が。
どれだけ宍戸の髪を好きだったのか。
無論宍戸も知っていたつもりではあったが、髪を短く切ってしまってから数ヶ月が経った今、鳳の口からその言葉を聞くとは思っていなかった。
『……長い方』
テニス部の二年生達が集まる中に鳳の姿もあって、偶然その場を通りかかった宍戸の耳に、彼らの話題が自分であるという事が聞こえてきた。
『宍戸先輩って、髪が長い時と短い時とで随分印象変わるよな』
どっちの方がいいと思う?と続いた問いかけに、バラバラな答えが飛び交っている。
勝手に人の話で盛り上がってんじゃねえと宍戸は呆れたが、ふと気になったのは鳳の答えだった。
彼は、どちらだと答えるのか。
それで宍戸は足を止めたのだ。
待ってみた。
しかし鳳は何も言わないでいる。
部員達から、お前はどうなんだよと名指しをされても、鳳は暫く明確な返事は口にしなかった。
しまいにそこにいた人間全員に詰め寄られるようになって漸く、鳳は淡い苦笑いを浮かべて、短く言ったのだ。
長い方、と。
ふたつにひとつの二者選択。
それもあまりにも些細な内容で、話題はすぐさま別の話にすりかわっていった。
たいした話ではない。
それなのに宍戸は、彼らに背を向けて、来た道を戻ってしまった。
多分目にも見えないくらいの小さな棘。
けれど、それからずっと、その棘は。
刺さってしまった宍戸の心で、微量の痛みを放ち続けていた。
だからそういう、くだらない理由だったのだと。
宍戸は不貞腐れて言った。
ここ数日。
意識しないまま鳳を避けてしまっていた宍戸は、業を煮やした鳳にこの日とうとう捕まってしまった。
切羽詰ったような顔をした鳳に強く腕を取られたのは下校途中の事だ。
自分に対してこわいくらいに懸命な鳳が、宍戸にはかわいかった。
何でも言う事を聞いてやりたくなるような、よからぬ思いに縛られてしまうくらいに。
ここ数日間の宍戸の態度を、怖がる様にも責めるようにも見える目で、問い正してくる鳳に。
宍戸は結局負けてしまった。
たかがこんな事で、落ち込む自分がいやだった。
言わないで済むならば言わずにいたかった事を、半ば強引に言う羽目になった宍戸は、腹立ち紛れに最後に吐き捨てた。
「髪、長い方がよかったんだろ。お前は」
八つ当たりめいた言い方だったが、鳳は寧ろほっとしたような顔をした。
「…………よかった…」
「……なにが」
「知らない間に何かやらかして、宍戸さんに愛想つかされたんだったらどうしようって思ってた」
紛う事無く、本気で安堵している。
鳳の様子に、宍戸はほとほと呆れた。
人目を集める派手な容姿を無類の人の良さで完全に中和しきっているような鳳は、通常の穏やかさなど放り投げる勢いで、宍戸のことに関してはこんなにも不安定だ。
宍戸が無言で見据えている先で、鳳は優しい目をして宍戸の眼差しを受け止めた。
「あのね……宍戸さん」
「………………」
「宍戸さんの髪が、長い方がいいか、短い方がいいか、そんな二者選択、俺には無意味じゃないですか」
「……無意味?」
「そうですよ。だって俺、宍戸さんが好きなんですよ」
「………………」
宍戸さんと宍戸さんを比べてどっちがいいかなんておかしな話でしょう?と鳳は微笑んだ。
「それをあいつらがどっちだどっちだって詰め寄るから」
「………長い方だって答えてただろ」
「それは確かに言いました。……俺の願掛けみたいなものですけど」
「願掛け…?」
鳳が、そっと宍戸の肩を抱く。
そういえば校内だったと今更ながらに宍戸が身構えたのにも構わず、人気のない所に連れ立っていく間も鳳の手は宍戸の肩から外されなかった。
「おい、」
「また俺が宍戸さんに甘えてるってくらいにしか映りませんよ…」
鳳はそう言ったが、甘えているというよりこれは手馴れたエスコートだろうと宍戸は憮然とした。
宍戸の肩を容易く手のひらに閉じ込めてくる大きな手。
長い腕と、広い胸元。
そんなに大事そうに肩なんか抱き寄せてくるなと思っても、宍戸に鳳の腕は払えない。
裏庭まで来て、ひとけも完全になくなって、宍戸は鳳に抱き寄せられた。
「………………」
「長い方だって言ったら……」
「………………」
「宍戸さんの髪が長く伸びるまでは、絶対に、一緒にいられるって事だなと思ったんですよ」
「………一緒にいるのを……いつまでとか…考えてんじゃねえよ」
そんな事を願掛けだなんて言われても、宍戸には納得がいかない。
例えばこの先、もしも何かがあって。
つきあっていくことが出来なくなるような出来事が、仮に起きたとして。
そうなった時に、簡単に、諦めてしまえるような存在にはなりたくないのだ。
何が起きても、絶対に手放せないと、鳳に執着されるような存在に宍戸はなりたい。
鳳とつきあい始めてから、宍戸はずっとそう考えている。
「……宍戸さん」
宍戸に刺さった棘を。
宍戸自身がその場所も判らないような小さな小さな場所を。
鳳は何故か容易く察してきて、優しい言葉で宥めながら、取り除こうとする。
「宍戸さんの長い髪が、本当に、ものすごく綺麗だったから。ずっと見惚れてたんです」
「………………」
「宍戸さんだからですよ。長い髪が好きなのは」
今は短い宍戸の黒髪を、鳳の指が、愛しそうに幾度もすいていく。
「……長太郎」
「宍戸さんだから、短い髪が好きです」
「………………」
「俺は宍戸さんが好きです。……知ってるでしょう?」
囁きと一緒に口付けが。
宍戸の頭上に埋められる。
きつく抱き締められる。
棘はどこに行ったのか。
縛り付けるように抱き締めてくる鳳の腕の強さに。
棘は恐らく融けたのだ。
目に見えないくらいの小さな小さな棘でもって、感情のひどくやわらかでもろい箇所にちくりと刺さってしまった。
異性からは特に羨まれた宍戸の髪は、さして手入れなどしなくとも、まっすぐで、黒く濡れた様な艶を放っていた。
宍戸が自らの手で長かったその髪を切った時、誰よりもそのことを惜しんだのは、誰よりも宍戸の髪を綺麗だと口にした同性の男だ。
一つ年下の鳳が。
どれだけ宍戸の髪を好きだったのか。
無論宍戸も知っていたつもりではあったが、髪を短く切ってしまってから数ヶ月が経った今、鳳の口からその言葉を聞くとは思っていなかった。
『……長い方』
テニス部の二年生達が集まる中に鳳の姿もあって、偶然その場を通りかかった宍戸の耳に、彼らの話題が自分であるという事が聞こえてきた。
『宍戸先輩って、髪が長い時と短い時とで随分印象変わるよな』
どっちの方がいいと思う?と続いた問いかけに、バラバラな答えが飛び交っている。
勝手に人の話で盛り上がってんじゃねえと宍戸は呆れたが、ふと気になったのは鳳の答えだった。
彼は、どちらだと答えるのか。
それで宍戸は足を止めたのだ。
待ってみた。
しかし鳳は何も言わないでいる。
部員達から、お前はどうなんだよと名指しをされても、鳳は暫く明確な返事は口にしなかった。
しまいにそこにいた人間全員に詰め寄られるようになって漸く、鳳は淡い苦笑いを浮かべて、短く言ったのだ。
長い方、と。
ふたつにひとつの二者選択。
それもあまりにも些細な内容で、話題はすぐさま別の話にすりかわっていった。
たいした話ではない。
それなのに宍戸は、彼らに背を向けて、来た道を戻ってしまった。
多分目にも見えないくらいの小さな棘。
けれど、それからずっと、その棘は。
刺さってしまった宍戸の心で、微量の痛みを放ち続けていた。
だからそういう、くだらない理由だったのだと。
宍戸は不貞腐れて言った。
ここ数日。
意識しないまま鳳を避けてしまっていた宍戸は、業を煮やした鳳にこの日とうとう捕まってしまった。
切羽詰ったような顔をした鳳に強く腕を取られたのは下校途中の事だ。
自分に対してこわいくらいに懸命な鳳が、宍戸にはかわいかった。
何でも言う事を聞いてやりたくなるような、よからぬ思いに縛られてしまうくらいに。
ここ数日間の宍戸の態度を、怖がる様にも責めるようにも見える目で、問い正してくる鳳に。
宍戸は結局負けてしまった。
たかがこんな事で、落ち込む自分がいやだった。
言わないで済むならば言わずにいたかった事を、半ば強引に言う羽目になった宍戸は、腹立ち紛れに最後に吐き捨てた。
「髪、長い方がよかったんだろ。お前は」
八つ当たりめいた言い方だったが、鳳は寧ろほっとしたような顔をした。
「…………よかった…」
「……なにが」
「知らない間に何かやらかして、宍戸さんに愛想つかされたんだったらどうしようって思ってた」
紛う事無く、本気で安堵している。
鳳の様子に、宍戸はほとほと呆れた。
人目を集める派手な容姿を無類の人の良さで完全に中和しきっているような鳳は、通常の穏やかさなど放り投げる勢いで、宍戸のことに関してはこんなにも不安定だ。
宍戸が無言で見据えている先で、鳳は優しい目をして宍戸の眼差しを受け止めた。
「あのね……宍戸さん」
「………………」
「宍戸さんの髪が、長い方がいいか、短い方がいいか、そんな二者選択、俺には無意味じゃないですか」
「……無意味?」
「そうですよ。だって俺、宍戸さんが好きなんですよ」
「………………」
宍戸さんと宍戸さんを比べてどっちがいいかなんておかしな話でしょう?と鳳は微笑んだ。
「それをあいつらがどっちだどっちだって詰め寄るから」
「………長い方だって答えてただろ」
「それは確かに言いました。……俺の願掛けみたいなものですけど」
「願掛け…?」
鳳が、そっと宍戸の肩を抱く。
そういえば校内だったと今更ながらに宍戸が身構えたのにも構わず、人気のない所に連れ立っていく間も鳳の手は宍戸の肩から外されなかった。
「おい、」
「また俺が宍戸さんに甘えてるってくらいにしか映りませんよ…」
鳳はそう言ったが、甘えているというよりこれは手馴れたエスコートだろうと宍戸は憮然とした。
宍戸の肩を容易く手のひらに閉じ込めてくる大きな手。
長い腕と、広い胸元。
そんなに大事そうに肩なんか抱き寄せてくるなと思っても、宍戸に鳳の腕は払えない。
裏庭まで来て、ひとけも完全になくなって、宍戸は鳳に抱き寄せられた。
「………………」
「長い方だって言ったら……」
「………………」
「宍戸さんの髪が長く伸びるまでは、絶対に、一緒にいられるって事だなと思ったんですよ」
「………一緒にいるのを……いつまでとか…考えてんじゃねえよ」
そんな事を願掛けだなんて言われても、宍戸には納得がいかない。
例えばこの先、もしも何かがあって。
つきあっていくことが出来なくなるような出来事が、仮に起きたとして。
そうなった時に、簡単に、諦めてしまえるような存在にはなりたくないのだ。
何が起きても、絶対に手放せないと、鳳に執着されるような存在に宍戸はなりたい。
鳳とつきあい始めてから、宍戸はずっとそう考えている。
「……宍戸さん」
宍戸に刺さった棘を。
宍戸自身がその場所も判らないような小さな小さな場所を。
鳳は何故か容易く察してきて、優しい言葉で宥めながら、取り除こうとする。
「宍戸さんの長い髪が、本当に、ものすごく綺麗だったから。ずっと見惚れてたんです」
「………………」
「宍戸さんだからですよ。長い髪が好きなのは」
今は短い宍戸の黒髪を、鳳の指が、愛しそうに幾度もすいていく。
「……長太郎」
「宍戸さんだから、短い髪が好きです」
「………………」
「俺は宍戸さんが好きです。……知ってるでしょう?」
囁きと一緒に口付けが。
宍戸の頭上に埋められる。
きつく抱き締められる。
棘はどこに行ったのか。
縛り付けるように抱き締めてくる鳳の腕の強さに。
棘は恐らく融けたのだ。
欲しいだけ抱いた後になって、何だか辛がる目で自分を見つめてくるのは止めて欲しいと思う。
そのくせ自分が目線を合わせてやれば、微妙に逸らされたりするのも。
声が出るなら一喝してやりたいし、手足が動くのならば殴るなり蹴るなりしてやりたい。
そのどれも叶わない、でもその事が腹立たしいのではない。
判れ、と宍戸が目線で訴えて睨みつけてやれば、鳳は漸く観念したらしかった。
ベッド脇に立っていた鳳が、膝をつく。
ベッドから出られない宍戸の視線に近づいてくる。
「………………」
ごめんね、とちいさなちいさな声と一緒に頬に唇が寄せられて。
ちいさくちいさく痛む身体を、大きな手のひらが宥めて擦る。
宍戸は瞬きすら億劫なままベッドに腹這いでいて、会えないでいた時間の分だけ長くなった行為の余韻で、声が出ない、身体が痛い。
でもそれが嫌なのではない、辛いのではない。
判れ。
祈るように鳳からのキスを受け止める。
「………俺には勿体無い人だって、思ってるんです。いつも」
どういう馬鹿だ。
「それでも、どうしても、宍戸さんを誰にも絶対触らせたくないから」
そういう事なら。
「無茶でも、酷くても、俺だけがする。他の誰にも、触れさせないって決めた」
鳳は言った。
宍戸は聞いた。
だから。
「…………き……たから…な……」
声が戻ってくる。
「………………れ…よ……」
言ったのだから。
聞いたのだから。
守れ、と宍戸は返した。
ずっと、ずっと、これから先もずっと守っていけ。
決めたと、鳳が宍戸に教えたその言葉を。
「誰にもやらない」
当たり前だと宍戸は思って身じろいだ。
腰が真綿のように軽くて感覚がない。
仰向けになる為の、手足の動かし方が判らないかのようになっている自分の身体を持て余す。
床に膝をついて顔を近づけてきて、目線の高さを同じくしてくる鳳を。
威嚇じみた眼差しで睨み据え、宍戸は重たい腕を伸ばした。
指先が震えるように伸びていく手を鳳へと伸ばした。
ベッドに乗り上げてきて、宍戸を組み敷きながらもこの腕に抱き込まれてくる鳳が、好きで、好きで、どうにかなる。
判れ、と宍戸はまた思った。
「………………」
宍戸の顔の両脇に手をついて、見下ろしてくる鳳に。
宍戸は明け透けに何もかも晒して。
表情も、身体も、思う心の内、全て晒して。
「お前が抱く身体だ……これは」
「………………」
「全部……お前の好きにしていい、一人だけの人間が俺なんだろ」
何を当たり前のことをと、普段より少し荒い口調の鳳の言葉が宍戸の恋情を焼く。
残り火が焚きつけられたようになる。
判れ。
守れ。
生まれた日に、宍戸が鳳に願うものと欲しいものは、ただそれだけだ。
そのくせ自分が目線を合わせてやれば、微妙に逸らされたりするのも。
声が出るなら一喝してやりたいし、手足が動くのならば殴るなり蹴るなりしてやりたい。
そのどれも叶わない、でもその事が腹立たしいのではない。
判れ、と宍戸が目線で訴えて睨みつけてやれば、鳳は漸く観念したらしかった。
ベッド脇に立っていた鳳が、膝をつく。
ベッドから出られない宍戸の視線に近づいてくる。
「………………」
ごめんね、とちいさなちいさな声と一緒に頬に唇が寄せられて。
ちいさくちいさく痛む身体を、大きな手のひらが宥めて擦る。
宍戸は瞬きすら億劫なままベッドに腹這いでいて、会えないでいた時間の分だけ長くなった行為の余韻で、声が出ない、身体が痛い。
でもそれが嫌なのではない、辛いのではない。
判れ。
祈るように鳳からのキスを受け止める。
「………俺には勿体無い人だって、思ってるんです。いつも」
どういう馬鹿だ。
「それでも、どうしても、宍戸さんを誰にも絶対触らせたくないから」
そういう事なら。
「無茶でも、酷くても、俺だけがする。他の誰にも、触れさせないって決めた」
鳳は言った。
宍戸は聞いた。
だから。
「…………き……たから…な……」
声が戻ってくる。
「………………れ…よ……」
言ったのだから。
聞いたのだから。
守れ、と宍戸は返した。
ずっと、ずっと、これから先もずっと守っていけ。
決めたと、鳳が宍戸に教えたその言葉を。
「誰にもやらない」
当たり前だと宍戸は思って身じろいだ。
腰が真綿のように軽くて感覚がない。
仰向けになる為の、手足の動かし方が判らないかのようになっている自分の身体を持て余す。
床に膝をついて顔を近づけてきて、目線の高さを同じくしてくる鳳を。
威嚇じみた眼差しで睨み据え、宍戸は重たい腕を伸ばした。
指先が震えるように伸びていく手を鳳へと伸ばした。
ベッドに乗り上げてきて、宍戸を組み敷きながらもこの腕に抱き込まれてくる鳳が、好きで、好きで、どうにかなる。
判れ、と宍戸はまた思った。
「………………」
宍戸の顔の両脇に手をついて、見下ろしてくる鳳に。
宍戸は明け透けに何もかも晒して。
表情も、身体も、思う心の内、全て晒して。
「お前が抱く身体だ……これは」
「………………」
「全部……お前の好きにしていい、一人だけの人間が俺なんだろ」
何を当たり前のことをと、普段より少し荒い口調の鳳の言葉が宍戸の恋情を焼く。
残り火が焚きつけられたようになる。
判れ。
守れ。
生まれた日に、宍戸が鳳に願うものと欲しいものは、ただそれだけだ。
大型のタイフーンの影響で飛行機が飛ばなかった。
鳳が日本に戻ってきたのは、本来の帰国予定日よりも、結局三日も遅れた九月二日の事であった。
異国のその地に滞在していた時間は一週間。
仕事で日本を離れなければならなかった事も、帰国日に勢力の強いタイフーンにかち当たってしまった事も、ある意味仕方のない事であったが、鳳には大きなダメージを与えた。
鳳の急な仕事が入らなければ、八月の最後の一週間は、恋人と完全休暇を楽しむ予定だったのだ。
中学で知り合った一つ年上の鳳の恋人は、宍戸といって、今はその出身中学校で教師をしている。
公務員である彼の休暇は規則的だがテニス部の顧問をしているので、大きな大会のある夏場は多忙だ。
鳳もまた漸く弁護士になったばかりで日々忙しく、漸く互いの休暇を合わせた一週間が、見事に潰れた。
消沈する鳳に発破をかけるようにして、仕事ならちゃんと行って来いと空港まで見送りに来てくれた宍戸は、帰国時の便に合わせて迎えにも来るからと言ってくれていたのだが、タイフーンのせいでそれすらも呆気なく叶わぬ事となる。
予定通り八月三十日に帰国出来ていれば、せめて最後の一日は一緒に過ごせたのにと、鳳は溜息をつきながら、ゲートを進んだ。
職業柄きっちりとスーツを着込み、長旅のせいだけではない疲れを滲ませながら、鳳は全ての手続きを事務的に済ませていく。
九月二日となってしまっては、新学期も始まっている。
宍戸もまた忙しい日常に戻っているのだろうと思いながら、時刻を確かめて、鳳は空港のロビーで携帯電話を手にした。
宍戸に連絡をしようとして。
「……………………」
鳳は固まった。
鳳の目の前に、宍戸がいたからだ。
それも、両脇に長身の金髪碧眼の男性を置いて。
彼等は宍戸に、しきりと何事か熱心に話しかけている。
宍戸はほっそりとした首筋や鎖骨のラインがきれいに出るラフなシャツ姿で、慣れた様子で彼らをあしらい、そうして鳳に気づく。
「よう。お帰り」
真っ直ぐに宍戸は鳳の元へと歩いてくる。
「……宍戸さん?」
「なに惚けたようなツラしてんだよ。迎えに来るって、お前が行く時言っただろ」
「え……でも…、……新学期始まってるでしょう? どうして?」
「関係ねえよ」
だいたい時間見てみろよと言われてみれば確かに、夜の便で帰ってきた訳だからこの時間まで授業がある筈もない。
それにしても、まさか宍戸がここに居るとは本当に思わなくて、鳳は面食らったまま、久しぶりに対峙した宍戸の顔をじっと見据えた。
「………………」
そうやって。
何年経っても。
繰り返し繰り返し、鳳が見惚れる、厳しくも甘い綺麗な面立ち。
宍戸は鳳からの視線を真っ向から受けて、その薄い唇に婀娜めいた笑みを浮かべて言った。
「長太郎」
「……はい」
宍戸の片手が、鳳のネクタイを軽く引く。
いいぜ、と眼差しに促され、鳳は一瞬躊躇した。
宍戸に許されたものが何かを即座に察したからこそ、場所を考えたのだ。
「………………」
言葉にしないで問いかけた鳳に、宍戸もまた言葉にする必要はないというように、真っ直ぐに伸びている睫毛をけぶらせ鳳を唆すような眼差しを刷いてくる。
「………………」
ネクタイを引かれるからだけではなく、鳳の方からも軽く屈み、手のひらで小ぶりな宍戸の頭を包むようにし、その頬に掠めるような口付けを落とした。
慈しむ気持ちで触れれば一瞬の接触すらも艶かしく、宍戸は微笑して鳳のキスを受けると、背後を流し見て英語で短く言葉を放つ。
そういえばまだそこに居たのかと鳳が今更のように気づいた二人の男は、額に手を当てて頭上を仰ぐと、派手なリアクションで何事かを嘆き、そしていなくなった。
「………これが俺の毒蛇…って。どういう意味です?」
宍戸が言ったままを問いかけると、宍戸は小さく声を出して笑った。
「いや。あいつらがさ」
「…………………」
「待ちぼうけくらわされてんのかって声かけてきてな。今日はアクティムの海戦の日だから、アントニウスを失ったクレオパトラが自殺したみたいにならないように、毒蛇の代わりに俺達が噛んでやろうか?とか何とか言ってたからよ」
「宍戸さん」
軽く聞き流せない鳳を、嗜めるように宍戸は笑ったが。
要するに、宍戸はあの男達に、口説かれ、誘われていた訳だ。
あからさますぎるほどあからさまに。
憮然と強い悋気を覗かせた鳳を、宍戸はあくまで、たいした事じゃないと言ってかわすけれど。
アントニウスに死なれて、毒蛇に胸を噛ませて後を追い自殺したクレオパトラになぞらえて。
毒蛇の代わりに胸を噛んでやろうかなどと。
言われた宍戸が軽く流せても、聞かされた鳳はとても納得出来たものではない。
「おい。長太郎」
微苦笑の溜息で宍戸は手を伸ばし、鳳の頬を指先で軽く撫でた。
「だから、俺の毒蛇はこれだって、あいつらに言ったんだろうが」
「……宍戸さん」
「お前を見たら、あいつらだって早々諦めたろ? おとなしく退散しただろうが」
だから。
そういうどうでもいい事には、もう構わず。
早く帰ろうぜと宍戸は鳳に囁いた。
ただいまの意味のキスは、もうここでしてしまったけれど。
二人で暮らすあの部屋でしか、出来ない事があるから。
だから早く。
手に手をとって。
一刻も早く。
あの部屋へ。
帰ろう。
鳳が日本に戻ってきたのは、本来の帰国予定日よりも、結局三日も遅れた九月二日の事であった。
異国のその地に滞在していた時間は一週間。
仕事で日本を離れなければならなかった事も、帰国日に勢力の強いタイフーンにかち当たってしまった事も、ある意味仕方のない事であったが、鳳には大きなダメージを与えた。
鳳の急な仕事が入らなければ、八月の最後の一週間は、恋人と完全休暇を楽しむ予定だったのだ。
中学で知り合った一つ年上の鳳の恋人は、宍戸といって、今はその出身中学校で教師をしている。
公務員である彼の休暇は規則的だがテニス部の顧問をしているので、大きな大会のある夏場は多忙だ。
鳳もまた漸く弁護士になったばかりで日々忙しく、漸く互いの休暇を合わせた一週間が、見事に潰れた。
消沈する鳳に発破をかけるようにして、仕事ならちゃんと行って来いと空港まで見送りに来てくれた宍戸は、帰国時の便に合わせて迎えにも来るからと言ってくれていたのだが、タイフーンのせいでそれすらも呆気なく叶わぬ事となる。
予定通り八月三十日に帰国出来ていれば、せめて最後の一日は一緒に過ごせたのにと、鳳は溜息をつきながら、ゲートを進んだ。
職業柄きっちりとスーツを着込み、長旅のせいだけではない疲れを滲ませながら、鳳は全ての手続きを事務的に済ませていく。
九月二日となってしまっては、新学期も始まっている。
宍戸もまた忙しい日常に戻っているのだろうと思いながら、時刻を確かめて、鳳は空港のロビーで携帯電話を手にした。
宍戸に連絡をしようとして。
「……………………」
鳳は固まった。
鳳の目の前に、宍戸がいたからだ。
それも、両脇に長身の金髪碧眼の男性を置いて。
彼等は宍戸に、しきりと何事か熱心に話しかけている。
宍戸はほっそりとした首筋や鎖骨のラインがきれいに出るラフなシャツ姿で、慣れた様子で彼らをあしらい、そうして鳳に気づく。
「よう。お帰り」
真っ直ぐに宍戸は鳳の元へと歩いてくる。
「……宍戸さん?」
「なに惚けたようなツラしてんだよ。迎えに来るって、お前が行く時言っただろ」
「え……でも…、……新学期始まってるでしょう? どうして?」
「関係ねえよ」
だいたい時間見てみろよと言われてみれば確かに、夜の便で帰ってきた訳だからこの時間まで授業がある筈もない。
それにしても、まさか宍戸がここに居るとは本当に思わなくて、鳳は面食らったまま、久しぶりに対峙した宍戸の顔をじっと見据えた。
「………………」
そうやって。
何年経っても。
繰り返し繰り返し、鳳が見惚れる、厳しくも甘い綺麗な面立ち。
宍戸は鳳からの視線を真っ向から受けて、その薄い唇に婀娜めいた笑みを浮かべて言った。
「長太郎」
「……はい」
宍戸の片手が、鳳のネクタイを軽く引く。
いいぜ、と眼差しに促され、鳳は一瞬躊躇した。
宍戸に許されたものが何かを即座に察したからこそ、場所を考えたのだ。
「………………」
言葉にしないで問いかけた鳳に、宍戸もまた言葉にする必要はないというように、真っ直ぐに伸びている睫毛をけぶらせ鳳を唆すような眼差しを刷いてくる。
「………………」
ネクタイを引かれるからだけではなく、鳳の方からも軽く屈み、手のひらで小ぶりな宍戸の頭を包むようにし、その頬に掠めるような口付けを落とした。
慈しむ気持ちで触れれば一瞬の接触すらも艶かしく、宍戸は微笑して鳳のキスを受けると、背後を流し見て英語で短く言葉を放つ。
そういえばまだそこに居たのかと鳳が今更のように気づいた二人の男は、額に手を当てて頭上を仰ぐと、派手なリアクションで何事かを嘆き、そしていなくなった。
「………これが俺の毒蛇…って。どういう意味です?」
宍戸が言ったままを問いかけると、宍戸は小さく声を出して笑った。
「いや。あいつらがさ」
「…………………」
「待ちぼうけくらわされてんのかって声かけてきてな。今日はアクティムの海戦の日だから、アントニウスを失ったクレオパトラが自殺したみたいにならないように、毒蛇の代わりに俺達が噛んでやろうか?とか何とか言ってたからよ」
「宍戸さん」
軽く聞き流せない鳳を、嗜めるように宍戸は笑ったが。
要するに、宍戸はあの男達に、口説かれ、誘われていた訳だ。
あからさますぎるほどあからさまに。
憮然と強い悋気を覗かせた鳳を、宍戸はあくまで、たいした事じゃないと言ってかわすけれど。
アントニウスに死なれて、毒蛇に胸を噛ませて後を追い自殺したクレオパトラになぞらえて。
毒蛇の代わりに胸を噛んでやろうかなどと。
言われた宍戸が軽く流せても、聞かされた鳳はとても納得出来たものではない。
「おい。長太郎」
微苦笑の溜息で宍戸は手を伸ばし、鳳の頬を指先で軽く撫でた。
「だから、俺の毒蛇はこれだって、あいつらに言ったんだろうが」
「……宍戸さん」
「お前を見たら、あいつらだって早々諦めたろ? おとなしく退散しただろうが」
だから。
そういうどうでもいい事には、もう構わず。
早く帰ろうぜと宍戸は鳳に囁いた。
ただいまの意味のキスは、もうここでしてしまったけれど。
二人で暮らすあの部屋でしか、出来ない事があるから。
だから早く。
手に手をとって。
一刻も早く。
あの部屋へ。
帰ろう。
背格好やら顔立ちやらは大人びているのに、笑うと途端に甘く柔らかくなる男は、指の先まで蕩けそうに優しくて、とことん自分を駄目にする。
「宍戸さん。こっち来て。マッサージします」
「……いい」
「何でですかー」
つれなく突っぱねたのだから、少しは責めるなりすればいいものを。
何でまたそんな哀しそうな声を出して、尚も丁寧に微笑むのか。
ただでさえ宍戸には自分の勝手でこの夜半の特訓に鳳をつき合わせているという負い目がある故に。
これ以上何か、鳳にして貰うような事は極力なくしたいのだが、少しでも距離を置こうとすると、それは哀しげに鳳が肩を落とすものだから。
結局宍戸は折れるしかない。
「……判った」
嘆息して。
鳳の言うのに任せるしかなくなる。
宍戸が頷くと、鳳は殊更丁重に宍戸の手を取って、宍戸をベンチに座らせる。
宍戸の足元に鳳は膝をついた。
「………お前」
「はい?」
「……ほんと…マメだな」
「そうですか?」
「そうだろ…」
「そうですかね?」
「……………」
生真面目に返答してくる鳳を、お前がマメじゃなくていったいどういう奴がマメなんだという目で見据えて宍戸は呆れた。
宍戸の右腕に両手を当てて、丁寧に手のひらを滑らせマッサージしていく鳳は、目線を合わせなくても宍戸の眼差しに気付いているようで、丁重に宍戸の腕を扱いながら囁くようにして聞いてきた。
「鬱陶しかったりしますか?」
「……アホ」
「しつこいなーとか…」
「蹴るぞ」
「すみません」
宍戸の腕を見つめる鳳は、睫毛を伏せたまま笑って。
ゆっくりと上目に宍戸を見つめてきた。
「俺、宍戸さんにとにかく構って欲しくて」
「……………」
「甘えてるんです。すみません」
「………だから……どこがだよ」
甲斐甲斐しいのも、気をまわすのも、鳳で。
あれこれと甘えさせられてばかりいるのが自分で。
宍戸には、お互いの思っている事は、何だかこんなにもちぐはぐだと。
いっそ噛みあっていないくらいだと。
思えてならないのに。
「……………」
ふと落ちた沈黙に引き込まれるような衝動。
鳳の両手で支えられた宍戸の手の甲への、鳳からの口付け。
上体を屈めて鳳の髪先へ唇を埋めた、宍戸からの口付け。
軽く、甘い接触は、二人同時で、優しくつりあう。
「え、………」
「………っ……」
お互い、自身がするキスにいっぱいいっぱいで。
だから同時に相手から与えられたキスには一瞬遅れで気づいたようになる。
これもお互い。
「……宍戸さん」
「……、んだよ…」
まず驚いて。
仄かな羞恥。
そして余韻は、あくまでも甘く、どこまでもより親密に。
「宍戸さん。こっち来て。マッサージします」
「……いい」
「何でですかー」
つれなく突っぱねたのだから、少しは責めるなりすればいいものを。
何でまたそんな哀しそうな声を出して、尚も丁寧に微笑むのか。
ただでさえ宍戸には自分の勝手でこの夜半の特訓に鳳をつき合わせているという負い目がある故に。
これ以上何か、鳳にして貰うような事は極力なくしたいのだが、少しでも距離を置こうとすると、それは哀しげに鳳が肩を落とすものだから。
結局宍戸は折れるしかない。
「……判った」
嘆息して。
鳳の言うのに任せるしかなくなる。
宍戸が頷くと、鳳は殊更丁重に宍戸の手を取って、宍戸をベンチに座らせる。
宍戸の足元に鳳は膝をついた。
「………お前」
「はい?」
「……ほんと…マメだな」
「そうですか?」
「そうだろ…」
「そうですかね?」
「……………」
生真面目に返答してくる鳳を、お前がマメじゃなくていったいどういう奴がマメなんだという目で見据えて宍戸は呆れた。
宍戸の右腕に両手を当てて、丁寧に手のひらを滑らせマッサージしていく鳳は、目線を合わせなくても宍戸の眼差しに気付いているようで、丁重に宍戸の腕を扱いながら囁くようにして聞いてきた。
「鬱陶しかったりしますか?」
「……アホ」
「しつこいなーとか…」
「蹴るぞ」
「すみません」
宍戸の腕を見つめる鳳は、睫毛を伏せたまま笑って。
ゆっくりと上目に宍戸を見つめてきた。
「俺、宍戸さんにとにかく構って欲しくて」
「……………」
「甘えてるんです。すみません」
「………だから……どこがだよ」
甲斐甲斐しいのも、気をまわすのも、鳳で。
あれこれと甘えさせられてばかりいるのが自分で。
宍戸には、お互いの思っている事は、何だかこんなにもちぐはぐだと。
いっそ噛みあっていないくらいだと。
思えてならないのに。
「……………」
ふと落ちた沈黙に引き込まれるような衝動。
鳳の両手で支えられた宍戸の手の甲への、鳳からの口付け。
上体を屈めて鳳の髪先へ唇を埋めた、宍戸からの口付け。
軽く、甘い接触は、二人同時で、優しくつりあう。
「え、………」
「………っ……」
お互い、自身がするキスにいっぱいいっぱいで。
だから同時に相手から与えられたキスには一瞬遅れで気づいたようになる。
これもお互い。
「……宍戸さん」
「……、んだよ…」
まず驚いて。
仄かな羞恥。
そして余韻は、あくまでも甘く、どこまでもより親密に。
意識がなくても流れる液体。
自失してか、眠りに落ちたか、動かない、自失している身体から、液体は流れている。
「…………宍戸さん…」
涙のように、こめかみから伝う汗の行方に指先を宛がって。
濡れた唇を浅く塞ぐ。
宍戸が快楽を溶いて吐き出す間も手の中から逃がさなかった先から、鳳が退いた四肢の狭間から、零れるように、まだ流れていくもの。
宍戸の身体の液体の、行き先全部に目をやって、そして指や唇を寄せ、鳳も自分の身体を流れていく液体を体感する。
「…………………」
やわらかな舌からも、まだ啜るように濡れたものを奪ってしまう。
身じろぐ事無く投げ出されている細い肢体のあちこちに、流れる液体だけが生々しくて。
目を閉じたままの静かな宍戸の顔に数回キスを落としながら、鳳は宍戸の髪をそっと撫でた。
汗で冷たくなった黒髪は少し湿っていて、しんなりと、とろけるように柔らかかった。
「つらいこと、なにもないといいんだけど……」
呟く鳳の声は小さい。
欲しいままに暴いてしまった後、こうして意識のない宍戸を腕に抱いていると。
感情が募りすぎて苦しくなる。
「…………………」
宍戸の示す先行きに、どうしたって目が行って、気が行って、本人は導きとも思っていないくらいの些細な出来事に鳳はどうしようもなく惹かれて、縋って、追いかけて。
「………そういうのも…つらくさせてないといいんだけど……駄目かな…宍戸さん」
抑制がきかなくなる。
止め処なく、ただひたすらに欲しいままだ。
今までも、今も、これからも。
「おまえ、うるさい……」
「……………、……」
横たわる宍戸を腕をついて見下ろし、その髪に触れていた鳳の手がぎくりと止まる。
微かに動いた唇からの掠れ声。
宍戸の双瞳が、静かにひらいていく。
「……宍戸さ…」
宍戸は眉根を寄せていた。
「………気失うくらい…よくさせといて、あとから何を耳元で…ぐだぐだと…」
「………………」
囁かれた言葉に鳳は絶句する。
宍戸は気だるげに片腕を目元をこすり、乱れた前髪の隙間から、鳳を見据えた。
「頭おかしくなるくらい俺をよくさせて」
「……、…宍戸さん…?」
「しけたこと言ってんじゃねえよ……」
不機嫌そうに見えた宍戸だったが、持ち上げた片腕を鳳の首に絡めた。
宍戸の腕に引き寄せられる形で、鳳は宍戸からのキスを受ける。
「…………………」
重なるだけのキスにあやされて、結局鳳の方からもその唇を貪った。
深く、深く、口づけあう。
濡れた粘膜を寄せ合って、呼吸で温めて。
互いの唇の合間で、体液が、また滴って、繋がって。
二人で行く何処かへと、それは流れていく。
過たず、間違わず、二人の為の何処かにだ。
導き助けること。
誘い出すこと。
いつでも誘液は彼らの中に満ちていて。
いつでも望む先、思わぬ先に、進んでいける。
導き、助けて、誘い出して。
自失してか、眠りに落ちたか、動かない、自失している身体から、液体は流れている。
「…………宍戸さん…」
涙のように、こめかみから伝う汗の行方に指先を宛がって。
濡れた唇を浅く塞ぐ。
宍戸が快楽を溶いて吐き出す間も手の中から逃がさなかった先から、鳳が退いた四肢の狭間から、零れるように、まだ流れていくもの。
宍戸の身体の液体の、行き先全部に目をやって、そして指や唇を寄せ、鳳も自分の身体を流れていく液体を体感する。
「…………………」
やわらかな舌からも、まだ啜るように濡れたものを奪ってしまう。
身じろぐ事無く投げ出されている細い肢体のあちこちに、流れる液体だけが生々しくて。
目を閉じたままの静かな宍戸の顔に数回キスを落としながら、鳳は宍戸の髪をそっと撫でた。
汗で冷たくなった黒髪は少し湿っていて、しんなりと、とろけるように柔らかかった。
「つらいこと、なにもないといいんだけど……」
呟く鳳の声は小さい。
欲しいままに暴いてしまった後、こうして意識のない宍戸を腕に抱いていると。
感情が募りすぎて苦しくなる。
「…………………」
宍戸の示す先行きに、どうしたって目が行って、気が行って、本人は導きとも思っていないくらいの些細な出来事に鳳はどうしようもなく惹かれて、縋って、追いかけて。
「………そういうのも…つらくさせてないといいんだけど……駄目かな…宍戸さん」
抑制がきかなくなる。
止め処なく、ただひたすらに欲しいままだ。
今までも、今も、これからも。
「おまえ、うるさい……」
「……………、……」
横たわる宍戸を腕をついて見下ろし、その髪に触れていた鳳の手がぎくりと止まる。
微かに動いた唇からの掠れ声。
宍戸の双瞳が、静かにひらいていく。
「……宍戸さ…」
宍戸は眉根を寄せていた。
「………気失うくらい…よくさせといて、あとから何を耳元で…ぐだぐだと…」
「………………」
囁かれた言葉に鳳は絶句する。
宍戸は気だるげに片腕を目元をこすり、乱れた前髪の隙間から、鳳を見据えた。
「頭おかしくなるくらい俺をよくさせて」
「……、…宍戸さん…?」
「しけたこと言ってんじゃねえよ……」
不機嫌そうに見えた宍戸だったが、持ち上げた片腕を鳳の首に絡めた。
宍戸の腕に引き寄せられる形で、鳳は宍戸からのキスを受ける。
「…………………」
重なるだけのキスにあやされて、結局鳳の方からもその唇を貪った。
深く、深く、口づけあう。
濡れた粘膜を寄せ合って、呼吸で温めて。
互いの唇の合間で、体液が、また滴って、繋がって。
二人で行く何処かへと、それは流れていく。
過たず、間違わず、二人の為の何処かにだ。
導き助けること。
誘い出すこと。
いつでも誘液は彼らの中に満ちていて。
いつでも望む先、思わぬ先に、進んでいける。
導き、助けて、誘い出して。
突然の激しい雨の降り出しに、雨の及ばない所へと人の姿はたちどころに集まって。
立ち止まり、空を見上げているその情景。
そんな雨の中を、この上なく綺麗な動きで走り抜けていく人を鳳は見つけた。
誰も彼もが強い雨に足を踏みとどめている先で、全身を濡らして走っていく綺麗な残像。
無理矢理でも叫んで呼び止めずにはいられなかった。
「宍戸さん!」
制服のシャツは濡れそぼって透き通る色になり、艶のある黒い髪は細い首筋に張り付いている。
鳳の呼びかけに、走っていた宍戸は足を止めた。
本屋から出てきた所だった鳳は、入口の人混みを器用に避けて、傘を広げながら宍戸に歩み寄った。
「入って下さい。宍戸さん」
「もうここまで濡れりゃ一緒だっての」
強引に傘の中に入れようとした鳳の手をそれこそ器用に避けて、宍戸は笑っている。
部活がなくて、今日の帰りは一緒ではなかったのだ。
近づいてきた台風の関係で、今日の夕方から強い雨が降ると予報はしきりに繰り返していたので鳳は自宅から傘を持ってきたのだが、恐らく過度な手荷物を嫌う宍戸は判っていても傘を置いて出てきたのだろう。
待ち合わせをしてでも一緒に帰ってくるべきだったと鳳は思い、いいから入って下さいと強引に宍戸の手首を取る。
「だから今更だって言ってんだろ。俺はこのまま走って帰るからいい。じゃあな長太郎」
「宍戸さん……!」
濡れた肌は鳳の手のひらを滑るようにして引き抜かれていった。
強くて、細い、宍戸の手首が魔法のように奪われて消えてなくなる。
翻された華奢な背中は透明なシャツの中でほんのりと色味を帯びて肩甲骨を浮かび上がらせていた。
鳳は本屋に取って返すと、適当に一番近くにいた相手に自分の傘を無理矢理手渡した。
「よかったらこれ使って」
「え、…あの……っ…」
何だか高い歓声のような悲鳴が上がった気がしたが、鳳はもうそれどころではない。
見失ってしまう前に、追いつかなければならない。
地面に当たって跳ね返ってくるような豪雨は飛沫を散らして視界が曇る。
鳳もすぐにずぶ濡れになって、そうして漸く宍戸をつかまえた。
「も、…はやい、なあ…宍戸さん」
「長太郎?」
改めて背後から手首を掴むと、宍戸は唖然とした顔で振り返ってきた。
「何やってんだお前……」
「何って。宍戸さんを追いかけてきたんですけど」
「馬鹿かお前は! 傘持ってんのに何でわざわざ濡れて走ってくるんだよ?!」
「宍戸さんが入ってくれないから…」
拗ねたり責めたりするつもりはなかったけれど、鳳の物言いに宍戸はますます呆気にとられたような表情になった。
雨に打たれながら、濡れて、でも今度は足を止めたまま自分の前から走り去らない宍戸に鳳は笑みを浮かべて言った。
「宍戸さんが入ってくれないなら俺は傘なんかいりません」
「…………お前…、…なあ…」
声にならない溜息で、宍戸の細い肩が、がっくりと落ちるのを間近に見下ろして。
鳳はそっと宍戸の肩を手に包んで囁いた。
「一緒に帰って…くれますよね?」
「………信じらんね……」
頭上にも、肩先にも背中にも。
雨は当たって、服も髪も肌に張り付いて。
瞬きに邪魔なほど雨滴は顔をも濡らしてくるけれど。
宍戸と同じ雨にこうして濡れている方がどれだけいいかと思って。
鳳は宍戸の事を丁寧に見下ろした。
「……お前、うち寄ってけ」
バカ、ともう一度盛大に呆れてみせた宍戸が、鳳の胸元を軽く拳で叩いてくる。
それから宍戸は、鳳をはっきりと見上げて、笑った。
「お前って時々本気でどうしようもねえのな」
「そうですね。宍戸さんが好きでどうしようもないんです」
せっかく人通りも全く無いこんな雨の中だ。
鳳は僅かに屈んで、雨に濡れている宍戸の頬に軽く唇を寄せた。
すり寄るような、キスとも感じさせない程度の接触に、ふわりと宍戸の体温が上がった事が至近距離から判って。
鳳は綺麗で乱暴な宍戸の腕を、殴られる前に指を全部絡めて繋いでしまって、走り出す。
「長太郎…っ」
「はい。ごめんなさい」
「笑って謝ってんじゃねえよ…っ!」
怒鳴られても。
手は振り解かれないから。
鳳は、幸せだと思うのだ。
一緒にいられる為にならば。
いくらだって雨にも濡れる。
傘だって捨てる。
立ち止まり、空を見上げているその情景。
そんな雨の中を、この上なく綺麗な動きで走り抜けていく人を鳳は見つけた。
誰も彼もが強い雨に足を踏みとどめている先で、全身を濡らして走っていく綺麗な残像。
無理矢理でも叫んで呼び止めずにはいられなかった。
「宍戸さん!」
制服のシャツは濡れそぼって透き通る色になり、艶のある黒い髪は細い首筋に張り付いている。
鳳の呼びかけに、走っていた宍戸は足を止めた。
本屋から出てきた所だった鳳は、入口の人混みを器用に避けて、傘を広げながら宍戸に歩み寄った。
「入って下さい。宍戸さん」
「もうここまで濡れりゃ一緒だっての」
強引に傘の中に入れようとした鳳の手をそれこそ器用に避けて、宍戸は笑っている。
部活がなくて、今日の帰りは一緒ではなかったのだ。
近づいてきた台風の関係で、今日の夕方から強い雨が降ると予報はしきりに繰り返していたので鳳は自宅から傘を持ってきたのだが、恐らく過度な手荷物を嫌う宍戸は判っていても傘を置いて出てきたのだろう。
待ち合わせをしてでも一緒に帰ってくるべきだったと鳳は思い、いいから入って下さいと強引に宍戸の手首を取る。
「だから今更だって言ってんだろ。俺はこのまま走って帰るからいい。じゃあな長太郎」
「宍戸さん……!」
濡れた肌は鳳の手のひらを滑るようにして引き抜かれていった。
強くて、細い、宍戸の手首が魔法のように奪われて消えてなくなる。
翻された華奢な背中は透明なシャツの中でほんのりと色味を帯びて肩甲骨を浮かび上がらせていた。
鳳は本屋に取って返すと、適当に一番近くにいた相手に自分の傘を無理矢理手渡した。
「よかったらこれ使って」
「え、…あの……っ…」
何だか高い歓声のような悲鳴が上がった気がしたが、鳳はもうそれどころではない。
見失ってしまう前に、追いつかなければならない。
地面に当たって跳ね返ってくるような豪雨は飛沫を散らして視界が曇る。
鳳もすぐにずぶ濡れになって、そうして漸く宍戸をつかまえた。
「も、…はやい、なあ…宍戸さん」
「長太郎?」
改めて背後から手首を掴むと、宍戸は唖然とした顔で振り返ってきた。
「何やってんだお前……」
「何って。宍戸さんを追いかけてきたんですけど」
「馬鹿かお前は! 傘持ってんのに何でわざわざ濡れて走ってくるんだよ?!」
「宍戸さんが入ってくれないから…」
拗ねたり責めたりするつもりはなかったけれど、鳳の物言いに宍戸はますます呆気にとられたような表情になった。
雨に打たれながら、濡れて、でも今度は足を止めたまま自分の前から走り去らない宍戸に鳳は笑みを浮かべて言った。
「宍戸さんが入ってくれないなら俺は傘なんかいりません」
「…………お前…、…なあ…」
声にならない溜息で、宍戸の細い肩が、がっくりと落ちるのを間近に見下ろして。
鳳はそっと宍戸の肩を手に包んで囁いた。
「一緒に帰って…くれますよね?」
「………信じらんね……」
頭上にも、肩先にも背中にも。
雨は当たって、服も髪も肌に張り付いて。
瞬きに邪魔なほど雨滴は顔をも濡らしてくるけれど。
宍戸と同じ雨にこうして濡れている方がどれだけいいかと思って。
鳳は宍戸の事を丁寧に見下ろした。
「……お前、うち寄ってけ」
バカ、ともう一度盛大に呆れてみせた宍戸が、鳳の胸元を軽く拳で叩いてくる。
それから宍戸は、鳳をはっきりと見上げて、笑った。
「お前って時々本気でどうしようもねえのな」
「そうですね。宍戸さんが好きでどうしようもないんです」
せっかく人通りも全く無いこんな雨の中だ。
鳳は僅かに屈んで、雨に濡れている宍戸の頬に軽く唇を寄せた。
すり寄るような、キスとも感じさせない程度の接触に、ふわりと宍戸の体温が上がった事が至近距離から判って。
鳳は綺麗で乱暴な宍戸の腕を、殴られる前に指を全部絡めて繋いでしまって、走り出す。
「長太郎…っ」
「はい。ごめんなさい」
「笑って謝ってんじゃねえよ…っ!」
怒鳴られても。
手は振り解かれないから。
鳳は、幸せだと思うのだ。
一緒にいられる為にならば。
いくらだって雨にも濡れる。
傘だって捨てる。
頭上高くから、どっと落ちてくるような夏の強い日差しの重たさは、ここ連日続いている。
最高気温はいつでも三十度を越えていて、いよいよどうしようもなく夏なのだということを知らしめられている気分だった。
こう暑いと、却って反動で、宍戸の足は自然とテニスコートへと向いてしまう。
例え時間がたいしてない昼休みだとしてもだ。
直射日光の照りつけるテニスコートは誰もいる筈がないだろうと宍戸が出向いた場所であったが、足を踏み入れてみればそこに、宍戸はよく見知った男の姿を見つけた。
相手は宍戸にまだ気づいていない様子で、ラケットを持った長い腕を綺麗にしならせて、繰り返し繰り返しサーブを打っていた。
髪の先から汗が散っている。
前髪を手で荒くかきあげる仕草の合間に彼の表情を目にした宍戸は眉を寄せた。
「長太郎!」
名前を呼べばすぐに気づいて顔を向けてくる。
「宍戸さん」
微笑んだ柔和な顔は普段と変わらないのだけれど。
宍戸の顔つきは一層きつくなる。
「……お前……いつからやってんだ」
「はい…?」
近づいていって宍戸が手の伸ばした先。
指先に触れた鳳の髪は濡れている。
こめかみから頬へと指先を滑らせると、妙にかしこまってじっとしている鳳が、困ったような顔になっていく。
「………宍戸さん?」
「お前、どこか具合悪いのか?」
「何でですか?」
意外な事を言われたように鳳は軽く首を傾けてくる。
宍戸はぴしゃりと言った。
「顔色よくねえよ。昼メシは」
「………ええと……」
「食ってねえのかよ?」
鳳の返事を待つまでもない。
宍戸は続けざまに怒鳴った。
「アホ…! メシも食わねえで、この炎天下でテニスかよ? やりゃあいいってもんじゃねえだろうがっ!」
鳳がここまで汗をかいている様は、宍戸も滅多に見る事が無い。
そのくせ、顔は汗で濡れているが、腕などはさらさらとしていて。
脱水症状でも起こすのではないかと思って宍戸は加減も何もなく鳳を叱り付けた。
長身で一見細身だがしっかりとした骨格を持っている鳳は、その実結構な虚弱体質だと宍戸は思っている。
正確にはデリケートといったほうがいいのかもしれない。
風邪がはやれば素直にその流行にのり、合宿に行けば枕がかわったせいで寝つきが悪くなる。
暑い夏なら例に漏れずに夏バテで、全く持って食べられなくなるのだ。
現にこうして、痩せた頬と疲れきったような気配とに、宍戸は今から購買に行って何か買って来られるだろうかと頭で考え、そして。
考えるより先に行動だと、宍戸が身を翻した時だった。
鳳が、宍戸のシャツの裾を掴んだ。
「…………………」
それは去って行くものに対して、追いすがる子供の仕草そのもので、宍戸は呆気にとられる。
鳳自身も一瞬びっくりしたような顔をしていて、でも宍戸のシャツを掴みしめている指先は外れなかった。
「長太郎…?…」
「すみません………でも、いかないで」
「いかないでって…お前……」
そんな必死な目で何で、と宍戸の困惑は一層深くなる。
すみません、と鳳はもう一度言った。
伏せた目元で、まっすぐに長い睫毛が数回躊躇うように動いた。
何を言いよどんでいるのかと宍戸が怪訝に見つめる先、鳳は小さく低い声で言った。
「夏バテというより……宍戸さんが足りなくてバテてただけだから……」
「………はあ?」
「や、……俺も今ちゃんと判ったっていいますか……」
自分でも夏バテだって思ってたんですが、と。
そっと伺い見るように上目に覗き込まれて。
だいたい鳳の方が宍戸よりも格段に背が高いというのに。
上目遣いなんてしてくるなと宍戸が怒鳴りたくなるのは、その表情に滅法弱い自分を自覚しているからだ。
「宍戸さんが足りなくて、へこんでただけみたいで……」
だから、とシャツの裾を握り締める鳳の長い指に力が入ったのが判る。
そんな理由で体調不良になれるものなのかと、宍戸は呆れたいのも山々なのだが。
錯覚だとか、嘘だとか。
宍戸にも結局思えないし、鳳に言ってもやれない自分がいるのもまた事実だった。
だいたい、この間の週末にたまたま会えなかっただけだろうと、随分と恥ずかしく思いもするのだけれど。
「………宍戸さん、?」
ざっと周囲を確かめて、宍戸は鳳の胸元に身体を寄せた。
鳳の胸元のシャツを片手で掴んで、自分からも引き寄せて。
下から首を反らして唇を塞ぐ。
「し、………」
「…………るせ……食っとけ。これでもとりあえず」
宍戸は鳳の唇を伸ばした舌先で軽く撫でるように舐めてから、噛ませた。
飲み込ませた。
口腔に、それを。
音でもしそうに熱っぽく、鳳は宍戸の舌を引き込んで貪ってきたが、すぐに遠慮がちな手が背中に当てられたので、宍戸は自ら鳳と身体を合わせるように更に近づいて唇を開く。
「………汚れます…って……宍戸さん…」
「………………」
躊躇うように肩を掴まれるのは、確かにこうして密着すれば宍戸の制服のシャツは鳳の汗を衣類越しに吸い込みそうな状態であるからで。
でも。
「お前の汗の味くらいもう知ってんだよ」
「………、……」
汚れるも何もない。
「…濡らせ。好きなだけ」
笑って言ってやれば。
物凄い力で抱き締められた。
唇を塞がれた。
鳳の衝動が一気にぶつけられて、苦しく息は束縛され、抱擁で身体は縛り付けられるのだけれど。
宍戸はそれで満足する。
足りないならば。
我慢しろなどと言う気はない。
足りないならば。
欲しいだけやると、いつでも思って、いるからだ。
最高気温はいつでも三十度を越えていて、いよいよどうしようもなく夏なのだということを知らしめられている気分だった。
こう暑いと、却って反動で、宍戸の足は自然とテニスコートへと向いてしまう。
例え時間がたいしてない昼休みだとしてもだ。
直射日光の照りつけるテニスコートは誰もいる筈がないだろうと宍戸が出向いた場所であったが、足を踏み入れてみればそこに、宍戸はよく見知った男の姿を見つけた。
相手は宍戸にまだ気づいていない様子で、ラケットを持った長い腕を綺麗にしならせて、繰り返し繰り返しサーブを打っていた。
髪の先から汗が散っている。
前髪を手で荒くかきあげる仕草の合間に彼の表情を目にした宍戸は眉を寄せた。
「長太郎!」
名前を呼べばすぐに気づいて顔を向けてくる。
「宍戸さん」
微笑んだ柔和な顔は普段と変わらないのだけれど。
宍戸の顔つきは一層きつくなる。
「……お前……いつからやってんだ」
「はい…?」
近づいていって宍戸が手の伸ばした先。
指先に触れた鳳の髪は濡れている。
こめかみから頬へと指先を滑らせると、妙にかしこまってじっとしている鳳が、困ったような顔になっていく。
「………宍戸さん?」
「お前、どこか具合悪いのか?」
「何でですか?」
意外な事を言われたように鳳は軽く首を傾けてくる。
宍戸はぴしゃりと言った。
「顔色よくねえよ。昼メシは」
「………ええと……」
「食ってねえのかよ?」
鳳の返事を待つまでもない。
宍戸は続けざまに怒鳴った。
「アホ…! メシも食わねえで、この炎天下でテニスかよ? やりゃあいいってもんじゃねえだろうがっ!」
鳳がここまで汗をかいている様は、宍戸も滅多に見る事が無い。
そのくせ、顔は汗で濡れているが、腕などはさらさらとしていて。
脱水症状でも起こすのではないかと思って宍戸は加減も何もなく鳳を叱り付けた。
長身で一見細身だがしっかりとした骨格を持っている鳳は、その実結構な虚弱体質だと宍戸は思っている。
正確にはデリケートといったほうがいいのかもしれない。
風邪がはやれば素直にその流行にのり、合宿に行けば枕がかわったせいで寝つきが悪くなる。
暑い夏なら例に漏れずに夏バテで、全く持って食べられなくなるのだ。
現にこうして、痩せた頬と疲れきったような気配とに、宍戸は今から購買に行って何か買って来られるだろうかと頭で考え、そして。
考えるより先に行動だと、宍戸が身を翻した時だった。
鳳が、宍戸のシャツの裾を掴んだ。
「…………………」
それは去って行くものに対して、追いすがる子供の仕草そのもので、宍戸は呆気にとられる。
鳳自身も一瞬びっくりしたような顔をしていて、でも宍戸のシャツを掴みしめている指先は外れなかった。
「長太郎…?…」
「すみません………でも、いかないで」
「いかないでって…お前……」
そんな必死な目で何で、と宍戸の困惑は一層深くなる。
すみません、と鳳はもう一度言った。
伏せた目元で、まっすぐに長い睫毛が数回躊躇うように動いた。
何を言いよどんでいるのかと宍戸が怪訝に見つめる先、鳳は小さく低い声で言った。
「夏バテというより……宍戸さんが足りなくてバテてただけだから……」
「………はあ?」
「や、……俺も今ちゃんと判ったっていいますか……」
自分でも夏バテだって思ってたんですが、と。
そっと伺い見るように上目に覗き込まれて。
だいたい鳳の方が宍戸よりも格段に背が高いというのに。
上目遣いなんてしてくるなと宍戸が怒鳴りたくなるのは、その表情に滅法弱い自分を自覚しているからだ。
「宍戸さんが足りなくて、へこんでただけみたいで……」
だから、とシャツの裾を握り締める鳳の長い指に力が入ったのが判る。
そんな理由で体調不良になれるものなのかと、宍戸は呆れたいのも山々なのだが。
錯覚だとか、嘘だとか。
宍戸にも結局思えないし、鳳に言ってもやれない自分がいるのもまた事実だった。
だいたい、この間の週末にたまたま会えなかっただけだろうと、随分と恥ずかしく思いもするのだけれど。
「………宍戸さん、?」
ざっと周囲を確かめて、宍戸は鳳の胸元に身体を寄せた。
鳳の胸元のシャツを片手で掴んで、自分からも引き寄せて。
下から首を反らして唇を塞ぐ。
「し、………」
「…………るせ……食っとけ。これでもとりあえず」
宍戸は鳳の唇を伸ばした舌先で軽く撫でるように舐めてから、噛ませた。
飲み込ませた。
口腔に、それを。
音でもしそうに熱っぽく、鳳は宍戸の舌を引き込んで貪ってきたが、すぐに遠慮がちな手が背中に当てられたので、宍戸は自ら鳳と身体を合わせるように更に近づいて唇を開く。
「………汚れます…って……宍戸さん…」
「………………」
躊躇うように肩を掴まれるのは、確かにこうして密着すれば宍戸の制服のシャツは鳳の汗を衣類越しに吸い込みそうな状態であるからで。
でも。
「お前の汗の味くらいもう知ってんだよ」
「………、……」
汚れるも何もない。
「…濡らせ。好きなだけ」
笑って言ってやれば。
物凄い力で抱き締められた。
唇を塞がれた。
鳳の衝動が一気にぶつけられて、苦しく息は束縛され、抱擁で身体は縛り付けられるのだけれど。
宍戸はそれで満足する。
足りないならば。
我慢しろなどと言う気はない。
足りないならば。
欲しいだけやると、いつでも思って、いるからだ。
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