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How did you feel at your first kiss?
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 気にしているなんて人には絶対言えないような小さな小さな不安は。
 目に見えないくらいの小さな小さな棘でもって、感情のひどくやわらかでもろい箇所にちくりと刺さってしまった。



 異性からは特に羨まれた宍戸の髪は、さして手入れなどしなくとも、まっすぐで、黒く濡れた様な艶を放っていた。
 宍戸が自らの手で長かったその髪を切った時、誰よりもそのことを惜しんだのは、誰よりも宍戸の髪を綺麗だと口にした同性の男だ。
 一つ年下の鳳が。
 どれだけ宍戸の髪を好きだったのか。
 無論宍戸も知っていたつもりではあったが、髪を短く切ってしまってから数ヶ月が経った今、鳳の口からその言葉を聞くとは思っていなかった。
『……長い方』
 テニス部の二年生達が集まる中に鳳の姿もあって、偶然その場を通りかかった宍戸の耳に、彼らの話題が自分であるという事が聞こえてきた。
『宍戸先輩って、髪が長い時と短い時とで随分印象変わるよな』
 どっちの方がいいと思う?と続いた問いかけに、バラバラな答えが飛び交っている。
 勝手に人の話で盛り上がってんじゃねえと宍戸は呆れたが、ふと気になったのは鳳の答えだった。
 彼は、どちらだと答えるのか。
 それで宍戸は足を止めたのだ。
 待ってみた。
 しかし鳳は何も言わないでいる。
 部員達から、お前はどうなんだよと名指しをされても、鳳は暫く明確な返事は口にしなかった。
 しまいにそこにいた人間全員に詰め寄られるようになって漸く、鳳は淡い苦笑いを浮かべて、短く言ったのだ。
 長い方、と。
 ふたつにひとつの二者選択。
 それもあまりにも些細な内容で、話題はすぐさま別の話にすりかわっていった。
 たいした話ではない。
 それなのに宍戸は、彼らに背を向けて、来た道を戻ってしまった。
 多分目にも見えないくらいの小さな棘。
 けれど、それからずっと、その棘は。
 刺さってしまった宍戸の心で、微量の痛みを放ち続けていた。



 だからそういう、くだらない理由だったのだと。
 宍戸は不貞腐れて言った。
 ここ数日。
 意識しないまま鳳を避けてしまっていた宍戸は、業を煮やした鳳にこの日とうとう捕まってしまった。
 切羽詰ったような顔をした鳳に強く腕を取られたのは下校途中の事だ。
 自分に対してこわいくらいに懸命な鳳が、宍戸にはかわいかった。
 何でも言う事を聞いてやりたくなるような、よからぬ思いに縛られてしまうくらいに。
 ここ数日間の宍戸の態度を、怖がる様にも責めるようにも見える目で、問い正してくる鳳に。
 宍戸は結局負けてしまった。
 たかがこんな事で、落ち込む自分がいやだった。
 言わないで済むならば言わずにいたかった事を、半ば強引に言う羽目になった宍戸は、腹立ち紛れに最後に吐き捨てた。
「髪、長い方がよかったんだろ。お前は」
 八つ当たりめいた言い方だったが、鳳は寧ろほっとしたような顔をした。
「…………よかった…」
「……なにが」
「知らない間に何かやらかして、宍戸さんに愛想つかされたんだったらどうしようって思ってた」
 紛う事無く、本気で安堵している。
 鳳の様子に、宍戸はほとほと呆れた。
 人目を集める派手な容姿を無類の人の良さで完全に中和しきっているような鳳は、通常の穏やかさなど放り投げる勢いで、宍戸のことに関してはこんなにも不安定だ。
 宍戸が無言で見据えている先で、鳳は優しい目をして宍戸の眼差しを受け止めた。
「あのね……宍戸さん」
「………………」
「宍戸さんの髪が、長い方がいいか、短い方がいいか、そんな二者選択、俺には無意味じゃないですか」
「……無意味?」
「そうですよ。だって俺、宍戸さんが好きなんですよ」
「………………」
 宍戸さんと宍戸さんを比べてどっちがいいかなんておかしな話でしょう?と鳳は微笑んだ。
「それをあいつらがどっちだどっちだって詰め寄るから」
「………長い方だって答えてただろ」
「それは確かに言いました。……俺の願掛けみたいなものですけど」
「願掛け…?」
 鳳が、そっと宍戸の肩を抱く。
 そういえば校内だったと今更ながらに宍戸が身構えたのにも構わず、人気のない所に連れ立っていく間も鳳の手は宍戸の肩から外されなかった。
「おい、」
「また俺が宍戸さんに甘えてるってくらいにしか映りませんよ…」
 鳳はそう言ったが、甘えているというよりこれは手馴れたエスコートだろうと宍戸は憮然とした。
 宍戸の肩を容易く手のひらに閉じ込めてくる大きな手。
 長い腕と、広い胸元。
 そんなに大事そうに肩なんか抱き寄せてくるなと思っても、宍戸に鳳の腕は払えない。
 裏庭まで来て、ひとけも完全になくなって、宍戸は鳳に抱き寄せられた。
「………………」
「長い方だって言ったら……」
「………………」
「宍戸さんの髪が長く伸びるまでは、絶対に、一緒にいられるって事だなと思ったんですよ」
「………一緒にいるのを……いつまでとか…考えてんじゃねえよ」
 そんな事を願掛けだなんて言われても、宍戸には納得がいかない。
 例えばこの先、もしも何かがあって。
 つきあっていくことが出来なくなるような出来事が、仮に起きたとして。
 そうなった時に、簡単に、諦めてしまえるような存在にはなりたくないのだ。
 何が起きても、絶対に手放せないと、鳳に執着されるような存在に宍戸はなりたい。
 鳳とつきあい始めてから、宍戸はずっとそう考えている。
「……宍戸さん」
 宍戸に刺さった棘を。
 宍戸自身がその場所も判らないような小さな小さな場所を。
 鳳は何故か容易く察してきて、優しい言葉で宥めながら、取り除こうとする。
「宍戸さんの長い髪が、本当に、ものすごく綺麗だったから。ずっと見惚れてたんです」
「………………」
「宍戸さんだからですよ。長い髪が好きなのは」
 今は短い宍戸の黒髪を、鳳の指が、愛しそうに幾度もすいていく。
「……長太郎」
「宍戸さんだから、短い髪が好きです」
「………………」
「俺は宍戸さんが好きです。……知ってるでしょう?」
 囁きと一緒に口付けが。
 宍戸の頭上に埋められる。
 きつく抱き締められる。

 棘はどこに行ったのか。

 縛り付けるように抱き締めてくる鳳の腕の強さに。
 棘は恐らく融けたのだ。
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