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How did you feel at your first kiss?
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 花がある時には葉がなくて、葉がある時には花がない。
 決して出会う事がない花と葉は、しかし一本の茎を共有して生きている。


 日が落ちるのが早くなった。
 夜の色が濃くなった。
 肌を焼くようだった夏の空気はもはや跡形も無い。
 いつものように走っていても、どこか追い立てられるような気持ちになった。
 早くなった夜の訪れに。
 深くなった秋の気配に。
 冷たさを孕んだ外気に。
 近頃の、季節の移り変わりを感じて、それを振り切ってしまいたいような思いが何故胸を巣食うのか。
 海堂には判らない。
「………海堂……ペースあげすぎだ」
「………………」
 低い声と一緒に、背後から手首を取られて止められる。
 言葉だけでは聞き分けない子供を止めるような仕草だと思う。
 それでも別段腹はたたない。
 乾のする事だ。
 それだけで無条件に海堂には受け入れる事が出来る、どこか魔法じみた効力が乾にはある。
 馴染んだ自主トレを共にする時間の最後の走りこみで、言われてみれば確かにペースを上げすぎていたと、海堂はゆっくりと足を止めた。
 海堂の少し後ろを走っていた乾も、そのまま足を止める。
 海堂の手首は、乾の手に捉えられたままだった。
「………………」
 少しだけ乱れている程度の息使いは、冷えてきた夜の空気に容易く溶ける。
 鎮められ、静められる。
 海堂の手首だけが、拘束の器具のように乾に捉まえられていて、放熱するように熱かった。
「花が…咲いてるな」
 唐突な乾の言葉、抑揚のない声に様々な感情を灯している乾の声音が海堂に沁みて来る。
 声で刺激されるような曖昧でいながらも強い印象で。
 海堂が目線を向ければ、燃えるような色の花がある。
 繊細で屈強な、緋色の彼岸花が咲いている。
 乾が花の側へと歩き出したので、自然と海堂もその後に続く事になる。
「彼岸花は、花がある時には葉がなくて、葉がある時には花がないんだ」
「………………」
「決して出会う事がない花と葉は、だけど一本の茎を共有して生きている」
 本来であれば群生する彼岸花は、誰かが分けて植えつけたのか、ほんのひとかたまり、道端に咲いていた。
 同じ茎を持ちながら、決して花と葉が共に有る事はないという彼岸花は、今は花のみで形成されている。
 そんな花はつまり、何かにひどく似通っていないだろうか。
 海堂の抱いた思いに、乾の声音は低く浸透してきて、響いた。
「………海堂」
 笑み交じりの呼びかけに、海堂は顔を上げて乾を見上げた。
「俺達みたいだなんて俺は考えてないぞ」
「…………別に……んなこと言ってねえ」
「花は葉を思い、葉は花を思う。彼岸花はそう言われているから、そういう所はなぞらえてもいいと思うけどね」
 自分達に、と海堂の手首を握る手に力を込めた乾に。
 海堂は気づかされてしまった。
 変化することへの、困惑。
 共にテニスをする事、部活で一緒にいた時間、いつの間にか当然の事になっていた一緒の二人で自主トレ。
 そういうものが、秋の訪れと共に移ろっていくこと。
 変わっていくこと。
 彼岸花の茎のように、確かに乾と海堂とで共有しているものはある。
 思いの軸がある。
 しかし、部活を引退し来年には高等部に上がる乾と、中等部にいる海堂とでは。
 花がある時には葉がなくて葉がある時には花がない、そんな彼岸花のようになるかもしれない現実は確かに未来にあるのだ。
「なあ、海堂」
「………………」
「俺は海堂を思うし、海堂は俺を思う」
 だからこの先、環境が変わっても。
 何も不安にならないようにと、乾は少しだけ海堂をからかって諭すような言い方をした。
 しかし、そうやって物言いを明るく緩めても、手首を握りこむ指の強さに乾の強い気持ちは伝わってきて。
 海堂は、ふと詰めていた息をふわりとほどいた。
「…………あんた…最近」
「ん?」
「………………」
「ああ……言葉を惜しまない事にしただけ」
 海堂の沈黙の中から正確にその意図を汲んだ乾は、恐らく海堂が漠然と抱えた不安にも気づいているのだろう。
 部活を引退した後も自主トレはずっと一緒に続けられていて。
 海堂の感情に細やかに気を配り、それまでよりも随分とストレートな物言いをするようになった。
「海堂がうんざりするくらい言っておこうと思ってね」
 これまでと環境が変わっても。
 何も不安にならないように。
 そう繰り返し、乾は海堂の手を引いた。
 今度は、乾の胸元に。
「………………」
「部活も引退しちゃったからね。海堂に本腰入れようかと」
「………普通それは、受験勉強を言うんじゃないんすか」
 正面から、そっと抱き寄せられるのに逆らわず。
 背中に宛がわれた乾の手のひらの感触に海堂は一瞬目を閉じる。
「海堂の事の方が難しいし、俺の一生がかかってるって感じなんだよね」
「…………真面目に言うな」
「真面目なんだよ」
「…………………」
 乾の胸元に軽く顔を伏せて、思わず海堂は赤くなった。
 本当に乾が真面目なものだから。
 どういう言い草かと、呆れる言葉も羞恥にとけて消える。
「お前を、もっと俺のものしたいんだ。俺は」
 怖いくらいの真剣な欲をぶつけられて、身体が揺らぎそうになる。
 呟くような言い方なのに。
 聞いたこともないような声で乾は海堂にそう言った。
 海堂は乾に背中を抱かれたまま。
 自分からももう少し乾へと近づいた。
 言葉が気持ちに追いつかなくて、海堂に出来るのは動物めいた衝動での接触しかない。
「…………………」
 乾の喉元。
 喉仏に口付けて、小さな動きを唇に感じ取りながら、海堂は腕を伸ばした。
 感触だけを頼りに、手探りで、乾の眼鏡を外し、その目元を手のひらで覆い、爪先立った。
 下から、かぶりつくように。
 乾の唇をキスで塞ぐ。
 乾が言葉を惜しまないと言うのなら、海堂は苦手な言葉の分だけ行動で返していこうと思う。
 花は葉を思い、葉は花を思う、片時も忘れえない、そうして艶やかに咲く彼岸花のように、自分達も咲くならば。
「…………………」
 乾は海堂に目を塞がれたまま、海堂の背筋を抱く手に力を込めてきた。
 絡み合った舌と舌とが、お互いを繋げる。
 花と葉という個々の思いをそれぞれ生み出す茎のように、キスを結んだ。


 繊細で屈強な、緋色の彼岸花が咲いている。
 赤い舌と舌とが絡んで、花のように濡れた。
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