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How did you feel at your first kiss?
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 暇なら付き合えと跡部が誘い、暇でもないけど付き合おうかなと乾が応える。
 跡部の家が携わっているスポーツジムの前で、偶然そこを通りがかった乾は、今まさに中に入ろうとしていた跡部と目が合い、お互いに薄い笑みを刷いてこのような会話が交わされた訳である。
「さすがだな。この設備は」
 一通り施設を見て回った後、手持ちのノートで手早く組まれた乾のプログラムは、後々ジムの専属トレーナーが見て、心底から感心していた。
 気前の良い事に乾は跡部専用のメニューとやらも作ってのけたのだ。
「余裕じゃねえの」
「この礼だ」
 レッグプレスとハックスクワットが兼用になっているマシンでウエイトを足で押し上げて、乾は軽く笑う。
 インクラインベンチでバーベルを持ち上げている跡部の表情にも似た笑みが浮かんだが、双方とも、すぐに無言になった。
 暫くは、マシンの音だけがジム内に響く。
 沈黙は長かったが、先に口を開いたのは乾だった。
「…………随分自棄っぱちだな。跡部」
「そういうお前は心ここにあらずってとこだな。乾」
「まあ……当たらずとも遠からじ」
「は、……よく言うぜ」
 汗を散らしながら、跡部はバーベルを下ろした。
「大方あれだろ。海堂だったか?」
 つきあってんだろお前ら、と跡部に続けられて。
 乾は微苦笑する。
「俺の態度がどうも露骨らしいな。よくうちの連中にも言われる」
「あっちも似たようなもんだろ」
「インサイト?」
「使うまでもねえ」
 似たようならいいんだけどね、と乾は溜息をつく。
 ウエイトを足で押し上げていきながら、跡部の方を流し見る。
「跡部が苛ついてるのは不動峰の神尾が原因だろう?」
「知るか。あんな奴」
「まあまあ。誤魔化す気なら、あんな奴よりそんな奴って言った方がいいな?」
「………食えねえな……貴様は本当に」
 跡部が心底嫌そうに言ったので、乾は笑ってウエイトから足を外した。
「喧嘩でもしたか?」
「珍しくもねえよ。んな事は」
「跡部にそんな顔させる辺り彼も凄いな」
「ああ? どんな顔だって?」
 乾は笑み交じりにさらりと言った。
「傷ついた顔」
「………てめえ」
「インサイト使えない俺でも見える。かなり判りやすいと思うんだが、神尾には見えないんだろうな。……ん? そう睨むなよ、跡部。伝わりにくいとか、伝えきれてないとかは、俺も一緒なんだから」
 乾の言った言葉に跡部は剣呑とさせていた目つきを僅かに緩める。
 無言の圧力で先を促されているのを感じ取り、乾は。
 海堂には言うなよ、と。
 跡部と海堂とでは何の接点もない事を知っている上で言い置いてから浮かべた笑みこそ、傷んでいるように跡部には見えた。
「俺は最初っから、どうしようもなくよかったからなあ……最初は辛いばっかりでも、だんだんよくなってきた事の、何が怖かったり嫌だったりするのかどうしても判らなくて。最近ずっと、海堂にあんな顔させてる」
「セックスの話してんのか?」
「聡いな。さすが跡部だ。飲み込みが早くていい」
「バカと付き合ってると鍛えられんだよ」
 向こうはだんだんバカがひどくなってくるがな、と跡部は吐き捨てた。
 乾が口を噤んだのをいい事に、跡部はそのまま話を続ける。
「同じ相手に何遍もした事なんざ一度もなかった。俺をここまではまらせておいて、嫌がらせでやってるだの、嫌いだからって何度もやったりするなだの、いかれてるとしか思えねえ」
「威張れた内容では全く無いが、要するにお前もセックス絡みか」
「聡いじゃねえの。お前もな」
 うんざりとした風情で前髪をかきあげて、跡部は勢いのまま言い募る。
「みんな同じ顔に見える女の集団を纏めてあしらってるのが、どうして優しく笑ってるに見えやがるんだ。あのバカは。泣いてもうおしまいにしてくれって言われるまで、こっちがやっちまう理由も気づこうとしないで、どうでもいいと思ってるからこんな事するんだってほざきやがる。始末に負えねえだろうが」
「……なあ、跡部?」
 汗が邪魔で、眼鏡を外してこめかみを腕で拭った乾は、溜息混じりに進言した。
「お前、そういうの、神尾に言ってるか?」
「……ああ?」
「実際その取り巻き連中あしらうのに、笑ってみせてるんだろ? 見ようによっては優しく接してるように見えるんじゃないか? 充分」
 平静な乾の物言いに、ぐっと息を詰めた跡部の表情は、物珍しい。
 乾は、これはこれで貴重だなあと内心で思いながらも、跡部を見据えて続けた。
「どうして何度だって抱きたいか、それを神尾に言ったり、気づかせてやった事あるか? もしそういうのが無いなら、バカなのは神尾じゃなくて、お前にならないか?」
 語尾に被せるようにして舌打ちがした。
 跡部が、それは忌々しげな顔をして。
 でもそれはどこか八つ当たりめいて見えるので、乾は別段気分を害さなかった。
「おい。乾」
「何だ?」
「お前の言葉は足りてるのか」
「……だから俺も足りてないんだって。………確かに、人にえらそうに言える立場じゃないな」
 自嘲めいて言った乾に、そういう事を言ってるんじゃねえと跡部は憮然とした。
「お前の話もしてみろって言ってんだよ」
「………跡部?」
「抱いてて、辛いばっかだったようなのが、最近違うんだろ」
「ああ」
「でも海堂は、それが受け入れられない。お前は奴に何て言ってんだ」
「……大丈夫…おかしくない……当たり前の事だから………そんな所かな…」
「バァカ。だからだろうが」
「………は?」
 あまりにもきっぱりと跡部が断言したので、乾は困惑のまま思わず身を乗り出した。
「まずいか? 俺の言った事」
「決まってんだろ」
「悪い。何がまずいのかを教えてくれないか跡部」
 そこの所が俺には判らないんだと首の裏側に手をやって嘆息する乾に、跡部は漸く、皮肉めいた普段の笑みを浮かべた。
「海堂は、そんな一般論やら定説やらが聞きたい訳じゃねえんだろうよ」
「……一般論やら定説?」
「お前に抱かれて、よくなれるようになった海堂を、お前がどう思うかは、言った事ねえのか」
「………俺がどう思うか?」
 反復して。
 乾は、声にならない声で呻いた。
「そういう事か……!」
「そういう事だ。お前が、どう思うのかを言ってやらねえから、向こうはいつまでもおっかねえんだろうが」
「跡部ー……お前……」
 どうして俺が気づけなかった事に先に気づくんだと。
 どこか悔しげに歯噛みする乾は、まるで的外れな嫉妬心をちらつかせている。
 でもそれは結局先程乾の言葉で跡部が覚えた感情から現れていたものとよく似ていた。
 どうして自分が判らないでいる事に、他人の方が気づけてしまうのか。
 それは一見不可思議なことのようで、その実は。
 色恋沙汰に関しては、よくある事なのかもしれなかった。



 ひとしきり汗を流した後シャワールームに向かった跡部と乾は、そこでよく見知った男に会った。
「鳳。来てたのか」
「はい。スイミングの方に。……あれ…乾さん………珍しい組み合わせですね。跡部部長」
「まあな」
 丁寧に跡部に答え、乾にも目礼をする一学年下の鳳が、このジムにくるのは珍しい事ではないようだった。
 跡部は別段驚きもしないし、雰囲気でそれを察した乾も、やあ、と軽く手を上げるにとどめる。
「………おい。鳳。お前…どれだけ泳いでた」
 鳳と肩を並べた時に偶然掠めた肌で感じ取った違和感に、跡部がふと眉根を寄せる。 乾も首を傾けた。
「どうした。なんだか思いつめたような顔をしてるな」
「え……」
 同じ学校の上級生に睨まれ、対戦経験のある他校の上級生に気遣われ、鳳は困惑気味に笑みを浮かべる。
 何でもないですと首を振る様子に納得しない上級生達は、寧ろその様子で察してしまった。
 要するにお前もか、という意味でだ。
「言え」
「は?……あの、…何をですか?」
 跡部に威圧的に促され、鳳がちょっとあとずさった。
 すると背後には、待ち構えていたかのように乾が立っていて、鳳が焦った声を上げる。「うわ、……乾さん…?」
「宍戸の事で悩み事かい?」
「…………、………」
「年がら年中ベタベタしてやがるくせして生意気に何の悩みだ」
「な、……」
 見るからに人の良い、そして内面もまたその見目を全く裏切らない鳳は。
 年上の男二人に挟まれて、どうする事も出来なくなった。
 実際、図星をつかれてもいたので。
 観念の溜息と供に、力ない声で心情を吐露する。
「………俺が宍戸さん大事にしたいって思う程。好きになればなる程。宍戸さんは苦しそうになるのが判らなくて」
 そんな風に切り出した鳳の言葉に。
 跡部と乾は、不審気に首を傾げた。
 それはあからさまに違うだろうと言いたくなる内容だった。
 どれだけ濃密に付き合っても理性を無くさない所や、恋情への貪欲さが、鳳と宍戸はよく似通っている。
 そんな彼らには、鳳に言葉は随分とそぐわない。
「ここの所、ずっと宍戸さんが、俺が何か言ったりやったりする度に、俺を見て苦しそうにしてたり哀しそうにしてたりしてて。………俺は、宍戸さんの事が、本当に好きなんです。だから宍戸さんの嫌がる事とか、邪魔するような事は、絶対言ったりやったりしたくないんです。だから気をつけてた……でも」
「鳳?」
「……欲しくて、いつも。どうにかなりそうになるから、気をつけてた。ちょっとでも宍戸さんが抵抗したら、我慢した。絶対、無理強いとかしないようにって」
 鳳は悲痛な笑みを浮かべて、ゆっくりと言葉を紡ぐが。
 跡部と乾は、それはどこか、何か、違うのではないだろうかと同時に思っていた。
 宍戸は、鳳が思う以上に、彼の事を好きだろうと。
 少なくとも、そんな風に鳳が気に病む事はないだろうと、言い切れるくらいには。
 寧ろ、そういう遠慮がちな態度が。
 あの一本気な宍戸を沈ませているのではないだろうかと。
 他人事だからこそ感じ取れる確信めいた考えが、跡部と乾、双方の男に頭に浮かぶ。 しかし。
「俺も、大概…最近煮詰まってて。だからってあんな事していいわけないのに」
「……おい?」
「塞ぎこんでる宍戸さんに、何かを言われるのか怖くて……乱暴だった。強引に、何度も、抱いて」
 物騒になってきた話に跡部と乾が、ぎょっとなったのも束の間。
「………それなのに宍戸さん…俺が正気づいて、頭下げても、全然怒らないんです」
「………………」
「………………」
「責めて当然なのに、笑ってた。優しくて。全然俺を怒らない。……俺は自己嫌悪で死にそうで」
 思いつめた鳳は、そうしてここで、恐らく数時間も無茶な本数を泳いでいたのだろう。
 悲壮な気配すら伝わってくる鳳に。
 しかし跡部と乾は、ひきつった笑みを、力なく浮かべるしかない。

 だからその、乱暴にというか、強引にというか。
 それが宍戸は、嬉しかったのだと。

 その事を。
 跡部か乾か、どちらかの口から。
 教えてやらない限り。
 鳳は気づけないまま落ち込んでいるのかもしれない。
 しかし、口に出すにはあまりにも脱力する事実でもある。

 自分が判らないでいる事に、他人の方が気づけてしまうのは、色恋沙汰にはよくある事。
 そして、その内容が。
 他人からすれば、口に出すのも恥ずかしい、甘ったるさであるような事もまた道理だ。
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