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How did you feel at your first kiss?
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 気が遠くなってしまった。


 マズイ、と頭の中で神尾が思った時には、もう手遅れで。
 体内には、まだしっかりと、強すぎる程の存在感が埋まったままで、でも逆らいがたい衝動で目の前は真っ暗になっていた。
「おい、……っ…?…」
 そんな中で、聞きなれない、焦った声で。
「……神尾っ?」
 跡部に名前を呼ばれた事だけが、辛うじて、神尾の記憶の残像となった。


 神尾が十六歳になった日、その前の年の誕生日や、更に前の年の誕生日の時と同様、神尾の隣には跡部の姿があった。
 最悪の第一印象で跡部と出会った時は中二だった神尾も、今では高一になって。
 一学年の差は何年経っても埋まらないにしても、今日から跡部の誕生日までの数ヶ月は、年齢は同じになる。
 跡部は、ずっと一緒にいても、それでも目を瞠るくらい、どんどん大人びていくのに。
 自分はたいして変わらないなあ、というのが、十六歳になった朝、洗面台で顔を洗って、鏡に映った自分の顔を見た時の神尾の感想だ。
 多分、見た目だけではなくて、性格とか、行動とか、そういうものも。
 跡部と初めて出会った時から、自分は然して変化がないと神尾は思う。
 跡部はいろいろと変わった。
 正反対になったという訳ではなく、もっとすごくなっていったというか。
 元々完璧みたいに整っていた顔立ちは、尚も凄みを増して一層綺麗になっていく。
 足だけ伸びていくみたいに背が伸びる。
 見目の上品さに充分伴う洗練された立ち居振る舞いをしつつ、口をきくと実はかなりさばけた印象で、毒舌家だが変に取り澄ましたところがないので、逆に周囲から一目おかれる事になる。
 神尾に対しても、言葉でからかったり、態度であしらったり、そういう事は今でも勿論あるのだけれど。
 例えば神尾の話す事に対して、先を促す時とか。
 別れ際のキスだとか。
 すごく甘く、すごく優しくなった。
 始めの頃は、お互いの感情をただぶつけあう、声を張り上げるような喧嘩ばかりしていたのだが、最近ではそういう感情まかせな言い争いは殆どなくなった。
「………………」
 神尾はふと、自分は何で、こんな、昔の事をしきりに思い返しながら今の事を考えていたりするのだろうかと、思って。
 ぼんやりと、あれ?と違和感に気づく。
 意識が、すうっと身体に戻ってきたような感じがする。
 もう一度、あれ?と思いながら、神尾は目を開けた。
「神尾?………」
「…………跡…部…?」
 軽く肩を揺すられている。
 神尾を覗き込むようにしていた跡部は、目に見えて安寧の表情を浮かべた。
「………………」
 綺麗な、男。
 神尾は、跡部を見上げて思う。
「………おい?」
「……………ん……」
 気遣わし気に頬を手のひらに包まれて、平気だという意味合いで神尾はこくりと頷いた。
「……どうした?」
「…ん…?……なに…?…」
「何じゃねえだろ……」
 酷くしたか?と跡部は真剣な表情で言った。
 一瞬意味を図りかねて。
 神尾はただ無心に跡部を見返してしまう。
「………え?」
「乱暴だったかって聞いてる」
「……、……な……」
 低い声にあくまでも真剣に問われて。
 漸く意味を理解した神尾は、言葉を詰まらせた。
 多分顔は赤い。
 尋常でない羞恥に完全に負けてしまっている。
 ベッドの上、神尾の顔の脇に肘をついて、顔を近づけてきている跡部の面立ちは秀麗だ。
 その顔で、二年もずっとしている事なのに、今更だろうに、真剣にそんな危惧をみせてくるのは。
 ものすごくずるいと神尾は思った。
「や、……全然そんなんじゃ、……何でそんな…」
「気失ってた。お前」
「……あ、…えっと………それは跡部のせいじゃなくって…、…」
 うわあ、と神尾は叫び出したかった。
 尚も間近から跡部に見つめ下ろされている自分の顔は相当に赤い筈だ。
 神尾はもう息も絶え絶えに言った。
「気を失って…ってのは、…えっと、………献血のせいかなあ…と…」
「……献血?」
 跡部の眉が微かに寄せられる。
 神尾は必死に頷いて。
 あ、まだちょっとくらっときてるな、と思う。
「十六になったらさ、やってみたかったんだよ。献血」
「全血の二百mlか」
「……十六はそれしか出来ねえもん……四百mlとか成分献血は、十八になったらやるんだ」
 跡部と会う前に、神尾は初めての献血ルームに立ち寄った。
 病院みたいなのを想像していた神尾は、待合室の漫画や雑誌の量や、ベッドごとに小型テレビがあったりすることや、自販機以外にもたくさんの飲み物が無料だったり、ドーナツやアイスが用意されていたり、ゲーム機やマッサージチェアー、しまいには手相の占い師までいたりする献血ルームを堪能し、真っ赤な献血手帳を受け取って、生まれて初めての献血をしてきたのだ。
 その足で跡部の家に来て、最初のキスのまま抱きすくめられ、身体を繋げている中で、眩暈のようにそれはやってきて。
 ヤバイ、と神尾が思った時にはもう、ブラックアウトしてしまっていた。
 そんな訳で、ひょっとしたら貧血のような自失だったのだと、神尾は跡部に告げた。
 どうやら要らぬ心配をかけてしまったようなので。
 悪かったなあと思いながら、神妙に神尾は申告したのだが、話を聞くにつれ跡部の形相が変わっていって呆気にとられる。
「………馬鹿かテメエは」
 辛辣な、恐ろしい程低く平坦な声音で跡部は言った。
「献血なんかしてんじゃねえよ」
「……、…なんかってなんだよ…!」
 吐き捨てるような跡部の言葉に神尾もつられる。
「血とられて貧血起こすような奴が、献血なんてするんじゃねえって言ってんだよ」
「絶対貧血って訳じゃないかもだろ…!」
「自分で貧血だって言っただろうが!」
「ひょっとしたらって付けたよ俺は! だいたい初めてなんだから、まずはやってみなくちゃ判んないだろっ」
「じゃあもう二度とするなっ」
 だいたいお前の血を何で見も知らぬ野郎に、とか。
 何だかちょっととんでもない事をぺろりと言われたのだが、完璧に腹をたてている神尾にはそれを拾い上げる余裕がない。
「この人非人!」
「うるせえ!」
「俺の夢だった善意の行動に難癖つけてんじゃねえ! バカ跡部!」
「知るか! 俺以外の奴に構ってんじゃねえ!」
「何でそうお前は俺様なんだよっ」
 跡部が、凄く、大人びたと。
 確か少し前までは、考えていた筈なのに。
 何だ、全然変わってないじゃん、と神尾は思った。
 昔はいつも、神尾には訳の判らない所で跡部は腹をたてていた。

 でも、こういう喧嘩はちょっと久しぶりだなと神尾は思って。
 実はちょっと、楽しくもあった。
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