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How did you feel at your first kiss?
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 八月後半の朝夕と、少しずつ涼しげな風が吹くようになっていたのだが、九月になった日である今日、天気は朝から猛暑再びというような気温になった。
 午前中から三十度を軽く越え、この日行われた始業式では貧血を起こした数名の女生徒が倒れる事となった。
「で! その子が倒れこむ前に、絶妙なタイミングで受け止めて! 軽々お姫様抱っこで、保健室まで運んでいったわけよ!」
「へえ…流石っすねえ。乾先輩」
「だろぉ?」
 始業式を終えて各教室へと戻っていく中で学年が入り混じり、階段で顔を合わせた菊丸と桃城が、大声でそんな話をしているので。
 内容が、意識せずとも海堂の耳に全部届いてくる。
「でも周りがさ、いっくら冷やかしても乾は平然としちゃっててさー。つまんなかったにゃー」
「確かに乾先輩って、そういう局面で動じなさそうっすね……」
「桃と似てんね」
「そうっすか? 何でしたら英二先輩、俺が教室まで運びましょうか?」
「うわっ、…って言って、ほんとに持ち上げんなってば……!」
 背後で繰り広げられている二人の様子は振り返るまでもなく判って、海堂は呆れ交じりの溜息をつきながら階段を上っていく。
 ぽん、と気安くも丁寧な仕草で背中を軽く叩かれたのはその時だ。
「………不二先輩」
「やあ海堂。おはよう」
 海堂が目礼で挨拶を返すと、不二は柔らかく笑って海堂と肩を並べた。
 二年の教室が三階、三年の教室が四階になるので、何かの話をする程の時間はない。
 黙々と階段を上る海堂を、不二はじっと見つめてくる。
「…………何っすか…?」
「ん? 海堂が今なに考えてるかなーと思って」
「菊丸先輩と桃城の話を聞いてって意味ですか」
「直球だなあ。海堂」
 不二が何だか楽しげに笑ったので、海堂は小さく溜息をつく。
 そんな海堂を見た不二がまた笑い、そうやって笑みと溜息は相乗効果で深められていくようだった。
「……別に何とも思ってないんですけど」
「乾が女の子をお姫様抱っこしたくらいじゃ、海堂は別に気にならない?」
「比べる事じゃないですから」
 虚勢でもなんでもなく、海堂はそう口にした。
 乾が女生徒を抱き上げて運んだり、それを冷やかされたりした事を、海堂が気にやむ筋合いは何もない。
「倒れた人間を放っておく方が、人としてどうかと思うんで」
「海堂、かっこいいね」
 低く言った海堂に反して、不二の言葉は澄んだ声音で予想外に耳通りが良かった。
 不二がそう言い放った瞬間、人混みであふれている階段は一瞬沈黙し、その後にどよめきが走った。
 その気配を感じ取りつつ怪訝にそんな周囲の意味合いを図りかねる海堂に、不二は尚も言った。
「海堂の、かっこよくて、綺麗なところ、僕はすごく好きだなあ」
 軽く笑みも交ぜて、じゃあね、と不二は海堂を追い越し四階へと上っていった。
 三階と四階の合間の踊り場で、はあ、と海堂は眉根を寄せる。
 何であんなに楽しそうなんだろうかと不二の背中を見送った海堂は、何だか周囲の好奇な視線と潜めた会話とに気づいて、不審気に辺りを見やった。
 海堂が振り返ると、周囲の生徒達は強張ったように沈黙した。
「な、………ふ…、不二は、時々ああいう冗談でびっくりさせるなー…! なー、桃!」
「……っス…! そうっスね、英二先輩…!」
 沈黙の中、不自然な程テンションを上げた菊丸と桃城の会話にも海堂は眉を寄せ、結局そんな不可解な周囲の反応など知った事かと、さっさと自分の教室へと向かった。
 海堂の背後で桃城が、てめえの為にフォローしてやってんのにとか何とか喧嘩腰に喚いているのに、海堂はうんざり嘆息するのだった。


 新学期早々、生徒達が飛びついた噂話が二つ。
 一つは三年の乾貞治が、貧血で倒れた同じクラスの女生徒を平然とお姫様抱っこで運んで行ったと、色恋を騒ぎ立てるもの。
 もう一つは三年の不二周助が、公衆の面前で二年の海堂薫に告白らしき事を、口にしたとかしないとか。
 

 散々な冷やかしにも全く動じなかった乾が。
 後者の噂話を聞きつけて、血相変えて下級生の教室へと向かった姿を。
 見ていたのは、笑いを抑えきれない不二、ひとまず彼だけであった。
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