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How did you feel at your first kiss?
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 聴覚の駆使は全く苦にならないけれど、視覚の駆使は駄目なんだと生真面目な顔をして言った神尾に跡部は呆れた。
「お前が読書出来ねえのは、目の問題じゃなくて頭の中身の問題だろうが」
「むかつく!」
「……だから語意が増えねえんだ」
「…………ごい?」
「……………」
 やっぱ馬鹿だろコイツ、と跡部は嘆息する。
「ボキャブラリーって事だよ」
「あー………」
「……判ってねえだろうが」
「…………うん」
 そのくせ跡部が拍子抜けする程あっさりと肯定してみせた神尾は、まあいいかーと暢気に笑った。
 笑うと極端に印象の柔らかくなる神尾の表情は跡部の溜息を再び呼んで、続く言葉を些か軽いものに変えさせた。
「それで? ひと夏にたった十冊の読書感想文も未だに一冊もクリア出来ないでいるお前が、俺様に何の用だ」
 尊大と言われようが思われようが構わず。
 ソファに深く寄りかかり足を組んだ跡部は、己の足元にちょこんと座っている神尾を細めた眼差しで見下ろした。
 夏休みももう折り返し地点を過ぎている。
 先まで聞かずとも、ここまで話を聞けばもう大概理解できるというものだ。
 大方、読書感想文の代行という事だろう。
 本来であるなら、跡部の性質的に人にそんな情けをかけてやる要素はこれっぽちもない。
 人に、宿題を写させてやる事すらしないのに。
 ましてや人の宿題をやってやるなんて行為は絶対にありえない。
 通常ならば言われるまでもなくそんな申し出は即刻却下であるが、何分今回は相手が神尾である。
 年下でありながら、跡部を跡部とも思っていないような、要するに跡部という男に対して、もういっそ無頓着でもある神尾だ。
 宿題手伝ってくれ!くらいは平気で言うだろう。
 ならばいっそ交換条件を持ちかけてみた方が、結果として自分が得かもしれないと跡部は考えていた。
 そんな跡部の足元で。
 神尾は跡部を見上げて、笑顔を見せる。
 判っていてやっている筈もないが、その邪気のない笑顔には、どうも不埒な交換条件を諌められたような気持ちにさせられ、跡部は眉根を寄せた。
「あのさ。跡部はたくさん本読んでんじゃん」
「当たり前だろうが。てめえと一緒にすんな」
「うん。だからさ」
 俺の代わりに感想文書いて、とか何とか。
 言い出すのだろうと考えていた跡部の思考は、続く神尾の言葉によって遮られた。
「俺に、本読んで」
「……ああ?」
「俺さー、頭よくないけど、跡部の言った事とかは全部覚えてるし」
「……………」
「むかつく事とかも言うけど、俺、跡部の声は、すげー好きだし。跡部が読んでくれるの聞くんなら、読者感想文十冊とか、楽勝な気がする」
 だからお願い、と顔の前で両手を合わせた体勢で、大真面目に頼んでくる神尾を、跡部は半ば唖然と見下ろした。
「……………」
 馬鹿と天才は紙一重だというけれど。
 こいつはその紙に違いない。
 跡部はそう思った。
「……跡部?」
 もしくは、知性は低いが恋愛は天才か。
「……お前の頭じゃ、一日一冊が限界だろ」
「え?」
「だから十日間」
 短期集中型なんだ俺はと跡部は言って、神尾の腕を掴んで自分の膝を跨がせるように引き上げた。
「当然泊まりだからな」
「………は?」
「読み聞かせは眠る前にベッドの中で、が基本だろう」
「…………、……あと……」
 神尾が、うろたえて赤くなるのを目にしながら。
 跡部は神尾と軽く唇を合わせた。
「……っ…、……」
「本の選択権は俺だからな」
 とびきり長い話の本を一冊。
 とびきり甘い話の本を一冊。
 泣かせてやろうかとか、怖がらせてやろうかとか。
 跡部は頭の中にある情報を探って、十日間の夜の為の、十冊の本をチョイスするのだった。
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