How did you feel at your first kiss?
夏休みに入ってすぐ、母方の田舎に家族で行く事になったと跡部に伝えた時から、神尾にはどことなく違和感があった。
神尾が話をした時の跡部の態度が、露骨におかしかったという訳ではない。
跡部は極めてあっさりとした様子で、別段不機嫌になったりもしなかった。
それなのに、どことなく、変かもしれないと神尾は思ったのだ。
田舎に行っていたのは一週間。
その間メールや電話もしたのだが、神尾の違和感は消えなかった。
別段冷たい態度をとられたとか、気にかかる言動を仄めかされたりとか、そういう事はなかったのに。
どうも気にかかるこの感じは何だろうと、神尾はずっと考えていた。
一週間して、田舎から帰ってきたその足で、神尾は跡部の元へ向かった。
今から行っていい?と尋ねたメールには、跡部が今居る場所だけが打たれたメールが返ってきた。
この金持ちめと、神尾は相変わらずの跡部に苦笑いして携帯をたたんだ。
とにかく広い、城か何かと思わせるような跡部の家は、そんな自宅の他にも都内に数箇所マンションがある。
部活の教化トレーニングが始まるといえば氷帝に一番近いマンションに、試験期間になれば集中する為にとまた別のマンションに、あげくには鍋用のマンションまである。
「……鍋食べるためのマンションとか有り得ないだろ。普通」
IHのクッキングヒーターがダイニングテーブルに埋め込み式になっているそのマンションに連れていかれた時は、神尾も本当に心底から呆れた。
その時の事を思い出しながら、神尾は今跡部がいるというマンションへと急ぐ。
手に持ったビニールの手提げ袋が少し重くて、でも神尾の足取りは軽く速いままだった。
玄関のオートロックだけ開けて貰い、あとは数機あるエレベーターの中から、跡部の家に行く専用エレベーターを選んで乗り込む。
そこで教わっている暗証番号を押すとエレベーターは漸く動いて、その指定階で停まる。
そうやって専用エントランスへと辿りついてみれば、鍵は勿論のこと、跡部の家の扉も大胆に開いていて。
神尾は、いつものように、お邪魔しまーすと声をかけて中に入った。
セキュリティが厳重で、なかなかこの玄関までやって来れないのは判ってはいるけれど、一応扉も閉めておく。
神尾が見当をつけて向かったリビングに、跡部はいた。
「跡部ー?」
「よう」
ソファで本を読んでいたらしい跡部は、肩越しに神尾に視線を流してきた。
「今日帰りだったっけか…」
読みさしの本を閉じて呟いた跡部に、神尾は膨れて、不服を訴える。
「がっかりしたみたいに言うか?!」
「別にがっかりしちゃいねえよ」
いつもだったら、こういう時、神尾を面白そうにからかってきたり、皮肉な笑いで応酬してくる跡部なのに、返答はあくまでも静かなもので。
静かというか、力ないような、覇気のない感じに、神尾はふと眉根を寄せる。
「跡部、どした?」
「何が」
「なんか…元気なくね…?」
「別に普通だが?」
言葉ではそう言うが、実際はどこかぼんやりしているような気がして、神尾はソファの裏側から跡部の背後に立ってビニール袋の中身を一つ取り出した。
「……食う?」
跡部の肩に腕を乗せるようにして差し出して見せたのは、今朝捥いできたばかりの赤いトマトだ。
田舎の畑で真っ赤に熟れていたのを、帰る直前に取ってきた。
「リコペルシコン・エスクレンタム」
「は?」
「トマトの学名だ」
食べられる狼の桃って意味だと呟きながら、跡部は神尾の手からトマトを食べた。
何だか訳もなく神尾は戸惑った。
自分でしておいて何だが、自分の手から跡部が物を食べるのは初めてで。
人馴れしていない動物か何かが、初めて自分の手から物を食べてくれたみたいな。
奇妙に気持ちが高ぶる気がしてどきどきする。
「………………」
丸齧りしているのに粗野な印象は全くない、端整な顔で。
跡部は二口目、三口目、と齧っていく。
神尾は黙って見下ろしているしか出来なくなる。
「うまいぜ?」
「……、…ん」
何だか言葉が詰まって喋れないでいる神尾に、跡部がちらりと視線を上げて言ってくる。
返答するのが精一杯の神尾の手から、跡部はトマトを一個食べきって。
ついでに神尾の指先も軽く舐めてきた。
「………っ……」
咄嗟に引いた神尾の手を跡部は掴んで、ソファの背もたれに後頭部を乗せて仰向けに神尾を見上げてきた。
「トマトってのは、性欲促進の作用があるって判ってて食わせたんじゃねえのか」
「え?……なん、……知らねーよそんなの…っ」
適当な事を言ってからかわれているのかと思った神尾の思考をよんだのか、跡部は呆れた顔をした。
「フランスではポム・ダムール、イギリスはラブ・アップル、どっちも意味は愛のリンゴ。日本じゃトマトだが語源はトマトゥルで、膨らむ果実って意味だ。この俺が、でまかせ言う訳ねえだろ」
「……、ぅ……いや、別に、でまかせとは言ってないけど……!」
どことなく気だるげな跡部の腕に、手と頭を掴まれて。
神尾は手繰り寄せられていく。
顔の向きがいつもと違って、下にいるのも跡部で。
慣れない体勢でのキスに狼狽した神尾は、触れ合う寸前に泣き言めいた言葉を洩らした。
「……跡部、なんかへんだよ…」
「………ああ?」
唇と唇が触れる直前。
でも吐息は唇の表面に当たって、それだけで震えがくる。
そっと零した言葉をそれでも拾ってきた跡部に、神尾は小声で続けた。
「元気ないっていうか……ぼーっとしてるっていうか……電話とかでもそうだったけど……なんかへんだった。今会ってても、やっぱ、なんかへんだ」
「………どういう言い草だ」
呆れたような吐息は少し不機嫌そうで。
少しだけ、無理矢理な感じでキスをされた。
「ん…っ、…、…っ、ぅ……」
「………………」
「…………っ…ぁ…」
真下からの舌に口腔を擽られて喉を詰まらせる。
挙句に引きずり込まれるようにして、その体勢のままソファを越えさせられ、跡部の膝に横たわるように引っ張られてしまった。
「…、ッ……跡部…、…っ…?」
世界が回って、乱暴な仕草に無茶するなと詰る目線を神尾が向ければ、身体が捩れるような窮屈な体制のまま、また跡部に唇を塞がれる。
「ふ……っ……ぅ……」
「てめえのこと考えてただけだっての」
「……ぇ…?」
元気がないみたいな、ぼうっとしているみたいな、らしくない跡部の電話越しの声。
「充電切れみてえなもんだろ。おとなしくなってて何が悪い」
静かというか、力ないというか、覇気のない感じで、本を読んでいた跡部。
「………ここでいいな?」
キスを重ねるごと、強くなっていく接触。
漸くいつもの、からかうような目に。
灯るどこか焦れたような熱。
身体を服の上から弄られて、神尾は何だかくらくらしてきた。
愛のリンゴで餌付けしてしまった。
膨らむ果実を食べさせた。
少しずつ、いつもの跡部になっていく。
触れた身体で、交わす目線で、与えられる言葉で、神尾は理解していった。
神尾が話をした時の跡部の態度が、露骨におかしかったという訳ではない。
跡部は極めてあっさりとした様子で、別段不機嫌になったりもしなかった。
それなのに、どことなく、変かもしれないと神尾は思ったのだ。
田舎に行っていたのは一週間。
その間メールや電話もしたのだが、神尾の違和感は消えなかった。
別段冷たい態度をとられたとか、気にかかる言動を仄めかされたりとか、そういう事はなかったのに。
どうも気にかかるこの感じは何だろうと、神尾はずっと考えていた。
一週間して、田舎から帰ってきたその足で、神尾は跡部の元へ向かった。
今から行っていい?と尋ねたメールには、跡部が今居る場所だけが打たれたメールが返ってきた。
この金持ちめと、神尾は相変わらずの跡部に苦笑いして携帯をたたんだ。
とにかく広い、城か何かと思わせるような跡部の家は、そんな自宅の他にも都内に数箇所マンションがある。
部活の教化トレーニングが始まるといえば氷帝に一番近いマンションに、試験期間になれば集中する為にとまた別のマンションに、あげくには鍋用のマンションまである。
「……鍋食べるためのマンションとか有り得ないだろ。普通」
IHのクッキングヒーターがダイニングテーブルに埋め込み式になっているそのマンションに連れていかれた時は、神尾も本当に心底から呆れた。
その時の事を思い出しながら、神尾は今跡部がいるというマンションへと急ぐ。
手に持ったビニールの手提げ袋が少し重くて、でも神尾の足取りは軽く速いままだった。
玄関のオートロックだけ開けて貰い、あとは数機あるエレベーターの中から、跡部の家に行く専用エレベーターを選んで乗り込む。
そこで教わっている暗証番号を押すとエレベーターは漸く動いて、その指定階で停まる。
そうやって専用エントランスへと辿りついてみれば、鍵は勿論のこと、跡部の家の扉も大胆に開いていて。
神尾は、いつものように、お邪魔しまーすと声をかけて中に入った。
セキュリティが厳重で、なかなかこの玄関までやって来れないのは判ってはいるけれど、一応扉も閉めておく。
神尾が見当をつけて向かったリビングに、跡部はいた。
「跡部ー?」
「よう」
ソファで本を読んでいたらしい跡部は、肩越しに神尾に視線を流してきた。
「今日帰りだったっけか…」
読みさしの本を閉じて呟いた跡部に、神尾は膨れて、不服を訴える。
「がっかりしたみたいに言うか?!」
「別にがっかりしちゃいねえよ」
いつもだったら、こういう時、神尾を面白そうにからかってきたり、皮肉な笑いで応酬してくる跡部なのに、返答はあくまでも静かなもので。
静かというか、力ないような、覇気のない感じに、神尾はふと眉根を寄せる。
「跡部、どした?」
「何が」
「なんか…元気なくね…?」
「別に普通だが?」
言葉ではそう言うが、実際はどこかぼんやりしているような気がして、神尾はソファの裏側から跡部の背後に立ってビニール袋の中身を一つ取り出した。
「……食う?」
跡部の肩に腕を乗せるようにして差し出して見せたのは、今朝捥いできたばかりの赤いトマトだ。
田舎の畑で真っ赤に熟れていたのを、帰る直前に取ってきた。
「リコペルシコン・エスクレンタム」
「は?」
「トマトの学名だ」
食べられる狼の桃って意味だと呟きながら、跡部は神尾の手からトマトを食べた。
何だか訳もなく神尾は戸惑った。
自分でしておいて何だが、自分の手から跡部が物を食べるのは初めてで。
人馴れしていない動物か何かが、初めて自分の手から物を食べてくれたみたいな。
奇妙に気持ちが高ぶる気がしてどきどきする。
「………………」
丸齧りしているのに粗野な印象は全くない、端整な顔で。
跡部は二口目、三口目、と齧っていく。
神尾は黙って見下ろしているしか出来なくなる。
「うまいぜ?」
「……、…ん」
何だか言葉が詰まって喋れないでいる神尾に、跡部がちらりと視線を上げて言ってくる。
返答するのが精一杯の神尾の手から、跡部はトマトを一個食べきって。
ついでに神尾の指先も軽く舐めてきた。
「………っ……」
咄嗟に引いた神尾の手を跡部は掴んで、ソファの背もたれに後頭部を乗せて仰向けに神尾を見上げてきた。
「トマトってのは、性欲促進の作用があるって判ってて食わせたんじゃねえのか」
「え?……なん、……知らねーよそんなの…っ」
適当な事を言ってからかわれているのかと思った神尾の思考をよんだのか、跡部は呆れた顔をした。
「フランスではポム・ダムール、イギリスはラブ・アップル、どっちも意味は愛のリンゴ。日本じゃトマトだが語源はトマトゥルで、膨らむ果実って意味だ。この俺が、でまかせ言う訳ねえだろ」
「……、ぅ……いや、別に、でまかせとは言ってないけど……!」
どことなく気だるげな跡部の腕に、手と頭を掴まれて。
神尾は手繰り寄せられていく。
顔の向きがいつもと違って、下にいるのも跡部で。
慣れない体勢でのキスに狼狽した神尾は、触れ合う寸前に泣き言めいた言葉を洩らした。
「……跡部、なんかへんだよ…」
「………ああ?」
唇と唇が触れる直前。
でも吐息は唇の表面に当たって、それだけで震えがくる。
そっと零した言葉をそれでも拾ってきた跡部に、神尾は小声で続けた。
「元気ないっていうか……ぼーっとしてるっていうか……電話とかでもそうだったけど……なんかへんだった。今会ってても、やっぱ、なんかへんだ」
「………どういう言い草だ」
呆れたような吐息は少し不機嫌そうで。
少しだけ、無理矢理な感じでキスをされた。
「ん…っ、…、…っ、ぅ……」
「………………」
「…………っ…ぁ…」
真下からの舌に口腔を擽られて喉を詰まらせる。
挙句に引きずり込まれるようにして、その体勢のままソファを越えさせられ、跡部の膝に横たわるように引っ張られてしまった。
「…、ッ……跡部…、…っ…?」
世界が回って、乱暴な仕草に無茶するなと詰る目線を神尾が向ければ、身体が捩れるような窮屈な体制のまま、また跡部に唇を塞がれる。
「ふ……っ……ぅ……」
「てめえのこと考えてただけだっての」
「……ぇ…?」
元気がないみたいな、ぼうっとしているみたいな、らしくない跡部の電話越しの声。
「充電切れみてえなもんだろ。おとなしくなってて何が悪い」
静かというか、力ないというか、覇気のない感じで、本を読んでいた跡部。
「………ここでいいな?」
キスを重ねるごと、強くなっていく接触。
漸くいつもの、からかうような目に。
灯るどこか焦れたような熱。
身体を服の上から弄られて、神尾は何だかくらくらしてきた。
愛のリンゴで餌付けしてしまった。
膨らむ果実を食べさせた。
少しずつ、いつもの跡部になっていく。
触れた身体で、交わす目線で、与えられる言葉で、神尾は理解していった。
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