How did you feel at your first kiss?
突然の激しい雨の降り出しに、雨の及ばない所へと人の姿はたちどころに集まって。
立ち止まり、空を見上げているその情景。
そんな雨の中を、この上なく綺麗な動きで走り抜けていく人を鳳は見つけた。
誰も彼もが強い雨に足を踏みとどめている先で、全身を濡らして走っていく綺麗な残像。
無理矢理でも叫んで呼び止めずにはいられなかった。
「宍戸さん!」
制服のシャツは濡れそぼって透き通る色になり、艶のある黒い髪は細い首筋に張り付いている。
鳳の呼びかけに、走っていた宍戸は足を止めた。
本屋から出てきた所だった鳳は、入口の人混みを器用に避けて、傘を広げながら宍戸に歩み寄った。
「入って下さい。宍戸さん」
「もうここまで濡れりゃ一緒だっての」
強引に傘の中に入れようとした鳳の手をそれこそ器用に避けて、宍戸は笑っている。
部活がなくて、今日の帰りは一緒ではなかったのだ。
近づいてきた台風の関係で、今日の夕方から強い雨が降ると予報はしきりに繰り返していたので鳳は自宅から傘を持ってきたのだが、恐らく過度な手荷物を嫌う宍戸は判っていても傘を置いて出てきたのだろう。
待ち合わせをしてでも一緒に帰ってくるべきだったと鳳は思い、いいから入って下さいと強引に宍戸の手首を取る。
「だから今更だって言ってんだろ。俺はこのまま走って帰るからいい。じゃあな長太郎」
「宍戸さん……!」
濡れた肌は鳳の手のひらを滑るようにして引き抜かれていった。
強くて、細い、宍戸の手首が魔法のように奪われて消えてなくなる。
翻された華奢な背中は透明なシャツの中でほんのりと色味を帯びて肩甲骨を浮かび上がらせていた。
鳳は本屋に取って返すと、適当に一番近くにいた相手に自分の傘を無理矢理手渡した。
「よかったらこれ使って」
「え、…あの……っ…」
何だか高い歓声のような悲鳴が上がった気がしたが、鳳はもうそれどころではない。
見失ってしまう前に、追いつかなければならない。
地面に当たって跳ね返ってくるような豪雨は飛沫を散らして視界が曇る。
鳳もすぐにずぶ濡れになって、そうして漸く宍戸をつかまえた。
「も、…はやい、なあ…宍戸さん」
「長太郎?」
改めて背後から手首を掴むと、宍戸は唖然とした顔で振り返ってきた。
「何やってんだお前……」
「何って。宍戸さんを追いかけてきたんですけど」
「馬鹿かお前は! 傘持ってんのに何でわざわざ濡れて走ってくるんだよ?!」
「宍戸さんが入ってくれないから…」
拗ねたり責めたりするつもりはなかったけれど、鳳の物言いに宍戸はますます呆気にとられたような表情になった。
雨に打たれながら、濡れて、でも今度は足を止めたまま自分の前から走り去らない宍戸に鳳は笑みを浮かべて言った。
「宍戸さんが入ってくれないなら俺は傘なんかいりません」
「…………お前…、…なあ…」
声にならない溜息で、宍戸の細い肩が、がっくりと落ちるのを間近に見下ろして。
鳳はそっと宍戸の肩を手に包んで囁いた。
「一緒に帰って…くれますよね?」
「………信じらんね……」
頭上にも、肩先にも背中にも。
雨は当たって、服も髪も肌に張り付いて。
瞬きに邪魔なほど雨滴は顔をも濡らしてくるけれど。
宍戸と同じ雨にこうして濡れている方がどれだけいいかと思って。
鳳は宍戸の事を丁寧に見下ろした。
「……お前、うち寄ってけ」
バカ、ともう一度盛大に呆れてみせた宍戸が、鳳の胸元を軽く拳で叩いてくる。
それから宍戸は、鳳をはっきりと見上げて、笑った。
「お前って時々本気でどうしようもねえのな」
「そうですね。宍戸さんが好きでどうしようもないんです」
せっかく人通りも全く無いこんな雨の中だ。
鳳は僅かに屈んで、雨に濡れている宍戸の頬に軽く唇を寄せた。
すり寄るような、キスとも感じさせない程度の接触に、ふわりと宍戸の体温が上がった事が至近距離から判って。
鳳は綺麗で乱暴な宍戸の腕を、殴られる前に指を全部絡めて繋いでしまって、走り出す。
「長太郎…っ」
「はい。ごめんなさい」
「笑って謝ってんじゃねえよ…っ!」
怒鳴られても。
手は振り解かれないから。
鳳は、幸せだと思うのだ。
一緒にいられる為にならば。
いくらだって雨にも濡れる。
傘だって捨てる。
立ち止まり、空を見上げているその情景。
そんな雨の中を、この上なく綺麗な動きで走り抜けていく人を鳳は見つけた。
誰も彼もが強い雨に足を踏みとどめている先で、全身を濡らして走っていく綺麗な残像。
無理矢理でも叫んで呼び止めずにはいられなかった。
「宍戸さん!」
制服のシャツは濡れそぼって透き通る色になり、艶のある黒い髪は細い首筋に張り付いている。
鳳の呼びかけに、走っていた宍戸は足を止めた。
本屋から出てきた所だった鳳は、入口の人混みを器用に避けて、傘を広げながら宍戸に歩み寄った。
「入って下さい。宍戸さん」
「もうここまで濡れりゃ一緒だっての」
強引に傘の中に入れようとした鳳の手をそれこそ器用に避けて、宍戸は笑っている。
部活がなくて、今日の帰りは一緒ではなかったのだ。
近づいてきた台風の関係で、今日の夕方から強い雨が降ると予報はしきりに繰り返していたので鳳は自宅から傘を持ってきたのだが、恐らく過度な手荷物を嫌う宍戸は判っていても傘を置いて出てきたのだろう。
待ち合わせをしてでも一緒に帰ってくるべきだったと鳳は思い、いいから入って下さいと強引に宍戸の手首を取る。
「だから今更だって言ってんだろ。俺はこのまま走って帰るからいい。じゃあな長太郎」
「宍戸さん……!」
濡れた肌は鳳の手のひらを滑るようにして引き抜かれていった。
強くて、細い、宍戸の手首が魔法のように奪われて消えてなくなる。
翻された華奢な背中は透明なシャツの中でほんのりと色味を帯びて肩甲骨を浮かび上がらせていた。
鳳は本屋に取って返すと、適当に一番近くにいた相手に自分の傘を無理矢理手渡した。
「よかったらこれ使って」
「え、…あの……っ…」
何だか高い歓声のような悲鳴が上がった気がしたが、鳳はもうそれどころではない。
見失ってしまう前に、追いつかなければならない。
地面に当たって跳ね返ってくるような豪雨は飛沫を散らして視界が曇る。
鳳もすぐにずぶ濡れになって、そうして漸く宍戸をつかまえた。
「も、…はやい、なあ…宍戸さん」
「長太郎?」
改めて背後から手首を掴むと、宍戸は唖然とした顔で振り返ってきた。
「何やってんだお前……」
「何って。宍戸さんを追いかけてきたんですけど」
「馬鹿かお前は! 傘持ってんのに何でわざわざ濡れて走ってくるんだよ?!」
「宍戸さんが入ってくれないから…」
拗ねたり責めたりするつもりはなかったけれど、鳳の物言いに宍戸はますます呆気にとられたような表情になった。
雨に打たれながら、濡れて、でも今度は足を止めたまま自分の前から走り去らない宍戸に鳳は笑みを浮かべて言った。
「宍戸さんが入ってくれないなら俺は傘なんかいりません」
「…………お前…、…なあ…」
声にならない溜息で、宍戸の細い肩が、がっくりと落ちるのを間近に見下ろして。
鳳はそっと宍戸の肩を手に包んで囁いた。
「一緒に帰って…くれますよね?」
「………信じらんね……」
頭上にも、肩先にも背中にも。
雨は当たって、服も髪も肌に張り付いて。
瞬きに邪魔なほど雨滴は顔をも濡らしてくるけれど。
宍戸と同じ雨にこうして濡れている方がどれだけいいかと思って。
鳳は宍戸の事を丁寧に見下ろした。
「……お前、うち寄ってけ」
バカ、ともう一度盛大に呆れてみせた宍戸が、鳳の胸元を軽く拳で叩いてくる。
それから宍戸は、鳳をはっきりと見上げて、笑った。
「お前って時々本気でどうしようもねえのな」
「そうですね。宍戸さんが好きでどうしようもないんです」
せっかく人通りも全く無いこんな雨の中だ。
鳳は僅かに屈んで、雨に濡れている宍戸の頬に軽く唇を寄せた。
すり寄るような、キスとも感じさせない程度の接触に、ふわりと宍戸の体温が上がった事が至近距離から判って。
鳳は綺麗で乱暴な宍戸の腕を、殴られる前に指を全部絡めて繋いでしまって、走り出す。
「長太郎…っ」
「はい。ごめんなさい」
「笑って謝ってんじゃねえよ…っ!」
怒鳴られても。
手は振り解かれないから。
鳳は、幸せだと思うのだ。
一緒にいられる為にならば。
いくらだって雨にも濡れる。
傘だって捨てる。
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