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How did you feel at your first kiss?
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 次から次へと台風が来るので、ロードワークが不規則になる。
 雨風が激しい中でのランニングには、さすがに家族もきっぱりと反対をするものだから。
 そのフラストレーションが、ここのところ海堂を憂鬱にさせている。
 そうして走りこむ時間が奪われるから、余計な事を考える。
 だから海堂は今日こそはと決意して家を出た。
 多少風はあるものの、雨が止んだのをいい事に久々に夜のロードワークに飛び出ていったのだ。
 思ったよりも強い風の抵抗に若干縛られながらも、海堂は慣れた道を走っていく。
 しかし、そうやって久しぶりに走りながらも、海堂の頭の中には相変わらずの気鬱が巣食っていた。
 海堂がここのところ考え込んでいること。
 それは乾の事だ。
 毎日のトレーニングが侭ならず、苛つく海堂の心情などは当然のようにお見通しの乾は、近頃よく海堂宅を訪れる。
 自室にあるトレーニングマシーンを使った筋トレをみてくれたり、データベースの戦術やメニュー作りなどを提案しながら、乾は海堂を懐柔してくるのだ。
 そうかといって、別段、海堂はその事が不満な訳ではない。
 乾への信頼は確固たるもので、実はそうやって日ごと一緒にいる時間が増える分、繰り返される事になるキスとかそれ以上の接触も。
 海堂は、決して嫌な訳ではないのだ。
 ただ。
「…………………」
 走っているせいだけではなく、心拍数が上がって。
 海堂は意識しないままペースを上げた。
 ただ、最近。
 自分がおかしい。
「…………………」
 自分がおかしく、なってしまった。
 乾に抱き寄せられ、キスをされる。
 繰り返せば繰り返す程、大抵の事ならば、慣れていく筈なのに。
 どうして乾にキスをされたり抱かれる事は、慣れるどころか、その度甘苦しさが募っていくのか。
 おかしいくらい心音が乱れる。
 意識も乱れる。
 乾の手は、海堂のどこに触れてもひどく丁寧で。
 丁寧なままで。
 どれほどやわらかく撫でられても、さすられても、海堂は触れられた箇所から、ぐずぐずと溶けていくような錯覚に締め付けられる。
 乾の指先は、海堂の身体の表面だけでなく、内部にも沈んでくる。
 海堂自身が知らないような所に触れてくる。
 普通ならば、そんな所で感じ取る筈もないような。
 きつい悦楽が、日ごとに乾によって引き摺り出されて。
 海堂がどれだけ必死になって息を詰め、声を殺し、顔を伏せても。
 乾はそれを知ってしまう。
 海堂のみが、自分の身体の筈なのに、訳が判らないでいる。
「…………………」
 錯乱して、いっそ声にして泣いてしまおうかと。
 海堂が乾に揺さぶられるまま涙を滲ませ出すと、乾は必ずそれに気づいて海堂に囁いた。
 大丈夫、おかしくない、当たり前の事だから、と宥めるような優しさで。
 でも海堂にしてみれば、大丈夫とは思えないし、おかしくないわけがないし、当たり前な筈があるかと、日ごと思い悩まされる。
 乾に抱かれる事で、ひどく濃密な快感を覚え出した自分が、海堂には怖かった。
 誰に話せる事でもない。
 乾はうっすらと海堂の心中に気づいてもいるようだが、やはり口にするのは、大丈夫、おかしくない、当たり前の事だから、という馴染みのそれらだ。
「…………………」
 走り出せば無心になれるだろうと海堂は思っていたが、久々のロードワークに出てみても、やはり頭の中からそれは離れなかった。
 頭の中で、乾の事ばかり考えている。
 こんなことばかりを考えて、ただ流されるように走っているだけではどうしようもないと、海堂が思考を振り払おうとした時だ。
「………、ッ……」
 余程ぼんやりとしてしまっていたのか、衝撃を受けてから、状況に気づいた。
 思いっきり正面から人とぶつかってしまったのだ。
 海堂が半身に受けた衝撃を、相手もまた同等に受けてしまったようで、同じようなよろめき方をした後、口にした言葉も同一だった。
「……すみません…、!」
 そしてふと海堂は、その声に聞き覚えがあると思い当たる。
 そうして漸く海堂は自分がぶつかってしまった相手を見つめた。
「……、…お前……」
「………海堂…?」
「神尾………」
 対戦経験のある他校の同学年。
 決して親しい仲ではない。
 むしろ、どちらかといえば、こうしてぶつかりでもすればたちまち言い争いを始めてしまう方が自然だ。
 だがこの時は、あきらかに考え事に没頭していた自分に非があると海堂は思ったので。
 怪我は、と問いかけて愕然とする。
「おい、……」
「………え…?……あ、ごめん……」
「……………………」
「悪い……平気だ。お前は?……ごめん」
 考え事して走ってた、と神尾は言った。
 そして、赤い目を擦った。
 泣かせる程どこか痛ませてしまったのかと海堂はぎょっとしたのだ。
「おい。神尾。お前どこか……」
「いや………これちがうから」
 海堂が聞いた事のないような幼げな言い方で神尾は言って、首を左右に数回振った。 それでいてあまり弱弱しさを感じさせないのは、引き結ばれている唇がどことなく悔しげに見えるからだ。
 海堂は何だか毒気が抜かれたような気持ちで神尾を見据えた。
 普段ならば双方喧嘩腰になるような雰囲気でしか話をした事がないだけに、些か落ち着かない気もするにはするのだが。
 気づけば何故か二人で向き合っている。
「…………大丈夫なんだな?」
 他に聞きようもなくてそう口にした海堂に、神尾は何だか自棄になったように言った。
「なんともねえよ。……大丈夫でもないけど」
「………………」
「………ここで、どうしたとか聞く奴じゃねーよな。お前」
「……聞いて欲しいのか」
「聞かなくていい。俺が勝手に独りごと言うからいい」
 重たい溜息を吐き出して、神尾は短い言葉を幾つも口にした。
「頭おかしくなる」
「………………」
「むかつく」
 半ベソの神尾を、海堂は眉根を寄せて見るしか出来ない。
 手の甲で目元を擦っては怒る神尾が、どうにも傷ましく見えてきてならない。
「女には優しい。俺の事はどうでもいい。俺にばっか適当しやがって。ばかやろう。死んじまえ」
「………………」
 海堂は、神尾が氷帝の三年生、跡部とつきあっていることを知っている。
 それは勿論ありとあらゆるデータの宝庫である乾から聞きかじった情報だ。
 今、泣いて、悔しがって、怒って、傷ついている神尾が詰っている相手は、確認するまでもなく跡部だろう。
「自分の取り巻きには笑いかけるくせに、俺の事は睨みつけてくるばっかで」
「………………」
「だいたい、」
 神尾の声が、ひっくり返る。
 いきなりのそれに海堂が目を瞠ると、神尾はぼろぼろと涙を零して、しゃくりあげながら怒鳴った。
「いっつも、いっつも、俺が泣いて、何度も頼んで、お願いとかしないと、やんの止めてくんねーし……!」
「……、ああ…?」
 海堂が激しく怯んだのも当然。
 神尾が話し出した事は、突然に、そしてあまりにもディープだ。
 ひょっとしてそれは、と海堂が硬直したのも目に入らないらしい神尾は、尚もまくしたてるばかりだった。
「普通、ああまでするか…っ? 毎回毎回、俺に謝らせて、頭下げさせたいから、あいつ、嫌がらせでああまで俺んこと抱くんだよ…っ。何回も何回も、会うたんび抱くんだよ…っ。むかつく……!」
「おま…、……それは……」
 それは嫌がらせとかではないんじゃないかと海堂は思った。
 中途半端に神尾へと伸ばしかけた手が宙に浮いてしまい、そんな海堂の困惑を神尾はどう見たのか、真っ赤な目で海堂を見据えてきた。
「どうせお前は、泣かされたりとかしないんだろ」
 丁寧にされてんだ絶対、俺とは全然違うんだ絶対、とかなんとか。
 とんでもない推測を次々神尾から投げかけられて、海堂は、ぐっと息を飲んだ。
 神尾は実際、乾の名前を口にも出した。
 どうして知っているんだという疑問は勿論あるのだが、何せ海堂は海堂で、ここ最近ずっと鬱々と考え込んでいたのだ。
 乾に抱かれる事で。
 泣くだけでは飽き足らず、されればされる程よくなっていく自分の身体に覚える不安定な感情は。
 自分はおかしいのだと思うしかない後ろ暗いもので、ずっと海堂を落ち込ませている。
 ここで泣きながら怒っている神尾の方がどれだけ健全かと思うと、海堂は一層憂鬱になった。
 結局海堂はそんな神尾に触発されたようなもので、いつの間にか売り言葉に買い言葉の勢いで自身が抱え込んでいる危惧や不安をあらいざらい口にしていた。
 そうしたらそうしたで、神尾は時々、先程までの海堂のように。
 言葉を詰まらせたり、硬直したり、赤くなったりした。
「か……海堂……」
「うるせえ…! どうせ俺はおかしいんだろうが…っ」
「……や、…別にそれはおかしくねえよ…? 普通じゃんか…?」
「どうせてめえは、そうやって俺みたいにみっともなくなったりはしねえんだろ…っ!」
「それ別に落ち込むとこじゃないだろ…!」
 神尾の話を聞いて海堂が思った事と、同じような言葉を神尾も口にしてきた。
 もう自分自身では止められないし、お互いがお互いをも止められないし、台風を感じさせる強風に吹きつけられながら、海堂と神尾は噛みあわない個々の鬱憤を喚き散らしていた。



 台風一過は、それからものの数分後の事だった。
 海堂や神尾と同様に、近場を走りこんでいた氷帝の三年生、宍戸が現れて。
 騒いでいる他校の下級生二人を、それは手厳しく嗜めたのだ。
 周辺の人の迷惑になるだろうがと恫喝のように怒鳴られたのだが、口調や態度が荒い割りに、宍戸は面倒見の良い男のようで。
 海堂と神尾をストリートテニス場まで連れてきて、缶ジュースをそれぞれに買ってくれて、話してみな、と言った。
 三人が三人とも、学校は違うが、微妙に繋がりがあったりもする。
 個々の最近の悩みやら憂鬱やらは、とても人に話せる内容ではないとずっと思ってきた海堂と神尾だったが。
 結局、独特の雰囲気のある宍戸に、思っている事をあらいざらい話してしまった。
「神尾。お前、あの人付き合いなんてどうでもいいって本心から思ってる跡部の、お前にだけ向いてる執着心にいい加減気づけ」
「………跡部の…執着心…?」
「それから海堂。セックスがよくなって何が悪い。気持ちいいならそれでいいだろうが。お前もいい加減、乾だって必死だったり真剣だったりするって事理解しろよ」
「…………乾先輩が必死…?」
 宍戸はきっぱりと言ってのけた。
 神尾と海堂に。
 荒っぽい口調ながらも、どこか温かなものを残す口調で。
「だいたいてめえら贅沢だっつーの」
「………は?」
「跡部にしろ、乾にしろ、好きな相手にがっつかれて何が不満だ」
「が、……」
「………っ…、…」
「それくらい欲しがられてみてえよ。俺だって」
「……え…」
「…………」
 思わず海堂と神尾は顔を向き合わせてしまった。
 まるで。
 それでは宍戸は、欲しがられてないみたいではないかと、今聞いた事が信じられなくて見詰め合った。
 それこそ宍戸が付き合っている相手が、自分達と同学年の鳳であることは、海堂も神尾も知っている。
 そして、あれだけストレートに、無条件に、宍戸の事しか見ていない鳳がいて。
 どうして宍戸があんな言葉を口にするのかが信じられない。
 宍戸は、二人がかりからの視線に気づいているのかいないのか、中身を飲み干した缶を、公園のダストボックス目掛けて放った。
「ちょっとでも嫌って言や、すぐに離される」
「………………」
「………………」
「跡部や乾がお前たちに拘ってるみたいまでには、俺は欲しがられてないんだろうな」
 宍戸は静かな声で、そう呟いた。
 それは違う。
 はっきり言って全然違う。
 海堂と神尾は愕然とした。
 宍戸の方こそ、鳳の、宍戸にだけ向けられているあの執着心だとか必死さだとかに、もっとちゃんと気づくべきだ。
 心の底から、そう思う。
 二人がかりで、宍戸を取り成し始めた海堂と神尾だった。

 人の状況ほどよく見通せる。
 何も難しい事はない。
 ただ自分の事となると見通せなくなるのもまた無理もなかった。

 恋の行く末は、概してそういうものだろう。
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