How did you feel at your first kiss?
跡部の家の玄関で、帰り際のキスが中途半端に途切れた。
唇同士は触れ合ってはいたものの、浅く開かされた唇をくぐられる事無く跡部が離れて。
「……、…ん…」
それを惜しむような喉声が咄嗟に出てしまった事に気づいて、神尾は即座に顔を赤くする。
「……………、っ」
「神尾」
「……っ…、…るさい…っ!」
あからさまな笑い交じりの跡部の問いかけに神尾は一層の剣幕で喚いた。
「じゃあな…ッ…俺は帰る…!」
「待て……こら」
跡部に肩を掴まれて、神尾が身体を捩っても、その手はなかなか外れない。
低い笑いを噛み殺そうともせず、跡部は何が楽しいのかと神尾が憤慨するほど笑って。
神尾を玄関扉に押さえつけてきた。
「まだだろ。途中だ」
逃げるな、と笑ったまま顔を近づけてきた跡部に、せめてもの抵抗と、神尾が出来たのは歯を食いしばる事くらいで。
「……、……ぅ……」
しかしそれも、請うように唇の表面を跡部に舐められてしまってはひとたまりもない。
結局必要以上に深く、長くなってしまったキスは、通常の別れ際のそれとは大分種類の異なったものとなった。
「………っ…だよ……」
「何だ?……立てねえのかよ」
がくがくと膝が笑いそうで、覚束なくなる神尾の足元を見透かした跡部の手のひらに、腿の脇を辿られる。
神尾はもう、逃げ出してでも帰ろうと決意して跡部の胸を押した。
「……っと。待ちやがれ、馬鹿」
「馬鹿だと?! 馬鹿ってなんだ…!」
「喚くな。うるせえ」
「じゃあ離せ!」
「…………ったく……さっきみたいにずっと可愛くしてりゃあいいのにな? オマエ」
「……かわ…、…っ……」
今度はもう、可愛いってなんだと叫んで問うよりも。
可愛くなくて悪かったなと、どこか力なく毒づいた神尾に。
跡部は言った。
「別に悪かねえよ」
「………………」
神尾の耳元で、笑った声で。
「そうやってしょぼくれてんのも、それなりに好みだ」
結局神尾を派手に赤面させ、跡部はもう一度軽く神尾の唇をキスで掠めて、外に出た。
神尾の腕を引いて。
「………跡部?」
見送りについて出てきたのかと思いきや、跡部は神尾の手を取ったまま、庭へと向かう。
怪訝に呼びかけた神尾を振り返りこそしないものの。
手を握るというより、全部の指を絡めるというような接触はひどく甘くて、神尾もただおとなしく後をついていくしかなかった。
跡部の家の庭は広い。
どこまで行くのかと思いつつ歩いていた神尾は、跡部の背中ばかり見ていたから、それに気づくのに遅れた。
「これを持って行かせるの忘れたって、さっき思い出したんだよ」
「……え?」
中断したキスの事を言っているらしい跡部が足を止めた。
神尾もつられて足を止め、漸く前方のその花に気づいた。
「ヒマワリ…!」
小ぶりな向日葵が、力強い黄色を発光させるようにして咲き乱れている。
群集だ。
神尾が近づいていくと、丈は神尾の胸元近くまで伸びた花自体は小ぶりな向日葵が、今が盛りというように咲き乱れていた。
花びらは瑞々しくて、咲き初めと気づいた。
「え、……何でだ? もう九月なのに……」
「狂い咲きしやがった。八月中は気配もなかったのに」
「すっごい数だなあ………」
大袈裟な話ではなく、帯状に伸びていく黄色の連なりに、神尾は感心しきった溜息を吐く。
「家に持ってけ」
「いいのか?」
「今切らせる」
「いいよ、俺自分でやる! あ、ハサミ借りてくるな!」
跡部は時々、庭の花を神尾に持たせる。
母親と姉とがそれを喜ぶので、神尾が跡部に伝えると、殊更にそれは慣習化した。
この間などは薔薇の盛りの季節だったものだから、跡部の家に来る度、神尾は恥ずかしいくらいの薔薇の花束を持たされて帰っていた。
そんなことを繰り返しているうち顔馴染みになった跡部邸のガーデニング担当の初老男性から、神尾は剪定鋏を借り受けた。
向日葵の咲き乱れる場所まで神尾が全力で走っていくと、眩しいくらいの色と量とで圧倒してくるその花よりも、もっと強い存在感で、跡部が立っている。
「………………」
ひどく健康的で、明るい向日葵の印象は、跡部の持つ雰囲気とはまるで違うけれど。
花の美しさを損なわせる事は決してしないのもまた跡部だ。
神尾がそんな事を考えて足を止めると、跡部は神尾に気づいて視線を向けてくる。
「好きなだけ切っていけ」
「……うん」
顎で軽く指し示され、神尾は向日葵の花の中に埋もれるようにして足を踏み入れる。
手前から切れば簡単なのだが、せっかく庭から見える一面を切り崩すのは惜しい気がしたからだ。
奥の方の花から切っていき、左手に抱える。
数本で遠慮するのも馬鹿らしいほど咲いているので、神尾は繰り返し繰り返し剪定鋏を使った。
跡部が、何だかじっとそんな神尾を見つめてくるので。
神尾は向日葵を腕に抱きながら、一本ずつ増やしていきながら、何だよ?と跡部に問いかける。
跡部は僅かに目を細めるような表情をした。
それから、神尾をからかう時特有の、少し皮肉めいた薄い微笑を唇に刷く。
「どれがお前だか判んねえな」
「………は?」
「そうやってると。向日葵なんだかお前なんだか判らなくなるって言ってる」
「どういう意味……」
向日葵と自分が区別つけられないとはどういう意味だと、神尾は怪訝に手に持つ花と跡部とを見比べる。
訳が判らない。
でもふとそれが、なんだかとてもおかしく思えてきて。
神尾は笑った。
「訳わかんね。跡部」
「……だからそういう」
「え?……」
跡部が溜息をつきながら近づいてくる。
両手が向日葵で埋められている神尾の唇に、キスをする。
「………、…なん…」
「馬鹿みたいに真っ直ぐ、太陽の方しか向かねえんだよ。この花は」
少し、何だか、嫉妬するみたいな珍しい言い方を跡部がしたので。
神尾は不思議に思った。
「………だから……向いてるだろ。まっすぐ」
そっと言っても、跡部はまだ表情を崩さない。
恥ずかしいなあ、と思いながらも。
神尾は意を決して言った。
「跡部の方だけ。………まっすぐ…向いてるじゃん」
「………赤い向日葵なんざ初めて見たな」
一瞬面食らってしまった自分を、まるで誤魔化すように。
跡部はそんな言い方をした。
太陽のような吸引力。
人から言われるまでもなく自覚しているくせに、引き寄せているだけでは足りないらしい太陽の独占欲が、夏の花の向日葵を、まだまだ盛りで咲かせている。
唇同士は触れ合ってはいたものの、浅く開かされた唇をくぐられる事無く跡部が離れて。
「……、…ん…」
それを惜しむような喉声が咄嗟に出てしまった事に気づいて、神尾は即座に顔を赤くする。
「……………、っ」
「神尾」
「……っ…、…るさい…っ!」
あからさまな笑い交じりの跡部の問いかけに神尾は一層の剣幕で喚いた。
「じゃあな…ッ…俺は帰る…!」
「待て……こら」
跡部に肩を掴まれて、神尾が身体を捩っても、その手はなかなか外れない。
低い笑いを噛み殺そうともせず、跡部は何が楽しいのかと神尾が憤慨するほど笑って。
神尾を玄関扉に押さえつけてきた。
「まだだろ。途中だ」
逃げるな、と笑ったまま顔を近づけてきた跡部に、せめてもの抵抗と、神尾が出来たのは歯を食いしばる事くらいで。
「……、……ぅ……」
しかしそれも、請うように唇の表面を跡部に舐められてしまってはひとたまりもない。
結局必要以上に深く、長くなってしまったキスは、通常の別れ際のそれとは大分種類の異なったものとなった。
「………っ…だよ……」
「何だ?……立てねえのかよ」
がくがくと膝が笑いそうで、覚束なくなる神尾の足元を見透かした跡部の手のひらに、腿の脇を辿られる。
神尾はもう、逃げ出してでも帰ろうと決意して跡部の胸を押した。
「……っと。待ちやがれ、馬鹿」
「馬鹿だと?! 馬鹿ってなんだ…!」
「喚くな。うるせえ」
「じゃあ離せ!」
「…………ったく……さっきみたいにずっと可愛くしてりゃあいいのにな? オマエ」
「……かわ…、…っ……」
今度はもう、可愛いってなんだと叫んで問うよりも。
可愛くなくて悪かったなと、どこか力なく毒づいた神尾に。
跡部は言った。
「別に悪かねえよ」
「………………」
神尾の耳元で、笑った声で。
「そうやってしょぼくれてんのも、それなりに好みだ」
結局神尾を派手に赤面させ、跡部はもう一度軽く神尾の唇をキスで掠めて、外に出た。
神尾の腕を引いて。
「………跡部?」
見送りについて出てきたのかと思いきや、跡部は神尾の手を取ったまま、庭へと向かう。
怪訝に呼びかけた神尾を振り返りこそしないものの。
手を握るというより、全部の指を絡めるというような接触はひどく甘くて、神尾もただおとなしく後をついていくしかなかった。
跡部の家の庭は広い。
どこまで行くのかと思いつつ歩いていた神尾は、跡部の背中ばかり見ていたから、それに気づくのに遅れた。
「これを持って行かせるの忘れたって、さっき思い出したんだよ」
「……え?」
中断したキスの事を言っているらしい跡部が足を止めた。
神尾もつられて足を止め、漸く前方のその花に気づいた。
「ヒマワリ…!」
小ぶりな向日葵が、力強い黄色を発光させるようにして咲き乱れている。
群集だ。
神尾が近づいていくと、丈は神尾の胸元近くまで伸びた花自体は小ぶりな向日葵が、今が盛りというように咲き乱れていた。
花びらは瑞々しくて、咲き初めと気づいた。
「え、……何でだ? もう九月なのに……」
「狂い咲きしやがった。八月中は気配もなかったのに」
「すっごい数だなあ………」
大袈裟な話ではなく、帯状に伸びていく黄色の連なりに、神尾は感心しきった溜息を吐く。
「家に持ってけ」
「いいのか?」
「今切らせる」
「いいよ、俺自分でやる! あ、ハサミ借りてくるな!」
跡部は時々、庭の花を神尾に持たせる。
母親と姉とがそれを喜ぶので、神尾が跡部に伝えると、殊更にそれは慣習化した。
この間などは薔薇の盛りの季節だったものだから、跡部の家に来る度、神尾は恥ずかしいくらいの薔薇の花束を持たされて帰っていた。
そんなことを繰り返しているうち顔馴染みになった跡部邸のガーデニング担当の初老男性から、神尾は剪定鋏を借り受けた。
向日葵の咲き乱れる場所まで神尾が全力で走っていくと、眩しいくらいの色と量とで圧倒してくるその花よりも、もっと強い存在感で、跡部が立っている。
「………………」
ひどく健康的で、明るい向日葵の印象は、跡部の持つ雰囲気とはまるで違うけれど。
花の美しさを損なわせる事は決してしないのもまた跡部だ。
神尾がそんな事を考えて足を止めると、跡部は神尾に気づいて視線を向けてくる。
「好きなだけ切っていけ」
「……うん」
顎で軽く指し示され、神尾は向日葵の花の中に埋もれるようにして足を踏み入れる。
手前から切れば簡単なのだが、せっかく庭から見える一面を切り崩すのは惜しい気がしたからだ。
奥の方の花から切っていき、左手に抱える。
数本で遠慮するのも馬鹿らしいほど咲いているので、神尾は繰り返し繰り返し剪定鋏を使った。
跡部が、何だかじっとそんな神尾を見つめてくるので。
神尾は向日葵を腕に抱きながら、一本ずつ増やしていきながら、何だよ?と跡部に問いかける。
跡部は僅かに目を細めるような表情をした。
それから、神尾をからかう時特有の、少し皮肉めいた薄い微笑を唇に刷く。
「どれがお前だか判んねえな」
「………は?」
「そうやってると。向日葵なんだかお前なんだか判らなくなるって言ってる」
「どういう意味……」
向日葵と自分が区別つけられないとはどういう意味だと、神尾は怪訝に手に持つ花と跡部とを見比べる。
訳が判らない。
でもふとそれが、なんだかとてもおかしく思えてきて。
神尾は笑った。
「訳わかんね。跡部」
「……だからそういう」
「え?……」
跡部が溜息をつきながら近づいてくる。
両手が向日葵で埋められている神尾の唇に、キスをする。
「………、…なん…」
「馬鹿みたいに真っ直ぐ、太陽の方しか向かねえんだよ。この花は」
少し、何だか、嫉妬するみたいな珍しい言い方を跡部がしたので。
神尾は不思議に思った。
「………だから……向いてるだろ。まっすぐ」
そっと言っても、跡部はまだ表情を崩さない。
恥ずかしいなあ、と思いながらも。
神尾は意を決して言った。
「跡部の方だけ。………まっすぐ…向いてるじゃん」
「………赤い向日葵なんざ初めて見たな」
一瞬面食らってしまった自分を、まるで誤魔化すように。
跡部はそんな言い方をした。
太陽のような吸引力。
人から言われるまでもなく自覚しているくせに、引き寄せているだけでは足りないらしい太陽の独占欲が、夏の花の向日葵を、まだまだ盛りで咲かせている。
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