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How did you feel at your first kiss?
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 見知った顔に次々遭遇したのは、今日が休日だからだ。
 連れ立ってストリートテニス場に行くことになり、テニスをすることになったのも、ある意味自然な流れだ。
 ただ、出来たら今日は二人のままでいたかったんだがと内心で思うのを、実際には表面には全く滲ませず、乾は手元のペットボトルを弄びながらストリートテニス場に向かっている。
 暫く無言でいたが、肩を並べて歩いている相手がいきなり小さく吹き出したので、何だ?と乾は視線を向けた。
 相手は宍戸で、笑った目で乾を流し見ている。
「乾、お前と跡部、おんなじツラしてるぜ?」
「ん?」
「邪魔すんなっつー…」
「いや、そこまでは思ってないよ」
「跡部ほど露骨じゃねえって?」
 軽く言った宍戸の手にも数本のペットボトルがある。
 自動販売機で六人分を買って来ることになり、一人で充分だと言った乾についてきたのが宍戸だ。
「俺や跡部だけじゃなく、鳳だって、そう思ってるかもしれないぞ」
「俺が楽しいって思う事あいつが邪魔するかよ」
「……お前達は相変わらずだな」
 乾は溜息のように笑って言い、宍戸は単に溜息だけをついた。
「お前んとこも、跡部んとこも、同じだろ」
「そうかな」
「じゃねえの?」
 うーん、と乾は曖昧に返答する。
「俺はちょっと大人げがなくなったような気がするんだがな」
「誰が?」
「俺が」
 へえ、と宍戸があまりにもあっさり言ったので、これは元から大人げなどないと思われていたのかと乾は苦笑してしまった。
 宍戸はそれに気づいたようで、小さく肩を竦めた。
「乾、見た目ほど達観してないよな」
「放っておいてくれ」
 そっとしておいてくれというのが本音かもしれない。
 乾が憂いだ声を出すと、宍戸は尚も言った。
「海堂部長は毎日多忙か」
「……宍戸ー…」
「神尾部長が毎日多忙で、俺様も幼児化してるからよ」
「お前は本当に容赦ないな。鳳にだけ甘いのか」
「どうかな」
 テニスボールを打ち合う音がはっきりと聞こえてくる。
 海堂と神尾は、まだ打ち合っているらしかった。
 乾と宍戸がコートから見える所にまで現れると、遠くから鳳が駆け寄ってくる。
「本当にベタ惚れされてるなぁ…宍戸」
「されてるんじゃねえよ。してんだよ」
 真顔で言った宍戸に乾は内心で完全降伏だ。
「宍戸さん、乾さん、すみませんでした。ありがとうございました。持ちますね」
 鳳が手を伸ばしてきて、ペットボトルを引き取ろうとする。
「ああ、ありがとう、鳳。あの二人の決着は?」
「まだですね」
 乾がコートに目をやって問いかけたのに応え、鳳は途中から声を潜めた。
「……跡部さんは限界かもしれません」
「不機嫌だな。確かに」
「お前とおんなじようなツラしてるだろ?」
 宍戸がからかうのを乾は流したのに、鳳はあっさりと頷いたものだから。
「鳳ー……」
「あ、すみません。乾さん」
 鳳は明るく笑って詫びてくる。
 隣で宍戸が肩を震わせていた。
「でも、乾さんの気持ち判ります。今日は仕方ないですよね」
 鳳は乾に微笑んで。
「今日、誕生日なんでしょう?」
「……どうして知ってる?」
「何かでプロフィール見たような気が。間違ってましたか?」
「いや、合ってる」
 乾と鳳の会話に、宍戸が不思議そうに乾を指差した。
「誕生日か?」
「俺は来月。今日は海堂の誕生日」
「そりゃ……邪魔したな」
 生真面目に宍戸が言うのに、乾は先程宍戸が言っていた台詞で返した。
「海堂が楽しがってる事は邪魔な事じゃないし、その邪魔もしないよ」
「乾さん、大人ですね…」
「いや、これは宍戸の受け売りだし、宍戸に言わせると俺は大概大人げないらしいぞ」
 乾は鳳の肩に片手をかけて溜息を吐く。
 三人で顔を突き合わせていると、コートのほうから神尾の怒鳴り声が聞こえてくる。
「跡部さっきから横でごちゃごちゃうるさいっ!」
「海堂相手に持久戦やる馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。だから追いつかれてんだよ。この体力無しが」
「いつまでも人のこと体力無し体力無し言うな! 持久力強化だってやってんだよっ」
「お前の持久力強化をやってやってんのは俺様だろうが」
 ぎゃーっ!と神尾が叫んだ。
「ば…っ! 何言っ……、……ッあー…っ! きたね、…マムシ…!」
「マムシって言うんじゃねえっ。よそ見してるお前が悪いんだろうがっ」
 それでどうやらゲームは終わったらしかった。
 海堂と神尾の大声での言い争いの中に、鳳がのんびりと割って入っていく。
「二人ともお疲れ。宍戸さんと乾さんが飲物買ってきてくれたから休憩しよう」
 ネットを挟んで言い合っている神尾と海堂を宥めながらペットボトルを手渡し、それから鳳は跡部にミネラルウォーターを渡しながら、跡部の耳元で何事か囁いた。
 跡部は顎を軽く上げ、目を細め、それを聞いている。
 高等部に上がってから一層きつさの増した秀麗な顔は、そういう顔をすると一層近寄りがたい。
 整っているが故に隙のない凄んだような表情で、彼はあくまでもキングなのだと知らしめてくる。
 そんな跡部は、鳳が離れるといきなり海堂の名前を呼んだ。
 ちょっと来い、と手でも呼ぶ。
 海堂は少し眉根を寄せて、それは不機嫌というより困惑のそれだと、見ている乾にはすぐにわかった。
 跡部に呼ばれた海堂が、無意識にだろうが乾を探して目線を動かすのを見つめて、乾の目元も和らぐ。
 乾と目が合うと、海堂は困った心情をより露にしてきた。
 行っておいでというように乾が頷くと、また普段の様子にすぐに戻って。
 海堂は跡部の所へ行った。
 その間に、鳳は神尾にも跡部と告げた事と同じ事を言っていた。
「マジで? 海堂、今日誕生日?」
「そうだよ」
 鳳相手に確認した後、神尾はぱたぱたと音でもしそうな慌てた走りで乾の元へとやってきた。
 がばっと頭を下げてきた小さな丸い後頭部を、乾は不思議に見やった。
「すみませんっ」
「ん? 何が?」
「思いっきり邪魔してますよね…っ?」
 元々、乾と海堂がラケット持参でストリートテニス場に行こうとしていた所に、鳳と宍戸に出会い、立ち話などしているうちに跡部と神尾が現れて、どうせなら皆で行こうという話になったのだ。
「おい、神尾。そんな頭なんか下げなくていいから…」
「や、マジですみませんっ」
 ほんとごめんなさい、ただちに帰りますっ、と告げる神尾に乾は笑い出した。
 跡部の不機嫌に気づいていたのかいないのか、あの凍るような目には平然としていた神尾のこの恐縮っぷりが面白かったのだ。
「元々テニスをしにきた訳だから。そんな気にするな。さっきのゲームも海堂は本気だったし、楽しかったと思うぞ」
「乾さん、いい人だー!」
 頭を下げた時と同じ勢いで顔を上げた神尾が、つい見ている側がほほえましくなるような明るい表情を向けてくる。
 神尾は海堂と似ているところがあるかもしれないと乾は思った。
 虚勢ではないけれど、独特の雰囲気で最初は人を寄せ付けないけれど。
 懐に入るか入らせるかした相手には、ふいうちで邪気のないやわらかな感情を見せてくる。
「何が、いい人だー、だよ。てめえ」
「うわっ」
 乾が興味深く小さな相手を見ていると、気配もなく忍び寄ってきたらしい跡部が、神尾の背後から、低い恫喝と共に現れた。
「襟、引っ張んなよっ、跡部っ」
 冷静な態度とは裏腹に、乾との距離を離すような仕草に、乾は内心吹き出しそうになりながら、そういう跡部の気持ちも判らなくはないので敢えて何も言わなかった。
「誰彼構わず懐いてんじゃねえ」
「どうして跡部はそういう言い方するかな!」
「てめえみたいな躾のなってねえ野良猫には、教えてやんなけりゃ判らねえだろうが」
「野良猫ーっ!?」
 それこそ逆毛をたてるような反応に、乾は今度こそ遠慮なく吹き出した。
 神尾が哀れな顔を向けてくる。
「ひでぇ……乾さん……」
「いや、悪い……でも大丈夫だ神尾。俺は今、半分は跡部を笑っている」
「……乾……てめえ、いい度胸だな」
「す……げえ…、乾さん、すっげえ…! かっこいい!」
「何感動してんだ神尾!」
 神尾といる時の跡部は、跡部のままでいながらも、普段は見せない部分までも自然に出てしまうようだ。
 いつもの癖で乾は脳裏で興味深いデータを収集していく。
 言い争いか、じゃれあいか、微妙なラインで言い合う跡部と神尾を眺めている乾の横に、海堂も戻ってきた。
「どうした?」
 何か言いたげな気配を察して乾は海堂に声をかける。
 プレイ中は必ずしているバンダナを外して、黒々としたきれいな髪を春風にそよがせながら、海堂は戸惑ったような仕草で手にしていた紙片を乾に見せた。
「ん?」
「跡部さんから…貰ったんですけど」
「乗馬センター?」
 紙片はチケットのようだった。
「馬は好きか、馬には乗れるか、乗ったことがなくてもまあいけるだろ、って…」
「跡部が言った?」
「……っす」
「それでくれたの?」
 頷く海堂が端的に説明した内容は、口が重い海堂だからという事ではなく、単に跡部がそういう一方的で短い言葉でたたみかけたのだろうと察して乾は笑った。
 跡部が、動物好きの海堂の趣向を知っているのか知らないのかまでは酌めなかったが、覗き込んだチケットは海堂にとって悪いものではないだろうと思う。
 恐らく跡部は、鳳から今日が海堂の誕生日だと聞いたのだろう。
「あんたと行けって」
「俺と?」
「どのコースも使えるけど、林間抜けて、海辺を走れるコースにしろって言ってた…」
 跡部に言われた事を全て乾に伝えながら、何で俺にこれを、と海堂の顔が訝しげになっている。
 そうか、と頷いて海堂の言葉を聞いている乾は、眼差しをこっそりと跡部に向けた。
 神尾と言い合っていたが、跡部は乾の視線にすぐ気づいたようで。
 乾が唇の動きだけで礼を言うと、皮肉めいた薄い笑みを浮かべて応えてきた。
 そうしてから徐に、跡部は神尾の肩に腕を回して、コートから出て、手荷物を拾い上げる。
「行くぞ、神尾」
「は? どこに」
「ホームだ、バァカ。寄り道もいい加減にしとけ、この野良猫が」
「野良猫野良猫言うなっ」
 暴れる神尾を物ともせずに歩く跡部を、海堂が呆気に取られたように見ていた。
 そのまま二人は帰るのだろうと思って乾も彼らを黙って見送ったのだが、途中で神尾が立ち止まった。
「おーい、海堂ー!」
 神尾は海堂の名前を叫んできた。
 そして鞄の中を探り始める。
 乾と海堂は顔を見合わせて、神尾の次の行動を待つしかない。
 程なくして神尾は鞄の中からCDショップの袋を取り出し、更にその中身を取り出し、ビニール袋を破り始めた。
 どうやら買ったばかりらしいCDを取り出したと判ったのは、きらりと丸い光が日差しに反射したからだ。
 その光は次の瞬間、ストリートテニス場のコンクリートの壁に大きな虹を映した。
「………………」
「俺は八月だぜー! 覚えとけー!」
 おめでと、と神尾が大声を張り上げてCDを持っていない方の手をぶんぶんと振っている。
 虹がうねり、海堂の得意のショットの軌道と似た弧をえがく。
「………………」
 邪気のない満面の笑みで、神尾は虹を海堂に差し向けてから背中を向けた。
 跡部と一緒に歩いていく神尾の後ろ姿を、海堂が面食らった顔で見やっている。
「つまり、跡部も神尾も、海堂誕生日おめでとうって事なんだろ」
「なんで…」
 昔から海堂は人からの接触や好意に戸惑ってしまうのが常で、それは今もあまり変わっていないようだと乾は思った。
 青学の、テニス部に入ってきた時からずっと、海堂は誰とも馴れ合おうとはしなかったが、誰かしらが彼を気にかけた。
 青学の部長になって、厳しいながらも慕われている事にも、恐らく海堂は気づいていないのだろうと思った乾は、でもそれはそれで海堂らしいとも感じている。
「へえ…CDで虹が出来るんだな」
「DVDとかCDとか、表面にたくさん溝がありますからね。それを光に反射させると、ああなるんですよね? 乾さん」
「ああ、鳳の言うとおり」
 鳳と宍戸がやってきて、彼らももう手荷物を持っていた。
「帰るのか?」
「ああ。……っと、でもその前に」
 中学時代はトレードマークだったキャップを近頃はあまり被っていない宍戸は、高等部に進学してから髪がかなり伸びた。
 昔のような長髪ではないものの、額にかかる前髪をかきあげながら、傍らに立つ鳳の長身をまっすぐ見上げる。
「長太郎、今日のアレ、今ここで聴いていいか?」
「勿論です。宍戸さんの好きな時に、弾けたら嬉しいです。何かリクエストはありますか?」
 乾と海堂には判らない言葉を交わす二人が、互いしか見ていないような目をするのは昔から変わらない。
 宍戸が鳳の肩に手をかけて伸び上がり、鳳の耳元に何事か告げた。
 頷いた後、鳳は鞄の中からバイオリンケースを取り出した。
「時々ね、宍戸さんが聴きたいって言ってくれるんで。弾くんですよ」
 微笑と一緒に軽く会釈するように睫を伏せてから、鳳は海堂に視線を向けた。
「宍戸さんにリクエスト貰ったから、よかったら一曲」
 海堂と乾さんも聴いて下さいね、と言って鳳は弓をすべらせた。
「………………」
 ストリートテニス場に響いた、とても聴きなれたハッピーバースデイのメロディは、五月の空気に立ち上るようにして溶けていく。
 背の高い鳳が姿勢を正して奏でる音楽は、決して長い演奏ではなかったけれど。
 気持ちと記憶にも深く溶け込んで、優しい余韻で静かに消えた。
 鳳は宍戸と目を合わせてから優美に弓を下ろして、バイオリンをケースにしまいながら海堂に告げる。
「それじゃ、また大会で」
 乾には目礼をして、行きましょう?と宍戸に並んだ。
 鳳の手を背中に宛がわれながら歩き出した宍戸は、肩越しに乾と海堂を振り返って短く一言だけ言った。
「じゃあな」
 さっぱりとした笑顔は弦楽器の余韻にも似ている。
 慌しさなど全くない二人なのに、彼らを見送った海堂が相変わらず、寧ろますます唖然としているのに気づいて、乾は笑いながら海堂の髪をくしゃくしゃとかきまぜた。
「え、…?…」
「鳳と宍戸も、おめでとうって事だよ。海堂に」
「……だ……、…何で……」
 判っていない海堂が可愛いと思って、乾は飽きずに海堂の髪を指先ですいた。
 抗いもしない海堂の頭上にそっと唇を寄せて。
「さて。漸く二人きりだ」
「…先輩、……?」
「どうしようか。どこから誕生日の続きをしようか?」
 乾はいっそこのまま海堂を連れ帰りたくなったが、海堂は乾の予想通りに、言った。
 真っ直ぐな目で。
「テニス」
「……だよな」
 大抵のことは一人で行う海堂からの、貪欲な欲求が自分に向けられる事は良い気分だった。
 乾は海堂の手をとってコートに向かう。
「海堂。誕生日おめでとう」
「……どうも…」
 乾の言葉には、不思議そうな顔も訝しげな顔もしない。
 海堂はどこかはにかむような色を滲ませつつも、乾の言葉を、真っ直ぐに受け止めた。
「ありがとうございます」
 虹も、調べも、海堂を彩って。
 善意も、厚意も、海堂を包む。
 彼という存在をありがとうと、乾の方こそ強く深く、感謝する。
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