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How did you feel at your first kiss?
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 熱いことは痛いことだと知っている。
 過度の熱は観月にとってはいつでも痛みだ。
「あのさ、観月。言っていい?」
 木更津はうんざりとした顔をしていたが、観月はもっとうんざりという顔をした。
「ジャージを脱げと言われるのはいい加減聞き飽きてます。そうでないなら言いなさい」
 今日だけでいったい幾度、同じことを言われたことか。
 恐らくはまた同じ提言だろうと観月は思い、今朝方打ち出してきた個別の練習メニューが書かれた紙の束を荒く捲っていく。
 日陰などどこにもないコートで浴びる五月の直射日光は、観月にはいっそ凶器だ。
 目に見えない紫外線は、容易く観月の神経まで射し込んで。
 神経を直にひりつかせてくる。
 一番上まできっちり上げたジャージのジッパーで覆っても首元はジリジリと紫外線をつかまえている。
 ジャージで両手足の露出は殆どないにも関わらず、皮膚が痛い。
 眼球まで痛むようで無意識のうちにこの時期の観月は節目がちになる。
 眉根も寄るし、表情もきつくなる。
 いつもそうだ。
 この時期、そして夏の熱は、残酷で、遠慮がなくて、観月には苦痛でしかない。
「観月さぁ…見てるだけでこっちまで暑いんだけど」
「見なければいいでしょう」
「観月見ないでどうやって部活するの」
「指示を聞いていれば充分です」
 今日は何でも日中の最高気温は三十度を越えるらしい。
 真夏日だ。
 観月とて決して暑くない訳ではないのだ。
 ジャージをきっちりと上下着込んで尚淡々としているから、よほど暑さに強いと思われている節もあるが、観月とて暑いものは暑い。
 暑いのだが、直射日光に晒した後の日焼けの方が厄介だから、観月も耐えているのだ。
 自身の肌は熱と相性が悪い。
 日焼けは火傷の領域に近い。
 だからこそ我慢して、暑いさなかにも完全防備でいるのだから、それを傍から勝手にどうこう言われたくないと観月は思う。
 あからさまな不機嫌を隠せずにいる観月だったが、それこそ木更津も観月のそういう態度には慣れたものだ。
 観月の目つきなど気にもせずといった風情で近づいてきて、いきなり正面から観月の胸元のジャージを両手に握りこんでくる。
「………脱げ」
 何ですかと問い返そうとした観月の言葉より先に、木更津は無理矢理観月のジャージを剥ぎ取ろうとしてくる。
「冗談、…っ…、っちょっと、何勝手に…!」
 一見涼しげな顔をしている木更津を、よくよく近場で観月が見据えれば、どんよりとその目が据わっている。
 今日の暑さには、彼も相当やられてしまっているらしかった。
 観月の一喝など気にした風もなく、無理矢理にジャージを脱がそうとしてくる。
 観月が怒鳴っても睨んでも抵抗してもお構い無しだ。
 ただでさえ暑い所に無駄なとっくみあいをする気力も体力もないと、観月は即座に切れた。
 投げ飛ばす、と思って怒鳴って手を伸ばす。
「いい加減に、…っ!」
「はいはい、そこまで」
 観月が大声を張り上げ、一暴れしかけた時だ。
 あまりにも自然に、同時に唐突に、日に焼けた長い腕が観月と木更津の間に入ってきた。
 のんびりとした口調の、低い声。
「元気いーな。お前ら」
 その腕は、極自然に観月の背後から伸びてきて。
 観月の肩へとまわされる。
 後方へと引き寄せられ、観月の背中に当たるのは体温の高い広い胸元だ。
 熱い、と観月は思う。
 けれど不思議とその熱量は観月に全く不快感を与えない。
 やんわり抱き込まれていても。
 この炎天下に。
 不快でない。
「こいつの日焼けは、イコール火傷。一日背中焼けば仰向け寝禁止令が医者から出るんだからよ」
「………………」
 観月を抱き寄せてそう話すのは赤澤だ。
 木更津が、そんなことは知ってるけど、この格好は見ていて余計に暑さが増すと今度は赤澤に噛み付いている。
 赤澤は飄々と言った。
「暑いの気持ちいいだろうが」
「そんなこと言ってるのは赤澤だけだよ。赤澤は絶対、どこか南国の、異国の生まれだ」
 見た目からしてそうだと木更津が言っているのには観月も内心で同意した。
 赤澤は常夏だ。
 日に焼けた肌はどの季節にも黒く、夏になればなるほどテンションもモチベーションも上がっていく。
 誰もがぐったりする暑さであっても、気持ちよさそうに灼熱の中にいる。
 目を閉じて、空を仰いで、日差しを浴びている。
 観月とはまるで違う。
 観月には熱は痛みだが、赤澤には熱は安らぎなのだろう。
「そんなこと言ったら東京は南国かよ?」
「今日みたいな天気ならそうだよ」
「お前、結構やばいんじゃね? 目すわってるぞ。柳沢の顔でも見て落ち着いて来いよ」
 からかうような、あしらうような、一見軽くて、それでいて。
 赤澤の言動は深みがあって判りやすい。
 木更津は少し黙った後に、嘆息した。
「……そうする」
 木更津が即座に背中を向けたのを、観月は唖然と赤澤の腕の中で見送った。
 随分と簡単にとりなしてくれたものだ。
「…………赤澤」
「あ?」
「いい加減に離せ」
 溜息を吐き出しながら告げれば。
 はいよ、と赤澤はするりと腕をほどく。
 呆気ないようでいて、実際は余韻でまだ抱き込まれているような不思議な感触が観月を縛る。
 赤澤は観月の隣に並んだ。
「お前、それいつ作ったんだ?」
 上半身を僅かに屈めるようにして赤澤は観月の手元を覗き込んでくる。
 二の腕と二の腕がぶつかる。
「昨日です。プリントアウトは今朝ですが」
「サンキュ」
「僕の仕事です」
 いちいち礼なんか言うなと睨みつければ、バーカ、と身体を軽くぶつけられる。
「言うに決まってんだろうが」
「………………」
 太陽を浴びて、所々金色に見える赤澤の髪に観月は一瞬目を細める。
「いつもありがとうな」
 もしかすると。
 微笑むその表情にかもしれないが、まぶしいものを見つめるように赤澤を見る。
「だから、…何を当たり前の事を…」
「お前がいる事やする事、当たり前なんて思った事ないぜ」
「……赤澤?」
「俺がお前の隣にいるって事は、当たり前にするけどな」
 笑う赤澤と、自分との距離は、いつも。
 少しずつ、少しずつ、縮まって、気づいた時にはもう、いつも、こんなにも、近い。
 観月は赤澤を見上げる。
 赤澤は太陽を背負うようにしていて。
 何だかこわいようなあまいような言葉を放られて。
 笑みを含んで優しくなった目をした赤澤の影が落ちてくる。
 ゆっくりと自分に落ちてくる。
「暑っ苦しいだーね、そこ…! いちゃつくのもいい加減にするだーね…!」
 突如響いた声に、観月はぎくりとした。
 どこかに吸い込まれていくように、赤澤に、ぼうっとしていた自分に気づいたからだ。
 柳沢と一緒に戻ってきた木更津が、柳沢の隣で小さく笑い声を零している。
「どこまで観月至上主義なのかな。赤澤は」
 観月のために日影?と木更津が言うのに、観月は目を瞠る。
 日影。
 赤澤の影。
「………赤澤…貴方…」
 やけに距離が近いとは思ったが、観月と肩を並べている赤澤が、観月に影を落としていたことに今更ながらに気づく。
 呟くように名前を口にすると、赤澤の手の甲が、極軽く観月の頬を掠った。
 下から上に、やわらかく、一瞬だけ撫でるような接触だ。
「少し日に焼けちまったかな…」
 向けられる眼差しが心配そうだから観月は絶句する。
 このバカ澤、と心中で呻くように思い。
 みるみるうちに、少しどころでなく、盛大に。
「あらら……真っ赤だね」
 笑う木更津と。
「ちょ、…観月、熱? 普通じゃないだーね、その顔は」
 慌てる柳沢と。
「冷やしてくる。すぐ戻る」
 観月の肩を抱いた赤澤は、背後の二人にそう言い置いて歩き出す。
「赤澤、……」
 部室の脇にある水飲み場まで連れて行かれた観月は。
「………、ん…」
 盗むようなキスをされた後、水飲み場の影で赤澤の胸元に深く抱きこまれて。
 確かにそれで顔に直射日光は当たらないけれど、顔なんかますます熱くなってしまった。
「………冷えません…よ……こんなことしてたら」
 胸元に顔を埋めているから目には見えていないだろうが観月は自身の頬の熱を自覚している。
 赤澤は両腕で観月をしっかりと抱き込んだまま、不思議な返答を響かせてきた。
「俺の頭を冷やしてんだよ」
「……はい…?」
「のぼせあがってんの。お前に」
 あんな綺麗な色してみせるからよ、と赤澤が吐息を零したのが判って。
 観月はくらくらした。
「あのまま見てたらやばいけど、目逸らすだけじゃ意味ねーし」
 他の奴にも見せたくないしと、赤澤は真面目な声で告げてくる。
 お互い身動きとれなくなる。
 お互いこのままでいるしかなくなる。
 熱い、暑い、中にこのまま。
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