How did you feel at your first kiss?
部活が始まる前に確認しておきたい事がいくつか出来て、観月は腕時計で昼休みの残り時間を確かめて立ち上がる。
テニス部の部室を出て、校舎に戻り、向かった先は赤澤のいる教室だ。
昼休み、赤澤がどこにいるかは判らないが、何となく教室だろうと観月が踏んだ通りに。
赤澤は窓際の席に座っていた。
彼の周囲には数名の生徒がいたが、観月が扉から中を窺ったのとほぼ同時に目と目が合った。
「観月」
そう口にしたかと思えばもう、赤澤は観月に所にやってきていた。
教室の扉の上部に左手を伸ばし、観月を見下ろしてくる。
「お前、メシ食ったのか? 食堂来なかったろ」
「食べました。やることがあったので部室で食べたんです」
自身の長身を影にするようにして、赤澤がそっと右手の指先で観月の頬を撫でてくる。
観月が睨むと、赤澤は見えてない、と告げるように首を左右に軽く振った。
「………部活の前に確認しておきたい事があるんですが」
今時間は、と観月が問いかけた時にはもう、背中をたたくついでのような自然な所作で肩を抱かれていて。
赤澤に促され歩き出していた。
「赤澤、なに、」
「給湯室で話しようぜ」
「何でわざわざそんな所で!」
「いいから。来いよ」
「よくありません。命令しないで下さい」
憮然として赤澤の手を振りはらおうとした観月に、赤澤は歩きながら視線だけ向けてきて。
やわらかい光の目で観月を見据えてひそめた声で囁いた。
「お前に命令はしないよ」
「………………」
「一緒にいてくれ」
お願いならいいか?と甘く笑う。
観月は絶句して、そのまま赤澤に連れて行かれてしまった。
給湯室。
各階にあるものの、はっきり言ってここを生徒が使う事は殆どない。
「………何でこんなところで……」
「ん? お湯が出るだろ」
「……お湯?」
赤澤が腕まくりをして、給湯室においてあったプラスチックの大きな容器を蛇口からの水で軽く流した。
何か洗い物でもした時にでも伏せておく為のものなのか、それでいて出番はないらしく真新しいそれに、赤澤は給湯器のお湯を張った。
それから何故か観月の袖口も釦を外して捲くっていく。
「ちょっと、赤澤……」
「確認って何だ? 時間ないんだろ?」
「え?……ああ……今日から新しく始めるメニューの…」
言いかけて観月が途中で言葉を切ったのは。
今度もまたいきなり、赤澤に両手を握られ、引っ張られたからだ。
「な、……」
「何?」
「それはこっちの台詞です…!」
赤澤の手に取られた観月の右手と左手は、プラスチックの容器に沈められた。
赤澤と手を繋いだまま。
湯の温度は少し熱い。
観月は微かに眉根を寄せて怒鳴ったが、赤澤はのんびりと湯の中で観月と手を繋いでいる。
「手浴?」
「何で僕に聞くんですかっ」
「頭。痛いんだろ?」
「………………」
ん?と軽く首を横に倒して赤澤は低い声で問いかけてくる。
本当にどこから見てもいかにも大雑把そうな男なのに、赤澤は誰よりも人を見ている。
観月の事にも、真っ先に、どれだけ些細な事であっても気づくのは赤澤だ。
「痛みには体内水分のバランスが関わってるってお前言ってたろ。頭痛とか、肩こりとか」
「それは……言いましたけど…」
「手っ取り早く全身があったまるらしいぜ?」
赤澤は観月の手を湯から引き出し、蛇口の下に促して、流水に晒す。
「お湯に三分、水道水で十秒。これを五回くらい繰り返せばいいんだってよ」
話しながら出来るだろ?と赤澤は言った。
再度湯に沈められてから、赤澤の手は観月から離れていったけれど、湯と水とを行き来させる時は赤澤が手を伸ばしてきた。
手浴のおかげなのか、赤澤の言動のせいなのか、異様に血流が促進されている気がする。
観月は気難しくゆがめていた顔に熱の色を射し、とても黙っていられる状況ではないため、確認事項を矢継ぎ早に口にしていたものの。
正直な所。
もう、何が何だか判らなかった。
その後の記憶が、どうにもなかった。
放課後のテニスコートで、生え抜き組と補強組との合同練習のさなか、明らかに思惑ありげに近づいてくる人物が二人。
観月は眉を顰める。
「観月ー、今日の昼休み、給湯室に密会カップルがいたらしいんだけどー」
「誰だか知ってるだーね?」
にやにやと笑っているルドルフのダブルスコンビを手加減なく睨みつけ、観月は怒鳴った。
「知りませんっ」
両側からまとわりついてくる彼らを押しやりながら、観月はそもそもの根源であるコートの中にいる男を見やって内心でうらみつらみを繰り返す。
長い腕のストローク。
気持ちよさそうにラリーを続けている赤澤に、観月は思うだけの悪態をついている。
昼休みからずっと。
しかし、あれから、確かに。
ここ最近観月を悩ませていた頭の鈍い痛みは。
優しく、優しく、霧散して。
もう今はどこにも、存在していない。
テニス部の部室を出て、校舎に戻り、向かった先は赤澤のいる教室だ。
昼休み、赤澤がどこにいるかは判らないが、何となく教室だろうと観月が踏んだ通りに。
赤澤は窓際の席に座っていた。
彼の周囲には数名の生徒がいたが、観月が扉から中を窺ったのとほぼ同時に目と目が合った。
「観月」
そう口にしたかと思えばもう、赤澤は観月に所にやってきていた。
教室の扉の上部に左手を伸ばし、観月を見下ろしてくる。
「お前、メシ食ったのか? 食堂来なかったろ」
「食べました。やることがあったので部室で食べたんです」
自身の長身を影にするようにして、赤澤がそっと右手の指先で観月の頬を撫でてくる。
観月が睨むと、赤澤は見えてない、と告げるように首を左右に軽く振った。
「………部活の前に確認しておきたい事があるんですが」
今時間は、と観月が問いかけた時にはもう、背中をたたくついでのような自然な所作で肩を抱かれていて。
赤澤に促され歩き出していた。
「赤澤、なに、」
「給湯室で話しようぜ」
「何でわざわざそんな所で!」
「いいから。来いよ」
「よくありません。命令しないで下さい」
憮然として赤澤の手を振りはらおうとした観月に、赤澤は歩きながら視線だけ向けてきて。
やわらかい光の目で観月を見据えてひそめた声で囁いた。
「お前に命令はしないよ」
「………………」
「一緒にいてくれ」
お願いならいいか?と甘く笑う。
観月は絶句して、そのまま赤澤に連れて行かれてしまった。
給湯室。
各階にあるものの、はっきり言ってここを生徒が使う事は殆どない。
「………何でこんなところで……」
「ん? お湯が出るだろ」
「……お湯?」
赤澤が腕まくりをして、給湯室においてあったプラスチックの大きな容器を蛇口からの水で軽く流した。
何か洗い物でもした時にでも伏せておく為のものなのか、それでいて出番はないらしく真新しいそれに、赤澤は給湯器のお湯を張った。
それから何故か観月の袖口も釦を外して捲くっていく。
「ちょっと、赤澤……」
「確認って何だ? 時間ないんだろ?」
「え?……ああ……今日から新しく始めるメニューの…」
言いかけて観月が途中で言葉を切ったのは。
今度もまたいきなり、赤澤に両手を握られ、引っ張られたからだ。
「な、……」
「何?」
「それはこっちの台詞です…!」
赤澤の手に取られた観月の右手と左手は、プラスチックの容器に沈められた。
赤澤と手を繋いだまま。
湯の温度は少し熱い。
観月は微かに眉根を寄せて怒鳴ったが、赤澤はのんびりと湯の中で観月と手を繋いでいる。
「手浴?」
「何で僕に聞くんですかっ」
「頭。痛いんだろ?」
「………………」
ん?と軽く首を横に倒して赤澤は低い声で問いかけてくる。
本当にどこから見てもいかにも大雑把そうな男なのに、赤澤は誰よりも人を見ている。
観月の事にも、真っ先に、どれだけ些細な事であっても気づくのは赤澤だ。
「痛みには体内水分のバランスが関わってるってお前言ってたろ。頭痛とか、肩こりとか」
「それは……言いましたけど…」
「手っ取り早く全身があったまるらしいぜ?」
赤澤は観月の手を湯から引き出し、蛇口の下に促して、流水に晒す。
「お湯に三分、水道水で十秒。これを五回くらい繰り返せばいいんだってよ」
話しながら出来るだろ?と赤澤は言った。
再度湯に沈められてから、赤澤の手は観月から離れていったけれど、湯と水とを行き来させる時は赤澤が手を伸ばしてきた。
手浴のおかげなのか、赤澤の言動のせいなのか、異様に血流が促進されている気がする。
観月は気難しくゆがめていた顔に熱の色を射し、とても黙っていられる状況ではないため、確認事項を矢継ぎ早に口にしていたものの。
正直な所。
もう、何が何だか判らなかった。
その後の記憶が、どうにもなかった。
放課後のテニスコートで、生え抜き組と補強組との合同練習のさなか、明らかに思惑ありげに近づいてくる人物が二人。
観月は眉を顰める。
「観月ー、今日の昼休み、給湯室に密会カップルがいたらしいんだけどー」
「誰だか知ってるだーね?」
にやにやと笑っているルドルフのダブルスコンビを手加減なく睨みつけ、観月は怒鳴った。
「知りませんっ」
両側からまとわりついてくる彼らを押しやりながら、観月はそもそもの根源であるコートの中にいる男を見やって内心でうらみつらみを繰り返す。
長い腕のストローク。
気持ちよさそうにラリーを続けている赤澤に、観月は思うだけの悪態をついている。
昼休みからずっと。
しかし、あれから、確かに。
ここ最近観月を悩ませていた頭の鈍い痛みは。
優しく、優しく、霧散して。
もう今はどこにも、存在していない。
PR
この記事にコメントする
カテゴリー
アーカイブ
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析