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How did you feel at your first kiss?
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 跡部が迎えに来た。
 別に今日は何の約束もしていない。
 神尾が学校から帰る途中に携帯に電話がかかってきて、今どこだと跡部が言うので場所を答えたら、十分待ってろと言うなり通話がきれた。
 跡部はいつもそうなので神尾は別段気にせず待っていたら、跡部の家の車が現れて。
 それに乗せられるのもいつもの事だったが、今日は跡部が降りると車は走っていってしまった。
 氷帝の制服姿の跡部は神尾の前に立ち、言った。
 送ってやる、と。
「………………」
 これって、何かちょっとおかしくないか。
 神尾は思ったが、跡部が神尾の家に向かう方向で歩き出すので一先ず跡部の隣に並んで神尾も歩いた。
 そもそも跡部に送られる、ということは。
 これまでにも幾度か神尾は体験していたが、それは大抵跡部の家から神尾の家までだったし、手段は跡部の家の車を使っての事だ。
 突然現れて、車も返して、ただ送るだけというのは初めてのことだった。
 跡部が自分に何か用事があるのかと最初神尾は思ったのだが、取り合えず跡部は何も言わない。
 神尾は歩きながら今日学校で会った事などを話し、跡部はいつものように頷くだけだったり呆れたりからかった時折少しだけ笑ったりした。
 別に跡部の様子がおかしいという事もない。
 先週の日曜日に会った時も、今も、跡部は跡部だ。
「………………」
 神尾が話しながらそっと見続ける跡部の横顔は、泣きボクロに長い睫の影が落ちている。
 つまり跡部が伏し目がちになっているという事だ。
 彼は決して下を向くことをしない男だから、伏せられる目元の意味は何だろう。
 神尾がじっと見つめれば跡部は怜悧な眼差しを真っ直ぐ神尾へと向けてくるけれど。
「何だ」
「…ん?」
「いきなり黙って何だって聞いてんだよ」
「あ…ー…」
 特別に重要な話をしていたわけでもない。
 どうでもいい話、と括られて当たり前の神尾の日常の話だったのに、跡部はどことなく不満そうだった。
「あのさ、跡部」
「ああ?」
「今さ、……送って…くれてるんだよな?」
「最初にそう言ったろうが」
 出来の悪い頭だなと眉を顰める跡部にさすがに些かむっとしつつ、神尾は跡部の制服のシャツの裾を掴んだ。
「俺、寄り道、したい」
「………………」
 跡部が微かに目を細めて、神尾の顔と、シャツを掴んでいる神尾の手とを滑るように見やる。
 跡部はどうするのかと目線で聞くように見つめると、どこにだよ、と跡部はあっさりと同意するように言った。
「寄り道も付き合ってくれんの」
「だからどこに行くんだよ」
「どこでもいい」
「…ああ?」
 今はどこでもいい。
 神尾が告げると跡部は珍しく判りやすく怪訝な顔になった。
 取り合えず神尾は、寄り道というか、遠回りがしたいだけなので、面食らっているような跡部のシャツを引っ張って家とは違う方向に歩き出す。
 遠回り、というのも。
 遠回し、な言い分だなと神尾が思ったのは。
 肩越しに見た、自分の後をついてくるような跡部の存在があったからだ。
 跡部のシャツから指先をするりと解いて、小さく言う。
「一緒に、もう少し、跡部といたいだけだから…場所はどこでもいいや」
 伺うようなつもりはなかったが、身長差があるから仕方ない。
 神尾が軽く上目になって跡部に告げると、跡部は軽く目を見開いていた。
 何だか今日の跡部の表情は判りやすい。
 その事が不思議で神尾は問いかけてしまう。
「跡部?」
「……俺がもう全部理解している事を、お前はまだ何も理解出来なくて」
「なに?」
「俺が言わない事を、お前は言うんだな」
 言えない事を言えるのかもしれねえけどな、と跡部は呟き、よく判らないと神尾が困っていると。
 そんな神尾の様子に跡部は肩から息を抜くように笑った。
 少し皮肉気に引き上げられた唇は、いつもの跡部だ。
「跡部?」
 跡部の手が伸びてきて、神尾の手首を包み、するりと指先までやわらかく握りこむようにしてくる。
 最後に跡部の親指と人差し指に挟まれた神尾の小指は、爪先まで撫でられるようにされて、びくっと震えるのだけれど。
「俺が言えるようになるまで我慢して待ってろ」
「……何言ってるかさっぱりわかんねーよう…?」
 どうしてそんな綺麗な顔で笑っているのかも。
 どうして全く解読が出来ない言葉を放ってくるのかも。
 神尾は判らないと言っているのに、何故か跡部は楽しげだった。
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