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How did you feel at your first kiss?
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 海堂は少し俯いている。
 睫が動いて、視線だけが持ち上がって。
 じっと上目に見つめる眼差しに対峙しているのは乾だ。
「駄目」
「………………」
「とにかく、駄目」
 ほぼ無表情に答えている乾を横目に、彼らから少し離れた所で含み笑いを堪えきれず吹き出してしまっている菊丸は、隣にいる不二のジャージの裾を引っ張った。
「不二、不二、なー、あれ。あれ見て」
 言われる前にすでにその光景には気づいていたらしく、不二は視線を一瞬二人に向けてから、菊丸に微笑んだ。
 菊丸は不二の肩に手をかけて、尚身体を震わせて笑い続ける。
「すごいなー。珍しーなー。乾のヤツ」
「それこそ、すごい顔してるけどね」
「心を鬼にしてってやつ?」
「あんなに動揺してる乾は初めて見るね」
「俺もー」 
 彼らの嬉々とした視線に、普段の乾であればすでに気づいていただろうけれど。
 今ばかりは、乾は完全に目の前の相手に粗方の感情も感覚ももっていかれてしまっている。
 同級生達の指摘通り、乾は今とても必死だ。
 それなのに相手は容赦なかった。
 寡黙な海堂は、乾の答えを頭の中で反芻して、尚いろいろ考えた上で、ぽつりと言った。
「………駄目…っすか?」
「う、…」
「どうしても…」
 駄目っすか、と海堂が真剣な眼で乾を見て言った。
 眼光が鋭く、とかく目つきがきついと言われている海堂だったが、いい加減誰よりも彼を見ている乾の目には、どこかしょんぼりとしている様子もはっきりと感じ取れて。
 すんなりと伸びた首筋が僅かに傾けられ、真っ直ぐに見上げてこられるのに乾はとうとうがっくりと肩を落とした。。
「おま、……お前な…それはずるい」
「………ずるい」
「そうだろう? それはずるいだろう。俺の分が悪すぎる」
 乾はもう誰の目から見ても必死だ。
 一人訳が判っていないのは、当事者の海堂だけだ。
 乾にずるいと言われて、ますます真剣な顔であれこれ考え出した海堂の様子は、戸惑いも露で、それでいて一生懸命で。
 遠巻きに様子を伺っていた不二は微笑を深め、菊丸は至極羨ましそうな顔をした。
「海堂もなかなか罪作りだね」
「いいなー、乾。いいなー…」
「ものすごく本気でしょう、英二」
「本気も本気! 海堂可愛いなー」
 じたばたと動き回る菊丸の肩に、不二が手を置いて、声をひそめて問いかける。
「ね、英二。あれ、どうなると思う?」
「乾が負けて、結局海堂が言ってる通りに、練習メニューを増やす!……不二は?」
「んー、逆?」
「え、何で?」
「乾はベストなメニューを海堂に渡してる。海堂に無理させて負担かけさせるような事はしないでしょ」
「ものっすごい流されかけてるけど?」
「戦ってるねえ…」
 面白い、と不二は口元に握った拳を当てて、肩を震わせていた。
「じゃあさじゃあさ、不二、帰りのアイス賭けようぜ」
「いいよー」
 そこまで賑やかに話題にされていても尚。
 乾は全く不二と菊丸に気づかないままだった。
 彼らが言うように、戦いのさなかなのだ。
「乾先輩」
 必要があって呼びかける時以外に、海堂が人の名前を口にすることはあまりない。
 これだけ面と向かっている体勢で、見据えられ、名前を呼ばれると、正直、理知的な部分がごっそり抜け落ちそうな気分になる。
「海堂…」
 お願いします勘弁して下さいと頭を下げたくなりながら乾は海堂の両肩に手を乗せた。
「…乾先輩?」
 海堂の肩は手のひらの中におさめてしまうと見目よりかなり華奢だ。
「もう少し我慢して」
 海堂に言っているのか自分に言い聞かせているのか判らないなと乾は思ってしまう。
「きちんと、作っていこう」
 テニスをする、強くなる為の身体。
 それから。
 まだ海堂は知らない乾の心情、それを告げる為の過程、告げられても海堂が危ぶんだり混乱したりしないで、それが本当の事なのだと聞けるだけの心と関係を。
 無理にするのは乾の本意ではない。
 最短で辿りつきたいから、横着も無理もしない。
 乾はそう思っている。
「………判りました。すみません。勝手言いました」
「いや、……それは全然。ぐらつく俺が悪い…」
「は?…先輩?」
 よくよく考えた上での言葉だったのだろう。
 海堂は、気分を害した風でも、自棄気味なようでもなく、真摯に謝ってきた。
 それに対してつい乾も本音がもれて、海堂を怪訝にさせる。
「どうか…したんすか…」
 不器用ながらも真剣に乾の顔を覗き込んでこようとする海堂のぎこちない気遣いに、乾は撃沈しかけるというものだ。
 海堂という存在が可愛くてならない。
 自覚したらそれは余計にひどくなった気がしてならない。
 死ぬ気で頑張ろう。
 思わず本気でそんな事を決意してしまう乾だ。
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