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How did you feel at your first kiss?
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 壁の向こう側からシャワーの音がする。
 意識はきちんとあるのだが殆ど身動きがとれないでいる南はベッドの上でうつ伏せになって、その雨音にも似た水流の音をぼんやりと聞いていた。
 薄暗くなりかけている部屋。
 時間は何時だろうかと思ったが、今の南は時計を見る為の寝返りすら億劫だった。
 亜久津の部屋に来たのは何時頃だっただろうか。
「………………」
 この部屋に来る事も、少しずつ慣れてきた。
 亜久津の部屋は、初めて来た時に、あまりにも彼らしい部屋で南は驚いた。
 雑多な印象を与えるけれど、実際のところあまり物のない空間。
 ベッドの乱れが妙に婀娜めいて映るのは、南もそこを使うようになってから余計にひどくなった。
「………………」
 扉が雑に開いて。
 音と気配に亜久津が戻ってきた事を知る。
 そういえば音が止んでいる。
 タオルで髪を拭っているらしい音がして、南は彼へと視線を上げることすら未だ億劫な自分の身体を持て余す。
 石鹸の匂いがする。
 しかしそれは淡く甘いような匂いではなく、亜久津の肌の匂いと交ざってどこか艶めいて香る。
「おい」
 声が近くなって、ベッドのところまで亜久津がやってきたのを知り、南は息を詰める。
 起き上がれれば一番良いのだが、到底無理そうだ。
 まだシャワーを浴びにもいけなさそうだし、かといってぐったりとベッドに伸びていたままでもいられず、寝返りも困難な状態で南はごそごそと身じろいだ。
 降りろとは言われないから、まだベッドにいてもいいらしい。
 どうにか亜久津分のスペースを空けるべく、南は壁際に寄った。
 ギシリとベッドが軋む。
 亜久津が片膝をついてきた。
 ふわりと香りが濃くなった。
 南はそれで、ああでも、とふと思い直した。
 せっかくシャワーを浴びてきた亜久津に、まだそのままの状態の南がいては、やはりまずいだろう。
 綺麗にシャワーで痕跡を流した身体と、依然そのままでいる身体。
 起き上がれるか、立ち上がれるか、まだどうにも危うかったけれど、とにかくどうにかしようと南が思った時だ。
「てめえ、何よけてんだ」
「………え?」
 不機嫌極まりない声は呻く様に辛辣で、南が必死で持ち上げた眼差しの先で亜久津が目つきを鋭くさせている。
 普段は逆立てている髪がふわりと落ちていて、きつい顔つきとのアンバランスさが余計に亜久津を大人びて見せている。
 南が必死に壁際に寄ったのは、亜久津をよけるというよりは、彼がいられる分のスペースをつくるために詰めただけなのだが、どうにも亜久津は憮然と機嫌を悪くしている。
 どうにかベッドから降りようとしていたのもいけなかったようだ。
 亜久津はベッドに乗り上げて、長い腕で易々と南を抱き込むようにして横たわった。
 腰に腕が絡む。
 脚と脚とも絡み合う。
 裸の胸元に抱きこまれるようにされて南は硬直した。
 こんなに密着してしまったら、亜久津がシャワーを浴びた意味がないだろう。
「ちょ、…亜久津…、」
「何嫌がってんだよ。アア?」
 本気で凄まれて、正面から顎を掴まれる。
 待ってくれと思いながら南はきつい口付けを受ける事になる。
「ン、っ…、……」
「………………」
「………ゃ……っ、…」
「抵抗してんじゃ、ねえ」
 荒っぽく引き剥がされた唇をそれまで以上にまた深く塞ぎ直され、南はキスでベッドに縛り付けられる。
「ちが…、……おい、亜久津……」
 待てって、ともがいた南は懸命に言い募った。
「俺、まだ……」
「まだ、何だよ」
「汚れた、ままだってば…、…」
「どこが」
 どこがって、と南は愕然と、シャワーに洗い流されたきれいな亜久津の肌に抱きこまれながら困惑を露にする。
「お前、シャワー浴びてきたんだろ…、…っ…」
「連れていってやるって言ったろうが。嫌がったのはてめえだろ」
「立てなかったんだよ…!」
「抱いていってやるって言ったよな?」
 不機嫌な顔のまま、とんでもない事を言う亜久津を南は必死で押しのける。
「ばか、俺が抱けるわけ、…」
「俺を誰だと思ってる。馬鹿かてめえは」
「……っとにかく、…っ…こんな……、…これじゃ、シャワー浴びた意味ないだろ…っ」
「うるせえな。まだ啼かされ足りねえみたいだな…」
「……んなわけあるか…、っ」
 無感覚に近い下半身の感触は、これから少しずつ痛みのようなものを覚えるのかもしれない。
 少なくとも今は這いずって歩くしかないような有様だ。
 どれだけしたのか判っている南としては、また身体に伸ばされてきた亜久津の手の感触に茫然となるしかない。
 大きな手のひら。
 長い指。
「亜久津、…ほんと…汚れるって……」
「さっきから何をほざいてんだ、てめえは」
 眼光鋭く吐き捨てた亜久津がシャワーの湯を浴びて色濃くなった唇を舐める。
 南はくらくらと眩暈のようなものを覚えてしまう。
 身体のあらゆる箇所を密着させるかのように亜久津は南を抱き込み、首筋に唇を這わせてくる。
 汗はかわいただけで洗い流したわけでもないのに、亜久津は舌まで這わせてくる。
「………っ…、…」
 首筋を舐められ、耳をゆるく噛まれ、顔も舌や歯や唇で辿られる。
 南が小さく竦むように震えると、亜久津は舌で口腔を撫でるようなキスをしてから南を抱き締め直すようにしてきた。
「…………亜久津…」
「てめえのどこが汚れるんだ」
「…亜久津…?」
「俺が好きなように何やったって、てめえは変わらねえだろうが」
 不機嫌な顔の訳が知りたくなる。
 そんなあからさまな顔を亜久津がするのは珍しかった。
 考えるより先に南の手は亜久津に伸びた。
 そっと頭に触れると速攻で舌打ちをされたが、振り払われはしなかった。
「………………」
 シャワーを浴びたばかりの清潔な肌で躊躇いもなく抱き込まれて南は身じろぐのを止めた。
 亜久津が構わないのなら、いいのだろうと思ったからだ。
 広い背中を抱き返す。
 そっと亜久津の髪を握りこむ。
 それぞれの手で縋れば、抱擁は強くなった。
 南はそのまま目を閉じる。
「おい。寝るな」
「……んー……」
 ぼんやりと声が聞こえてきたので、ぼんやりと返す。
 南は目を開けない。
「ふざけんな。てめえ、」
 おい、と低い声で恫喝されたが南はもう抗いがたい睡魔に負けてぐずるように首を左右に振った。
 ぐうっと亜久津の喉が鳴った。
 南は両腕を亜久津に絡めたまま、凄んでくる亜久津の声と言葉を聞き、眠りの淵へと沈んでいく。
 亜久津の底冷えする凄んだ声は、南の最後の記憶が正しければ、一人おいておかれることの恨み言のような、ひどくかわいらしいものだった。
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