How did you feel at your first kiss?
氷帝のラウンジは、よほどのことがない限り満席になることはない。
それくらいに広い。
しかし何故かいつも見知った顔は近くに集まるようになっている。
「おおーい。お前らこっち来いよ!」
派手なアクションで手招きしている向日を、鳳と宍戸は同時に見て、それから同時に今度は互いの顔を見る。
「あの感じじゃ、ぜってー何かあるぞ…」
「…ですね。行きましょうか、宍戸さん」
溜息をつく宍戸に、鳳がやんわりとした笑みで、肯定と促しを差し向ける。
憂鬱そうな顔を隠しもせず、それでいて宍戸は真っ直ぐ向日のいるテーブルに向かった。
テーブルには他にもいつもの面子が揃っていた。
「宍戸ー、お前またそれかよ」
向日が言ったのは、宍戸の買った飲物だ。
正確には、宍戸が買って、鳳が運んで、宍戸が椅子に座ると同時にサーブするように宍戸の前に鳳が置いたハーブティだ。
ミントやレモングラスの特別ブレンドで、好みで入れられるように添えられた蜂蜜は、鳳が注いでいる。
その行為まで全部ひっくるめて、向日は、また、と言ったのだ。
宍戸はうるせえよと返しながら、隣に座った鳳に、サンキュ、と告げてからカップに口をつけて。
自分で入れるより絶対に甘みのバランスが絶妙なのだからと、ちらりと上目に向日を見やる。
またで悪いか。
そう感情を込めた眼差しで。
「鳳、お前宍戸に甘すぎねー?」
「そうですか…? 寧ろセーブしてるんですが…」
矛先を鳳に向けた向日だったが、鳳のゆるい甘い笑みは向日をも一息で脱力させたようだ。
テーブルに崩れるように顔を伏せた様子を見て、宍戸は笑い、鳳は生真面目に声をかけている。
「大丈夫ですか? 向日先輩…」
「これっぽっちも大丈夫じゃねーよっ」
叫んだ向日の声に目覚めたのか、同じテーブルに顔も両手も投げ出して眠っていたジローが、逆にむくりと身体を起こした。
起き抜けに宍戸を見て、呂律のあやうい口調で驚いている。
「ぁ…ぇ……ししど…」
「よう。お目覚めか?」
寝乱れたジローの髪を軽くかきまぜた宍戸に、それまで岳人の隣で黙ってコーヒーを飲んでいた忍足が見かねた様に苦笑を零す。
「そんな真似して。忠犬が戦闘犬になったらどないするん」
「お前の言う事は意味がわかんねえんだよ、忍足」
きつい眼差しを差し向けられても構わずに、忍足は宍戸をよそにして心底同情的に鳳の肩を数回叩いた。
「若い時に苦労しといて、ええ男になるんやで、鳳」
「がんばります」
あまりにも爽やかにそう返されて、忍足も向日に続いてテーブルに沈み、立ち直った相棒に慰めともつかない言葉をかけられていた。
「侑士、もうこいつら放っておこうぜ。ほんと疲れる」
「…やな」
「お前らで呼んでおいてその言い草かよ」
呆れた宍戸の言葉に、向日が、あ!という顔をした。
「そうだ。聞きたいことがあんだよ。宍戸」
「何だよ」
「なー、お前だったらさ、好きな相手のメアドとか、携帯番号とか、どうやって聞く?」
「はあ?」
ぐいっと顔を近づけてきた向日の問いかけに、宍戸は眉間に皺を寄せた。
向日は気にした風もなくまくし立ててくる。
「一応クラスメイトで、そこそこ話はするけど、まあ特別親しいって訳でもないような相手。初対面とかで聞く感じとはもう違うって関係で」
「一応だとか感じだとか、まどろっこしいな。そんなもん、普通にアドレスはなんだ、番号は何番だって聞けばいいだろうが」
宍戸のそっけなく呆れた声に、だろ?と向日は勢いこんだ。
自分の返答に向日が怒り出すかと一瞬宍戸は思ったのだが、向日は寧ろ我が意を得たりといった表情でしきりに頷いている。
「俺もそう思うんだよ! 普通そうだよな? なのによお、侑士がさ、その子はそれが出来ないから聞いてるんだろとか何とか言いやがってさ」
先程までは同胞とばかりに同情的だった相手を、今度は睨みつけている向日には、どうやらクラスメイトからそんな相談を受けたようだった。
見た目は余程忍足の方がクールそうなのだが、彼は恋愛事にはああ見えて実は繊細らしい。
向日はといえば、雰囲気は甘めの可愛らしさが目立つのだが実際はひどく男っぽいので、その恋愛相談は思いっきり人選ミスだろうと宍戸は内心で思った。
「そいつもさ、俺が教えてやろうかっつってんのに、本人から聞かないと連絡できないとか言っててよ」
面倒くせえ!と頭を抱える向日の心情は宍戸にはよく判った。
自分もそう思うからだ。
そうして案の定、鳳は忍足に同意している。
宍戸は向日相手に言った。
「連絡したいんなら直接聞くしかねえのになぁ…」
「だろ? 知らない情報聞くのに、今更も、初対面じゃないも、ねえだろって話!」
何愚図ってんだがさっぱり判んねえ!と向日が言うのに、宍戸も同意で頷いた。
それを聞いた忍足と鳳は、揃って溜息を吐き出している。
対峙する二組の合間で、突然にジローが口をひらいた。
「それじゃー、携帯のー、操作をまちがってー、電話帳ぜーんぶ消しちゃったからー、手入力で入力しなおしてるんだけどとか言ってー…しらばっくれて正面きって聞けばー?」
テーブルにいた一同は一瞬揃って口を噤む。
全員の視線を一身に浴びて、ジローは前髪をくしゃくしゃとかきまぜながら小さくあくびをする。
幼い顔つきの彼の台詞には、繊細組も、男らしい組も、思わず頷いた。
「………それは、結構いいんじゃね?」
「せやな。それはいけるで」
岳人と忍足がことのほか真剣な様子で頷きあっていると、とろんとした目にうっすらと涙を溜めてジローが再び口をひらく。
何かに気づいたように、あ、と言ってから。
「でもこれ、宍戸のアドレス聞き出す時に鳳がやったことかー……」
仰天したのは鳳だ。
本当に飛び上がったんじゃないだろうかと宍戸は見ていて思った。
そんな鳳の反応に、向日がここぞとばかりにからかいの眼差しで鳳に詰め寄っていく。
「は? マジで? そうなのかよ、鳳」
「な、…ジロー先輩、何言ってるんですか…! 違いますよ! 向日先輩っ」
そうだっけー?と欠伸をするジローの隣で、岳人が好奇心丸出しの顔で鳳を覗き込む。
「違ってて何でそんな慌ててんだよー、お前ー」
「向日先輩が何か悪い顔になってるから…!」
「あ、お前センパイに向かってそういう口きくか?」
「ちょ、…っ」
甘い顔立ちを裏切る凶暴さで有名な向日は、にこっと笑いながら鳳のタイを手にして、含みたっぷりに目を細めている。
「……あかん。本気で怯えとるで、鳳」
忍足が苦笑いしている隣で、宍戸は呆れ顔だ。
「かわいいねえ、鳳も。宍戸のメアドゲットするべく、あれこれ考えたわけだ」
「ですから…! 違いますって…! 俺は普通に宍戸さんに聞きましたよ。教えて下さいって」
「なの? 宍戸」
「んー…?…どうだったかな」
「ひどい、宍戸さん」
覚えてねえなと首を傾げる宍戸に、鳳が嘆く様を見て向日は笑って喜んでいる。
「確かに、電話帳消してしまったのは本当ですけど。その前にちゃんと宍戸さんに聞いてます」
「ふぅん。へぇえ?」
「向日先輩…!」
そうやってひとしきり構われ、からかわれまくった鳳は。
暫くして席を立った三人の三年生から開放されるなり、テーブルに額を当てて脱力する。
「さて、と。ジローの案を教えてやりに行くかなー」
「俺は教室でねむるー」
「まだ寝るんかい!………ああ、鳳、堪忍なー」
足取り軽い向日と、あくびを繰り返すジローと、苦笑で片手を顔の前に立てる忍足と。
彼らが席を立ち、その場からいなくなり、宍戸は鳳と二人きりになる。
疲れきった様にテーブルに顔を伏せている鳳の、少しだけ癖のあるやわらかな髪を宍戸は手のひらで軽くたたいた。
「長太郎」
ぐったりとしている鳳を見て軽く笑う宍戸の口調は楽しげで、優しげだった。
「……んな落ち込むなって」
「だって……ひどいじゃないですか。宍戸さん」
じっと上目に見られる。
宍戸は笑った。
「言えば良かったじゃねえか。お前がした事と、俺がした事」
鳳は、彼が言うように、真っ正直に言ったのだ。
まださほど親しくなる前だったが、宍戸のアドレスと電話番号を教えてくださいと丁寧に。
それに対して宍戸は。
「人に聞く前にお前が言えって怒鳴ってよ。あれは我ながら横柄だった」
「そんな事ないです。宍戸さんは横柄なんかじゃないです」
鳳に真剣に否定されて、宍戸は目を瞠ってから、そっと声をひそめる。
「ま、…照れかくしで怒鳴ったようなもんだからよ」
「……え?」
あんな風に、真っ向から。
乞われるようにお願いをされた事なんてなかったから。
「だから。照れの延長で。お前の携帯奪って、俺の携帯にかけて、すぐきって」
「それを俺にくれましたよね」
嬉しかったんです、すごく、と鳳が顔を上げて優しく笑う。
その時と同じ、嬉しそうで可愛い。
宍戸は肩を竦めた。
「放り投げてな」
「ちゃんとキャッチしたでしょう?」
「受け取りざま、お前俺の隣に並んで、即効で俺に電話かけてきてな」
「早く宍戸さんに電話してみたかったんですよ」
「並んで歩いてんのに電話してるってどんなだよ」
「幸せって感じでしたねえ…」
「………アホ」
そんなに昔の事ではない。
でも、何故か懐かしいような面映さがある。
そういえば、と宍戸は思った。
「思い出しついでにだけどよ…」
「何ですか?」
宍戸はハーブティを飲みながら鳳に視線を向ける。
「お前がその後に電話帳全部消したの、あれ、わざとだろ」
鳳が双瞳を見開く。
純粋に驚いている顔だ。
「何で知ってるんですか」
「お前が……やけに嬉しそうだったから、かな?」
ジローが言ったように、鳳は携帯の電話帳が全て消えてしまった後も、宍戸にアドレスを聞きに来たのだ。
その時の鳳の表情を思い出しながら宍戸は言う。
「びっくりしました」
全部判ってたんですねと鳳が呟いた。
宍戸は首を左右に振った。
「んなわけあるか。わざと全消去して、それの何が嬉しいのかまで判るかよ」
「あの時はですね、……実際全部消してみたら、すごく実感したので」
「あ?」
「他には何もいらないんだなって。俺は、宍戸さんだけでいいんだなって。改めて判って。それが嬉しかったんだと思います」
鳳は穏やかに言った。
宍戸は一瞬絶句し、それから盛大に深々と溜息をついた。
「…お前、時々本当に突拍子もないこと言ったりやったりするんだよな……」
「ですね。自覚はしてますよ」
常識を弁えて、堅実そうで。
そのくせおっとりと微笑みながら誰も思いもしないような事をするのが鳳だ。
「携帯のリセットくらいならいいけどよ。そのうちお前自身のリセットとかするんじゃねーぞ?」
「もし記憶がなくなっても、宍戸さんにその都度惚れこみますよ、俺」
「それをやめろっつってんだよ」
何度でも好きになる。
鳳はそう言って、まさかそれを意図的に実行するわけはないだろうが。
何分鳳は、時折宍戸の予想もつかない事をしでかしてくるから。
一応釘をさしておくべく宍戸は口をひらく。
「もしお前が俺の事を忘れるような事があったら、俺はお前に愛想尽かすからな」
宍戸の予測以上に、その言葉は鳳を戒めたらしかった。
ぜったいしませんと、鳳はひどく懸命で神妙な真顔で、言った。
絶対するな、と宍戸は眼差しで念押しをする。
そして最後に、そんな事になったら泣き喚いてやると凄めば、もう。
「そんな事しませんってば! だから泣いたりしないでください」
どれだけ必死なのかと思う剣幕で鳳が宍戸に詰め寄ってくるので。
宍戸は冗談めかした本音を晒したまま笑ってやった。
それくらいに広い。
しかし何故かいつも見知った顔は近くに集まるようになっている。
「おおーい。お前らこっち来いよ!」
派手なアクションで手招きしている向日を、鳳と宍戸は同時に見て、それから同時に今度は互いの顔を見る。
「あの感じじゃ、ぜってー何かあるぞ…」
「…ですね。行きましょうか、宍戸さん」
溜息をつく宍戸に、鳳がやんわりとした笑みで、肯定と促しを差し向ける。
憂鬱そうな顔を隠しもせず、それでいて宍戸は真っ直ぐ向日のいるテーブルに向かった。
テーブルには他にもいつもの面子が揃っていた。
「宍戸ー、お前またそれかよ」
向日が言ったのは、宍戸の買った飲物だ。
正確には、宍戸が買って、鳳が運んで、宍戸が椅子に座ると同時にサーブするように宍戸の前に鳳が置いたハーブティだ。
ミントやレモングラスの特別ブレンドで、好みで入れられるように添えられた蜂蜜は、鳳が注いでいる。
その行為まで全部ひっくるめて、向日は、また、と言ったのだ。
宍戸はうるせえよと返しながら、隣に座った鳳に、サンキュ、と告げてからカップに口をつけて。
自分で入れるより絶対に甘みのバランスが絶妙なのだからと、ちらりと上目に向日を見やる。
またで悪いか。
そう感情を込めた眼差しで。
「鳳、お前宍戸に甘すぎねー?」
「そうですか…? 寧ろセーブしてるんですが…」
矛先を鳳に向けた向日だったが、鳳のゆるい甘い笑みは向日をも一息で脱力させたようだ。
テーブルに崩れるように顔を伏せた様子を見て、宍戸は笑い、鳳は生真面目に声をかけている。
「大丈夫ですか? 向日先輩…」
「これっぽっちも大丈夫じゃねーよっ」
叫んだ向日の声に目覚めたのか、同じテーブルに顔も両手も投げ出して眠っていたジローが、逆にむくりと身体を起こした。
起き抜けに宍戸を見て、呂律のあやうい口調で驚いている。
「ぁ…ぇ……ししど…」
「よう。お目覚めか?」
寝乱れたジローの髪を軽くかきまぜた宍戸に、それまで岳人の隣で黙ってコーヒーを飲んでいた忍足が見かねた様に苦笑を零す。
「そんな真似して。忠犬が戦闘犬になったらどないするん」
「お前の言う事は意味がわかんねえんだよ、忍足」
きつい眼差しを差し向けられても構わずに、忍足は宍戸をよそにして心底同情的に鳳の肩を数回叩いた。
「若い時に苦労しといて、ええ男になるんやで、鳳」
「がんばります」
あまりにも爽やかにそう返されて、忍足も向日に続いてテーブルに沈み、立ち直った相棒に慰めともつかない言葉をかけられていた。
「侑士、もうこいつら放っておこうぜ。ほんと疲れる」
「…やな」
「お前らで呼んでおいてその言い草かよ」
呆れた宍戸の言葉に、向日が、あ!という顔をした。
「そうだ。聞きたいことがあんだよ。宍戸」
「何だよ」
「なー、お前だったらさ、好きな相手のメアドとか、携帯番号とか、どうやって聞く?」
「はあ?」
ぐいっと顔を近づけてきた向日の問いかけに、宍戸は眉間に皺を寄せた。
向日は気にした風もなくまくし立ててくる。
「一応クラスメイトで、そこそこ話はするけど、まあ特別親しいって訳でもないような相手。初対面とかで聞く感じとはもう違うって関係で」
「一応だとか感じだとか、まどろっこしいな。そんなもん、普通にアドレスはなんだ、番号は何番だって聞けばいいだろうが」
宍戸のそっけなく呆れた声に、だろ?と向日は勢いこんだ。
自分の返答に向日が怒り出すかと一瞬宍戸は思ったのだが、向日は寧ろ我が意を得たりといった表情でしきりに頷いている。
「俺もそう思うんだよ! 普通そうだよな? なのによお、侑士がさ、その子はそれが出来ないから聞いてるんだろとか何とか言いやがってさ」
先程までは同胞とばかりに同情的だった相手を、今度は睨みつけている向日には、どうやらクラスメイトからそんな相談を受けたようだった。
見た目は余程忍足の方がクールそうなのだが、彼は恋愛事にはああ見えて実は繊細らしい。
向日はといえば、雰囲気は甘めの可愛らしさが目立つのだが実際はひどく男っぽいので、その恋愛相談は思いっきり人選ミスだろうと宍戸は内心で思った。
「そいつもさ、俺が教えてやろうかっつってんのに、本人から聞かないと連絡できないとか言っててよ」
面倒くせえ!と頭を抱える向日の心情は宍戸にはよく判った。
自分もそう思うからだ。
そうして案の定、鳳は忍足に同意している。
宍戸は向日相手に言った。
「連絡したいんなら直接聞くしかねえのになぁ…」
「だろ? 知らない情報聞くのに、今更も、初対面じゃないも、ねえだろって話!」
何愚図ってんだがさっぱり判んねえ!と向日が言うのに、宍戸も同意で頷いた。
それを聞いた忍足と鳳は、揃って溜息を吐き出している。
対峙する二組の合間で、突然にジローが口をひらいた。
「それじゃー、携帯のー、操作をまちがってー、電話帳ぜーんぶ消しちゃったからー、手入力で入力しなおしてるんだけどとか言ってー…しらばっくれて正面きって聞けばー?」
テーブルにいた一同は一瞬揃って口を噤む。
全員の視線を一身に浴びて、ジローは前髪をくしゃくしゃとかきまぜながら小さくあくびをする。
幼い顔つきの彼の台詞には、繊細組も、男らしい組も、思わず頷いた。
「………それは、結構いいんじゃね?」
「せやな。それはいけるで」
岳人と忍足がことのほか真剣な様子で頷きあっていると、とろんとした目にうっすらと涙を溜めてジローが再び口をひらく。
何かに気づいたように、あ、と言ってから。
「でもこれ、宍戸のアドレス聞き出す時に鳳がやったことかー……」
仰天したのは鳳だ。
本当に飛び上がったんじゃないだろうかと宍戸は見ていて思った。
そんな鳳の反応に、向日がここぞとばかりにからかいの眼差しで鳳に詰め寄っていく。
「は? マジで? そうなのかよ、鳳」
「な、…ジロー先輩、何言ってるんですか…! 違いますよ! 向日先輩っ」
そうだっけー?と欠伸をするジローの隣で、岳人が好奇心丸出しの顔で鳳を覗き込む。
「違ってて何でそんな慌ててんだよー、お前ー」
「向日先輩が何か悪い顔になってるから…!」
「あ、お前センパイに向かってそういう口きくか?」
「ちょ、…っ」
甘い顔立ちを裏切る凶暴さで有名な向日は、にこっと笑いながら鳳のタイを手にして、含みたっぷりに目を細めている。
「……あかん。本気で怯えとるで、鳳」
忍足が苦笑いしている隣で、宍戸は呆れ顔だ。
「かわいいねえ、鳳も。宍戸のメアドゲットするべく、あれこれ考えたわけだ」
「ですから…! 違いますって…! 俺は普通に宍戸さんに聞きましたよ。教えて下さいって」
「なの? 宍戸」
「んー…?…どうだったかな」
「ひどい、宍戸さん」
覚えてねえなと首を傾げる宍戸に、鳳が嘆く様を見て向日は笑って喜んでいる。
「確かに、電話帳消してしまったのは本当ですけど。その前にちゃんと宍戸さんに聞いてます」
「ふぅん。へぇえ?」
「向日先輩…!」
そうやってひとしきり構われ、からかわれまくった鳳は。
暫くして席を立った三人の三年生から開放されるなり、テーブルに額を当てて脱力する。
「さて、と。ジローの案を教えてやりに行くかなー」
「俺は教室でねむるー」
「まだ寝るんかい!………ああ、鳳、堪忍なー」
足取り軽い向日と、あくびを繰り返すジローと、苦笑で片手を顔の前に立てる忍足と。
彼らが席を立ち、その場からいなくなり、宍戸は鳳と二人きりになる。
疲れきった様にテーブルに顔を伏せている鳳の、少しだけ癖のあるやわらかな髪を宍戸は手のひらで軽くたたいた。
「長太郎」
ぐったりとしている鳳を見て軽く笑う宍戸の口調は楽しげで、優しげだった。
「……んな落ち込むなって」
「だって……ひどいじゃないですか。宍戸さん」
じっと上目に見られる。
宍戸は笑った。
「言えば良かったじゃねえか。お前がした事と、俺がした事」
鳳は、彼が言うように、真っ正直に言ったのだ。
まださほど親しくなる前だったが、宍戸のアドレスと電話番号を教えてくださいと丁寧に。
それに対して宍戸は。
「人に聞く前にお前が言えって怒鳴ってよ。あれは我ながら横柄だった」
「そんな事ないです。宍戸さんは横柄なんかじゃないです」
鳳に真剣に否定されて、宍戸は目を瞠ってから、そっと声をひそめる。
「ま、…照れかくしで怒鳴ったようなもんだからよ」
「……え?」
あんな風に、真っ向から。
乞われるようにお願いをされた事なんてなかったから。
「だから。照れの延長で。お前の携帯奪って、俺の携帯にかけて、すぐきって」
「それを俺にくれましたよね」
嬉しかったんです、すごく、と鳳が顔を上げて優しく笑う。
その時と同じ、嬉しそうで可愛い。
宍戸は肩を竦めた。
「放り投げてな」
「ちゃんとキャッチしたでしょう?」
「受け取りざま、お前俺の隣に並んで、即効で俺に電話かけてきてな」
「早く宍戸さんに電話してみたかったんですよ」
「並んで歩いてんのに電話してるってどんなだよ」
「幸せって感じでしたねえ…」
「………アホ」
そんなに昔の事ではない。
でも、何故か懐かしいような面映さがある。
そういえば、と宍戸は思った。
「思い出しついでにだけどよ…」
「何ですか?」
宍戸はハーブティを飲みながら鳳に視線を向ける。
「お前がその後に電話帳全部消したの、あれ、わざとだろ」
鳳が双瞳を見開く。
純粋に驚いている顔だ。
「何で知ってるんですか」
「お前が……やけに嬉しそうだったから、かな?」
ジローが言ったように、鳳は携帯の電話帳が全て消えてしまった後も、宍戸にアドレスを聞きに来たのだ。
その時の鳳の表情を思い出しながら宍戸は言う。
「びっくりしました」
全部判ってたんですねと鳳が呟いた。
宍戸は首を左右に振った。
「んなわけあるか。わざと全消去して、それの何が嬉しいのかまで判るかよ」
「あの時はですね、……実際全部消してみたら、すごく実感したので」
「あ?」
「他には何もいらないんだなって。俺は、宍戸さんだけでいいんだなって。改めて判って。それが嬉しかったんだと思います」
鳳は穏やかに言った。
宍戸は一瞬絶句し、それから盛大に深々と溜息をついた。
「…お前、時々本当に突拍子もないこと言ったりやったりするんだよな……」
「ですね。自覚はしてますよ」
常識を弁えて、堅実そうで。
そのくせおっとりと微笑みながら誰も思いもしないような事をするのが鳳だ。
「携帯のリセットくらいならいいけどよ。そのうちお前自身のリセットとかするんじゃねーぞ?」
「もし記憶がなくなっても、宍戸さんにその都度惚れこみますよ、俺」
「それをやめろっつってんだよ」
何度でも好きになる。
鳳はそう言って、まさかそれを意図的に実行するわけはないだろうが。
何分鳳は、時折宍戸の予想もつかない事をしでかしてくるから。
一応釘をさしておくべく宍戸は口をひらく。
「もしお前が俺の事を忘れるような事があったら、俺はお前に愛想尽かすからな」
宍戸の予測以上に、その言葉は鳳を戒めたらしかった。
ぜったいしませんと、鳳はひどく懸命で神妙な真顔で、言った。
絶対するな、と宍戸は眼差しで念押しをする。
そして最後に、そんな事になったら泣き喚いてやると凄めば、もう。
「そんな事しませんってば! だから泣いたりしないでください」
どれだけ必死なのかと思う剣幕で鳳が宍戸に詰め寄ってくるので。
宍戸は冗談めかした本音を晒したまま笑ってやった。
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