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How did you feel at your first kiss?
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 跡部の家の玄関で、顔を合わせるなり、跡部がのしかかってきた。
「ぅわ、…っ」
 咄嗟に両手でそれを抱きとめ、グッとどうにか足で踏みとどまった神尾だったが、足元はかなり危なげな状態だ。
 跡部は決して大柄ではなく、その体躯は均整が取れていてしなやかだ。
 それなのにこういう風にされると神尾では受け止めるので精一杯になってしまう。
「ど、…どうした、跡部…?」
「………………」
 全身で脱力して自分の肩口に顔を伏せている跡部に、神尾は声をかける。
 背中に手をあて、ぽんぽんとそこを軽く叩きながら、跡部?と伺うように名前を呼んだ。
「ええと…、?…あの」
「……神尾」
 低い声と一緒に、ゆらりと跡部が顔を上げる。
 間近で目と目が合って、神尾は瞬いた。
「え、…?………あ、…おじゃま…します、……や、…してます、…か」
 何を、何から、どう言えばいいのか判らず。
 神尾はとりあえずそう言った。
 やけにどぎまぎとしてしまうのは、跡部の顔が近いせいだ。
 いつまでたっても神尾はそうなる。
 そうして跡部は、普段だったらそんな神尾の物言いにここぞとばかりに辛辣な言葉を多々向けてくる筈なのだが今は違った。
 今は。
 不機嫌そうな目で至近距離から見据えてきながら、呻くように、ただ一言だけ。
「………遅ぇんだよ」
「………………」
 凄むというより、それは。
 単に、拗ねているだけにしか聞こえない、そんな声だった。
「ご…ごめん…」
 思わず神尾も素直謝るしか出来なくなる、そんな声だった。
 これでも神尾はここまで最速のスピードでやってきたのだが、そんな事はとても言えそうになかった。
 跡部からの呼び出しは、いつも尊大で。
 メールでも電話でも、最終的な神尾の意思こそ尊重はするが、横柄だったりえらそうだったり強引だったりする。
 命令だったり断言だったり時には強制だったりもする。
 それが、今回は些か事情が違っていて。
 言葉ばかりはいつもと変わらなかったものの、その口調は何だか力なく、命令というよりはどこか懇願めいていた。
 だから神尾は何がどうしたのかと思って、電話をきってすぐ、あたふたと身支度をして走ってきたのだ。
 跡部の家まで。
 訪ねてくれば、跡部は案の定だった。
「どうしたんだよぅ? 跡部…」
「……見りゃ判んだろうが」
「具合悪いのか? どっか痛いとかか?」
「バカだろてめえ」
「バカって言うな!………てゆーか、てゆーかさ、跡部……ほんとどうしたんだよぅ?」
 いつもの感じで怒鳴り返したものの、ろくに言い返しもしない跡部にまた肩口に顔を埋めてこられて。
 神尾は弱ってしまった。
「………………」
 抱きとめている身体は、たとえば熱があるとか、具合が悪そうだとか、そういう事はないようだった。
 いつものように、いい匂いがする。
 いつものように、なめらかでしっかりとした感触が手のひらには在る。
 何だろう、どうしたんだろう、と。
 神尾は何か少しでも確かめられたらいいなと思って、手のひらをぺたぺたと跡部の背に這わせてみる。
 跡部?と呼びかけながら頬に時折触れてくる跡部の髪を撫でつけたりもして。
 そんな風に暫く靴も履いたまま跡部の身体を支えていると、身体を預けてきていた跡部の手が、明確な意思でもって動き出した。
 強く、抱き締められた。
 跡部の片手は神尾の腰にまわり、もう片方の手が神尾の頬を包んで、上向かされたと思った時にはもう。
 もう、唇が塞がれている。
 神尾は反射的に目を閉じた。
 跡部の舌が入ってくる。
 口の中、それを意識した途端、頭の中が濡れたような気持ちになった。
「……、……、…っん」
 跡部の舌は神尾の口腔で、神尾の舌を欲しがって動く。
 欲しがり方が貪欲で、遠慮がなくて、神尾は跡部の服を両手で握り締めるようにして震える指先で取りすがった。
 背筋が反ってしまったままでとどまっている体勢が、少し苦しかった。
「ン……っ……ん、…っ」
 噛まれた訳ではないが、そんな勢いで、また唇が深く重なる。
 今日の跡部はあまり喋らない。
 その分キスはどこかがっついていて、神尾は跡部の思うがままに蹂躙されながら、胸の中に詰め込まれてくる甘ったるいものですぐにいっぱいになってしまった。
 目尻に息苦しさから僅かな涙を浮かべれば、冗談のように整っている跡部の指先に、その雫をさらわれた。
 キスがほどけて、神尾が目を開けると、跡部は自身の親指の腹を舌で舐めていた。
「…、…ばか……なに舐めてんだ…よ…」
「涙だろ。お前の」
 赤い濡れた唇。
 笑いもしない跡部の顔には欲望の色がはっきりと見て取れた。
 神尾の顔を凝視しながら、味覚を確かめるかのように、舌で唇を舐める跡部は、卑猥すぎて神尾にはどうしたらいいのかと思う。
 涙とも言えないような微かに滲む液体をも尚欲しがって、神尾の眦に跡部は唇を寄せてくる。
 刻まれた口付けに、神尾のこめかみが熱を持って脈を打った。
「…、あ…とべ…?」
 小さく肩を竦めて再三その名で問いかければ、短いキスに唇をまた啄ばまれる。
 神尾は何となく理解した。
 今の跡部は、いつもと違う訳ではない。
 暫く会えないでいると、跡部はいつもこうだ。
 何度も口付けてくる跡部の髪を、そっと両方の手のひらに包むように握りこみ、神尾はゆっくり唇をひらく。
 すぐに熱い舌が捻じ込まれて、粘膜を蹂躙されて、膝が揺らぐ。
 ぐらぐらと世界が回る、そんな気がして神尾が身体の力を抜くなり、強い腕が巻き込むように神尾を抱き込んできて。
 跡部の手に後頭部や腰を掴んで来られて、神尾は小さく息をついて身体をその手に預けた。
 こめかみを当てている跡部の胸元からは、不思議な音がする。
 その音が徐々に神尾を乱してくる。
 今日は、あまり喋らない跡部から、何よりも雄弁に伝わってくるもの。
「…跡部」
 神尾は何だかその言葉しか出なくなってしまった自分を自覚しつつ、それでもやっぱり、そう繰り返した。
「跡部」
 頭上で跡部の舌打ちが聞こえたけれど、少しも嫌な感じがしなかったので、神尾はそのまま目を閉じていた。
 暫くして跡部に引きずられて歩き出した時にはもう、神尾には、それから後の事は全て判っていた。
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