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How did you feel at your first kiss?
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 赤澤は時折、観月を外に連れ出す。
 外というのはつまり、聖ルドルフの寮や学校やテニスコートを離れた場所だ。
 観月が忙しい時ほど強引に連れ出すので、大概最初は観月は不機嫌で。
 赤澤はそれを宥めるように笑っている。
 それでもさすがに幾度かそれを繰り返されれば、いろいろと考え事や仕事の多い観月が煮詰まる前に気分転換で連れ出されている事が判るので、観月の愚痴も変化していくようになる。
 最初のうちは、自分はこんなことをしている暇はないという文句だったのが、今では。
「………赤澤、貴方…皆が何て言ってるのか知ってますか」
「ん? 皆?」
「テニス部員達ですよ」
「あいつらが何か言ってんのか?」
 陸サーファーなどと呼ばれる事も多いらしい赤澤の見目は、日に焼けた肌と髪で、手足も長い。
 派手気味の外見と、ほんの少し意外だと人に思わせる、気安さと気さくさ。
 今も赤澤は観月の前で屈託なく笑っている。
「……初めての育児に煮詰まってる新妻に気分転換させる為に外出機会をつくる旦那」
「そりゃ甲斐性あっていいな」
 快活に笑う赤澤の衒いのなさに、例えの奇妙さを追求してくれと観月は片手で頭を抱える。
 今日赤澤につれてこられた場所は、頭上に青空がひらけているオープンエリアのテラス席。
 空中庭園さながらの景色と開放感、隣接のテーブルと距離がある所も、適度な人の集まり具合も、観月の好みにぴたりとあった場所で。
 夏場ならば遠慮したい日中の直射日光も、この時期はまだ肌にやわらかかった。
 昼飯食おうぜと誘い出された日曜日だ。
 赤澤はびっくりするほど観月の嗜好を理解している。
 リードする所はリードして、基本的には観月に主導権をとらせている所も、観月の性格を掌握しているからなのだろう。
 赤澤の隣は、寸分の違和感もなく、確かに観月に心地よかった。
 多少は作られたものであるだろうに、そんな事を観月にまるで感じさせない、赤澤の生む空気だ。
「お前のそれ美味そうな」
 ギャルソンに運ばれてきたプレートを見やって、何だっけそれ、頬杖をついて赤澤は観月に問いかける。
「エッグスベネディクト。半熟玉子とスモークベーコンとオランデーズソースのオープンサンドですよ」
 観月の説明に頷き相槌をうちながらも、赤澤はじっとプレートを見つめていて、その眼差しに観月は仕方なくと言った風に半分あげますよと呟いた。
 途端に赤澤が明るい笑い顔を見せるから、観月はひどい夏の日差しに晒されているような気分になる。
 顔が、思考が、胸が、あつい。
「サンキュ、観月。じゃあ俺のモッフルバーガーも半分やるよ」
「齧った残り半分なんていりませんよ。自分で全部食べて下さい」
 観月が、すげなくあしらっても。
 赤澤はこたえない。
 いつもの自分達だ。
「おっと、観月、ドレッシングストップ」
「はい?」
 サイドプレートのサラダにかける為に別途でやってきたドレッシングボトルを振っていた観月の手の甲に、赤澤の指先が触れる。
 手と手が重なるようになると、見慣れてはいてもつい毎回同じ事を思ってしまう。
 それは観月だけでなく赤澤も同様らしかった。
「しっかしお前ほんと色白いな」
「貴方が黒いんですよ」
「いや、お前の肌白いのは、俺のあるなし関係なくだろ」
 そんな事を言いながら、赤澤のやけに色気のある骨ばった手にそっと甲を撫でられて、観月は小さく息を飲んだが、決してそれは不快なせいではなかった。
 本当はあまり他人との接触は好きでない観月だったが、赤澤の時折の接触に戸惑う理由は多分違う理由だろう。
「観月、ドレッシングは上下に振るより、左右に振ったほうがうまいらしいぜ」
 観月の手からドレッシングボトルを取り上げて、赤澤は説明しながらボトルを振った。
「上下に振って、こう置いておくだろ。………ほら、結構すぐ二層に分かれていくけど、左右に振った場合は……」
 ドアノブを回すように、真ん中を掴んでそこを軸に左右に振ったボトルは、テーブルに置いてから結構な時間がたっても混ざったままでいる。
「…………本当ですね」
「混ざり方で同じものでも味が変わるからな」
 ほら、と赤澤は観月のサラダにドレッシングをかけた。
 大雑把なようでいて、赤澤はこういう時の些細な仕草が、不思議と堂に入っている。
 赤澤のランチプレートも運ばれてきて、それには豪快にかぶりつく様を目の前に見ながら、一見粗野なようでいて、少しも下卑て見えない不思議な男を観月は眺めた。
 フォークに刺して口に運んだサラダは美味しかった。
 ナイフとフォークでオープンサンドを切り分けて口に運ぶ自分と、片手で鷲掴んだバーガーを租借している彼と。
 見た目も、仕草も、まるで違う。
 相反するおかしな二人に見えているだろうと思いながら、観月は促されるまま赤澤と淡々と会話を交わした。
「なあ、来週からの練習試合の日程決まったのか?」
「勿論です。前に渡した仮日程そのままで決定です」
「あれかなり詰め込んでたろ? 全部おさえられたのか?」
「当然でしょう」
 赤澤が口笛を吹くので、行儀が悪いと睨みつけながら、観月は何をこの程度のことで赤澤がそんなにも感心したような顔をするのかと呆れた。
 自分達の希望も通した上での、複数校との練習試合だ。
 スケジュール調整は容易くはないが、決して難しいわけでもない。
 だいたいそれがマネージャーである観月のするべき当然の仕事だ。
 観月はナイフとフォークで切り分けたエッグスベネディクトを口に運びながら憮然と赤澤を睨み据えた。
「あれくらいのことが出来なくてマネージャーを名乗る資格なんてありませんよ」
「実際有能だよな、お前はどっちやらせても」
 赤澤は、当たり前の事をただ告げただけというような落ち着いた声で言って。
 観月が一瞬手を止めたのも見咎めずに笑う。
「ひとくちくれ。お前食ってるやつ」
「……半分あげますって言ったでしょう」
「ひとくちがいい」
 胸の前で組んだ両腕をテーブルに乗せて、ぐいっと顔を近づけてきた赤澤に観月は瞬時戸惑った。
 近くになった赤澤の長い髪からは日の香りがする。
 日に焼けた肌と、長髪と、派手作りの外見で寧ろ人懐っこく笑いかけてくる赤澤に無防備に口を開けてこられて固まってしまった。
 ひとくち、とねだって無防備に口を開けている様は、普通であれば間が抜けて見えても何らおかしくないはずだ。
 それなのに。
「………………」
 観月は複雑極まりない顔で押し黙ったまま動けない。
 赤澤は、人一倍さりげなく観月を気遣いながらも、決してそれを過剰に露出させない。
 それでいて時折、観月が叱るほど子供じみたり甘えてきたりするのだ。
 何か意図する所があるのかないのか。
 赤澤がどこまで無意識でどこまで他意があるのか、それが観月には判らない。
「観月、顎外れそ…」
 甘ったれた目で責めてきたと思えば、観月がフォークに刺して宙に浮かせていたオープンサンドに自ら食いついてくる。
「…、…っ…貴方ね…!」
「ごちそーさん」
 テーブル越しに乗り出してきて勝手に観月の使っているフォークに口に寄せた赤澤に、観月が押し殺した声で怒鳴っても、赤澤はどこ吹く風といった風情だ。
 観月を構ったり見守ったりしながら、赤澤はここにいる。
 学校や部活でない場所であっても、彼はここにいるのだ。
 自分のところに。
 観月は、それがどれだけの自分への信頼であるのかを判った上で、飄々と頭上の青空を見上げている赤澤に笑みを零す。
 溜息に織り交ぜたそれは、すぐに赤澤の知る所になって。
「………………」
 この上なく嬉しそうに赤澤が目を細めてきて、その表情だけで、観月もまるで今ここにある光が全てその表情に集められたかのような眩しいさなかに放り込まれた面持ちになる。
「観月のその顔見ると、何でも出来ちまいそうになるよ」
「……、……なに…言ってるんですか」
「お前には、そういう力もある」
 だからここにいてくれと、赤澤は低いなめらかな声で観月に言った。
 それは。
 そんなことは。
 観月こそが告げたい言葉だ。
 こんな言葉をくれる。
 こんな力をくれる。
 ここにいてほしい。
 ここにいてほしい。
 赤澤のようには言えないけれど。
 張らないでいい意地で、必要な言葉を時折躊躇う自分だけれど。
 せめて、と観月は思う。
 せめて、赤澤が。
 何でも出来てしまいそうになると言ってくれたものを、見せていようと思う。


 ここにいる。
 ここにいて。
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