How did you feel at your first kiss?
暑い寒いくらいでしか季節を体感する事のなかった宍戸だが、鳳がふとした言葉や仕草で気づかせてくれる事が増えていき、そういう自分になることが、時折ひどく不思議に思える。
人に感化されたり影響を受ける自分だと思った事がないからだ。
しかし鳳から伝えられてくることは、どれだけ些細な出来事であっても、宍戸の内部に必ず残る。
「桜も完全に葉っぱだけですねえ…」
「ああ」
自主トレの仕上げに走りこんだ後、公園で軽くストレッチを済ませ、首にかけたタオルで汗を拭いながらスポーツドリンクを飲んで頭上の枝振りを見上げる。
ほんの数週間前までは、一面薄紅の花弁でいっぱいだった樹は、今は青々と葉を茂らせている。
鳳の言葉に宍戸もつられて目線をやって、そういえばこの樹が桜の樹だと自分は知らなかった事を思い出した。
あまり立ち寄る事のなかったこの公園に鳳と一緒に来たのは去年の冬だ。
草木染めで綺麗な桜色を出すには花が咲く前の樹の皮を使うらしいですよと鳳が言って、樹の幹に手を置いたから。
吐く息の白いその季節に、その樹が桜だと知ったのだ。
今は瑞々しい葉で覆われた枝々。
手を翳して見上げている鳳の髪も、木漏れ日から漏れる日の光のようにきらきらしている。
鳳の見つめ方は、何を見ていても真っ直ぐだ。
きれいな見つめ方をする。
「………………」
そういえばこの桜の咲く前にも、鳳は何か別の花を見上げていたと宍戸は思い出した。
学校の近くで、確か白い花を綻ばせていた街路樹を見やって。
木蓮とコブシの違いを口にした、その言葉。
木蓮はずっと上を向いて咲き、コブシは途中から上を向かずに正面を向く。
見た目のまるで同じ花が、違う花であること、咲き方を異ならせていること、その時はぼんやり聞いていたような気がしたが、その後宍戸も自然と見分けられるようになっていた。
学校の近くにあるのは木蓮。
斜向かいの家の庭にあるのはコブシだ。
「宍戸さん?」
「……あ?」
「何か…?」
甘い優しい促しに、宍戸は曖昧に視線を逃がして後ろ首に手をやる。
「悪ぃ」
「何がです?」
俺嬉しいだけです、と鳳は葉桜から宍戸へと視線を移した。
見つめ方は、いつも以上に、きれいで。
宍戸も結局目線を合わせなおす。
目と目が合えば、それこそ花の綻びのように鳳が目を細めてきた。
「宍戸さん」
手が伸びてきて。
大きな手のひらは宍戸の後頭部を包んで、髪を撫でる。
内緒話でもするかのような仕草で耳元近くの髪先に唇を寄せられて。
場所を考えろと宍戸が言うより先に鳳は離れていく。
「……お前なぁ」
「すみません。宍戸さん」
「謝るなら、ちっとは悪びれろよ…!」
一見殊勝なようでいて、その実は機嫌がよすぎて大胆すぎる振る舞いで。
鳳は宍戸の肩を抱いて笑っている。
「俺、天気いい日に、外で宍戸さん見るの嬉しくて」
「…は?」
肩を抱かれたまま促され、宍戸は鳳と共にそこから少し離れた所にあったベンチに腰掛けた。
そこも桜の樹のふもと。
ちらちらと、小さな木漏れ日が無数に頭上から零れてくる。
「太陽浴びて、どこもかしこもキラキラなんですよね…」
ね?と肩を並べたまま見つめてこられ、うっかり宍戸の口もすべる。
「……キラキラって…バカか。お前じゃあるまいし」
「俺…ですか?」
「……………何でもねえよ」
あー何でもねえ!と宍戸は怒鳴った。
鳳に何か言われるより先に大声を出しておけと言わんばかりにわめけば、鳳は屈託なく笑ってまた宍戸の髪にキスをした。
「てめ、…またかよ…っ」
「だって、綺麗で可愛い」
甘えのたっぷり滲んだ鳳の上目を間近に見て、宍戸は、知るか!と叫んでそっぽを向いた。
鳳の腕はベンチの背もたれの上にかかって、今にもまた宍戸の肩を抱きそうだ。
「こっち向いて欲しいです…」
「向けるかバカ!」
自分で見ることは出来ないが、充分自覚はしている。
こんなに赤い顔で向き合えるかと宍戸は思い、それと同時に。
同じく見えていない鳳の表情も、その声音ひとつで判ってしまうのだ。
「俺、宍戸さんが好きなんです」
「………、…っ…てるよ…っ!」
「はい。宍戸さんは知っててくれてる。でも今、宍戸さんが知っててくれてるよりもっと好きになっちゃったから」
今ちゃんと見て、また知ってて下さい、と鳳は言う。
宍戸が、それ以上そっぽを向いていられなくなるような言い方をする。
「………………」
宍戸は座ったまま、勢い良く片足を、ダンとベンチの上に乗せた。
片足は、鳳の側の足だ。
その勢いで顔を向ければ、曲げた膝の上にはすでに鳳の手のひらがふわりと被せられ、耳の縁をやわらかく吸い上げられた。
瞬間首を竦めた宍戸は、羞恥と腹立ちに紛れて。
怒声の代わりに鳳のその首筋を噛み返してやったが、それは宍戸の思いのほか、鳳にとっては腹いせとなったようだった。
「……挙句に、誘いますか」
鳳がうっすらと赤くなった目元を細めて詰ってくるのに、宍戸は至近距離から見つめ返して、応えた。
「誘うだろ」
「宍戸さん」
「お前が好きなんだからよ」
きらめく木漏れ日は、二人に均等に降ってきて。
互いの目にお互いは甘く煌びやかに映っていた。
人に感化されたり影響を受ける自分だと思った事がないからだ。
しかし鳳から伝えられてくることは、どれだけ些細な出来事であっても、宍戸の内部に必ず残る。
「桜も完全に葉っぱだけですねえ…」
「ああ」
自主トレの仕上げに走りこんだ後、公園で軽くストレッチを済ませ、首にかけたタオルで汗を拭いながらスポーツドリンクを飲んで頭上の枝振りを見上げる。
ほんの数週間前までは、一面薄紅の花弁でいっぱいだった樹は、今は青々と葉を茂らせている。
鳳の言葉に宍戸もつられて目線をやって、そういえばこの樹が桜の樹だと自分は知らなかった事を思い出した。
あまり立ち寄る事のなかったこの公園に鳳と一緒に来たのは去年の冬だ。
草木染めで綺麗な桜色を出すには花が咲く前の樹の皮を使うらしいですよと鳳が言って、樹の幹に手を置いたから。
吐く息の白いその季節に、その樹が桜だと知ったのだ。
今は瑞々しい葉で覆われた枝々。
手を翳して見上げている鳳の髪も、木漏れ日から漏れる日の光のようにきらきらしている。
鳳の見つめ方は、何を見ていても真っ直ぐだ。
きれいな見つめ方をする。
「………………」
そういえばこの桜の咲く前にも、鳳は何か別の花を見上げていたと宍戸は思い出した。
学校の近くで、確か白い花を綻ばせていた街路樹を見やって。
木蓮とコブシの違いを口にした、その言葉。
木蓮はずっと上を向いて咲き、コブシは途中から上を向かずに正面を向く。
見た目のまるで同じ花が、違う花であること、咲き方を異ならせていること、その時はぼんやり聞いていたような気がしたが、その後宍戸も自然と見分けられるようになっていた。
学校の近くにあるのは木蓮。
斜向かいの家の庭にあるのはコブシだ。
「宍戸さん?」
「……あ?」
「何か…?」
甘い優しい促しに、宍戸は曖昧に視線を逃がして後ろ首に手をやる。
「悪ぃ」
「何がです?」
俺嬉しいだけです、と鳳は葉桜から宍戸へと視線を移した。
見つめ方は、いつも以上に、きれいで。
宍戸も結局目線を合わせなおす。
目と目が合えば、それこそ花の綻びのように鳳が目を細めてきた。
「宍戸さん」
手が伸びてきて。
大きな手のひらは宍戸の後頭部を包んで、髪を撫でる。
内緒話でもするかのような仕草で耳元近くの髪先に唇を寄せられて。
場所を考えろと宍戸が言うより先に鳳は離れていく。
「……お前なぁ」
「すみません。宍戸さん」
「謝るなら、ちっとは悪びれろよ…!」
一見殊勝なようでいて、その実は機嫌がよすぎて大胆すぎる振る舞いで。
鳳は宍戸の肩を抱いて笑っている。
「俺、天気いい日に、外で宍戸さん見るの嬉しくて」
「…は?」
肩を抱かれたまま促され、宍戸は鳳と共にそこから少し離れた所にあったベンチに腰掛けた。
そこも桜の樹のふもと。
ちらちらと、小さな木漏れ日が無数に頭上から零れてくる。
「太陽浴びて、どこもかしこもキラキラなんですよね…」
ね?と肩を並べたまま見つめてこられ、うっかり宍戸の口もすべる。
「……キラキラって…バカか。お前じゃあるまいし」
「俺…ですか?」
「……………何でもねえよ」
あー何でもねえ!と宍戸は怒鳴った。
鳳に何か言われるより先に大声を出しておけと言わんばかりにわめけば、鳳は屈託なく笑ってまた宍戸の髪にキスをした。
「てめ、…またかよ…っ」
「だって、綺麗で可愛い」
甘えのたっぷり滲んだ鳳の上目を間近に見て、宍戸は、知るか!と叫んでそっぽを向いた。
鳳の腕はベンチの背もたれの上にかかって、今にもまた宍戸の肩を抱きそうだ。
「こっち向いて欲しいです…」
「向けるかバカ!」
自分で見ることは出来ないが、充分自覚はしている。
こんなに赤い顔で向き合えるかと宍戸は思い、それと同時に。
同じく見えていない鳳の表情も、その声音ひとつで判ってしまうのだ。
「俺、宍戸さんが好きなんです」
「………、…っ…てるよ…っ!」
「はい。宍戸さんは知っててくれてる。でも今、宍戸さんが知っててくれてるよりもっと好きになっちゃったから」
今ちゃんと見て、また知ってて下さい、と鳳は言う。
宍戸が、それ以上そっぽを向いていられなくなるような言い方をする。
「………………」
宍戸は座ったまま、勢い良く片足を、ダンとベンチの上に乗せた。
片足は、鳳の側の足だ。
その勢いで顔を向ければ、曲げた膝の上にはすでに鳳の手のひらがふわりと被せられ、耳の縁をやわらかく吸い上げられた。
瞬間首を竦めた宍戸は、羞恥と腹立ちに紛れて。
怒声の代わりに鳳のその首筋を噛み返してやったが、それは宍戸の思いのほか、鳳にとっては腹いせとなったようだった。
「……挙句に、誘いますか」
鳳がうっすらと赤くなった目元を細めて詰ってくるのに、宍戸は至近距離から見つめ返して、応えた。
「誘うだろ」
「宍戸さん」
「お前が好きなんだからよ」
きらめく木漏れ日は、二人に均等に降ってきて。
互いの目にお互いは甘く煌びやかに映っていた。
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