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How did you feel at your first kiss?
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 前しか見ていないのに、背後で何が起きているのか何故かいつも見えているらしい跡部が、足を止め振り返りながら言った。
「旅行か」
「……へ?」
 神尾が気の抜けた声を上げると、跡部の溜息がそこに被さってくる。
 旅行会社の前、表に出ているツアーのパンフレットに神尾は視線を流しただけだ。
 どうやって気づくんだそんな事と神尾は凄まじく驚いた。
「や、……この間さー……」
 しかも、何でそんなおっかない目で直視してくるんだと思いながら、神尾はカタログスタンドに近づいて行って、覚えのある表紙のパンフレットを一冊抜き出した。
「学校でこれ見たんだ」
「オランダ?」
「そう。でさ、……ここ」
 立ったままパンフレットを捲って、神尾はあるページを開いて跡部に見せた。
「これ行ってみたいよなーって思ったんだよな。これ持って来てた奴は、そうかー?とか言ってたけど」
「てめえ、そいつと行きたいってのか」
「は?…違う違う、俺が自分で見てて思っただけだって!」
 そういう訳でその態度かと、神尾は漸く気づいて慌てた。
 これくらいの事でそんなに凄まれても困るよぅと思いもした。
 跡部の綺麗すぎる顔は、厳しい表情をするとちょっと一言ではいえないくらいの迫力になる。
 まだその表情のままだから、神尾の言葉で納得したのかどうかは判らないが、跡部は改めてパンフレットに視線を落としてきた。
「ファルケンブルク、洞窟のクリスマス市。八日で二十二万八千八百円か」
 言うなり携帯をひらいている跡部に神尾は冗談でなく飛び上がった。
「うわっ、…げ、なんか押してるっ。跡部! ストップ!」
「アア? 俺様を犬扱いか。てめえ」
「してねえよ! てゆーかお前何してんだよっ」
 大慌てで神尾は跡部の右腕にしがみつく。
 跡部はそんなもの物ともせずに平然と言った。
「何って決まってんだろうが。チケットの手配とホテルの手配」
 行きたいなら早く言やぁいいだろうがと、一週間後にクリスマスを控えたこの時期に、まさに今すぐに。
「見ただけだってば!」
 うわあ信じらんねえやっぱりだぁと神尾は頬を引き攣らせた。
「ただ見ただけ! それで面白そうって思っただけ!」
 跡部の携帯を必死で折りたたみ、コートのポケットに入れ、神尾は早口に言い募った。
「面白そうじゃん。洞窟の中でクリスマスとかさ、あとオランダってボートハウスで生活してる人も多いっていうしさ、水の上の家とかも面白そうだしようっ。あと、あとさ、」
「一番肝心なこと忘れてやがるだろう、お前」
「え?」
 跡部が尊大に神尾を見下ろし言い放つ。
「オランダは結婚出来るだろうが。男同士で」
「は?……へ?」
 別にクリスマス市なんざどうでもいいが、だから行ってやってもいい、と続けた跡部が。
 いったい何を言っているのか。
 神尾には全く理解できなかった。
 ぱかーと口を開けて見上げていると、跡部の眉根がみるみるうちに寄ってくる。
 そして舌打ちと一緒に跡部は吐き捨てた。
「判ってて言ったんじゃねえのかよ」
「………跡部…ぇ?」
 何かとんでもないこと言ったぞ跡部、と神尾が混乱しきっているのをどう見たのか、跡部はもう一度舌打ちして、コートのポケットに手を入れた。
 神尾はそれで我に返った。
「わわ…っ! 跡部今度はどこに電話…!」
「洞窟でクリスマス市がやりたいだけなら、洞窟に作らせてやる」
「いらないっ。つーか、お前んち、洞窟まで持ってんの?!」
 おそろしいと身震いした神尾をヘッドロックまがいに片腕で抱きこんだ跡部が、秀麗な面立ちを鋭く凄ませ至近距離から見下ろしてくる。
 神尾がぎゃーぎゃー騒いだのはその距離から盗むようにキスされそうなのが判ったからだ。
 こんな往来でそれはないだろうと必死で抵抗する神尾を跡部は薄笑いで見ていたのだが、その唇が触れ合う寸前、ぴくりとその動きを止めた。
「長太郎、あの馬鹿を蹴り飛ばして来い。公害だ。氷帝の恥だ」
 そんな声が聞こえてきたからだ。
 跡部と神尾が揃って声のした方に顔を向けると、跡部達が来た道を、うんざりとした顔の宍戸と、柔和に微笑んでいる鳳が並んで歩いてきていた。
「こんにちは」
 律儀に目礼してきたのは無論鳳で、宍戸はいかにも寒そうにマフラーを口元近くまで引き上げ、くぐもった声で、あんなバカヤロウに挨拶なんざいいと呻いている。
「宍戸、てめえ」
「あ? 何だよ。やんのかよ」
 ゆらりと動いて宍戸に近づく跡部の険悪さと言ったらない。
 平然と受けて立っている宍戸の迫力もまたしかり。
 慌てた神尾が懸命に間に入って取り成すも、荒い言葉の応酬は止まらない。
「誰が公害で氷帝の恥だって? アア?」
「お前だお前。跡部景吾、お前以外に誰がいる。こんな街中で、無理矢理他校生襲ってんじゃねえよ、アホ」
「可愛がってやってんだよ。この節穴め。てめえこそ相も変わらず鳳従えて歩いてんじゃねえ」
 跡部と宍戸の言い争いの合間に、ぎゃー!とかふざけんなー!とかいう神尾の悲鳴が入る。
 その場でただ一人、鳳だけが肩を震わせて笑いながら、極めて手際よく彼らの中に割って入って行った。
「跡部さんも宍戸さんも氷帝の誇りですから。そんな大きな声出さないで下さい」
 お願いしますと尚も微笑む鳳に、跡部と宍戸が毒気が抜かれたように一瞬黙り、その後二人で妙に苦々しいような顔をした。
 神尾はといえば、ぴたりと止まった喧騒に、すげーすげーと鳳を見上げて感心することしきりだ。
「鳳、お前すっげー!」
「……神尾は跡部さん頼むね」
 こっそり鳳に耳打ちされても神尾は依然キラキラした目で鳳を見上げているので、結局憮然としている跡部がひったくるように神尾を奪いにきた。
 火に油注いでんのは何気にお前かと宍戸が笑い出す。
 鳳はそんな宍戸の、僅かに乱れたマフラーを丁寧に巻きなおしていく。
「あ? いいよ、自分でやる」
「させて下さい」
 お願いしますと笑む鳳に、全て任せながらも宍戸は軽く溜息をついた。
「お前さぁ…長太郎」
「はい?」
「させちまう俺も俺だけどよ……そんなに何から何まで気使わなくていいぜ」
 おや、と鳳は思った。
 宍戸の細い首から続く硬質なラインの肩が少し落ちていて、これは多分、さっきの跡部の言葉にも少しばかりのダメージがあるのかもしれない。
「俺は、従ってる訳じゃないんですよ。宍戸さん」
「………………」
「俺のしたい事を、宍戸さんが許してくれてるんです」
 ありがとうございます、と言って宍戸のマフラーから手を離す。
「宍戸さんが、会ってくれてるだけで俺は嬉しいです」
「お前それ異様に望み低くねえか」
「そんな事ない」
 宍戸が何度だって見惚れるような鳳の柔らかで艶のある優しい笑みは、今もこうして惜しみなく注がれてくる。
 そっと肩を手のひらにも包まれて、これではどっちが年上か判ったものじゃないと宍戸は思ってしまった。
「………どっちが公害で、どっちが氷帝の恥だって」
 皮肉気な跡部の声がするまで、そういえばその存在を忘れていたと、鳳と宍戸は顔を見合わせた。
 揃って視線を向ければ、そんなこと言うなようと弱り顔の神尾を横にして、跡部が嫌味たっぷりに目を細めていた。
 しかしすぐに跡部のその眼差しは神尾に落とされる。
「俺があの馬鹿に言われた台詞をそのまんま返しただけだろうが!」
「宍戸さんの言葉には愛情があるけど、跡部の言葉は呪詛みたいで怖ぇよぅ」
「アア?」
 本気で凄む跡部と、案外豪胆な神尾とに、鳳と宍戸は思わず笑い出す。
「な、…なんかおかしかった…?」
 怪訝な顔の神尾に、鳳が首を左右に振って返す。
「そうじゃないよ。ええと…邪魔してごめん。クリスマスの予定を話してたんだろう?」
「そういう訳じゃないけど……あ、なあなあ、鳳はクリスマスに行ってみたい所とかある?」
 神尾は慌てて話をごまかした。
 これでまた当然のように、海外で過ごす手続きなんか跡部にされてしまっては、とても困る。
 しかし、神尾の感覚からすると、跡部に限らず氷帝自体がやはりブルジョワなのだ。
 矛先を変えて尋ねたものの、鳳の返答もまた、当然のように異国の地名だった。
「ドイツかな。とても綺麗な国だったから、宍戸さんと一緒に見たい」
 鳳の言葉の語尾は眼差しと一緒に宍戸へと向けられる。
 宍戸は、俺はテニスが出来りゃどこでもいいよ、と言った。
 そして、ふいに宍戸の視線があらぬほうへと向けられる。
「海堂、自主練か?」
 突飛とも思えるいきなりの言葉に、鳳と神尾と跡部が一斉に振り返る。
 そこには確かに、宍戸の言葉通りに。
「…………ッス……」
 黒のジャージ姿の他校生がいた。
 大分走ってきたらしい足を止め、汗を滴らせて息を弾ませている。
 トレードマークのバンダナを頭に巻いた青学の海堂は、声をかけてきた宍戸に会釈した後に、一斉に振り返ってきた三人にも気づき目を見張っていた。
「海堂、お前、どんだけ走ってんだよ」
 この真冬に尋常でない汗を流している海堂に、神尾が呆れた声をあげる。
 うるせえと海堂は即座に小声で吐き捨ててきたのだが、一人かよ?と宍戸が尋ねてくるのには一瞬言葉を詰まらせた。
 一人ではないだろうと、その場にいる誰もが思っていた通り。
「乾よ、まさかお前、自転車で振り切られてんじゃねえだろうな」
 腕組みした跡部が呆れ返った風情で吐き捨てる。
 自転車に乗った乾が現れたのだ。
 やあ、お揃いで、と面々に向けて言った後、乾は跡部を見て肩を竦めてみせた。
「そう言うな。もうここらで三十kmは走ってるんだから」
 信号や道路によってはまかれるんだよと、海堂と同じくジャージ姿の乾が跡部に向けて笑って告げる。
「………三十kmって……正気か海堂」
「うるせえ」
 今度も神尾には即答して返した海堂だったが、よく走るなと感心しきった宍戸の言葉にはどことなく決まり悪そうな面持ちでまた目礼する。
「宍戸さんは、海堂を買ってますよね」
「こいつの体力判ってないで、もう終わりだとか言っちまったからなぁ…」
 鳳と会話しつつも、あん時は見当違いで悪かったなと宍戸は海堂に言った。
 口が悪くて気も短そうなのに、感心するにしても詫びるにしても、宍戸は歳の差も関係なく潔く告げてくる。
 海堂は慌てて首を左右に振った。
 にこりと笑って返した宍戸が、あーテニスしてーと呟いたのに、もう一つ同じ言葉が重なった。
「いいなー。俺もテニスしたい」
「………これからって言うんじゃねえだろうな。神尾」
「これから! 今したい。なー跡部、テーニースー」
 跡部のコートを掴んで、引っ張りながら左右に揺するという、多分他の誰にも出来ないような事を平然としている神尾に、否が応でも視線が集まる。
 跡部は振り解こうともしない。
 ふざけんなと口ではいろいろ言ってはいるが、そのままだ。
「宍戸さん、テニスしたいですか?」
「おう。付き合うか?」
「喜んで」
 鳳と宍戸は話が早い。
 デート中なのに皆酔狂なものだなと乾がしみじみ呟き、一つ提案する。
「これから俺と海堂はストテニ行くんだけど、ダブルスで試合やるかい?」
 やる!と真っ先に返事して、真っ先に走り出したのは不動峰のスピードエースだ。
「てめ、…っ…、俺はやるっつってねえだろうが…っ!」
 物凄いスピードで走り出し、瞬く間に背中の小さくなっていく神尾に、激怒した跡部が後を追い走り出した。
 頬の汗を、ぐいっと拭った海堂が黙ってその後に続く。
「宍戸。鳳。荷物運ぶよ」
「悪いな、乾」
「すみません」
 乾に荷物を渡した宍戸と鳳もまた走り出す。
 荷物を積んだ乾が最後にペダルを踏み込んで、六人はストリートテニス場に向かって走っていった。




 
 ダブルスの組み合わせと試合順番は、公平を期す為クジで決めた。
 コートでは跡部・乾ペアと、宍戸・神尾ペアとで、試合が始められている。
「何だかあっちのコートは二人ともかなり濃い感じで見えづらくて、こっちのコートは二人とも素早すぎて見えづらい気がする……」
「………全くだ」
 鳳と海堂は肩を並べて立ち、若干目を細めるようにして、コートを見やっている。
 跡部と乾のコンビは、コート内の雰囲気があまりにも濃厚だった。
 宍戸と神尾のコンビは、二人して所狭しとコートを走りまわっている。
 跡部は相も変わらず派手極まりないテニスを繰り広げ、乾はいつものようにぶつぶつ何かしら呟きながら、恐らくは一斉に三人のデータをとっているようだった。
 宍戸と神尾は動きだけでなく、跡部への物言いもうまい具合にシンクロして盛り上がっている。
 賑やかであること極まりない。
「………………」
 鳳の呟きに、全くだとしみじみ同意した海堂は、ふと視線を感じて鳳へと顔を向けた。
「何だよ」
 見上げる角度は、慣れた乾へのそれと同じくらいか少し高いかだ。
 鳳もまた、同じような事を考えながら海堂を見下ろしつつ言った。
「次の試合は、勝った方と俺達だから……海堂はどっちだと思う?」
「お前と逆の方」
「跡部さんと乾さんってことか…」
「………………」
 鳳と海堂の視線が、かっちりと合う。
 少しの沈黙の後、再び話し出す。
「即席コンビだからこそ、後戦の有利さを生かして今対策を練っておくべきだよな」
「当然だろう」
 目の前の試合を見据えながらの会話。
 ラリー音を聞きながらの、再度の沈黙、そしてまた鳳と海堂の視線が合う。
「宍戸さんと神尾だと思うんだけど?」
「俺はその逆だ」
「譲らないねえ…」
「お前もな」
 視線を合わせながらも、鳳と海堂の眼差しは確固たる信念で揺らがない。
 暫く無言でいた後、彼らは二人同時に溜息を吐き出した。
 そして、鳳と海堂はラケットを手にして、空いているシングルスコートに入る。
 次元の違った勝負が始められた事に、真っ先に気づいたのはやはり跡部だった。
「何であの二人が試合してやがる」
「待ちきれなくなったかな。海堂はじっとしていられないから…しょうがないなあ」
 暢気に笑う乾の言葉に被さって宍戸が怒鳴る。
「何やってんだよ長太郎!」
「すみません、宍戸さん。ちょっと譲れない事で勝負中です」
「はあ?」
 皆余所見しすぎだぜー、とリズムに乗りきった神尾が軽快にスマッシュを決める。
「て…め…、…神尾っ!」
「へへー、跡部の股下抜いちゃった」
 一気に行こうぜ宍戸さん!と神尾が上機嫌でステップをふむ。
「乾! 貴様、海堂ばっか見てんじゃねえ!」
「お前はいいな、跡部。相手が目の前の対戦コートにいて」
 至極残念そうに視線を戻してくる乾を跡部は一喝しているが、全くといっていいほど気にした素振りもない乾だった。
 結局、ダブルスの試合、シングルスの試合と入り混じり、ストリートテニス場は何が何だか判らない状態になってしまっていた。
 そんな中、チームワークの差だなと、ダブルスの試合に勝利した宍戸と神尾はひとまず上機嫌だ。
「お前、本当に早いな、神尾」
「宍戸さんには負ける! すっげー! あれどうやんですか。一気にビュンって動くやつ」
 無邪気に笑う神尾の頭を宍戸は軽く叩く。
「お前、汗拭かないと風邪ひくぞ。海堂タオル余分に持ってねえかな…」
「宍戸! てめえ、それに触んじゃねえ」
 コートのネット越しから跡部の怒声が飛んでくる。
 宍戸に肩を抱かれた神尾は、あのう、と上目に宍戸を伺った。
「……何かわざとやってません?」
 あーおもしれぇ、と宍戸は顔を下に向けて笑っているばかりだ。
 また、シングルスの試合が行われていたコートでも、負けないいい争いが飛び交っていた。
「ちょっと待て! どういう事だ、お前の負けって」
 勝ったじゃねえかと海堂が剣呑と鳳を睨みつけている。
 同じように息を乱した鳳が首を左右に打ち振った。
「この試合前に、海堂、三十km走ったって言ってたからだよ。どう考えたって俺の負け!」
「試合は試合だろうが!」
 一層声を荒げる海堂の元へ、いつの間にか歩み寄ってきていた乾が、海堂を背後から抱え込んでしまう。
「ほーら。喧嘩しない」
 神尾に構って跡部をからかっていた宍戸も、鳳に気付けばすぐにその場にやってきて、何やってんだお前はと鳳の背中のシャツを引っ張った。
「乾先輩!」
「宍戸さん!」
 そんなこと言ったって鳳が、だって海堂が、とお互いまたもや引かない二人だ。
 様子を伺いにきた神尾と、憮然とした跡部もやってきて、コート内は騒然とする。
「てめえ、宍戸なんざにベタベタ触られてんじゃねえよ」
「あのよう……どこ見て何見てそういう台詞が出るかな、跡部はー…」
「うるせえ。帰るぞ。貴様は今日もうちに泊まれ。いいな」
 は?と神尾が呆気にとられる。
「昨日泊まったじゃん。今から俺帰るとこじゃん。つーか、来週も泊まるんだし!」
 来週のクリスマスも一緒にいる。
 当たり前みたいにだ。
「面倒くせえ。来週までそのまま泊まってろ」
「それありえねえから! そもそも面倒くさいって何! お前は待ってればいいだけじゃんか!」
 俺が行くんだしと神尾は言うが、この時点ですっかり、跡部が、言うなれば拗ねておしまいになったのだと神尾も気づいてしまった。
「口答えしてんじゃねえ、神尾の分際で生意気に」
「俺が生意気なんじゃなくて跡部が横暴なんだよ」
「勝手にこんな所に来やがるわ、宍戸とベタベタしてるわ、手配してやるって言ってんのに旅行は拒否するわ、てめえが生意気じゃなくて誰が生意気なんだ、この馬鹿!」
「………跡部ー……」
 延々続く跡部の攻撃に、神尾はしまいに、力なく。
 寧ろとろけるように、ある言葉を呟いた。
「しょうがねえなあ…」
 そして。




 海堂を抱え込んだ乾は、くるりとその身体を反転させて自分と対峙するようにした。
 他の誰をも、もう海堂の視界には入れず、低く言った。
「さすがにオーバーワークだよ。海堂」
「……別に全然平気っすけど」
「だめ。海堂は無理すると、不調の発症が一週間後って事が多いんだ」
 クリスマスに体調崩したくないだろうと乾が言い含めるようにして告げると、別に関係ねえと海堂がそっぽを向いた。
「じゃあ…こう言えばいいのかな」
「………乾先輩?」
 乾が海堂の両肩を、ぐっと握ると。
 海堂が驚いたように目線を上げてきた。
 乾は唇の端をゆっくりと引き上げ、顔を近づけていく。
「クリスマスイブに俺といる海堂が疲れきってたら」
「………………」
「俺は海堂がかわいそうになって、早く家に帰してあげないといけないかなって思い悩むだろう?」
 だから今日はもう休んでと、固い指先にするりと頬を撫でられた海堂は、小さく息を飲み、赤くなった。
「な?」
「………………」
 長身を屈めるようにして吐息程度に囁かれれば尚更だ。
 暫し羞恥心との戦いであった海堂も、乾の言葉をよくよく思い返しているうち、次第に。
 延々続く乾の雄弁な説得に、海堂はしまいに、力なく。
 寧ろ呆れたように、ある言葉を呟いた。
「しょうがねえなあ…」
 そして。





 鳳を叱り付けていた宍戸は、腰に片手を当てて、自分よりも背の高い年下の男を口調よりは大分柔らかな視線で見つめていた。
「お前らしくねえな。何苛立ってんだよ?」
「苛立ってなんかないです」
「苛立ってんだろ」
 そうでなければ鳳が海堂とあんなやりとりをする筈が無い。
 珍しいと思っている分、宍戸も言葉ほど怒っているわけではなかった。
「あのね、宍戸さん」
「おう?」
「俺はね、怒ってないです。これは拗ねてるんです」
 覚えて、と真顔で言った鳳に宍戸は思いっきり面食らった。
「長太郎?」
「宍戸さんが楽しそうに髪触ったり、くっついてたりするから、拗ねてるだけです」
「……あ?……おい、待てよ。相手神尾だぜ?」
「誰でもです。跡部さんをからかうんだとしても嫌です」
「嫌って……嫌って……お前さあ……」
 宍戸は完全にペースを乱された。
 歯切れの悪い言葉しか口から出てこない。
「くっついてるなら俺がそうしてたいし」
「おーい……長太郎ー……」
「宍戸さんが足りないって思ったらもう、しんどくって立ってられないです」
 実際に鳳が宍戸にのしかかるように体重を預けてきた。
 宍戸はぎょっとして鳳を抱きとめる。
「ば、…お前みたいにでけえの、俺が運べる訳ねえだろ」
「運ばなくてもいいです。別に一緒にこのまま倒れてくれて」
「お前、マジでどうしたよ…!」
「知りません。…だから拗ねてるだけだって言ってるじゃないですか」
 延々続く鳳のキリの無い拗ねっぷりに、宍戸はしまいに、力なく。
 寧ろどことなく優しげに苦笑いを浮かべ、ある言葉を呟いた。
「しょうがねえなあ…」
 そして。





 しょうがねえなあ、と。
 一つの言葉が三つの声で、誰にも気づかれず、交ざって重なる。
 とろける声の神尾も、呆れた風の海堂も、苦笑いの顔の宍戸も、しょうがねえなあと呟きながら。
 伸び上がり、人目を盗んで、恋人の頬へとキスをした。



 三つの言葉と、三つのキスは、同時に三人の男をあやした処方だ。
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