How did you feel at your first kiss?
何も聞こえないという音が聞こえそうだと思う。
耳をすませて、一人、深夜のベッドで丸くなる。
目を閉じる。
何も見えないという物が見えていそうだと思う。
静かで、暗くて、でもそう感じているのは自分だけで、本当はこの世界には今も何かの音がしていて、何か様々な物が見えているべきなのかもしれない。
息を吸う、息を吐く、でも実際に吸えているのか吐けているのか、呼吸を自分はしているのかしているつもりなだけなのか。
判らないというよりも決められない。
本当は、どうなのだろう。
本当は、本当って、何なのだろう。
ずっとずっと考えているのはそんな事だ。
「………………」
部屋の扉が開いた気配がする。
神尾は目を開けた。
もぐりこんでいた毛布の中から顔を出した。
暗い部屋、即座に。
神尾の横に滑り込んでくる冷たい服を纏ったままの男。
「帰って……きた」
「決まってるだろうが」
低い声。
背中を抱かれる。
冷たい服。
冷たい指。
外は恐らく恐ろしく寒いのに違いない。
「跡部……」
「お前、何考えてた」
「………………」
「神尾」
髪を撫でつけられる。
何かを堪えているような跡部の手つきに神尾は小さく息を吸い込む。
冷えた、慣れた、香りがする。
跡部の匂いだ。
「………跡部…」
帰ってきた、もう一度そう思った。
神尾は抱き込まれている跡部の喉元に擦り寄るように近づいた。
神尾の方から近づいた時、初めて跡部の拘束が暴力的に強まった。
「お前のいない何処に帰るって?」
「………………」
「言えよ。神尾」
苛立っているようで、その実跡部の手は優しすぎる程優しく神尾を抱きこんでいた。
服を着たままベッドに潜り込んできた冷たい感触の跡部は、自分から暖をとることは出来ないのかと思うと神尾は微かに物悲しくなる。
こんなにくっついているのに。
「………………」
もっと暖かくいられて、そんな辛そうな声など出さないで済む場所が、きっと跡部にはある。
寒いままで、辛いままで、自分とここに居る事ない筈なのに。
「………………」
涙は、こんなにも距離の近い、跡部の衣服に直接滲み込んでいってしまう。
身体中縛りつけられるように。
痛いくらいに。
跡部の腕の力が強くなって、神尾は小さくしゃくりあげた。
どうしてまた、もしくはまだ。
こんな風に不安なのか。
疑問に思うのが半分。
どうしてもなにもないと判っているのが半分。
混乱する神尾を抱き締めてくる跡部の腕の力はますます強まる。
跡部の世界が広すぎて。
一緒にいる時間が長くなればなるほど果てしなく広がっていって。
神尾には今こうして自分のしたいようにしている事が、跡部にとって正しいのかどうか、見渡す事も出来ないでいる。
そんな神尾の懸念や脅えに跡部は敏感で強暴だ。
「一生こんな風にお前を泣かせるんだとしても、怖がらせるんだとしても、逃がしやしねえよ」
上着を脱ぎ捨てただけのフォーマルのシャツ、その下の跡部の身体は外気に冷やされたままのように冷たい。
実家の用事で跡部が呼び出される事が増えて、跡部は何も言わないで、でも神尾には何かが判ってもいた。
全てを知っているらしい跡部の家の人間に呼び出され、離別を促され、身動きがとれなくなった時に、すでに自分はこんな現実を予兆していたと神尾は思ったのだ。
同意をした訳ではない。
でも否定も出来なかった。
跡部はすぐにその出来事を知り、神尾が初めて見る凶暴さで、獰猛さで、そして怯えで、神尾を雁字搦めにしてきた。
恐怖心というなら、それを持ったのは跡部の方だった。
「もしお前が逃げても、俺は絶対に逃がしてやらねえからな」
「……跡部」
逃げたい訳がない。
怖くても、不安でも、例えば今日のように。
大晦日、実家からの呼び出しに跡部が出かけて行き、彼の帰りを待っているだけしか出来ないこんな時間があったとしても。
逃げたい訳がない。
でも、逃げたい?と跡部に向かって思って聞きたい気持ちも神尾の中には在るのだ。
「………だって、俺といると、跡部は冷たいままだぜ…」
こんな風に。
跡部がこの出で立ちで、実家で、誰に何を言われ、何を言い返しているのか。
それを神尾は知らないでいるけれど。
本当はもっと、跡部に全てがいいようになっている場所があるのかもしれないのに。
「馬鹿だな。てめえは」
「………………」
昔っから本当にと跡部が微かに笑った気配がした。
そのままキスを、された。
「冷たいかよ」
問われて神尾は息を飲む。
重なった唇は冷えていた。
しかし、ひらいて絡ませ合った舌は燃え立つように熱かった。
「冷たいかよ」
もう一度跡部が言うのに、神尾は首を振った。
左右に、強く。
熱い。
熱かったから、何度も首を振った。
「………………」
口づけて知る跡部の中の熱さ。
「お前だけだろうが。こう出来るのも、これ知ってんのも」
俺を中身まで凍らせるなと跡部は言った。
お前がいるから中身は凍らないんだと跡部は言った。
「跡部……」
「ああ」
「…跡部……跡部……」
跡部の言葉は年月が立つ毎に神尾に判りやすくなっていった。
出会った当初は混乱ばかりしていたのに。
今は跡部の言葉で神尾は解ける。
でもこんな風に気持ちが甘く苦く押しつぶされてしまえば、言葉には変えられない。
抱き締められて、涙の上に口付けられて。
何も言えなくなる。
本当は唇に直接それが欲しい。
言葉が捕まえられないから、神尾はねだるように跡部の顎を小さく一度啄ばんだ。
「跡部」
「……、…お前な…」
「好きだよ」
神尾がその言葉を口にすると、跡部はいつも同じ顔をする。
いつもの不遜な顔ではなく、神尾だけが知る、神尾の言葉には置き換えられない顔をする。
「好きだ」
「ずっと言ってろ」
気失うまでずっと、と跡部が嗄れた声で言う。
荒々しく神尾のパジャマの中に跡部の手のひらが入り、耐えかねたような手のひらが直接神尾の肌を辿る。
ああ、手のひらも、ゆっくりゆっくり、ちゃんと温かくなっていると、神尾は気づいた。
「本当に、俺でいいのかな…跡部…」
「お前だ」
お前がいいと、尋ねる訳でもない神尾の呟きに跡部の声音は真摯だ。
「好きだよ…跡部」
「お前以外、いらねえんだよ」
「跡部」
「捨てたら、狂う」
自分達は、本当に会話をしているのかどうか。
時々判らなくなるけれど。
例え意味が判らなかったとしても、相手の言葉が必要な時がある。
「跡部…」
「捨てやがったら、狂ってやる」
「好き」
「いいな」
「跡部」
抱き締めあう。
怖くてもいいじゃないかと、ここにきて漸く神尾は思う。
だって、好きだ。
ずっと一緒にいるのなら、怖くても、いい。
不安で、泣いても、こうしている方がずっといい。
抱き締めあう。
抱き締めあう。
静寂という音を聞き、暗闇という色を見て、それは何一つ間違いでないと知るこの身で。
この不安定で怖い感情こそが、永遠の幸せなのだと知っている自分達だから。
耳をすませて、一人、深夜のベッドで丸くなる。
目を閉じる。
何も見えないという物が見えていそうだと思う。
静かで、暗くて、でもそう感じているのは自分だけで、本当はこの世界には今も何かの音がしていて、何か様々な物が見えているべきなのかもしれない。
息を吸う、息を吐く、でも実際に吸えているのか吐けているのか、呼吸を自分はしているのかしているつもりなだけなのか。
判らないというよりも決められない。
本当は、どうなのだろう。
本当は、本当って、何なのだろう。
ずっとずっと考えているのはそんな事だ。
「………………」
部屋の扉が開いた気配がする。
神尾は目を開けた。
もぐりこんでいた毛布の中から顔を出した。
暗い部屋、即座に。
神尾の横に滑り込んでくる冷たい服を纏ったままの男。
「帰って……きた」
「決まってるだろうが」
低い声。
背中を抱かれる。
冷たい服。
冷たい指。
外は恐らく恐ろしく寒いのに違いない。
「跡部……」
「お前、何考えてた」
「………………」
「神尾」
髪を撫でつけられる。
何かを堪えているような跡部の手つきに神尾は小さく息を吸い込む。
冷えた、慣れた、香りがする。
跡部の匂いだ。
「………跡部…」
帰ってきた、もう一度そう思った。
神尾は抱き込まれている跡部の喉元に擦り寄るように近づいた。
神尾の方から近づいた時、初めて跡部の拘束が暴力的に強まった。
「お前のいない何処に帰るって?」
「………………」
「言えよ。神尾」
苛立っているようで、その実跡部の手は優しすぎる程優しく神尾を抱きこんでいた。
服を着たままベッドに潜り込んできた冷たい感触の跡部は、自分から暖をとることは出来ないのかと思うと神尾は微かに物悲しくなる。
こんなにくっついているのに。
「………………」
もっと暖かくいられて、そんな辛そうな声など出さないで済む場所が、きっと跡部にはある。
寒いままで、辛いままで、自分とここに居る事ない筈なのに。
「………………」
涙は、こんなにも距離の近い、跡部の衣服に直接滲み込んでいってしまう。
身体中縛りつけられるように。
痛いくらいに。
跡部の腕の力が強くなって、神尾は小さくしゃくりあげた。
どうしてまた、もしくはまだ。
こんな風に不安なのか。
疑問に思うのが半分。
どうしてもなにもないと判っているのが半分。
混乱する神尾を抱き締めてくる跡部の腕の力はますます強まる。
跡部の世界が広すぎて。
一緒にいる時間が長くなればなるほど果てしなく広がっていって。
神尾には今こうして自分のしたいようにしている事が、跡部にとって正しいのかどうか、見渡す事も出来ないでいる。
そんな神尾の懸念や脅えに跡部は敏感で強暴だ。
「一生こんな風にお前を泣かせるんだとしても、怖がらせるんだとしても、逃がしやしねえよ」
上着を脱ぎ捨てただけのフォーマルのシャツ、その下の跡部の身体は外気に冷やされたままのように冷たい。
実家の用事で跡部が呼び出される事が増えて、跡部は何も言わないで、でも神尾には何かが判ってもいた。
全てを知っているらしい跡部の家の人間に呼び出され、離別を促され、身動きがとれなくなった時に、すでに自分はこんな現実を予兆していたと神尾は思ったのだ。
同意をした訳ではない。
でも否定も出来なかった。
跡部はすぐにその出来事を知り、神尾が初めて見る凶暴さで、獰猛さで、そして怯えで、神尾を雁字搦めにしてきた。
恐怖心というなら、それを持ったのは跡部の方だった。
「もしお前が逃げても、俺は絶対に逃がしてやらねえからな」
「……跡部」
逃げたい訳がない。
怖くても、不安でも、例えば今日のように。
大晦日、実家からの呼び出しに跡部が出かけて行き、彼の帰りを待っているだけしか出来ないこんな時間があったとしても。
逃げたい訳がない。
でも、逃げたい?と跡部に向かって思って聞きたい気持ちも神尾の中には在るのだ。
「………だって、俺といると、跡部は冷たいままだぜ…」
こんな風に。
跡部がこの出で立ちで、実家で、誰に何を言われ、何を言い返しているのか。
それを神尾は知らないでいるけれど。
本当はもっと、跡部に全てがいいようになっている場所があるのかもしれないのに。
「馬鹿だな。てめえは」
「………………」
昔っから本当にと跡部が微かに笑った気配がした。
そのままキスを、された。
「冷たいかよ」
問われて神尾は息を飲む。
重なった唇は冷えていた。
しかし、ひらいて絡ませ合った舌は燃え立つように熱かった。
「冷たいかよ」
もう一度跡部が言うのに、神尾は首を振った。
左右に、強く。
熱い。
熱かったから、何度も首を振った。
「………………」
口づけて知る跡部の中の熱さ。
「お前だけだろうが。こう出来るのも、これ知ってんのも」
俺を中身まで凍らせるなと跡部は言った。
お前がいるから中身は凍らないんだと跡部は言った。
「跡部……」
「ああ」
「…跡部……跡部……」
跡部の言葉は年月が立つ毎に神尾に判りやすくなっていった。
出会った当初は混乱ばかりしていたのに。
今は跡部の言葉で神尾は解ける。
でもこんな風に気持ちが甘く苦く押しつぶされてしまえば、言葉には変えられない。
抱き締められて、涙の上に口付けられて。
何も言えなくなる。
本当は唇に直接それが欲しい。
言葉が捕まえられないから、神尾はねだるように跡部の顎を小さく一度啄ばんだ。
「跡部」
「……、…お前な…」
「好きだよ」
神尾がその言葉を口にすると、跡部はいつも同じ顔をする。
いつもの不遜な顔ではなく、神尾だけが知る、神尾の言葉には置き換えられない顔をする。
「好きだ」
「ずっと言ってろ」
気失うまでずっと、と跡部が嗄れた声で言う。
荒々しく神尾のパジャマの中に跡部の手のひらが入り、耐えかねたような手のひらが直接神尾の肌を辿る。
ああ、手のひらも、ゆっくりゆっくり、ちゃんと温かくなっていると、神尾は気づいた。
「本当に、俺でいいのかな…跡部…」
「お前だ」
お前がいいと、尋ねる訳でもない神尾の呟きに跡部の声音は真摯だ。
「好きだよ…跡部」
「お前以外、いらねえんだよ」
「跡部」
「捨てたら、狂う」
自分達は、本当に会話をしているのかどうか。
時々判らなくなるけれど。
例え意味が判らなかったとしても、相手の言葉が必要な時がある。
「跡部…」
「捨てやがったら、狂ってやる」
「好き」
「いいな」
「跡部」
抱き締めあう。
怖くてもいいじゃないかと、ここにきて漸く神尾は思う。
だって、好きだ。
ずっと一緒にいるのなら、怖くても、いい。
不安で、泣いても、こうしている方がずっといい。
抱き締めあう。
抱き締めあう。
静寂という音を聞き、暗闇という色を見て、それは何一つ間違いでないと知るこの身で。
この不安定で怖い感情こそが、永遠の幸せなのだと知っている自分達だから。
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