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How did you feel at your first kiss?
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 昼休みも残り十分をきったところで乾が現れた。
 二年七組、海堂の教室にだ。
「乾先輩」
 些か面食らいつつも、海堂は教室の前扉へと足を向けた。
 ドアの上部に片手を当てて長身を僅かに前倒しにしていた上級生は、海堂が近づいていくと姿勢を正した。
「やあ、悪いな。海堂」
「別に悪かねえですけど……どうしたんですか」
 乾が部活を引退してからも、メニューのことなどで時々昼休みを一緒に過ごす事はあった。
 けれど、こんな風に乾が海堂の教室を訪れてきた事は、これまで一度もなかった。
 何か緊急の話だろうかと危ぶんだ海堂の僅かな緊張を、乾ののんびりとした言葉が砕く。
「なあ海堂。今日の放課後、蓮二と会うんだが。その場にちょっと付き合って欲しいんだけど都合どう?」
「………………」
 乾が言うところの蓮二というのは、つまり彼の幼馴染で立海大付属の柳蓮二であるという事は、無論海堂にもすぐに理解ができた。
 立海の参謀、達人、そして乾と同じデータテニスをする男。
 問題は。
「どうしてそこに俺が行くんですか」
 ものすごくおかしな事を言い出した相手を海堂は怪訝に伺い見ながら、そう口にする。
 どうして自分がそこに。
 元来単独行動の多く、むしろ極度の人見知りの感もある海堂からすると。
 相手が例え過去の対戦校の選手だとしても。
 例え乾の親しい友人であったとしても。
 寧ろそれなら尚更のこと、乾の言うような事が出来る訳がない。
 や、無理っす、とそれでも目礼はして背中を向けた海堂の腕を乾は引いてきた。
「待った。海堂。頼むよ」
「頼まれたって困るんで」
 無愛想に返す海堂に、乾は取り縋らんばかりにして、言い募ってきた。
「二対一になる上に、終始激しく威嚇されるんだぞ。何だかおっかなくてな…一緒に行ってくれよ海堂」
 そんな事を言いながらもたいして脅えてる風もなく。
 乾は淡々と、それどころかどこかひどく面白がっているような気配を醸し出していて。
 海堂はいぶかしむように眉根を寄せた。
「……柳さん以外に誰かいるって事っすか?」
「ああ。二年生エース切原赤也が、蓮二にべったりくっついていて、フーフー威嚇してきて面白いから見にいこう」
 真顔で、しかしこれでも確実だ。
 乾は完全に状況を楽しんでいる。
 海堂は今度こそはっきりと呆れて嘆息した。
「威嚇されるって、あんた何やってんですか」
「特に何も。それなのに、どこからともなく現れては、蓮二が貞治って呼ぶ毎に噛みつかれそうな目で睨まれるし、俺が蓮二って呼べばそれはもう手酷く罵られたりするんだよねえ…」
 別段腹を立てている訳でもないらしい乾の紡ぐ嘆きの言葉の数々に、海堂は控えめに問いかけた。
「……柳さんと切原ってのは…」
「うん? ああ、まあそういう事なんだろうな。面と向かって確かめてはいないけど、ああまで判りやすくこられるとね」
 二人の頭上で予鈴が鳴る。
 あと五分しか時間がない。
 海堂は乾に腕を取られたまま、じっと乾を見据えた。
 改めて断りをいれる。
「俺は切原の気持ちも判らなくはないんで」
「でも海堂は蓮二を睨みつけたり罵ったりしないだろう? ちなみに切原はその度に蓮二に厳しくやられて、極めて悪循環なんだけどね」
「楽しそうっすね…乾先輩」
「なかなか興味深いよ」
 ということで、どう?と食い下がってくる乾は、結局同意以外欲しくないのかもしれない。
 そんな乾も珍しくはあるけれど。
「柳さんの気持ちも少しは判るんで遠慮します」
 海堂は、どちらの気持ちも少しずつ判る気がした。
 切原の気持ちも判る。
 好きな相手が、幼馴染でもありダブルスのパートナーであったこともある相手と親密に話をしている場に居合わせる、ちくりと胸の痛むような痛くないけれど苦しい感じだとか。
「………………」
 柳の気持ちも判る。
 好きな相手を、好きな相手の側にいる自分を、例えば見せびらかしたいという観念は持っていないのだろう、あの人も。
 多分。
 海堂はそう思った。
 自分もそうだ。
 隠そうとは思わない。
 ただ、特別な相手といる時の自分は、誰彼構わず見せて回れるものでもない。
 乾といる時の自分の緩さに徐々に自覚のある海堂だったから尚更だ。
 柳ならばそんなものは上手に隠すのだろうけれど。
「海堂ー」
 やけに甘ったれた声で泣きつかれたって、海堂は首を縦には振らなかった。
 たぶんもうすぐ本鈴が鳴る。
 今更ながらだがこんなにも人目のあるところで自分達は何をしているのかと思いながらも。
 海堂は、じっと乾を見上げた。
「…海堂?」
「あんたは面白いものが見られるから行こうって言うけど」
「うん?」
「俺はどうせあんたしか見ない」
 だからそういう誘いは無駄だ、と乾にだけ聞こえる声で言って。
 海堂は横開きの扉をぴしゃりと閉めた。
 廊下に乾を閉め出した理由は、一つに本鈴が鳴ったから。
 そしてもう一つに、とてもじゃないが今の自分の顔を見られてはたまらないと思ったからだ。
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