How did you feel at your first kiss?
怒ったな、これは結構本気で、と観月はひっそりと思った。
握り締められている手首には、痛みよりも熱を覚えた。
赤澤の本気の力がそこに加えられている事を観月は理解していたが、それは痛みではなく、手首の脈の中の血液が煮えて熔けだすような感触ばかりを観月に伝えてくる。
相変わらず赤澤の怒りの沸騰点が観月には判りづらかった。
大概の事はゆったりとやり過ごし、激昂しても自分自身でそれを宥める術を知っている男は、寛容で懐深い。
滅多な事で、人に対して怒る事はしないのに。
それこそ観月がいくら辛辣な言葉を口にしても、たいした諍いにもならないのに。
「赤澤、」
観月が掴まれた手首をいくら振り払おうとしても、それはびくともしなかった。
テニス部の部室で、二人きりでいて、コートではもう部活も始まる時間だ。
もう行きますよと向けた背を、腕を引かれて引き戻される。
「………………」
肩越しに観月が振り返れば、そこにはひどく真剣な目をした赤澤がいた。
笑わない時。
赤澤の顔は、本来のきつい面立ちが際立って、危うく鋭く尖って見える。
おかしな男だ。
観月は唇を引き結んで思う。
睨み返すように見据えて思う。
だから、普段から。
言い争いをしていても。
観月が、言い過ぎたと思うような時は然して怒りもせずにいるくせに。
いったい今日の何が、今までの会話にどの部分が、そこまで彼を苛立たせたのかと不審に思う。
「………………」
観月は、再度渾身の力で自身の手を取り返すようにもがき、その反動のまま赤澤を振り切って部室を出て行こうとした。
しかし観月の手首は依然赤澤の手のひらに捕らわれたままで。
背を返すどころか、そのまま強く引き込まれ、部室の壁にきつく背中を押し付けられた体勢で拘束される。
「何を、…っ…」
「行くな」
「勝手なこと言わないで下さい!」
観月の視界に影が落ちる。
赤澤の肢体の影にも雁字搦めにされてしまうように。
影が落ちる。
観月はひどい威圧感を覚えた。
息苦しい。
怯みそうな自分が嫌で、観月は赤澤を意固地になって睨み据えた。
「行くな。今ここで話を終わらせたくない」
大きい声を出された訳でもないのに、ビリビリと肌に響いてくる呻き声じみた獰猛な声。
普段の明るくさばけた口調の男と同一人物かと観月が危ぶむ程に、赤澤の声音はきつかった。
話も何も、なにを話していたかすら観月は見失っている。
赤澤に、これほどまでに食い下がられるような話をしていた覚えはないのだ。
「いい加減にしなさい……! いつまでもこんな所にいて、裕太君が呼びに、…」
「……逆効果だ。お前」
いつもなら観月の言葉を遮るような真似は絶対にしない赤澤が低すぎる声で言う。
今口にするなと、壁に一層強く肩を押さえつけられ、そのまま唇が塞がれる。
「ン、…」
びくりと観月は身体を竦ませた。
まさかそうされるとはこれっぽっちも思っていなくて、ひらいたままの唇に赤澤のそれを受けとめる。
深く噛みあう。
赤澤を引き剥がそうと持ち上げた腕は、両方とも再度手首を握り込まれて壁に打ち付けられた。
乱暴な。
こんなこといつもなら絶対にしない。
キスが強い。
荒い。
迂闊にも泣きそうになって観月は顔を歪ませた。
噛み付くようなキスが怖い訳ではない。
恐怖ではなく怖いと感じたのは、普段とはあまりに違うキスに相手が赤澤だという事すら見失いそうになったからだ。
「、………か…ざわ、」
唇の角度を変える一瞬で漏らした声は。観月自身で呆れる程にか細かった。
手首の拘束は緩まないまま、赤澤が唇を離す。
額と額が触れ合う距離で見据えてくる。
「俺が何に怒ってんだか、訳判らないっていう顔すんな」
「………かりません…よ…っ」
ほんの少しだけ赤澤の気配が和らいだと思った途端、やみくもな衝動で瞳が潤んできた事を自覚して観月はうろたえた。
こんなことくらいでなんでと困惑しながら息を詰めていると、赤澤が大きく顔を片側に傾けて、観月の眦に口付けてきた。
唇にするようなやり方のキスだった。
赤澤の舌先で、目尻を軽く舐められる。
そんな所舐めるから濡れるんだと憤りながら、観月は唇を噛み締めた。
「あのな? 観月」
「……、………」
「お前が好きで、お前を一番大事にして、何が悪い。そこに腹立てられたって、俺はこれっぽっちもそれは変えらんねえよ」
そんな言葉を交わしていた。
確かに。
そうだ、と観月はゆるゆると思い出す。
部室にいた観月を赤澤が迎えに来て、もう部活が始まる頃で、だから早く行きましょうと観月は言ったのに。
迎えにきた赤澤に、きちんと礼も言ったのに。
赤澤が気遣わしい事ばかり言い出して、一向にコートに向かおうとしないどころか、観月を引きとめてきたから。
「お前が、ちゃんと全部考えてるのは判ってる。でもお前の心配をするなってのは聞けねえよ」
「………………」
そう観月が口にしてからだ。
赤澤が本気で怒り出したのは。
大概の事には寛容な赤澤が、どうしてそれくらいの事でと観月は思うのだけれど。
現実、単にその一言が発端で赤澤はこうまで怒っているのだ。
だいたい観月は、部室でほんの少し仮眠をとっていただけなのに。
「………どうしてそれでそこまで怒るんですか」
壁に押さえつけられている両手首の拘束は、まだ解けない。
赤澤の声もきつく低いままだ。
力づくにされる事が嫌いな自分を知っていてこれかと、観月は赤澤から視線を外した。
こんな程度のことで泣き出しそうな自分はおかしい。
でも顔をそらした途端、手首から指を外して抱き締めてくる赤澤もどうかと思った。
それも、両腕で観月を胸元に抱き込む優しいやり方で。
「お前が俺の一番大事なもんを粗雑に扱うからだろうが」
「な、……」
「挙句に、お前の心配はしなくて結構とか言われるわ、部活に行くって話ぶった切られるわ」
「…、…っ…それは…」
「ついでにもっと言わせて貰えば、俺が一番大事なもんを、俺にこれっぽっちも大事にさせないし、可愛がらせもしないからだよ。お前が」
「何馬鹿なこと言ってんですか…っ……」
だからむかついたんだよと、いきなり拗ねた口調で憮然と赤澤に告げられてしまった観月は、赤澤の胸元におさまったまま怒鳴るしかない。
その言葉を聞いた途端、体温が上がった自分も馬鹿だとつくづく思ったけれど。
「馬鹿だよ。欲求不満の八つ当たりだ」
開き直ったようなさばさばとした口調と、ほんの少しの笑み交じりの言葉は、普段の赤澤だ。
そのことにやみくもな安堵感が募って、しかし同時に観月を気づいている。
赤澤が、そういう言い方で、この場を紛れさせてくれている事。
そんな茶化した言い方をして、その実赤澤の本音は、本当にただ観月が心配なだけなのだろう。
「だからって、あんな大袈裟に心配されなくても、……」
自己管理の元の仮眠でしょうがと観月は呻きつつ、ちがう、本当に言いたいのは、とすぐに思い直す。
「……っ…だいたい…、…欲求不満だなんて人聞きの悪い事言わないで下さい…!」
「別に俺は自己申告恥ずかしくもねえけど?」
「あなたの問題じゃありません!」
僕が相手で欲求不満だなんて失礼極まりない。
観月が毅然と言い切ると、赤澤が一瞬の沈黙の後、殊更きつく観月を抱き締めなおして声を上げて笑い出した。
「お前、なんかそれ違くね?」
「なに爆笑してんですか…!」
笑う赤澤に抱き潰されそうになりながら、観月は腹立ち紛れに赤澤の首筋に唇を押し当てる。
ふわっと抱擁の腕が解けた。
「観月…?」
「………………」
観月は赤澤のユニフォームの胸元を掴んで支えにして、軽く爪先立った。
今度は唇を掠ってやって。
本当に、恥ずかしくて腹がたつ。
「観月?」
甘い優しい声で丁寧に伺ってこられては尚更だ。
心配などは、しなくて結構。
無駄に気を使われたいとも思わない。
ただ、と観月は赤澤に向き直り、腹の内を少しだけ晒してやろうと決める。
「あなたが僕を、本気で全部欲しがらないでよくなったら、あなたの目の前から完璧に消えてやる」
矛盾していると言いたければ言うといい。
観月の尊大な眼差しの先で、赤澤はあっさり手を振った。
「あ、そりゃない」
即答だ。
ないないと言い切る。
観月の滅多に言わない本音をあっさりと切り捨てて、そんな赤澤に憮然とした観月の唇に、優しい甘いキスを落として赤澤は笑う。
「……すげえこと言い出すなあ…お前」
「………………」
「また惚れ直したけど」
そうですか、と返すのが実際のところ精一杯の観月は、部室の扉がノックされてひっそりと安堵する。
「裕太君ですね」
「………だからこの体勢でそういう事言うなって言ってんだろ」
「そういう事も何も裕太君は裕太君でしょう」
扉の向こう側で、部長ー?観月さんー?と声が聞こえてくる。
キスを重ねる距離の赤澤の唇に、それでも意図的に後輩の名前を少し多めになすりつけてやるくらいは、意趣返しでいいだろうと観月は思う。
結局、赤澤が本気で怒ったり、距離をあけてこられたりしたら、自分に出来る事はないのだと観月は思っているからだ。
「……ったく」
苦笑いで赤澤は降参してきた。
「悪い、裕太。すぐ行く!」
「赤澤部長?」
「おう」
「じゃ、行ってます」
何故か開かない扉越しの、大声を張り上げる二人の会話に観月が不思議に思っていると、赤澤が観月の唇に最後のキスをしながら言った。
「聡くて理解ある後輩で有難いよな?」
「……っな…、……まさか、裕太君…」
「中に俺がいるって判ってからはお前の名前を呼ばない気遣いの後輩」
さ、行くか、と赤澤は観月に手を伸ばした。
赤澤の手は、今した最後のキスのような感触で観月の手首を包みこみ、観月を連れて強引に走り出した。
握り締められている手首には、痛みよりも熱を覚えた。
赤澤の本気の力がそこに加えられている事を観月は理解していたが、それは痛みではなく、手首の脈の中の血液が煮えて熔けだすような感触ばかりを観月に伝えてくる。
相変わらず赤澤の怒りの沸騰点が観月には判りづらかった。
大概の事はゆったりとやり過ごし、激昂しても自分自身でそれを宥める術を知っている男は、寛容で懐深い。
滅多な事で、人に対して怒る事はしないのに。
それこそ観月がいくら辛辣な言葉を口にしても、たいした諍いにもならないのに。
「赤澤、」
観月が掴まれた手首をいくら振り払おうとしても、それはびくともしなかった。
テニス部の部室で、二人きりでいて、コートではもう部活も始まる時間だ。
もう行きますよと向けた背を、腕を引かれて引き戻される。
「………………」
肩越しに観月が振り返れば、そこにはひどく真剣な目をした赤澤がいた。
笑わない時。
赤澤の顔は、本来のきつい面立ちが際立って、危うく鋭く尖って見える。
おかしな男だ。
観月は唇を引き結んで思う。
睨み返すように見据えて思う。
だから、普段から。
言い争いをしていても。
観月が、言い過ぎたと思うような時は然して怒りもせずにいるくせに。
いったい今日の何が、今までの会話にどの部分が、そこまで彼を苛立たせたのかと不審に思う。
「………………」
観月は、再度渾身の力で自身の手を取り返すようにもがき、その反動のまま赤澤を振り切って部室を出て行こうとした。
しかし観月の手首は依然赤澤の手のひらに捕らわれたままで。
背を返すどころか、そのまま強く引き込まれ、部室の壁にきつく背中を押し付けられた体勢で拘束される。
「何を、…っ…」
「行くな」
「勝手なこと言わないで下さい!」
観月の視界に影が落ちる。
赤澤の肢体の影にも雁字搦めにされてしまうように。
影が落ちる。
観月はひどい威圧感を覚えた。
息苦しい。
怯みそうな自分が嫌で、観月は赤澤を意固地になって睨み据えた。
「行くな。今ここで話を終わらせたくない」
大きい声を出された訳でもないのに、ビリビリと肌に響いてくる呻き声じみた獰猛な声。
普段の明るくさばけた口調の男と同一人物かと観月が危ぶむ程に、赤澤の声音はきつかった。
話も何も、なにを話していたかすら観月は見失っている。
赤澤に、これほどまでに食い下がられるような話をしていた覚えはないのだ。
「いい加減にしなさい……! いつまでもこんな所にいて、裕太君が呼びに、…」
「……逆効果だ。お前」
いつもなら観月の言葉を遮るような真似は絶対にしない赤澤が低すぎる声で言う。
今口にするなと、壁に一層強く肩を押さえつけられ、そのまま唇が塞がれる。
「ン、…」
びくりと観月は身体を竦ませた。
まさかそうされるとはこれっぽっちも思っていなくて、ひらいたままの唇に赤澤のそれを受けとめる。
深く噛みあう。
赤澤を引き剥がそうと持ち上げた腕は、両方とも再度手首を握り込まれて壁に打ち付けられた。
乱暴な。
こんなこといつもなら絶対にしない。
キスが強い。
荒い。
迂闊にも泣きそうになって観月は顔を歪ませた。
噛み付くようなキスが怖い訳ではない。
恐怖ではなく怖いと感じたのは、普段とはあまりに違うキスに相手が赤澤だという事すら見失いそうになったからだ。
「、………か…ざわ、」
唇の角度を変える一瞬で漏らした声は。観月自身で呆れる程にか細かった。
手首の拘束は緩まないまま、赤澤が唇を離す。
額と額が触れ合う距離で見据えてくる。
「俺が何に怒ってんだか、訳判らないっていう顔すんな」
「………かりません…よ…っ」
ほんの少しだけ赤澤の気配が和らいだと思った途端、やみくもな衝動で瞳が潤んできた事を自覚して観月はうろたえた。
こんなことくらいでなんでと困惑しながら息を詰めていると、赤澤が大きく顔を片側に傾けて、観月の眦に口付けてきた。
唇にするようなやり方のキスだった。
赤澤の舌先で、目尻を軽く舐められる。
そんな所舐めるから濡れるんだと憤りながら、観月は唇を噛み締めた。
「あのな? 観月」
「……、………」
「お前が好きで、お前を一番大事にして、何が悪い。そこに腹立てられたって、俺はこれっぽっちもそれは変えらんねえよ」
そんな言葉を交わしていた。
確かに。
そうだ、と観月はゆるゆると思い出す。
部室にいた観月を赤澤が迎えに来て、もう部活が始まる頃で、だから早く行きましょうと観月は言ったのに。
迎えにきた赤澤に、きちんと礼も言ったのに。
赤澤が気遣わしい事ばかり言い出して、一向にコートに向かおうとしないどころか、観月を引きとめてきたから。
「お前が、ちゃんと全部考えてるのは判ってる。でもお前の心配をするなってのは聞けねえよ」
「………………」
そう観月が口にしてからだ。
赤澤が本気で怒り出したのは。
大概の事には寛容な赤澤が、どうしてそれくらいの事でと観月は思うのだけれど。
現実、単にその一言が発端で赤澤はこうまで怒っているのだ。
だいたい観月は、部室でほんの少し仮眠をとっていただけなのに。
「………どうしてそれでそこまで怒るんですか」
壁に押さえつけられている両手首の拘束は、まだ解けない。
赤澤の声もきつく低いままだ。
力づくにされる事が嫌いな自分を知っていてこれかと、観月は赤澤から視線を外した。
こんな程度のことで泣き出しそうな自分はおかしい。
でも顔をそらした途端、手首から指を外して抱き締めてくる赤澤もどうかと思った。
それも、両腕で観月を胸元に抱き込む優しいやり方で。
「お前が俺の一番大事なもんを粗雑に扱うからだろうが」
「な、……」
「挙句に、お前の心配はしなくて結構とか言われるわ、部活に行くって話ぶった切られるわ」
「…、…っ…それは…」
「ついでにもっと言わせて貰えば、俺が一番大事なもんを、俺にこれっぽっちも大事にさせないし、可愛がらせもしないからだよ。お前が」
「何馬鹿なこと言ってんですか…っ……」
だからむかついたんだよと、いきなり拗ねた口調で憮然と赤澤に告げられてしまった観月は、赤澤の胸元におさまったまま怒鳴るしかない。
その言葉を聞いた途端、体温が上がった自分も馬鹿だとつくづく思ったけれど。
「馬鹿だよ。欲求不満の八つ当たりだ」
開き直ったようなさばさばとした口調と、ほんの少しの笑み交じりの言葉は、普段の赤澤だ。
そのことにやみくもな安堵感が募って、しかし同時に観月を気づいている。
赤澤が、そういう言い方で、この場を紛れさせてくれている事。
そんな茶化した言い方をして、その実赤澤の本音は、本当にただ観月が心配なだけなのだろう。
「だからって、あんな大袈裟に心配されなくても、……」
自己管理の元の仮眠でしょうがと観月は呻きつつ、ちがう、本当に言いたいのは、とすぐに思い直す。
「……っ…だいたい…、…欲求不満だなんて人聞きの悪い事言わないで下さい…!」
「別に俺は自己申告恥ずかしくもねえけど?」
「あなたの問題じゃありません!」
僕が相手で欲求不満だなんて失礼極まりない。
観月が毅然と言い切ると、赤澤が一瞬の沈黙の後、殊更きつく観月を抱き締めなおして声を上げて笑い出した。
「お前、なんかそれ違くね?」
「なに爆笑してんですか…!」
笑う赤澤に抱き潰されそうになりながら、観月は腹立ち紛れに赤澤の首筋に唇を押し当てる。
ふわっと抱擁の腕が解けた。
「観月…?」
「………………」
観月は赤澤のユニフォームの胸元を掴んで支えにして、軽く爪先立った。
今度は唇を掠ってやって。
本当に、恥ずかしくて腹がたつ。
「観月?」
甘い優しい声で丁寧に伺ってこられては尚更だ。
心配などは、しなくて結構。
無駄に気を使われたいとも思わない。
ただ、と観月は赤澤に向き直り、腹の内を少しだけ晒してやろうと決める。
「あなたが僕を、本気で全部欲しがらないでよくなったら、あなたの目の前から完璧に消えてやる」
矛盾していると言いたければ言うといい。
観月の尊大な眼差しの先で、赤澤はあっさり手を振った。
「あ、そりゃない」
即答だ。
ないないと言い切る。
観月の滅多に言わない本音をあっさりと切り捨てて、そんな赤澤に憮然とした観月の唇に、優しい甘いキスを落として赤澤は笑う。
「……すげえこと言い出すなあ…お前」
「………………」
「また惚れ直したけど」
そうですか、と返すのが実際のところ精一杯の観月は、部室の扉がノックされてひっそりと安堵する。
「裕太君ですね」
「………だからこの体勢でそういう事言うなって言ってんだろ」
「そういう事も何も裕太君は裕太君でしょう」
扉の向こう側で、部長ー?観月さんー?と声が聞こえてくる。
キスを重ねる距離の赤澤の唇に、それでも意図的に後輩の名前を少し多めになすりつけてやるくらいは、意趣返しでいいだろうと観月は思う。
結局、赤澤が本気で怒ったり、距離をあけてこられたりしたら、自分に出来る事はないのだと観月は思っているからだ。
「……ったく」
苦笑いで赤澤は降参してきた。
「悪い、裕太。すぐ行く!」
「赤澤部長?」
「おう」
「じゃ、行ってます」
何故か開かない扉越しの、大声を張り上げる二人の会話に観月が不思議に思っていると、赤澤が観月の唇に最後のキスをしながら言った。
「聡くて理解ある後輩で有難いよな?」
「……っな…、……まさか、裕太君…」
「中に俺がいるって判ってからはお前の名前を呼ばない気遣いの後輩」
さ、行くか、と赤澤は観月に手を伸ばした。
赤澤の手は、今した最後のキスのような感触で観月の手首を包みこみ、観月を連れて強引に走り出した。
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