How did you feel at your first kiss?
いきなり宍戸が地面に片膝をついたので、鳳は大袈裟でも何でもなく、飛び上がらんばかりにして驚いた。
自分の足元に屈んでいる宍戸を、鳳は愕然と見下ろした。
「し、…宍戸先輩?」
「お前、シューズの紐ほどけてるぜ」
「、え?……や…、…自分でやりますから…!」
「両手塞がってんだろうが。いいからおとなしくしてろ」
凄まじく切れ長のきつい眼差しで下から睨み上げられた。
下級生の鳳としては逆らうわけにはいかなかったが、だがしかし、それこそ目上の人間を、それも数百名いる氷帝テニス部員の中で準レギュラーに位置づけている相手を、足元に屈みこませていていい筈もない。
あまつさえシューズの紐まで結んでもらっているようでは、正直生きた心地がしなかった。
両手をテニスボールがいっぱいに入っているカゴで塞がれている鳳は硬直したようになって、己の足元にいる相手を見据えるしか出来なかった。
長い髪を無造作に括っている二年生の宍戸とは、あまり話をした事はなかった。
同じテニス部員であっても、準レギュラーであるというだけで、相当遠い位置にいるような相手だ。
そのうえ宍戸という男は、気が荒く口が悪く目つきが鋭いので有名で、下級生達は取り分け彼を遠巻きにしている所があった。
「………………」
けれど、今鳳の視線の先にいる彼は、ラインの綺麗な首筋を無防備に晒して、下級生の、実力的にも対等でもない人間の足元に膝をつき、靴紐を結んでくれている。
「出来たぜ。鳳」
「あ、…りがとうございます」
名前を呼ばれてますます鳳は驚いた。
歯切れの良い声で口にされたのが自分の名前であると判るのに一呼吸分かかってしまったくらいに驚いた。
「気をつけな」
にこりともしないで、立ち上がるなり背を向けた宍戸が残した言葉を。
声を。
鳳は頭の中で繰り返し繰り返し反芻した。
それは去年の、春の話だ。
ああ覚えてる、と宍戸は言った。
鳳の胸元に持たれて床に座っている宍戸は雑誌をめくる手を止めて、肩越しに視線を上げてきた。
宍戸の背後に居る鳳を直視して、思い出したように溜息をつく。
「えらいサービスいいじゃねえかって散々に言われたからな」
「それは……」
「跡部だろ。忍足だろ。岳人、滝、……要するにあいつら全員。雨が降るだの槍が降るだの。揃いも揃って勝手な事言ってきて、うるせえのなんのって」
「……だったんですか?」
「だったんだよ」
今の宍戸の髪は短い。
首筋のラインが綺麗なことは変わらない。
首筋だけでなく、身体のラインのどこもかもが綺麗なのだと今の鳳は知っている。
ぽすん、と空気の抜ける音をたてて宍戸が鳳の胸元に力を抜いて凭れかかってきた。
鳳は、すっぽりと覆いこむようにして宍戸の身体を抱きこみ直した。
鳳の腕の中で宍戸は寛ぎきった様子で軽く笑う。
「ま、実際珍しすぎたんだけどな。ああいうの」
「宍戸さん?」
「お前は絶対早い段階で上に来ると俺は思ってたからな……あんな所で怪我でもされたら困るって、そう思ったらもう、お前の靴紐結びに行ってた」
「…困るっていうのは?」
鳳は宍戸の髪に唇を寄せて問いかける。
ひどく不思議な事を言われた気がした。
「お前とレギュラー争いしたかったのか俺?」
「それ俺に聞かれても」
あまりにも素直な宍戸の声に、思わず鳳も笑ってしまった。
抱き込んだ身体を緩く揺するようにして笑っていると、宍戸が尚も鳳に身を預けるようにもたれてきて、互いの距離が無いに等しくなった。
「早く上がって来いって」
そればっか考えてたんだよなあ、と回顧する宍戸の声音が、鳳にそっと届いた。
「距離が、近くなりたかったのかもな。もっと」
「それは、あの時から、俺はずっと考えていましたけど…」
待たせましたか?と問いかければ、ちょうどいい頃に来たよな、お前、と言って宍戸がまた笑う。
「それなら良かった」
ぎゅっと腕に力を入れて抱き締めて。
鳳は宍戸の頭上に口付ける。
昔あった出来事も、それを思い返す今も、こうして二人でいるように。
同じ事を時々繰り返しながら、先行きも、こうして二人でるのだろう。
あの日宍戸が結わえた紐、それが繋げているかのような、今と未来だ。
自分の足元に屈んでいる宍戸を、鳳は愕然と見下ろした。
「し、…宍戸先輩?」
「お前、シューズの紐ほどけてるぜ」
「、え?……や…、…自分でやりますから…!」
「両手塞がってんだろうが。いいからおとなしくしてろ」
凄まじく切れ長のきつい眼差しで下から睨み上げられた。
下級生の鳳としては逆らうわけにはいかなかったが、だがしかし、それこそ目上の人間を、それも数百名いる氷帝テニス部員の中で準レギュラーに位置づけている相手を、足元に屈みこませていていい筈もない。
あまつさえシューズの紐まで結んでもらっているようでは、正直生きた心地がしなかった。
両手をテニスボールがいっぱいに入っているカゴで塞がれている鳳は硬直したようになって、己の足元にいる相手を見据えるしか出来なかった。
長い髪を無造作に括っている二年生の宍戸とは、あまり話をした事はなかった。
同じテニス部員であっても、準レギュラーであるというだけで、相当遠い位置にいるような相手だ。
そのうえ宍戸という男は、気が荒く口が悪く目つきが鋭いので有名で、下級生達は取り分け彼を遠巻きにしている所があった。
「………………」
けれど、今鳳の視線の先にいる彼は、ラインの綺麗な首筋を無防備に晒して、下級生の、実力的にも対等でもない人間の足元に膝をつき、靴紐を結んでくれている。
「出来たぜ。鳳」
「あ、…りがとうございます」
名前を呼ばれてますます鳳は驚いた。
歯切れの良い声で口にされたのが自分の名前であると判るのに一呼吸分かかってしまったくらいに驚いた。
「気をつけな」
にこりともしないで、立ち上がるなり背を向けた宍戸が残した言葉を。
声を。
鳳は頭の中で繰り返し繰り返し反芻した。
それは去年の、春の話だ。
ああ覚えてる、と宍戸は言った。
鳳の胸元に持たれて床に座っている宍戸は雑誌をめくる手を止めて、肩越しに視線を上げてきた。
宍戸の背後に居る鳳を直視して、思い出したように溜息をつく。
「えらいサービスいいじゃねえかって散々に言われたからな」
「それは……」
「跡部だろ。忍足だろ。岳人、滝、……要するにあいつら全員。雨が降るだの槍が降るだの。揃いも揃って勝手な事言ってきて、うるせえのなんのって」
「……だったんですか?」
「だったんだよ」
今の宍戸の髪は短い。
首筋のラインが綺麗なことは変わらない。
首筋だけでなく、身体のラインのどこもかもが綺麗なのだと今の鳳は知っている。
ぽすん、と空気の抜ける音をたてて宍戸が鳳の胸元に力を抜いて凭れかかってきた。
鳳は、すっぽりと覆いこむようにして宍戸の身体を抱きこみ直した。
鳳の腕の中で宍戸は寛ぎきった様子で軽く笑う。
「ま、実際珍しすぎたんだけどな。ああいうの」
「宍戸さん?」
「お前は絶対早い段階で上に来ると俺は思ってたからな……あんな所で怪我でもされたら困るって、そう思ったらもう、お前の靴紐結びに行ってた」
「…困るっていうのは?」
鳳は宍戸の髪に唇を寄せて問いかける。
ひどく不思議な事を言われた気がした。
「お前とレギュラー争いしたかったのか俺?」
「それ俺に聞かれても」
あまりにも素直な宍戸の声に、思わず鳳も笑ってしまった。
抱き込んだ身体を緩く揺するようにして笑っていると、宍戸が尚も鳳に身を預けるようにもたれてきて、互いの距離が無いに等しくなった。
「早く上がって来いって」
そればっか考えてたんだよなあ、と回顧する宍戸の声音が、鳳にそっと届いた。
「距離が、近くなりたかったのかもな。もっと」
「それは、あの時から、俺はずっと考えていましたけど…」
待たせましたか?と問いかければ、ちょうどいい頃に来たよな、お前、と言って宍戸がまた笑う。
「それなら良かった」
ぎゅっと腕に力を入れて抱き締めて。
鳳は宍戸の頭上に口付ける。
昔あった出来事も、それを思い返す今も、こうして二人でいるように。
同じ事を時々繰り返しながら、先行きも、こうして二人でるのだろう。
あの日宍戸が結わえた紐、それが繋げているかのような、今と未来だ。
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