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How did you feel at your first kiss?
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 ジローが、ぐっと顔を近づけてきた。
 宍戸は目を瞠る。
「……何だよ?」
「ししど」
 まだ眠気をたっぷりと引きずっている呂律のあまさだ。
 現に、一月というこの時期にも関わらずジローはいつものように眠っていた。
 昼休みの中庭で、気に入りらしい樹の幹に寄りかかって。
 何処でも眠ってしまえるジローの性質は、勿論充分理解している宍戸であったが。
 幾らなんでも凍るだろうと肩を揺すって起こした所、ジローは瞼を引き上げるなり宍戸に詰め寄ってきたのである。
「宍戸」
「だから何だよ」
 だいぶ目覚ましてきたなと思いながらも、やけに深刻な顔のジローを宍戸は不審気に見やる。
 膝を折ってジローの向かいにしゃがみこんでいた宍戸は、制服の胸元をジローの両手に鷲掴みにされ、引っ張られてバランスを崩した。
「おま、…っ……危ねえだろ…っ」
「ししど。おおとりがしにそうだよ」
「は?……ああ?……っつーかジロー、てめえ何でまた眠りやが、…」
 ぐー、と寝息も露に宍戸へとなだれ込んできたジローの身体ごと宍戸は地面に倒れこんだ。
「………宍戸。何してるの」
「滝、おい、ちょっとこいつどけろ!」
 天地が逆さまになった宍戸の視界で、うわあ、と滝は顔を顰めている。
「公の場でそんな事してると、あっという間に尾びれ背びれがついて、噂を聞きつけた鳳あたりはますますおかしくなっちゃうんじゃないかな……」
「じゃあどかせよこいつを!……あ? 滝、お前、長太郎が何つった、今」
「ジローは眠ると体重倍にでもなったみたいに動かないんだよねえ……」
 滝は宍戸の顔を真上から見下ろしながら、宍戸の問いかけには応えず曖昧に笑みを浮かべる。
 宍戸は眠っているジローを、身体の上から地面へと懸命に転がした。
 眠っている時のジローは何故か本当に動かすのに苦労する。
 だからいつも樺地が呼びに行かされていたのだ。
「………のやろ…」
 息を乱しながらも脱出に漸く成功した宍戸は、腹立ち紛れにしては随分加減した力でジローの頭をはたいてから、上半身を起こして座り、滝に対峙した。
「長太郎が何だって?」
「髪の毛くしゃくしゃ」
 滝は宍戸の髪を指先で丁寧に撫でつけながら笑った。
「鳳ねえ…さっき見かけたら宍戸不足で死にそうだったよ」
 かわいそうにと言いつつ尚も笑う滝に、宍戸は息を詰めた。
「そうそうー……おおとりしにそうー……」
「うわっ…」
 突然に、もそもそとジローが動き出し、宍戸の腿を枕にして身体を丸めた。
「だから公開膝枕なんてしてあげたら、例え相手がジローでも、鳳泣いちゃうかもよ?」
「泣くかっ。……、っ……お前は何笑ってんだよっ、滝」
「宍戸も鳳不足だね」
 助けてあげよう、と滝は言って。
 至極簡単に宍戸の膝から眠っているジローを引き剥がした。
「ひどい……」
「はいはい。肩くらいは、かしてあげるから。膨れない」
 むすっと呟いたジローの隣に座り、滝は言葉の通りに右肩にジローを寄りかからせた。
 そのまま宍戸を流し見てくる。
「忙しそうな鳳に遠慮してるのかもしれないけど、限界超えて倒れでもして、久々の再会が保健室でしたなんて事になっても困ると思わない?」
「別に俺は、」
「鳳不足なだけだよね」
 嫌味でもなく、たださらりとそう言って笑う滝に。
 結局宍戸は呻くしか出来なかった。
 毎日の生活の中でかなりの時間を占めていた部活を引退してから後、学年の違いというものを実感させられている。
 新体制になったテニス部で多忙な毎日を送り出した鳳と、エスカレーター式とはいえ受験生になった宍戸は、確かに以前のようにほぼ毎日会っていた状況ではなくなっていた。
 けれど、だからといって疎遠になる事も勿論ない。
 関係が変わる事もない。
 それを知っている友人達は、だからこそ、こんな風な言い方で心配してくるのだ。
「二人とも自分達で思ってるほど平気じゃないんだからさ」
 早いところ充電しておいでよと滝は笑っている。
 そんなにあからさまかよと。
 宍戸は思わず、天を仰いでしまうのだった。



 自分の吐く息が白く目に映って、今日は寒いのだなと鳳はぼんやり思った。
 暖冬のせいか、暖かい日は本当に暖かくて、季節を忘れそうになる。
 今日も昼間は見事な小春日和だったから、防寒具の類は何一つ身につけていなかった。
 コートも着てこなかったので、星の瞬く空の下を制服で帰る道すがらは、やけに寒く感じられてならなかった。
「………………」
 また白い吐息がはっきりと視界に映る。
 要するに、自分が溜息ばかりついているって事だよな、と鳳は思った。
 そういえば部活が終わって、部室に最後まで一緒に残っていた日吉が、別れ際に呆れ返った冷めた目で流し見てきたよなあと思いもする。
 さっさと会いに行けという目だった。
 親切というより、心底鬱陶しがっていた日吉の表情を思い出して、鳳はさすがに唇に苦笑いを浮かべた。
 寂しいとか、哀しいとか、苦しいとか。
 そんなにも強い感情ではなくて、でもそれらがみんな交ざって胸を埋めていくようなこの感じは。
 全て、彼がいないからだ。
 圧倒的に足りないからだ。
 今まで一番近くに一番長いこと一緒にいた人がいない。
「………………」
 まるでむずがる子供の一歩手前だと、何かそのうち爆発してしまいそうなものを必死に奥歯で噛み砕くようにしながら、鳳は前髪をかきあげた。
 指と指の合間に欲しい感触は、これではなくて、などと思いながら。
 歩いていった鳳は、自宅までの道のりがやけに遠く感じられてまた溜息を吐く。
 溜息まみれだと自身を呆れていた鳳の視野に、冴えた綺麗な気配がいきなり飛び込んできたのは、そのすぐ後だった。
「………………」
 足を止めた鳳に。
 歩道際の自動販売機からの発光に横顔を白く浮かび上がらせいた宍戸が気づいて、コートのポケットに両手を入れたまま近づいてくる。
「よう」
「宍戸さん。何でこんな所に……」
「…お前その恰好で寒くねえの?」
 すぐに鳳の元までやってきた宍戸は、鳳の出で立ちを見てきつく眉根を寄せた。
 鳳にしてみれば、そんな宍戸の肌こそ目に見えて冷たく思えてならなかった。
「いつから…」
 咄嗟に頬に手を伸ばそうとしたものの、手袋もないままの自分の手では余計に冷たくしてしまうだろうかと躊躇して。
 中途半端な位置で鳳は手を止めた。
 それを目の当たりにした宍戸が、何故か溜息と共に微かに笑った。
「……弱音吐かねえよなあ…お前は」
「え?」
「結局来ちまっただろ。俺が」
「宍戸さ、……」
 言葉ごと。
 宍戸がコートのポケットに両手を入れたまま、鳳の胸元に落ちてきた。
 飛び込んできた。
 おさまってきた。
 欲しくて欲しくて、鳳が、子供のようにむずがってねだってしまいそうになっていた人が。
「………………」
 薄い肩と細い首筋を見下ろす角度にどうしようもなくなって。
 鳳は闇雲な力で宍戸の身体を抱き竦めた。
 抱き潰しそうな剣幕の力が、鳳自身空恐ろしい気もしたのに、宍戸は嫌がる風もなく、それどころか安寧の吐息を鳳の腕の中で零した。
 宍戸の名を繰り返して呼ぶ鳳に身包み抱き締められたまま、宍戸が笑っている。
「………んな簡単に余裕ない声出すなら、俺より先に来いよな。アホ」
 俺も似たような声だろうけどよ、と。
 宍戸は小さく呟いてくる。
 きつく抱き締めながら、少しだけ距離をあけて、鳳は宍戸の後頭部を抱え込みながら、ひどく窮屈な体勢のまま唇を塞いだ。
 僅かに仰のいただけの宍戸は、きついキスに塞がれて、細い肩を竦ませていた。
 宍戸の両手が鳳の腰に回った。
 強く抱き締めあったまま唇と唇を深く重ねて。
 ふっと、互いの身体が同時に弛緩するのが判った。
 キスがほどける。
 抱き締めあっているのを感じてから、腕もとけた。
 ほっと安堵の呼気を二人で零す。
 漸く視線が合った気がした。
 随分長いこと、見つめる余裕もなく体感だけしていたような気がした。
「宍戸さん」
「……ん」
 少し伸びた宍戸の髪を鳳が指ですくと、宍戸は僅かに上向いて目を閉じる。
 鳳が欲しかった感触が指の合間を通っていった。
 それはあたたかく鳳の感情を埋める、大切なもの。
「真綿…」
「……長太郎?」
「…………真綿で、怪我した所や痛みを感じる所を包むと、身体が自然治癒する為に最も適した温度にその箇所を温めてくれるって話聞いた事あるんですけど」
 ただ無闇にあたためてくるのではなく。
 寒い時、痛い時、自力で治癒が出来る一番良い状態にしてくれる、宍戸のあたたかさはそういうものだ。
 真綿のような。
「……お前みてえじゃん」
 けれど宍戸は宍戸でそんな事を言って。
 ひどく心地良さそうに鳳の指先を受け止めていた。



 軽く、強く、あたたかい。
 そんなものを欲しがって、そんなものに包まれたがって、いったい何が悪いのだと。
 二人は同時に考えている。
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