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How did you feel at your first kiss?
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 海堂は自宅の玄関口で目を瞠って二人を出迎えた。
 買物に出かけていた母親が、乾と一緒に帰ってきた。
「ただいま。薫」
「やあ、海堂」
「………………」
 状況がつかめないながらも、海堂はおかえりと母親に言い、乾には目礼した。
「荷物持ってくれてありがとうね。乾君」
「いいえ」
 どうぞ、と乾がにこやかに穂摘に手渡したスーパーの袋はどう見ても本来の目的であるスパイスの小瓶一つしか入っていない。
 乾自身が持っているスーパーの袋の方がはるかに大きく膨らんでいて重そうだった。
「あがっていって頂きたいんだけど、急いでおうちに帰らないと駄目なのよね」
 哀しげな溜息をついた穂摘が、五分だけ待っていてもらえる?と乾を見上げて、了解を得るなり素早くキッチンに入ったのを海堂は怪訝に見送った。
「あの…?」
「スーパーで偶然穂摘さんと会ってね。一目でも海堂に会えるかなあという下心でついてきました」
 声を潜め、悪戯っぽく笑う乾に、海堂は息を飲む。
 それだけの言葉で赤くなりそうな気配がする頬に手の甲を押し当ててから、海堂はとにかくこんな所じゃなんだからと乾を促したのだが、それは乾の苦笑でやんわりと阻まれた。
「実は両親が二人して週末から寝込んじゃってね」
「……風邪っすか?」
「腹にきちゃってるもんだから、よもやノロかと思ったけど大丈夫。今は食欲も出てきたみたいで」
 それでこれ、と乾は持っているスーパーの袋を軽く持ち上げてみせた。
 珍しく俺は今回無事だと笑う乾を、海堂はじっと見つめた。
「あんたは……ちゃんとメシ食ってんですか」
「親子だねえ、海堂。同じ事をスーパーで穂摘さんにも聞かれた」
 そして若干の駄目出しをくらいましたと続ける。
 どうやらそれは買物の内容についてものようで、乾の視線がそこに軽く落とされた。
「100㎏の豚肉から130㎏のハムが出来る話とか、おっかないやら興味深いやらでなあ…」
「………化合物や添加物に絶対反対って訳じゃないけど体調不良の時は身体に良い物をってよく言ってますよ」
 乾は軽い症状で治りも早いのだが、割合と頻繁に風邪をひく。
 何事にも緻密な彼だけあって、最初と最後のケアがきちんとしているから大事ではないものの、それを知っている海堂はつい小さな溜息をついてしまう。
「ちゃんと食って、ちゃんと寝ろ。風邪は身体が弱ってる時にうつるんだから」
「ありがとう。海堂」
「……、…別に礼言われるような事じゃ」
 乾の浮かべた笑みとストレートな言葉にたじろいで、海堂は顔を背けた。
 また頬に赤みがぶりかえしそうで怖い。
 年上の乾が、時折海堂に見せる砕けた無防備な甘えに、海堂はいつまでたっても慣れないのだ。
「玄関先でお待たせしちゃって本当にごめんなさいね」
 穂摘がキッチンから戻ってきた事に海堂は思わずほっとしてしまう。
 タッパーや紙製のランチボックスを幾つか抱えた穂摘は、マチの広い紙袋に手早くそれらを詰めていきながら一つ一つ説明をした。
「これはお粥。ご両親にね。お米をミキサーで砕いてあるから、水をタッパーいっぱいまで入れて鍋に移して煮ればすぐに出来るわ。こっちはおろしれんこんのスープ。整腸作用があるから温めて食べてね。これが玄米餅で、乾君はスープだけじゃ物足りないでしょうから、焼いて入れてみて。こっちのはミートボールとコーンのクリームシチュー。それと、薫」
 ぐいっと背を押されて海堂は面食らった。
「…、…え?」
 背後を振り返った海堂の視線の先、見慣れた柔和な笑顔を浮かべる穂摘がいた。
 さすがに乾も驚いたようで、それまで逐一告げていたありがとうございますとかすごいなとかすみませんだとかいった言葉がぴたりと止んだ。
「だって乾君はもう荷物を持っているし、もしすぐ乾君がご飯を食べるとしたら一人じゃ味気ないでしょう? 本当は寄っていって欲しいのよ、でもご両親の事も心配でしょうから」
 だからね、薫、と微笑む姿に、乾と海堂がまだリアクションをとれずにいると。
 穂摘の表情がゆっくりと曇った。
 でもやっぱりそれはお邪魔かしらねえ、という呟きを、しかし今度は乾がきっぱり遮った。
「風邪をうつしたら大変なので長くは引き止めませんから、食事の間だけでもよろしいですか? お付き合いしてもらって」
「ええ。勿論。さ、薫。支度して」
 ちゃんとコート着ていくのよと促す母親と、すさまじく明るい笑顔の乾とに、海堂は発する言葉もないまま家を出る事になった。



 外は風もなく穏やかな天気だった。
「悪いね、海堂」
「……別に構わないっすけど」
 機嫌の良すぎる乾を上目に見上げたまま海堂は小さく応えた。
「うん?」
 乾は眼差しで言葉の先を促してくる。
「…………何でそんなに機嫌良いんですか。あんた」
「一目会えればいいなあと思っていたのが、それ以上の結果になったのが嬉しいからだね」
「……明日になれば普通に学校で会うだろ」
「今日会えたって事が大事なんだよ」
「今日…何かの日ですか」
「アニバーサリーでなくても一日一日は大事なもんだろう?」
「まあ、…そりゃそうですけど」
 のんびりとした会話を繰り交わしながら、そういえば、部活や学校も関係なく、約束をした訳でもなく、偶然だけの結果でこうして肩を並べて歩いているという事は滅多にないと思う。
 滅多にないという事は、つまりこれは、特別な事なのかもしれない。
 その割にはゆったりと力が抜けているけれど。
「………………」
 特別という事は、別段畏まったりするものではないのだなと海堂は知った。
「買物帰り、家についたら玄関で海堂のお出迎えを受けるっていうのは、かなりのインパクトだったな」
 乾のそんな言葉に海堂は呆れた。
 だいたい、しみじみ噛み締めるように言うような事かと。
 だって。
「それが日常になんだろ」
「…海堂?」
 何年か後には。
「違うんですか」
「いや。全くこれっぽちも違わない」
 熱出そうなんだけどと上機嫌のまま笑う乾に、海堂は今度こそ心底から呆れた。
「俺がちょっと何か言うだけで狼狽えたりするのに、自分はとんでもないこと平気で言うんだからなあ。海堂は」
「俺は当たり前の事しか言ってねえ…」
「ほらまたそうやってさー」
 だからそういう甘えた言い方をどうしてするんだと海堂は今日幾度目かになる顔の熱を自覚した。
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